漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 小林泰三著「海を見る人」(ハヤカワ文庫JA)を読了。
 ハードSF短編集。

 ハードSFを読むのも久々だったが、やはり面白い。
 センス・オブ・ワンダーというのか、SFならではの醍醐味は、やはりハードSFにあるのかもしれないなと、こういう小説を読むと思う。冒頭を飾る「時計の中のレンズ」をはじめ、この短編集の中の数編は、殆どイメージを頭の中に描くのさえ難しい、物理学の数式の中の世界を舞台にしている。しかし、勿論人によるのだろうが、楽しんで読むことができるのだ。僕は、先ほどタイトルを挙げた「時計の中のレンズ」を読みながら、昔読んだプリーストの「逆転世界」を思い出したりしたのだが、こういった「物理学的に正しい奇妙な世界」は、いつ読んでも本当に愉しい。
 この短編集は、もっとも、一度その「読み方」を理解してしまうと、結末が大体想像できるものも多い。しかし、それでも「ハードSFの愉しさ」を味わうのには、うってつけの一冊だと思う。

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 ムーミン屋敷の中には、



 例えば、梯子の後ろにこんな小さな椅子とテーブルがあったり、



 片隅にはこんな小さな机と椅子があったりします。
 他にも、沢山。



 ムーミンたちの水浴び小屋です。

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 「あけぼの子供の森公園」に行って来ました。
 埼玉県飯能にあるこの公園は、ムーミン谷をテーマにした公園ということで、一度行ってみたいと以前から思っていました。
 
 自動車の方が便利なのでしょうが、僕は電車で行きました。西武池袋線元加地駅から歩いて20分ほど。

 公園は、それほど広くはありませんが、綺麗に整備されています。景観も、爽やかです(ただし、ここをムーミン谷に見立てろといわれても、さすがに無理があるかもしれませんね)。

 敷地内の建物はどれもよく出来ているのですが、見所は、何と言っても、ムーミン屋敷。外見も良いのですが、中は本当に素晴らしいです。愉しい仕掛けが満載。驚くことしきり。細部まで、本当に拘った建築です。
 これらの建物は、村山雄一さんという方の設計で、彼は日本のシュタイナー建築の第一人者だとか。シュタイナー建築というものがどういうものなのか、ルドルフ・シュタイナーの思想に基づいたものだろうという程度の想像しかつかないのですが、こうしてその代表作を見せられると、何となく分かるような気がします。こんな家に住んでみたいと、本気で思いました。この季節は、中で本物の暖炉に火が入っていて、とても暖かく、安らぎます。

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 暗い川の面には、砕けた星が沢山散らばって、輝いているように見える。
 でもそれは勿論星ではない。ただ、様々な光を鈍く反射しているだけだ。
 それが星の欠片だったらいいのにと僕は思った。そうすれば、空も地も、全てが溶け合った幻になるのに。
 緩やかな振動が、何かを身体に語りかけてくるようだった。その言語を、でも僕は理解できない。
 シートにべったりと身体を預けたまま、僕は窓の外を見ていた。窓の外の景色は、動いている。いや、勿論動いているのは僕だ。僕が乗っている、この自動車だ。
 時速60キロで、夜の川辺を走っている。左方には、川の暗い面が見えるし、右方には、父がじっと前を見詰めてハンドルを握っている姿が見えている。だが、その顔が暗くてよく見えない。僕は助手席で、ふてくされたように、シートに身体を預けている。でも、別に僕はふてくされているわけではない。ただじっとこの夜の時間に身体を浸して、辺りを包んでいる光景を見詰めているだけだ。
 青い光を灯した小さな店がポツリと川辺に建っている。ただ一軒だけ、本当に幻のような青い光を灯している。この前ここを通ったときも、同じ店を見た。あの秘密めいた光を灯す店は一体なんだろう。ぼんやりと僕はその店を見詰める。車がその店を通り過ぎてしまうまで、僕はその店を眺めていた。青い光は、店を通り過ぎたあともずっと、僕の瞼の裏に焼き付いていた。
 いつか僕はあの店を訪れることがあるのだろうかと思った。だが、もしも僕がその店を訪れることがあるとしても、それは余りにも未来の出来事のように思えて、僕にはうまく想像できなかった。
 やがて車は川沿いの道を外れて、広い、真っ直ぐな道に入った。車も疎らな道で、信号機が、ずっと黄色のまま、ちかちかと点灯している。少しだけ窓を開けると、しんとした空気が、さっと流れ込んできた。僕は思わず父の方を見た。だが、父の顔は相変わらずぼんやりと暗くて、眼鏡の形だけが妙にくっきりと見えた。
 僕は窓ガラスに額を当てて、外を眺めた。道路脇には、見える限りずっと先まで、低いコンクリートの壁が続いている。そして、その壁の上には、壁の向こうに植林されている常緑の針葉樹の並木がある。木々は、黒々としていて、だが、その色彩が深い緑色だという事が分かる。
 車が走るにつれて、窓の外の針葉樹は次々と後ろに流れて行く。しかし、針葉樹とコンクリートの壁の光景は変わらない。明日も学校があるから、早く家に帰って眠らなきゃと思う。しかし僕は何も言えない。父に言葉をかけることが出来ない。
 通り過ぎてゆく風景の中で、尖った先端を夜の空に伸ばしている針葉樹の中に、僕は柔らかい微睡みを見る。明日というのは、遥かな未来なのだと思う。おそらくは、あの川辺の青い光の向こうにある時間が明日なのだ。
 僕は目を閉じて、ガラスに頬を押し当てたまま、父に語りかける。
 語りかけている言葉は、断片を繋いだ言葉だ。
 そして父の声を待った。

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 Phewというアーティストを知っているだろうか。
 80年代初頭のアーティストという印象があるが、山本精一らと現在でも細々と活動を続けているようだから、現役のアーティストではある。だが、一時は完全にシーンから遠ざかっていて、半ば伝説のボーカリストとなっていた。
 伝説と化したのは、ソロのファーストシングル「終曲」が阪本龍一のプロデュースだったことや、ファーストソロアルバム「Phew」のバックミュージシャンが、ドイツのテクノグループ「CAN」だったりしたことなどが大きいかもしれない。そのどこにも行き着かない歌詞と、投げやりとも取れるボーカルは、確かに印象的だった。
 そのPhewの母体となったのが、Phewをボーカルとするバンド「Aunt Sally」である。アルバムが一枚あるが、限定500枚ということで、希少価値があり、なかなか耳にすることは出来なかった。
 僕がこのアルバムを初めて聞いたのは、発売から10年以上経った1990年頃。たまたま知り合った人がこのアルバムからダビングしたカセットを持っていたからで、随分感激したことを覚えている。内容が良かったからではなく、一度聞いてみたいと思っていたアルバムを聞けたからだ。

 Phewのライブには、これまでに何度も足を運んだ。
 90年代の半ばに、沈黙を破ってから数度。
 それでも、最後に見たのはもう数年前だ。
 
 一度だけ、少し話をしたことがある。
 もうかなり前のこと。ライブの打ち上げでの場だった。
 そのときは、手塚真さんなどもいたのだが、僕にはPhewの存在感のほうが大きくて、少しだけ話をするのがやっとだった。結局、大した話もできなかったのを、懐かしく思い出す。

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 未完成作品。
 未完成作品ばかりが増えて行きます。。。

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 先日、帰省した折に、新幹線の中で読む本が欲しいと新大阪の駅でキオスクを覗いたところ、筒井康隆の「ヨッパ谷への降下」という文庫を見つけた。新潮文庫から出た新刊で、「自選ファンタジー傑作集」という副題がついている。つまり、再編集ものの文庫というわけだ。
 だが、収録作が、表題の「ヨッパ谷への降下」をはじめとして、「エロティック街道」、「家」など、最近再読してみたいと思っていた作品だったため、購入した。そして、新幹線の中で読んだ。

 収録作の「家」についてである。
 この作品を読むのは、久々だった。
 もともとは、同文庫の「将軍が目醒める時」に収録されていた短編であるが、初めて読んだ時の衝撃は、忘れられない。どう解釈したらよいのか分からない。そんな衝撃だった。まだ中学生だったから、余計に困惑したのだろう。

 久々に読む「家」は、かつてほどの難解さを感じなかった。「これはこれ」という読み方が、すっかり見についているせいである。しかし、それでもこの作品の背景に流れている世界観については、以前よりはいくらか手がかりのようなものをみつけることは出来るようになった。ただし、それもこの作品がもともときちんとした解釈などないという前提のもとで行われる解釈である。

 この作品の世界、つまり「家」のある世界は、やはり未来の日本であると考えられるように思う。一説には、この世界は実は月で、空に浮かぶ粉々の月こそが地球という考え方もあるらしいが、僕はそうは思わなかった。やはりこれは未来の、月の砕けたあとの地球で、「家」のある場所は日本であると思う。被爆した猫らしいものが語られるあたり、おそらくは、核戦争か何かがあったのだろう。それに加えて、南北の極地の氷も溶けて、すっかりと水位が上がっているのだろう。だから、伝馬船が行くという場所は、つまり沈まなかった日本の本土だと考えられる。

 この作品を読んで、ふと思い出したのは、ホジスンの「ナイトランド」だった。
 もっとも、この作品が発表されたのは1971年で、「ナイトランド」が邦訳されたのは1980年だから、筒井康隆が「ナイトランド」の影響下でこの作品を書いたというのはあまり考えられない。だから、ここで僕が思い出したというのは、ただ「思い出しただけ」だと考えていただきたい。

 「ナイトランド」は、太陽が死に絶えた未来の物語で、残された人類は「ラストリダウト」と名づけられたピラミッドのなかで生活している。
 対して、「家」は、世界が崩壊して、月も砕けた未来に、残された人々が海の上に築かれた巨大な合掌造りの家(ピラミッドに似ていなくもない)に住んでいる。 人が、外界に対して余りに無力な存在として、最後の時を過ごしているという点で、想像力としては、それほど遠くないように思える。

 もちろん、「家」には様々な暗喩がある。生態系や階級などのピラミッドとしての暗喩ももちろんそこには含まれている。しかし、世界の終末として選んだ舞台が三角形の砦だという点で、一つの想像力の形として、普遍的なものがあるのかもしれないとも思った。この辺りのことを、もう少し詳しく考えてみるのも面白そうだ。
 

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 善福寺公園の、力士?雪だるま。
 なかなか上手。
 公園には、雪だるまが乱立していました。
 

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 今日は仕事が休み。
 ぽっかりと空いた、一人きりの休日と言った風情。
 でも、特に何をしたいということもなく、朝から少し考えた末に、秋葉原へちょっと行ってみようと思った。
 しかし、実際に着いてみると、何を見たらよいのか分からない。物が多すぎて、何がなんだかわからない。アニメファンのための店も本当に多くて、余計に得体が知れない。秋葉原といえばメイド喫茶というものがあるというよな。どんなものだか、一度見てみるかと思い、ちょっと見渡したが、それらしいものはわからない。人に聞くのも何だかなと思い、あっさりと諦めた。この街は、僕にはあまり用がないようだ。すぐに面倒になって、表通りの店を数件、裏通りの細かい店を数件、ざっと冷やかしたあと、そのまま歩いて神保町へ。久々に古書店でも見ようかと思ったのだ。
 だが、こちらもなんだか気が乗らない。別に何も欲しいものなんてないんだよなあと思いながら、路地を歩きながら数件冷やかして、何も買わずに、そのまま何となく飯田橋目指して歩いた。
 飯田橋から神楽坂、そして早稲田、高田馬場まで。結局山の手線を横切って歩くことになった。最初は新宿を目指すつもりだったのだが、神楽坂に寄った時点で、目的地が変更になった。秋葉原から高田馬場まで。その間遣ったお金は昼食代のみ。これだけの距離を、ただ淡々と一人で歩いたのは久々。途中でもいろいろと面白いものはみたけれど、写真さえ撮らなかった。ただ歩くだけの、訳のわからない一日。
 高田馬場からは電車で吉祥寺へ。吉祥寺に着いたら、なんだかほっとして、駅前のExcelsior Cafeでゆったりとソファに腰を沈めて、ハートランドビールを飲んで帰った。

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 今、部屋の中に流れているのは、David Mead のアルバム「indiana」。
 ラジオでこのアルバムの冒頭を飾る「nashville」を聞いて、買った。それ以来、最もよく聞くアルバムの一つになっている。
 デヴィッド・ミードは、カナダのシンガーソングライターである(オフィシャルサイト。数曲試聴できる)。僕はカナダのシンガーソングライターとは相性がいいらしく、好きなアーティストが多い。デヴィッド・ミードは、そうした僕の好きなアーティストの一人である、ロン・セクススミスなどとも交流があるということだ。
 このアルバムの色彩は、明らかに「高揚した、暖かい赤」である。ゆるやかな時間の流れるこのアルバムを聞きながら、僕はいつもその赤い色彩に憧れている。

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 菅浩江著「永遠の森(博物館惑星)」を読んだ。
 連作短編集。ハヤカワ文庫JAから出ている。

 実は、この作家の名前は、この小説を読むまで全く知らなかった。
 この本を読もうと思ったのも、最近の作家の本をいろいろと読んでみようと思い、とりあえず図書館に行ったとき、手にとりやすい文庫の棚を見ていて、ふと手にしたからだった。見返しのプロフィールを見ると、なかなか綺麗な女性で、京都出身のSF作家というあたり、なんとなく山尾悠子さんを思わせるのだが、一読したところ、硬質な世界を築いてゆく山尾氏に対して、こちらはもっとセンチメンタルで、有機的である。

 この作品は、星雲賞、ベストSF2000、それに、日本推理作家協会賞などを受賞している。それだけの評価のある作品だというわけだ。
 しかし、この小説を読み始めたときは、そうしたことを殆ど考えなかった。だから、結構無心に読めたと思う。
 その証拠に、読み始めてすぐ、僕は、「これは読めないかもしれないな」と思った。なんだか少女漫画のようなのだ。こういうのを「ライトノベル」というのだろうかと思った。いずれにせよ、趣味じゃない。そうは思ったが、ともかくもう少し頑張って読んでみようと思った。
 読み進めるにつれ、最初の印象は随分変わって、これはなかなか面白いと思うようになった。舞台設定こそやや少女漫画的なのだが、物語は良く出来ている。冒頭の二作を読んで、随分感心してしまった。この人は、物語を作るのが上手い。
 女性が書いた作品ということで、正直男性よりも女性の支持が高いとは思う。物語の世界観だけではなく、登場人物の心の動きにも、女性の心情を代弁しているような部分が相当多い。しかし、男性にとっても、いろいろと考えさせられる部分が多いはずだ。お勧めできる小説です。
 

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 今日は年初の江ノ島詣でへ。
 僕の住んでいる辺りでは、朝からよく晴れ上がっていて暖かく、これなら海辺も気持ちよいだろうと踏んだのですが、電車が江ノ島に近づくにつれ、空模様が怪しくなってきました。
 結局、灰色空の江ノ島弁財天参りとなってしまいました。
 おみくじを引いたところ、妻子は大吉、僕は吉ということで、まあそれでも気持ちよくお参りを済ますことはできました。

 それにしても、江ノ島は年々情緒が薄くなってきますね。入り口のところに最近出来た温泉。その敷地内にクリスマスツリーのようなものが電飾で光っているのを見たときには、おいおい、ここは弁財天じゃないのかよというツッコミも入れたくなりましたね。
 それに、鳶がどんどんとずうずうしく、うざったくなってきてます。大きな問題になるのも、そう遠くなさそうです。

 写真は、稚児ヶ淵。
 いつもは降りて散策できる岩場が、すっかり波に洗われています。当然立ち入り禁止。遠くには、紅い水平線の中に、大島の影が浮かび上がって見えていました。

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 うちのポータルはgooなのだが、暫く前の「注目ワード」の欄に「ドラえもん最終回」というものがあった。
 それを見たとき、ああ、そういえば昔、そういう話を聞いたことがあるなと思った。確かドラえもんの発明者はのび太だったとかいう、都市伝説めいた話だ。だれだか知らないが、ファンが考えたものだとも聞いた。
 そのワードから辿ってみると、あるブログに辿りついた。そこで、その話を漫画化したものを見ることが出来た。田島・T・安恵 という方の描いたもの。同人誌として、販売もされているようだ。
 一読して、よい出来なので驚いた。これだけの完成度があって、しかも販売が好調とあれば、もし無断でやっていることであれば、問題も起こりそうだと思った。以前どこかで同じ話のフラッシュ映像をみたことがあるが、漫画のほうが格段にいい。(誉められたことでもないから、そのうち削除されそうな気がするけれど、一応リンクを貼っておきます。こちらです。)
 しかし、参ってしまう。これは勝手に描いたもので、パロディに近い。普通なら、僕はこんなものを読んで、感心したりはしない。だが、僕はこのマンガを数度読み返した。だから、困ってしまうのだ。
 ドラえもんというマンガはもともと閉じられることもない漫画だとはいえ、作者の死によって、唐突に終わってしまった。子供の頃から、ドラえもんを読んでいた僕達のような世代は、もしかしたら、心のどこかでドラえもんが閉じられることを望んでいたのかもしれない。そうでなければ、こんな話が語り継がれ、マンガになるということもなかっただろうし、僕が読んで少ししんみりとした気持ちになることもなかったに違いない。
 僕は今でも、ドラえもんの単行本を1巻から13巻までまとめて買ってもらって、とても嬉しかったときのことを覚えている。小学校の低学年の頃だ。小学校の1年生の時に、コロコロコミックが創刊して、その余りの分厚さに感動したことを覚えている。それから、最初のドラえもんの映画「のび太の恐竜」を見に連れて行って貰った時のことを覚えている。ドラえもんを読んでいたのは、せいぜい小学校のころまでだったが、それでもやはりドラえもんは特別な漫画なのだろう。
 

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 ファストフードより、スローフードの方が身体にも心にもよい。
 それはわかっているのだが、難しい。
 別に、例えばハンバーガーやカップめんが好きなわけではない。たまに無性に食べたくはなるが、食べた後でいつも気持ちが悪くなって、止めりゃ良かったと思う。年のせいか、悪い油は胃にずっしりと重い。
 じゃあ、なぜ難しいのかといえば、実は僕はゆっくりと食事をするのが苦手なのだ。
 定食でもパスタでも中華でも、大抵の食事なら、5分もあれば食べてしまう。食べているというより、もしかしたら飲み込んでいるといったほうが正しいかもしれないくらいだ。
 当然、食事をゆっくりと楽しみたいと思っている、大抵の女性には評判が悪い。でも、仕方がない。腹が減っている時は、箸を止めることが出来ないし、下手に止めてしまうと、もうそれ以上食べる気がなくなってしまうのだ。
 このクセは、飲みに行った時もつい出てしまう。飲んだ後、〆にラーメンかお茶漬け。これが出来ない。最初からちゃんと食事をしてしまう。腹が膨れると、やっと落ち着いて、それからは殆どなにも食べずにちまちまと飲んでいる。飲み終わった後は、何も食べる気なんてしない。ただ寝たいだけだ。自分勝手な遣り方だとは思うから、なるだけ気取られないようにとはするが、でも結局は同じことをやっている。直らないのだ。
 だから、コース料理は当然苦手で、大嫌いである。食べているうちにだんだんと嫌になってきて、腹が立ってくる。そうなると味なんてわからなくなるし、腹が減っているのか満腹なのかも分からなくなる。いいからまとめて出してくれといいたくなる。困った性格だと、自分でも思う。

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 子供の頃は、市場といえば、薄暗い闇市を思い浮かべた。
 僕の住んでいた神戸の垂水には、駅前には「垂水市場」、それから家の近所には「廉売市場」と「天の下市場」があった。どれも細く薄暗い穴倉のような場所で、コンクリートの細い道の両側にはびっしりと小さな店が並んでいた。
 こうした市場は、おそらく闇市から発展したものなのだろうが、次々と姿を消しつつある。

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