木曜日の仕事帰り、池袋の西武リブロで開催されている「吾妻ひでお原画展」を覗いた。
先着100名に配布されるというポストカードはもうなかったけれど、展示が充実していたので、嬉しかった。
デビューの頃から、最近出た「アル中病棟」に至るまでの代表作が網羅されていた。
漫画で見ると、何気なく読んでしまうような可愛い絵なのだが、いざ実物の原画を目にすると、その繊細さに感心する。
決してごちゃごちゃと書き込んでいるわけではないのだが、線の一本一本がとても綺麗。ほとんどホワイトの修正もない。「アル中病棟」の中で、「完璧主義者は身を滅ぼす」と念仏のように唱えていたのが印象的だったが、なるほど、この美しい原稿を見ると、その言葉も頷ける。本当に丁寧で、手が抜けない人なのだ。
刊行当時、「綺麗な本だな」と思っていた双葉社のハードカバーの選集、「Hideo Collection」のカバー原画がすべて展示されていたが、実際に実物を目にすると、その時の印象を上回るほどの、思わず欲しくなってしまうほど美しい絵で、ため息が出た。実際は背景と少女の絵が別になっていたということも、今回初めて知った。なるほど、それでカバーを外した本の本体には、モノクロの背景だけの絵が描かれていたのだ。
漫画作品では、「不条理日記」や「陽射し」などのような、ある時期の吾妻ひでおを代表するような名作もあったが、それ以上に印象に残ったのは、最近作の「地を這う魚」の原画。すごいとは思っていたが、実物を目にすると、唖然とさえする。何という情報量なのだろう。還暦を迎え、さらに進化しようとする意志には圧倒される。還暦を過ぎて、「うまくなりたいから絵を習いに行ってる」なんていう一時代を築いた漫画家が、他にいるだろうか。「いやいや、吾妻さん、もう充分上手いですよ」と言うのは簡単だ。だが、吾妻ひでおは、それではまだ満足できないのだ。すごいことではないか?
吾妻ひでおは、最初「ふたりと5人」でエッチ漫画家として注目を集め、次に「不条理日記」でSFマンガのニューウェーブとして大きく注目を集めた。そしてさらに、「失踪日記」によって、一般の人たちからも認知され、最大の注目を集めるに至った。一人の漫画家が、三度も大きなピークを迎え(しかもその波がどんどんと大きくなっている)、なおかつ絵が進化しているという例は、手塚治虫を除いて、他には知らない。大抵は、漫画家のピークは一回か二回。その後は年とともに絵は荒くなり、イメージも固定されてしまうものなのだというのに。
漫画やイラスト以外にも、東京精神科病院協会主催の「心のアート展」に出品されたスケッチ作品(ちゃんとリアルな少女の裸婦像のデッサン。なのだが、なぜか背景にカツオノエボシと古代魚が描かれている)二点や、「アル中病棟」に登場する、拾い物で作ったオブジェが多数、展示されていた。
展覧会の最後に物販のコーナーがあり、カタログがないかと思って探したけれど、それはなかった。代わりに、複製原画やTシャツなどが販売されていた。複製原画は、一枚が十五万円ほどもするのに、結構売れているようで、驚いた。Tシャツは、タバコオバケやのた魚などがあり、買おうかとも思ったが、一枚四千円ほどとやや高かったし、それに買っても着るわけがないので、やめておいた。