漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

青年のための読書クラブ

2014年01月27日 | 読書録
「青年のための読書クラブ」 桜庭一樹著
新潮文庫 新潮社刊

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 1918年に修道女聖マリアナによって東京の山手に設立されたお嬢様学校、「聖マリアナ学園」。そこで起こった稗史とも言うべき出来事を、歴代の読書クラブの匿名氏が読書クラブ誌に書き記した、百年に及ぶクロニクル。
 これは面白かった。今年最初の大当たり。面白い小説は数あれど、こういう作品は、本当に本が好きで、子供の頃からたくさんの本を読んできた人にしか書けない、遊戯のような一冊だと思った。独自のユーモアで、言葉を選んで紡がれた語り口からして、楽しんで書いているのが伝わってくる。以前に読んだ「赤朽葉家」は、明らかにマルケスの「百年の孤独」へのオマージュのような作品だったけれども、この小説も、その超ライト版、サブカルチャー訳版、といった感じ(小説の最後の舞台として選ばれた場所がなんと中野ブロードウェイというのは、したがって必然なのだ)。この小説から、何らかの文学的な啓蒙を受けるということはまあないだろうが、のびのびと、あっけらかんと語られる法螺話に身を委ねていると、とても心地よい。確信犯的なところは、80年代の高野文子とか、ニューウェーブ期の少女マンガを読んでいるような感じも、少しある気がした。アホらしいといえばアホらしいし、好き嫌いは別れるだろうけれど、こういう文体遊戯的なことがするりとしれっとできるというのは、本当に豊かな下地と才能がある証拠なんじゃないか。

ポストマン

2014年01月24日 | 読書録
「ポストマン」 デイヴィッド・ブリン著
ハヤカワ文庫SF ハヤカワ書房刊

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 第三時大戦後の、無政府状態となったアメリカが舞台。主人公のゴードンは、盗賊らから逃れる途中に、偶然、郵便配達夫の遺体を発見する。彼はその遺体から郵便局員の制服を奪い、自分は復興合衆国政府から派遣された、正規の郵便配達員であり、視察官であると名乗りながら、国に点在する集落を回るようになる。ゴードンにとって、それは初めは良い待遇を受けるための方便であり、いわば詐欺行為であったが、それぞれ孤立した生活を送っている人々にとって、それは復興の象徴であり、夢だった。やがてゴードン自身も、自らがでっちあげたはずの、荒廃したアメリカに郵便のネットワークを再び築くというヴィジョンから逃れられなくなってゆく……という物語。
 なのだけれど、こうしてあらすじを書いたほうが感動的な気がしてくるというのが正直なところ。受ける印象は、少年マンガと大差ない。マッチョなヒーローではなく、郵便配達夫(のふりをしている男)が主人公というのは、なるほどと思ったし、面白いけれど、主人公やヒロインを初め、登場人物にことごとく魅力を感じないし、それぞれが取った、その行動にも説得力がない気がする。それに、原文を読んだわけではないけれど、翻訳もよくない気がした(ぼくが読んだのは初版。映画化された際に改訳されて良くなったそうだ)。

バベル17

2014年01月22日 | 読書録
「バベル17」 サミュエル・R・ディレーニイ
ハヤカワ文庫SF 早川書房刊

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 ディレーニイといえば、通好みのSF作家というか、物語の背後に別の読み方や意味を潜ませるのが得意な、一筋縄ではゆかない作家というイメージがある。この作品は、そのディレーニイの代表作の一つ。
 物語自体は、裏表紙にもあるように、スペースオペラと言ってもいいようなものなのだが、ともかく登場人物がみんな変わっている。ひたすら個性的で、ほとんどグロテスクといっていいほど。ディレーニイがゲイの作家だという予備知識があるせいか、まるでドラッグクイーンのパーテイのようだと思ったり。この独特の乱痴気騒ぎのような物語世界に魅力を感じるかどうかが、この作品の好き嫌いを左右するのだろうが、その特異で個性的なキャラクターたちが次々に現れるのは、決して意味のないことではなく、曖昧さを許さず、思考停止に追い込んでしまうような力を持った言語「バベル17」に対比させるような目的を持っているようにも思える。
 随分と昔に書かれたSFの古典だが、ほとんど古さを感じさせないのは、もともとが荒唐無稽な魔術的ドタバタ小説であることに加えて、作家に無二の個性と幻視力があるからだろう。わかったような、わからないような、そんな気分にならないこともないけれども、なかなか面白い小説だった。

GOSICK

2014年01月19日 | 読書録
GOSICK 桜庭一樹著
角川文庫 角川書店刊

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 二十世紀初頭、第一次世界大戦後のヨーロッパの架空の国ソヴュールを舞台にしたライトミステリーのシリーズ。その第一弾。
 基本的には中・高生向けの小説だと思うので、ミステリーとしての薄っぺらさには「突っ込みを入れたら負け」というか、そんな感じさえしたけれども、映像化や漫画化した様子がさっと目に浮かぶので、キャラクター小説としての魅力はある(実際、アニメやマンガになっているようだが、未見)。
 それはともかく、主人公のヴィクトリカが籠城している図書館の最上部というのが、いい。古い学校の敷地内に、図書館塔というのがあって、乍綜した階段を上っていったその最上階に植物園がある。そこがヴィクトリカの居場所。本の好きな人には魅力的な場所じゃないかと思うのだけれど、どうだろう。少なくとも僕には、この小説で最も印象に残ったのが、この場所についての記述。この舞台設定がなければ、小説の魅力は半減するんじゃないかと思うほどだった。

リングワールド

2014年01月12日 | 読書録
「リングワールド」 ラリイ・ニーヴン著  小隅黎訳
ハヤカワ文庫SF 早川書房刊

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 ハードSFの古典のひとつとして、学生の頃からずっと名前は良く知っていた作品だが、なんだかんだで読まないままで来てしまっていて、今回が初読。
 完全に読む時期を逸してしまった作品、という印象。全く登場人物に感情移入ができなかったし、なんだか色々と気になることが多かった。多分、高校くらいまでに読んでいたら、かなり面白く読めたんじゃないかと思うけれども、いかんせん2014年現在では、物語の展開が完全に時代遅れ。いかにもアメリカ的な、白人男性中心的なマッチョな思想が根底にあり、ただでさえ気になるところにもってきて、白痴的な女性像とか、ほとんどオカルト的な幸福の遺伝子とか、カリカライズされたかのような異星人とか、せっかくの魅力的な「リングワールド」というアイデアを台無しにする要素が満載。ハードSFというより、ほとんど二流の異世界ファンタジーになっている。まあ、おそらく作者は年齢的にバローズの「火星シリーズ」とかメリットのファンタジー小説を読んできたクチなのだろうから、それも仕方がないのかもしれないけれども、今の作家なら、このアイデアで、もっと小説的に凝った作品を作り上げるに違いない。

マーシャン・インカ

2014年01月11日 | 読書録
「マーシャン・インカ」 イアン・ワトスン著
サンリオSF文庫 サンリオ刊

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 火星から採取した砂を運ぶソビエトの火星探査機が、アンデスのボリビア高原にある村に墜落するところから物語は始まる。何も知らない村人たちの一部が、墜落した探査機に積まれていた火星の砂を手にしたところ、次々と病に倒れてしまう。墜落の報を受けてやってきた政府の医師団は、村人たちが未知のウィルスに感染したと判断し、患者たちを四つのグループに分けて、それぞれ異なった治療を行い、そのウィルスの正体を突き止めようとするが、知慮を受けた患者たちはことごとく死に至ってしまう。だが、偶然に医師団の目を逃れたジュリオとアンジェリーナは、何の処置を受けることもないのに、自然に回復する。そればかりか、病に倒れる前とは明らかに違う、全能感を持った自分になっていることに気付く。やがてジュリオは病にかからずに生き残った村人たちとともに、新生インカ帝国の建国を宣言するようになってゆく。
 一方、場面は代わり、火星に向かうアメリカの宇宙船の内部。三人の宇宙飛行士が乗るその宇宙船は、火星をテラフォーミングするための先発隊というミッションを受けていた。彼らのもとにも、火星の砂に触れたアンデスの村人たちが二人を除いてすべて死んだというニュースが届く。果たして火星の砂には何があるのか。やがて火星に到着した彼らは、火星の生物の恐るべき実態について知ることになる……というようなストーリー。
 途中で百匹目の猿のような話をするシーンもあるし、解説にもライアル・ワトソンらが中心となって一時期喧伝された(今となってはかなり胡散臭い)「ニューサイエンス」について触れられているが、この本自体がニューサイエンス的な思想のもとに書かれたものであるというわけではないように思う。むしろ、そうした「ニューサイエンス的な発想」がどこからやってくるのかを書いているように思えた。
 小説としては、さすがにイアン・ワトスンらしく、かなり正統派の現代的なSF。こういったファースト・コンタクトものは今では珍しいものではないので、さすがに今となっては可もなく不可もなくといったところだが、出版されたのが1977年ということなので、当時としては結構新しかったのではないかと思う。

最もサンリオSF文庫らしい一冊はどれか?

2014年01月05日 | 読書録

 去年の九月、明治大学で行われていた展示「SFと未来展」を覗いたとき、サンリオSF文庫が全点、展示品として積み上げられているのを見た。それ以来、サンリオSF文庫がまたちょっと気になるようになった。具体的には、家で四半世紀以上も埃を被っている未読のサンリオSF文庫を読んでやらないと、という気分になったわけだった。けれども、それがなかなか捗らない。時間が有り余っていて、頭も柔らかかった若い時でさえ読まなかったのだから、時間も思うように取れず、頭も固くなってきていて、その上そろそろ老眼が始まっているような兆しもある今では、なかなか読み進められないのだ。
 マニアックなラインナップと独自の存在感で、今なお伝説のように語られているサンリオSF文庫。古書価の高い文庫としても知られ、ほとんどの本にプレミアがついており、わかりやすいので、セドリが狙う文庫の定番ともされている。
 だがその反面、サンリオSF文庫が熱心に読まれているという話はあまり聞かない。その理由として、もちろん現在では入手が困難であるということはあるものの、それ以上に、翻訳があまりよくないものもあるということと、一見魅力的な顔をしているものの、内容が決して面白いものばかりではないということが挙げられるように思う。その結果、全部で200冊弱(正確には197冊)という手頃な数も手伝って、読むというより、最終的にはコンプリートを目標とするコレクションの対象とされることが多いようだ。実際、僕もその三分の一ほどは持っているけれども、読んだのは半分くらいじゃないかと思う。現在持っているのは、ほとんどがリアルタイムで買ったものだが、並べて見ていると、何だか美しく見えて、残りをもっと集めたくなってくるから不思議だ(読むかどうかは別問題)。実際には、プレミア価格がきついので、これまではほとんど古書では買ってこなかったが、最近は値段も随分と落ち着いたので、買っても読まない可能性も高いのに、ちょっと買い足してもいいかなという気になっている。そういう魔力がサンリオSF文庫にはあって、そこがセドリの定番として長く定着している理由でもあるのだろう。
 それでは、サンリオ文庫のどこにそうした魅力があるのだろう。
 確かに名作と呼ばれる作品も含まれているし、この文庫でしか読むことのできない作品も数多い。だがその反面、駄作も少なくないし、さらには、翻訳がひどいというのも定説になっている。そもそも、名作SFと呼ばれる作品の大半は、ハヤカワ文庫や創元SF文庫に収録されているのだ。それなら、なぜ?
 それは、「マニア心をくすぐる要素があるから」としか言えない。「サンリオSF文庫」という、独自の奇妙な価値観を持って刊行されたひと続きのシリーズとして、一つの世界を形成しているのだ。「サンリオSF文庫ワールド」である。それぞれの本は、その世界を構成するアイテムのようなものなのだ。
 それなら、その「サンリオSF文庫ワールド」の中で、「これこそはまさにサンリオSF文庫を代表する一冊」と呼べるものは何だろうと、並んでいる背表紙を眺めながら、ふと思った。「おお!サンリオっぽい!サンリオSF文庫といったら、やっぱりそれは外せないよね」というやつである。サンリオSF文庫の中にも、何となく欲しくなるものと、別にどうでもいいやつとがあるし、それは内容の面白さとは別の問題であるように思う。僕がつい欲しくなるのは、そして人気があるのは、いかにもサンリオらしいやつである。
 僕の思う、サンリオSF文庫らしさとは、以下のようなものだ。

1 背表紙が白であること
2 タイトルが変わっていること
3 表紙絵が独特のシュールさを持っていること
4 作品、あるいは作家がニューウェーブの影響を受けている(ように感じる)こと
5 比較的マイナーな作家、作品であること

 1番については、やや説明が必要かもしれない。サンリオSF文庫の背表紙には、白と緑があって、初期から中期にかけては白背だったが(初期は白背に黄ラベル、中期は白背に青ラベル)、後期には緑背に変わったのだ。もちろん、緑背にも「サンディアゴ・ライトフット・スー」や「パヴァーヌ」など、名作も数多くあるけれども、そういった「実」の点は度外視して、個人的には、「サンリオ文庫らしさ」という点ではやはり白背に限るように思える。初めてサンリオSF文庫が並んでいるのを書店で見た時、その白背にウェルズの宇宙人ロゴというデザインが、「めっちゃ綺麗でかっこええ本やなあ」と感動したのを覚えているからだ。他の文庫とは、明らかに違って見えた。あの驚きは、一種の「センス・オブ・ワンダー」だったと勝手に思ってる。従って、ここは潔く「白背のみ」としたい。
 また、2番と3番に関しては、サンリオSF文庫といえば、タイトルが凝っているものが多く、カバー絵も独特のインパクトを持ったものが多かった。特に表紙絵は、それなくしてはコレクターズアイテムになどならなかったかもしれないという点で、絶対に外せない。
 4番に関しては、サンリオSF文庫の監修をやっていたのが、NW-SFという雑誌の発行も行なっていた山野浩一氏であるということから、もともとニューウェーブの紹介という一面を持った叢書であるということが作品の選定に大きく影響しているという点で、やはり外せない(「ように感じる」と括弧を入れたのは、ジャリやカルペンティエールなどのように、ニューウェーブを拡大解釈して、ラインナップに含めたようなものも結構あるからである)。
 それらを踏まえて、リストを眺めて、ざっと「サンリオSF文庫らしいと思う本」を絞り込んでみた。それが、以下のリスト。

暗闇のスキャナー ディック★
ノヴァ急報 バロウズ★
爆発した切符 バロウズ
鳥の歌いまは絶え ウイルヘルム
旅に出る時ほほえみを ソコローワ★
口に出せない習慣、奇妙な行為 バーセルミ★
馬的思考 ジャリ
歌の翼に ディッシュ★
時は準宝石の螺旋のように ディレーニ★
生ける屍 ディキンスン★
伝授者 プリースト
大洪水伝説 カウパー
猿とエッセンス ハックスリイ
妖精物語からSF カイヨワ★
浴槽で発見された手記 レム★
バロック協奏曲 カルペンティエール
ラーオ博士のサーカス フィニー★
愛しき人類 キュルヴァル
バドディーズ大先生のラブ・コーラス コッツウィンクル
憑かれた女 リンゼイ★
ハローサマー、グッドバイ コニイ★
蛾 アッシュ
猫城記 老舎★
不安定な時間 ジャリ
熱い太陽、深海魚 ジュリ
飛行する少年 マルタン
ビアドのローマの女たち バージェス
どこからなりとも月にひとつの卵 セントクレア
この狂乱するサーカス プロ
世界Aの報告書 オールディス
深き森は悪魔のにおい ボンフィリオリ
愛の渇き カヴァン★
ジュリアとバズーカ カヴァン★
氷 カヴァン★
去りにし日々、今ひとたびの幻 ショウ
フィメール・マン ラス
マイロン ヴィダル
パステル都市 ハリスン
着飾った捕食家たち クリスタン
2018年キング・コング・ブルース ルンドヴァル
はざまの世界 スピンラッド

 異論もあるだろうけれど、まあ、だいたいこんなもんじゃないかと。念の為に言っておくが、決して作品の面白さを基準に選んだわけではない。ちなみに、★がついている作品は、他の出版社から何らかの形で出ているもの。
 サンリオSF文庫といえば、ディックとル=グインがたくさん刊行されていたという印象が強いけれども、かつて僕が本を処分したときに、サンリオ版のル=グインやディックはまとめて処分してしまったということがあったので、本に対する思い入れという点で弱いと(勝手に)判断し、敢えてル=グインは外した。ディックも外そうと思ったのだが、サンリオが最も力を入れていた作家だけにさすがにそれはできず、唯一、印象的なカバー絵を持ち、解説を作家の川上弘美氏(山田弘美)が書いている「暗闇のスキャナー」だけは入れてみた(翻訳が独自な「ブラッドマネー博士」か、まだ再刊されていない「シミュラクラ」、あるいはサンリオ最後の刊行本となった「アルベマス」というのも考えてみたけれど、どれも緑背なので、却下した)。ニューウェーブの代表的作家であるバラードは、サンリオSF文庫に入っている作品はとても代表作とは呼べないものなので、外すしかなかった。シリーズものは、僕には全く興味がないし、実際にコレクションの対象外とされるものがほとんどなので、そっくり外したが(「ステンレス・スチール・ラット」とか「グレンジャー」とか「バトルフィールドアース」とか、色々)、それだけでもリストは相当すっきりした。
 結果、フランスをはじめとする、英語圏以外の作品が自然と多くなった。非英語圏の作品を積極的に取り入れたのも、サンリオSF文庫の特徴である。「蛾」は、有名な誤植が大好きなので、つい入れてしまった。同じ作者の作品は、基本的には一つだけにしたが、絞りきれず、例外もいくつかある。
 さらにこのリストをじっと眺める。ここから先は、吟味という名の個人的見解や好みを混じえながら絞るしかない。そうして、なんとか10作品に絞り込んでみた。それが以下のリスト。

ノヴァ急報 バロウズ
鳥の歌いまは絶え ウイルヘルム
生ける屍 ディキンスン
ハローサマー、グッドバイ コニイ
猫城記 老舎
熱い太陽、深海魚 ジュリ
どこからなりとも月にひとつの卵 セントクレア
深き森は悪魔のにおい ボンフィリオリ
ジュリアとバズーカ カヴァン
去りにし日々、いまひとたびの幻 ショウ

 基本的に再刊されているものは外そうと思ったが、そうすると何かが欠けてしまうように思えて、外しきれなかった。特別に意識したわけではないものの、結果として、古書価の高いものが多く残ったように思うが、それはつまり、それだけ「サンリオSF文庫」度が高いから高価になった、ということだろう。だからといって、古書価がいちばん高いものが、いちばんサンリオSF文庫らしいとは限らないとも思う。ちなみに、「ノヴァ急報」はペヨトル工房から山形浩生訳で、サンリオSF文庫で最もプレミアがついている「生ける屍」はちくま文庫から、「ハローサマー、グッドバイ」は河出文庫から新訳で出ており(続編も河出文庫から出ている)、「ジュリアとバズーカ」は文遊社から訳はそのままだが形を変えて再刊され、「猫城記」は老舎の全集で読むことができる。その五冊は、読むだけなら別にサンリオSF文庫にこだわる必要はない。というか、むしろこだわらないほうがいいくらいだ。それにも関わらず、値段が大きく値崩れすることもないのは(さすがに少しは下がったが)、サンリオSF文庫の特性を表している。
 それでは、この中で一冊だけ選ぶとしたら、どれだろう。
 それこそ、再刊されているのは外せばよさそうなのだが、そうすると

「熱い太陽、深海魚」 ミシェル・ジュリ

あたりが、訳者がなんと松浦寿輝氏であるということや、フランスのSFであるということ、それにあまりに売れなかったのでほとんどが断裁処分されたという伝説があることなどからも、一番手の候補になりそうだ。邦題もインパクトがあるし、カバー絵も味がある。文句のつけようはないのだが、正直、なんとなくしっくりこない気もする(だいたい、僕は持ってはいるけれど四半世紀以上も積読のままなのだ)。とりあえず保留ということにして、他を見てみる。
 「鳥の歌いまは絶え」は、カバーやタイトルはいいし、内容もそこそこ面白いけれども、なんとなく毒気が足りなくて物足りない気もする。「どこからなりとも月にひとつの卵」は、タイトルの不思議さやカバー絵の気味悪さなどはパーフェクトなのだが、セントクレア自体がちょっと微妙な作家だし、タイトルの意味が実は生理のことであると分かってしまうと拍子抜けして、やはり少し違う気がしてしまう。「深き森は悪魔のにおい」は、「憑かれた女」とどっちを入れようか最後まで迷ったくらいなので、このリストの中ではやや小粒な印象。「去りにし日々、今ひとたびの幻」は間違いなく名作なのだが、カバー絵が「はっきり言って手抜きだと思う」という点で(装丁に味がないわけでもないのだけれど)、やはり少し物足りない。
 じゃあどれが、と言われれば、やっぱり僕は結局これを選んでしまう。

「ジュリアとバズーカ」 アンナ・カヴァン

 まるで出来レースのようだけど、タイトルも、カバー絵も、内容も、パーフェクトの一冊といえば、これに尽きるんじゃないか。ニューウェーブの伝道師、ブライアン・オールディスの有名なSFの通史「十億年の宴」が、アンナ・カヴァンの「氷」で締めくくられているというのは有名な話だし、そもそもサンリオSF文庫がニューウェーブを紹介しようという意図を持ちながら発刊されたことを考えると、カヴァンをここで選ぶことは妥当なように思える。まあ、それなら「氷」を選ぶべきだと言われそうだが、カバー絵の良さが違いすぎるので、仕方がない(個人的には、「氷」の表紙に「ジュリアとバズーカ」の表紙絵を使っても良かったんじゃないかという気もするが、それはまあ置いておいて)。訳者が無名というのもポイント。また、最近では「ビブリア古書堂」でも取り上げられたりして、後への影響が大きい点も見逃せない。ただしもちろん、サンリオSF文庫の中で最も面白い小説という意味ではない。内容的に優れた本なら、他にたくさんあると思う(それこそ、カヴァンなら「氷」の方が上)。
 残りも一応見てみる。「ノヴァ急報」は翻訳の評判が悪い上にカバー絵が嫌いだし、「生ける屍」は僕には古書価が高いだけという印象で、それほど魅力を感じない。「猫城記」は、中国のSF(正確には風刺文学だが)を文庫で出したというだけで画期的だが、果たしてこれをサンリオSF文庫代表としていいのかという疑問も残るようなカバー絵の強烈さだし(笑)、「ハローサマー・グッドバイ」はファンが多いのでは悪くないのだが、カバー絵の魅力でも、個人的には「ジュリアとバズーカ」に軍配が上がる。
 というわけで、暇にあかせてたらたらと考えて来たが、「ザ・ベスト・オブ・サンリオSF文庫」は、僕としてはアンナ・カヴァンの「ジュリアとバズーカ」ということにしたいのだが、どうだろうか?
 
 

愛しき人類

2014年01月04日 | 読書録
 あけましておめでとうございます。(もう四日ですが)
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 最近、積読がやたらと増えてきて、困っている。
 買った本は読まずに、図書館で借りてきた本ばかり読んでしまう。
 何なんだろう、この状態は。
 要するに、帰り道にちょっとブックオフの均一棚などを覗いて、あ、これがある、プレミアついてるんだよな、なんて思って買うのだが、それは大抵古いSFだったりして、なんとなく買ったものの今更読むにはやや食指が動きづらいなあと感じてしまうのだ。じゃあ買わなきゃいいじゃないかと思うのだが、なかなかそうはゆかなかったり。
 これじゃいけないと、とりあえず積読だらけのサンリオ文庫の棚を眺めて、一冊取り出して、読んだ。それが

「愛しき人類」 フィリップ・キュルヴァル著
サンリオSF文庫 サンリオ刊

である。

 フランスのSF賞であるアポロ賞を、1977年に受賞した作品(アポロ賞は、現在はなくなっている)。
 舞台は近未来。ヨーロッパは共同体を作り、マルコムと称している。そのマルコムが、ある時突然国境を封鎖し、鎖国してしまった。防護柵などで固められたその鎖国は絶対的で、外国からマルコムへ入る事はほとんど不可能になっている。マルコムの中では、核から得たエネルギーを利用し、発達した科学力を享受しながら、人々は閉鎖的ではあるがそれなりに豊かな生活を送っている。中でもマルコムが特異なのは、「時間流減速機」と呼ばれる、一日を七日の長さに引き伸ばすことのできる機械が発達し、その気になれば通常よりも七倍もの長さを生きることができるようになっていることだ。そこに、外の世界からベルガセンという、一人の男がスパイとして侵入してくるのだが……というのが、導入のストーリー。
 わざわざ導入のストーリー、と書いたのは、物語がどんどんと訳のわからない方へととっちらかってゆくから。ヨーロッパ文化に対する批判や風刺を込めたディストピアものだが、面白いのかといえば、僕には今ひとつ面白さがよくわからなかったとしか言えない。正直、読むのが苦痛になって何度も放り出そうとしたし、眠気をこらえながら読み飛ばしたところも少なくなかった。だから、ちゃんと読めたのか、心もとない。フランスの作家らしく、爛熟したというか、退廃的というか、香りが漂ってきそうな雰囲気に彩られていて、さすがお国柄だとは思ったけれども、結構大きな題材を扱っているのに、小説中で展開される世界が狭いので、どこかいびつな感じを受けた。大きな問題が、結局は数人の、どろどろとしたセクシャルな関係性だけに収縮して、唐突に終わってしまったという印象。まあ、グロテスクで変な小説には違いないので、興味のある方はどうぞ、という感じか。