漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

『平成怪奇小説傑作集1』

2020年02月01日 | 読書録

『平成怪奇小説傑作集1』(東雅夫編/創元推理文庫)読了。

吉本ばなな『ある体験』は出た当時に読んだことがあった。すっかり忘れていると思ったけど、文章の所々に覚えがあり、若い頃の記憶力ってすごいものだ、取り戻したいなあと変な感想を…。

菊地秀行『墓碑銘〈新宿〉』は極端に影の薄い人の物語。読みながら、ぼくもどっちかと言えば飲食店で注文を忘れられるタイプなんだよなあ、と思った。タイトルを見ると、魔界都市〈新宿〉のスピンオフかと思ってしまうけど、関係なかった(多分)。

赤江瀑『光堂』
新宿のミニシアターの前を通りがかった主人公が、行列に何かと思い足をとめて訊ねると、カルト化した映画が数十年ぶりに公開されるのだという。しかしその映画は、自分がかつて関わったことのある映画であった…という物語。怪奇小説というよりは青春の光と影を描いた物語という方がしっくりくるかも。
ところで、第二巻を読んでいる時も思ったのだが、この傑作集、編年体の形式をとってはいるのだけれど、それと同時に、前後の物語にとても緩いつながりのようなものがあるような気がする。説明も難しいような、とても緩くささやかなつながりなので、もしかしたらぼくに「ないものが見えている」だけなのかもしれないけれども。

日影丈吉『角の家』
この小説は面白い。読みながらも、ぼくはいったいこれが怪談なのかユーモア小説なのか、考えあぐねながら読み進めることになった。物語の先が見えず、そして最後にはちょっと唖然とするような結末を迎える。傑作というより、変な小説としか言いようがない。

吉田知子『お供え』
ある時から、家の角のところに、空き缶にさした花が置かれるようになった…という導入から始まる、なんとも薄気味悪く怖い小説。この本で、ここまで読んできた中では一番怖い。というか、この小説はかなり怖い。シャーリー・ジャクスン『くじ』をちょっと思い出した。

小池真理子『命日』
これも家の物語。幼くして死んだ少女の霊に取り憑かれるという話だけれど、筆致がスティーヴン・キング的というか、まさにモダン・ホラーといった感じ。『リング』とかともちょっと近い。嫌な話だったなあ。だけど、個人的にこの小説でいちばん怖いと思ったのは、その家の間取りの記述だったかもしれない。すごく嫌な間取り。なんだかゾッとした。

坂東眞砂子『正月女』
病のせいで余命がどれほどなのかも分からない女性の物語だが、伏線が分かりやすいので、結末はだいたい想像がついたけれど、登場する女性たちのエゴがからみ合って、まあ、嫌な話だった。

霧島ケイ『家――魔象』
通称『三角屋敷』と呼ばれる、実話系怪談の中では最も有名な話の、おそらく最初に発表された形での作品(『幻想文学48号/1996年』)。それだけに比較的シンプル。語り手である著者が実際に住んだことのある、Y字路に建つ三角形の形をした三階建てのマンションの怪異について記録したもの。非常に不穏な空気に満ちている。これも家についての怪異だが、決定的に違うのは、最初から悪意のもとに、わざと怪異を呼びこむように計算されて建てられた物件であるという点(この建物は現存しているらしい)。ちなみに、この作品の中で著者が相談を持ちかけた友人というのが、この本にも収録されている作家加門七海氏で、この話がネットなどで騒がれるようになったのは氏の著書『怪談徒然草』で紹介されたのがきっかけだとか。
怪談実話というのは昔からあるし、例えばぼくが昔に親しんでいたのはテレビ『あなたの知らない世界』だったり、雑誌『ムー』の『わたしのミステリー体験』のコーナーだったりするけれども、実際に単純に怖いというなら、実話(実際にそうなのかは別として)がいちばん怖いとはぼくは昔から思っていた。特に、「亡くなった祖母の霊が」とかいった因果がはっきりしたものではない、わけのわからない現象についての話は、「もしかしたら他人事ではないかもしれない」と肌で感じる分、怖い(記憶にあるものでいえば、例えば「夜中に目が覚めて階下のトイレに行こうとしたら、廊下の突き当りに置いてある使っていない古いミシンを目のない女性が一心に踏んでいた」とか)。ただし、そういった「実話」は、どこまでも自由な「怪奇小説」とは決定的に違っているとも思っていた。ところが、本職の作家がそうした物語を書くことが昔からままあって、そうしたものはやはりさすがに怖いし、「実話」と「怪奇小説」の間にあるものだという風に思う。この作品などは、さらにネットロア的なものまで付加していった、興味深いサンプルなのかもしれない。

篠田節子『静かな黄昏の国』
近未来。世界の経済的発展から取り残された日本では、普通の人々は高価過ぎて、生鮮食品を食べることさえできなくなっている。高齢化が進み、開発も行き着くところまで行って、広大な自然などほとんど存在しなくなっている。ある夫婦が人生の最後を過ごすために、自然に囲まれた「リゾートピア・ムツ」と呼ばれる終身介護施設に入居することに決める。あらゆるものが揃っている上に、ただし、その場所は教えられないという。一見理想的な場所に思えたが、妻はふと既視感を感じ、やがてその場所の秘密に気づく…
東日本大震災以前に書かれたこの作品は、ホラーというよりもディストピアものの近未来SFといった方が良さそうだが、いまここにあえてこの作品を収録した意図は…といろいろ考えさせられる中篇。

夢枕獏『抱きあい心中』
釣りを趣味にしている語り手は、電車の中で一人の男と出会う。彼はそのあたりの川に詳しく、とっておきの穴場ポイントを教えてくれ、さらに自作の針もプレゼントしてくれる。そこで、地元の釣具店の人にその場所を尋ね(なぜその場所を知ってる、と怪訝な顔はされるが)、その淵へと向かう…
比較的オーソドックスな因縁ものだが、夢枕さんの山や川といった自然を描く筆致はいつも鮮やかで、すっと目に浮かんでくる。

加門七海『すみだ川』
この作品は、川から立ち上る幻燈のようで、わかるようなわからないような感じだった。

宮部みゆき『布団部屋』
江戸時代の、ある商家の秘密と姉妹の強い絆を描いた作品。上手くまとまった、怪談という言葉がしっくりくる一篇。

というわけで、この本でぼくがベストだと思ったのは、ダントツで
吉田知子『お供え』
でした。次点で
日影丈吉『角の家』
霧島ケイ『家――魔象』
あたりかな。

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