漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 「こんばんは、サートルさん」
 「どうもこんばんは、先生。うちの家内がですね、仔猫のことでちょっと行ってきてくれと言うんですよ」 
 「すぐに仔猫を一匹、つかまえてきてさしあげますよ」
 わたしは反論があると――さしあたっては、とりあえず――ちらつかせておいた。
 「ちょっと仔猫を捕まえるのを手伝ってくれないかな?」
 「いいわよ」
 わたしたちは離れ家と庭を行ったり来たりして、「あっちの仔猫を一匹、こっちの仔猫を一匹」という具合に集めていった。それから一ダースほどの暴れまわる仔猫たちを底の深いバスケットの中に入れて、ドアのそばに立っている男のところへと運んだ。
 「おまたせしました、サートルさん。ここから選んでください」
 その男は、仔猫たちの首筋を掴んで一匹ずつ順番に持ち上げながら、吟味した。
 「この子を連れてゆくことにするよ。ニポンド六シリングでしたね?」
 「ニポンド六シリングです。ありがとうございます、サートルさん。その子がすばらしいネズミ捕り名人になることを祈ってますよ。ところで、義理のお姉さんのために手に入れた、ゴールデン・サイプレス(訳注:糸杉の種類だが、ここでは猫の種類だろうか?)はどうしていますか?」
 「申し分ないね」
 その男は、仔猫を連れて帰っていった。取引を見ようとやって来ていた、さまざまな種類の年長の猫たちは、引き返していった。
 「ぼくはこうして仔猫を間引いているんだ。母猫の育児が終わってからにしているし、質素で良い家を選んではいるけれどね。本当にたくさんの猫たちが出ていったよ。幸い、たいていの人が欲しがっているのはオス猫だし、ぼくの目的のためにはメス猫がベストだ。値段はいつも同じだよ。ぼくは週に十二ポンド六シリング稼ぐのさ」
 話をしながら、彼はわたしを導きながら、方形の家庭菜園へと続く狭くて日陰になった小径を下っていったが、そこには壊れた温室があって、傾いた外観には蔓が巻き付き、数本の針金のアーチが、伸び放題の薔薇の重みに耐え切れず、痛々しくたわんでいた。
 「夕食用に、少しアスパラガスを摘んでゆこう」
 ひとりの若い男性のためとしては――そして明らかに彼はここで一人で生活していた――そこには尋常ではないほど広いアスパラガス畑が広がっていた。
 「アスパラガスをたらふく食べるってのはいいね。ぼく自身にとっても、猫たちにとっても、十分な量だ。そこにダイナがいるぞ。彼女は生のままが好きなんだ。……ダイナ、君の黒白の仔猫はミセス・アイザック・サートルと一緒に暮らすために行っちゃったよ」
 彼女は飛び降りてきて、彼の足にまとわりつき、自分は息子のためにできる限りのことをしてあげたし、これからは息子は世界の中で自分自身の道をみつけなければならないんだよと言おうとして、口いっぱいのアスパラガスの先っぽを飲み下した。わたしたちはかなりたくさんのアスパラガスを摘むと、それをキッチンへと運んだ。わたしがアスパラガスを整え、房にまとめているあいだに、彼は十九匹の魚の夕食を用意した。そして庭に立って、招集をかけた。
 「猫たち、猫たち!仔猫たち!」
 アスパラガスに加えて、そこには鳩の冷製パイが少し、それに皿いっぱいのシュガー・ビスケットがあった。それに、アンジュワインのボトルも。ダイニングルームには何匹もの猫たち座っていた。椅子の上にいる猫もいたし、窓の下枠の上にいるものも、広いローズウッドのテーブルの上に座っているものもいた。シュガー・ビスケットと、コーヒーとブランデーが用意されると、その中にいた赤茶色の大きな猫が起き上がり、幅の広いグラスからちびちびと上品に舐め始めた。

"The Cat's Cradle-Book"  
Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
Translated by shigeyuki



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 「しないわよ」わたしは言った。
 「おお!立派だ!だがまあ、自分自身で判断する方がいいと思う」
 彼は引き出しを開けてフォルダーを引っ張り出し、タイプ打ちの原稿の束を抜き取って、それを手渡した。
 「そのテキストはミープから採録したものだよ――素敵な母猫であり、語り手なんだが、紅茶の時間に顔を合わせた様子では、君は彼女とは相性が悪そうだし、彼女にしてもそうみたいだ。ぼくは彼女を地方鉄道の踏切から拾ってきた。いちばん豊かな物語の泉を持つ猫を乳母にする必要があったから、それを見つけ出すために、ぼくは出来る限りたくさんの雌猫を集めようと歩き回っていたんだ。ミープの原本は、二つの他のバージョンと一緒に集めてあるが、そのうちの一つは、君も会ったことのあるバシリッサからのもので、もう一つは、チャンネル諸島からやってきた子供のトラ猫で、釣り船から連れてきた、ノイセットのものだ。ギリシャ、ノルマンフランス、東アングリア。君はさまざまな異本を目にするだろうが、その異同は非常に些細で、取るに足りないものだ」
 表紙にはオーディンの鳥が描かれていた。物語は、とても高級な、薄くて丈夫な紙に、たっぷりの余白をとってタイプされていた。注釈は、リボンの半分が赤いものが使用され、タイプされていた。訂正が、美しい手書きの走り書きで付け加えられていた。
 わたしがそれを置いたとき、彼は言った。
 「どう思う?特に気がついたことがあるか?」
 「これって、とても客観的ね」
 「そりゃね。猫は客観的だよ。だが、他には何か思いつかないか?」
 「当然、スカンジナビア風の要素があるわね。でも、それってトワ族のスコガラスの民間伝承じゃないかしら?それから、分布の疑問……東アングラ、チャンネル諸島、ギリシャ。最初は、そうした国々がとても離れているように思えたけれども、バイキングの船がその物語を運んでくるのに遠すぎるという距離ではないわね。ヴァリャーギ人はビサンチウムに侵攻したわ」
 「それで?」
 「ヴィンランドへも、多分、行ったわ。北アメリカからメス猫を手に入れることができるかしら――もっとも、メイフラワー号、ベイ・セトルメンツ号、そのほか色々な船に乗り込んで航海した猫たちが移民たちと共に舐めた辛酸を、あなたに示すことになるだけかもしれないけれど。それでも、わたしは新世界の猫は試す価値があると思う。ユカタンの猫、とかね。もっと言うと、グリニッジヴィレッジなら、ほとんどの民族を代表する、びっくりするほど素晴らしい猫だって見つけられると思うわ」
 わたしは心の中で少し考えて、いい考えだと思ったのだが、彼は顔にかかる前髪の向こうでしかめ面をしながら、その言葉を遮った。
 「私見だが、それはかなり的外れな意見だ。ぼくは人間主義的なアプローチの方法には興味がないし、それに、君は民族性というものに余りにも重きを置き過ぎているように思えるね。もしぼくの説が正しければ――確信は深まる一方だがね――猫の文化は、単なる民族的な問題というものを超越している。それをすべて、ヴァイキングがヴィンランディアに侵攻したかどうかと結びつけて考えようとするのは、ぼくにはひどく見当違いに思えるね。ぼくの見たところでは……」
 ドアベルが鳴った。彼は立ち上がり、窓の外を覗った。

"The Cat's Cradle-Book"  
Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
Translated by shigeyuki





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 「ぼくは研究を続けてる」彼は言った。「その時から。八ヶ月のあいだずっと」
 「猫の協力のもとで?それとも、猫は協力者というよりは、素材なのかしら?」
 「まず第一に、彼らは情報源だよ。ぼくは民話を、あるいは伝統的な歌や踊りを、収集しているという立場にある。ぼくは彼らを警戒させないように気をつけて、素材となるものを手に入れなければならない。猫は用心深いからね。調査のために近づいてくることを、彼らは嫌うんだ。でも、猫が人間よりずっといい点がひとつある。猫は民話作家になったり、作家になったりはしないということさ」
 「それで、誰があなたの一番の情報源なの?」
 「圧倒的に、ミセス・オトォワデイだね。彼女は幅広いレパートリーを持っているし、バージョンとしてもいちばんいい。彼女は無尽蔵だよ」
 「シャナヒー(訳注:アイルランド語で、歴史や物語などを語る吟遊詩人のこと)ね」
 「そして母親だ。これは、ぼくたちが出会ってから三番目に生まれた同腹の子供だ。わかってると思うが、これらの物語は、単なる芸術としての作品ではないんだ。読み聞かせ用の童話であり、教育なんだ。ソビエト・ロシア(いい国だし、好きだよ)の文学委員会が猫よりも文学の社会的機構について明白な概念を持つことができる、なんてことはないんだよ。ちょうどソビエトの小市民の子供たちがマルシャーク(訳注:ロシアの詩人・児童文学作家であるサムイル・マルシャークのことか?)とか、あるいは内燃機関についての簡単な歴史を教えられて育つように、それからついでに言うなら、この国の一世紀前の帝国主義的なキリスト教徒の子供たちが、『リトル・ヘンリーとその召使い』(訳注:1814年に発表された、メアリ・マーサ・シャーウッドの児童文学)を読むことで、いかに支配下にある人種をうまく管理するかを習ったように、子猫たちは母猫のしてくれる物語を学ぶことで、猫としての心構えについての訓練を受けるんだ。ミルクが流れるのとともに、物語も流れるんだよ。もちろん、それは特に驚くようなことじゃない。小枝を剪定し、木の形を整える。そのようなやり方で子供を躾ければ、子供はすくすくと育ち、それからも道を踏み外すことはないだろうからね。だが、注目すべきことは」彼はペーパーナイフを振りながら、大きな声を出した。「その物語の普遍性と同一性だよ。気難しいネコ科の記憶は、ノーフォクに住むオトォワデイと、シャム(訳注:タイの旧称)からやって来たハルの、完全なテキストを保存することで可能になった。ぼくの持っている物語の中には、五つもの別のバージョンがあるものもある。ぼくは速記を使って書き留め、照合してみた。ほとんど違いはなかったよ。
 「新聞に投書があった」彼は続けた。「猫の驚異的な記憶力についてね。閉めきったバスケットの中に入れてランズエンドからジョン・オ・ゴーツまで連れて行かれた猫がいたんだが、六ヶ月後、ふたたびランズエンドに戻ってきたということだった。すると他の新聞に、暇な奴が、本能のなせる業だと、くだらないことを書き立てた。本能、本能か!ばかばかしい!記憶なのさ。細かくて、途切れることのない、自分たちの力できちんと保った、完全な記憶だよ」
 「だけど、どんな物語なの?あなたの言う、教育的な物語って。寓話みたいなものかしら?ミセス・オトォワデイは、たぶん、イソップのことを憶えているわね」
 「まあ、どうしたってイソップのことが頭に浮かぶだろうね。だがその一方で、これらの物語がどこにでもある道徳的寓話や、ありきたりな環境保護論者のプロパガンダと同じようなものであると、早計に考えたりしたりはしないで貰いたいね」

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Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
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 「ぼくは帰郷の途中でバシリッサに出会い、彼女と一緒にここに落ち着いた。それから一週間ほどは、ぼくらはここでふたりきりでいた。雨が続いていたから、ぼくはせっせと自分の本を整理して過ごし、余り出歩かなかった。そうしたある夜のことだ。ぼくはネズミを撃とうと思い、家を出た。そしてゴミの山の近くに寝そべって、ネズミがやってくるのを待っていたところ、チュッという甲高い声が聞こえた。どうやらネズミが一匹、他のハンターに仕留められたらしいと思った。それから、ぼくは彼女を目にした――ミセス・オトォワデイは――どう見てもずた袋にしか見えなかったが、腹ばいになってコソコソと逃げ出しながら、自分の仕留めた獲物を引いていた。彼女は古い家畜小屋の中にさっと飛び込み、ぼくは彼女の仔猫たちの鳴き声を耳にした。
 「銃声で彼女たちを怖がらせたくはなかった。銃を撃つ代わりに、ぼくはゴミの山の側で寝そべったまま、樹々を眺め、露が下りてくるのを肌に感じながら、時折どんぐりが落ちる音を聞いていた。そうしているうちに、ぼくはウトウトとしていたらしい。なぜなら、ハルがそこに座って、ぼくに『ハーミットと虎』の物語をしてくれているような気がしたからだ。またどんぐりが落ちた。そしてぼくは、そこにハルはいないということを知った。だが物語はそこでまだ続いていた。物語は、豚舎の中で続いていたんだ。
 「それはまったく同じ物語だった。物語の細部も、表現も――さらには言葉遣いまで同じだった。その言い回しは、ハルの芸術的才能の素晴らしい開花のように思われた言葉の使い方だった。そう、ここノーフォークの空いた豚舎の中で、貧相で読み書きもできないトラ猫が、自分の子供たちに、ぼくがアンカラで愛しいシャム猫の口から初めて聞かされたインディアンの人生の物語を、繰り返していたんだ。
 「何もかもが腑に落ちた。ハルが最初にしてくれた『ドブレフェル山地の猫』の説話は、叔母が古代スカンジナビア人のデーセント作の童話として話して聞かせてくれたから、子供の頃から馴染みのある物語だった。そして下手くそなブブ版の「青髭のむすめ」。『ケンタウロス』、そして『キツネの法王』についての、バシリッサのとりとめのないおしゃべり。そしてハルの、物語についての彼女自身の言葉は、子猫が自分の母親がしてくれる物語から学んだものだった。すべての物語の断片が、ぼくの目の前でキラキラと輝き、そして水銀のように互いに融け合って、静かに横たわっていた。
 「ぼくは自分自身に対して、今という時間の中でのみ生きるという誓いを立てていた。刹那のためだけに。心の奥底から、未来を失って生きるのがどれほど味気ないものであるかを分かっていなかったのなら、それほどまでに強い誓いを立てるべきではなかったのだ。ぼくの未来は決まった。猫の文化的遺産を学ぶことに身を捧げるべきなのだ。



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 「『あと二、三日だけ我慢すれば』とぼくは自分に言い聞かせた。そうして二日後、彼女は唐突に穏やかになり、塞ぎこんで、恥じ入っていた。ぼくには、その時彼女が死にかけていたのがわからなかった。彼女は咳をし始め、毛並みはゴワゴワになり、素敵な白檀の香りは消えて、熱病の匂いを発し始めた。譫妄状態の中で、彼女はぼくたちが共に過ごした日々を忘れて、海軍武官のところに戻ったのだと信じていた。海軍武官の金のモールを奪取する計画をボソボソと呟いたのが、彼女が最後に遺した言葉だった。
 「彼女が死んだのは、欲情が叶えられなかったストレスによるものなのか、それともぼくが彼女の頭の上からぶっかけた水差しの水のせいなのかは、わからない。どちらにせよ、彼女が死んだのは、ぼくのせいだ」
 わたしにはかけるべき言葉が思いつかなかった。しばらくして、彼は言った。「夕食を食べてゆくといい」
 わたしは(承諾の言葉が率直で謙虚に聞こえていることを願いつつ)喜んでごちそうになります、と答えた。
 「愛は」と彼は続けた。「人を感じ易くするが、愚鈍にもする。人の思いやりの力は、まるで懐中電灯の光のように、愛する者にだけしか焦点が合わないんだ。その限られた範囲の向こうは、何処とも知れぬ暗闇だ。ぼくがその完璧な見本だよ。それは単に、ぼくがハルを愛していたとき、どこまでも愚かで、大使館員の一員としては使い物にならなくなっていたということを言いたいわけじゃない。そんなことは言うまでもないことだ。そうじゃなくて、ぼくはハルを愛していたのに、彼女が気を遣ってくれている時でさえ、愚かだったんだ。ぼくは彼女が精神的にも物質的にも高度な文化を持っていたことを知っている。だが彼女が示した精神的文化と物質的文明について、あれこれと思いを巡らせることはもう決してない。彼女はハルであり、ぼくのシャム猫だった。他の猫たちなら、いくらでもいた。上手くとりあうために媚をへつらうことを喜びとする、頭のよい動物たちだ。彼女の死後(彼女の記憶を、感傷的に貞節を守るということで無意味なものにしたりはしないと決心していたので)、ぼくは他の猫を手に入れた――去勢した雄の、可愛い野良猫だ。ぼくは彼が、性を奪われているのだから、仔猫のように、ちゃんと品のよい考えかたをしてきたにちがいないと思った――だが、ぼくの手元に届くまでには、彼は完全に堕落していた。ある日、彼もまたぼくに物語を語り始めた。そして彼の物語は、ハルのしてくれた物語の一つとまったく同じだった――その物語は、彼女が「青髭のむすめ」と呼んだ物語だったんだ。どういう結論を導き出せばいいのだ?――彼はそれを彼女から習ったに違いない。ぼくは食い入るように彼の言葉に耳を傾けた。想いはみんな、失ったばかりのぼくのシェへラザートに向かって流れていった。彼がその夜にいなくなったのも、無理はないな。
 「一方で、ぼくはますます自分の仕事に愛想を尽かすようになってきていた――そして海軍武官は『彼女の可愛い仔猫ちゃんを盗んだ』ことで、決してぼくを許さなかった――彼女はネチネチと意地悪をしてきたよ。あらゆることがとても不愉快になり、内向的になったぼくは仕事をさぼり、テニスをする気にもなれなかった。やがて大使館の中には、ぼくがテリア犬でも飼った方がいいんじゃないのかという、道徳的な含みを持った空気が流れるようになった。そしてついには、頭の固い役人から非難を受けた。キャリアを捨てたところで、生活してゆくのには十分だと思ったぼくは、きっぱりと辞任をして、イギリスに戻った。そしてこの家を見つけ、気に入ったんで、借りることにしたんだ。

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Written by Sylvia Townsend Warner
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 「それからというもの、彼女はぼくと一緒に住むようになった。おのずから、そのことについてはかなり色々と言われた――大使館員はゴシップが大好きなのでね。そして海軍武官夫人は大騒ぎを起こし、彼女を取り戻そうとした。だが、ハルに骨に届くくらい深く引っ掻かれた上に、コーヒーサービスを壊された挙句、夫人は何をやっても無駄だと悟り、譲歩したよ。
 「それまで不幸せだったぼくの人生が、ようやく好転し、はちきれんばかりの喜びと楽しみで満たされたんだ。ぼくは馬鹿なんでね、数週間後に熱をこじらせてしまったが、ハルが献身的にしてくれたから、闘病は楽しいものになった。彼女はぼくの胸の上に寝転んで、ぼくの唇からブランズのチキンエキス(訳注:Brand's社から出ているチキンエキス。滋養強壮に効くサプリメントのようなもの)を舐めていた。回復期の退屈な長い時間を過ごしていたある日の午後、彼女は、ひとつお話をしてあげようか、と言った。それは、『ドブレフエル山地の猫』という、スカンジナビアの民話だった。ぼくは彼女に、どこでそれを習ったのかと尋ねた。ぼくの好奇心をおもしろがって、優しくからかうように、これは仔猫ならみんなお母さんから教わる物語のひとつなのよ、と答えた。
 「彼女は純粋でクラシカルな説話の、優れた語り部だった。言葉を尽くしすぎるとはなく、一部を誇張することもなかった。まるで彼女がペローに口述筆記をさせていたかのようだった。彼女にお願いして、日々ぼくは猫についての知識の引き出しを増やしていった。そして知識が増えるにつれて、適切な言葉を選び出す彼女の表現の才に新たなる美を見出した。
  「一ヶ月が過ぎ、ぼくたちは苦悩の中に落ちた。彼女に盛りがついたのだ。彼女はひっきりなしに恋の歌を唄い、屋根も吹き飛ばさんばかりだった。彼女の操る言葉は、全てが淫らでエロティックなものに染め上げられた。彼女は不機嫌になり、見るもぶざまな姿を晒し、ぼくの持っている本を台無しにして、パジャマを破いた。食事を拒み、シーダーの木片から作った餌皿以外のあらゆる場所にそそうをした。ぼくは、それがごく自然なことであるかのように、彼女と同じような悪行をした。ぼくは彼女を外に出すことを拒み、彼女のことを、ぼくが口に出せる限りの、卑猥な名前で呼んだ。彼女を叩き、頭上で水差しをひっくり返した。びしょ濡れになって震えながら、彼女はぼくの腕の中に横たわり、真っ赤な瞳でぼくの首の血管を見つめながら、あたしを離してと懇願することと、自分の欲情に応えることのできないぼくをなじることを、交互に繰り返した。

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Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
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 わたしは乞われるままに立ち上がり、彼の後に付いて、たくさんの本がある部屋の中に入ったが、その部屋の窓に映る光景は、単に先ほどと同じ光景を十フィートほど高いところから見ているだけにすぎなかった。
 「座ってくれ」と彼は促した。そして最後にわたしを強い眼差しで見つめると、自分は部屋のいちばん離れたところに座って、ぐっと抑えた声で言った。
 「きみはこれまでに猫の文化について考えたことはあるか?」
 「いいえ」わたしはつつましく言った。
 「ぼくはある。そのテーマに深く取りつかれてきたんだ。この八ヶ月のあいだ、ぼくはこの研究に身を捧げてきた。たぶん、どうしてぼくがこのテーマを取り上げることになったのかをかいつまんで話すことから始めるのが、いちばんいいと思う」
 「そうね」わたしは言った。
 「オックスフォードをやめてから、ぼくは大使館に勤務するようになった。理由は特にないが、語学ができたのでね。それに父がが、ぼくが全く大英帝国に対して無関心なものだから、ポルトガルやハンガリーに派遣されることがあったとしても、大した影響はないんじゃないかと考えたせいかもしれない。ぼくはその生活がとても嫌だった。うんざりしていたし、ホームシックにかかっていた。外国人はぼくをイライラさせたし、風土病にもかかった。そうして、アンカラの大使館に配属されたとき、ぼくは恋に落ちた。大使館付きの海軍武官夫人が雌のシャム猫を購入したんだ。猫は美しく、センシティブで、その真価を認められていなかった。堅苦しくて退屈な大使館生活は、ぼくがそうであるように、彼女にとっても肌に合わなかった。ぼくたちは共に尊大だったが、どちらも幸せではなかった。尊大さでは補えぬほど、ぼくたちは不幸せだったのだ。次第に、一進一退の複雑な過程を経て、視線を交わしあい、沈黙を溶かし、深い恋に落ちた。ある夜、横になって、ひとつのナイトクラブから別のナイトクラブへと移動する旅行者の叫ぶ声や、退屈なムアッジン(訳注:イスラム教の祈祷時間の告知係)の声といった、絶えることのない街の喧騒に耳を傾けていたとき、彼女がぼくの部屋のバルコニーの中に飛び込んでくるが見えた。彼女は月光の中に佇み、身体のバランスをりながら、石鹸の泡みたいに少し揺れていた。それから喜びの叫び声を上げ、騒々しく情熱的に、ベッドの上へと飛び込んできただ。
 「それからというもの、彼女はぼくと一緒に住むようになった。おのずから、そのことについてはかなり色々と言われた――大使館員はゴシップが大好きなのでね。そして海軍武官夫人は大騒ぎを起こし、彼女を取り戻そうとした。だが、ハルに骨に届くくらい深く引っ掻かれた上に、コーヒーサービスを壊された挙句、夫人は何をやっても無駄だと悟り、譲歩したんだ。

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Written by Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
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 わたしたちは長い石畳の廊下を歩んでいった。その突き当たりには、ずっしりとした閂と鍵前の付いた大きな扉があって、まるで聖ペテロが立っていて開いてくれる門(訳注:聖ペテロの門は、天国への入り口を指す)のようだった。庭を横切って、わたしたちは家畜小屋へと入った。家畜小屋の中は四つに間仕切られていた。そのうちの二つにはクリ材の丸太が積まれ、木槌と楔が隅に転がっていた。3つ目の仕切りの中には、sawingcradle(訳注:のこぎり台?)と自転車があった。ミセス・オトゥワディは半分の高さの壁の上を飛び越え、身体をくねらせるようにして柵をすりぬけると、先回りをして四つ目の仕切りに入った。わたしたちがそこに足を踏み入れた時には、彼女はすでに横向きになって転がっており、三匹の汚らしい毛むくじゃらのチビ助たちのためにお腹を伸ばして、恍惚とした虚ろな瞳で上の方を見つめていた。
 「オトゥワディには三匹、メリュジーヌ(訳注:フランスの水妖)には五匹、子供がいる……猫は二十八匹いると言うべきだったね」若者は言った。「だが、魚屋にはこいつらのことも計算に入れて注文は出してあるよ」
 ミセス・オトゥワディのちっぽけなみすぼらしい顔、その威厳に満ちた自由奔放な態度の中には、言葉では言い表すことのできない充足感が浮んでおり、わたしたちはしばらくそこに佇んで、その母性に見惚れていた。やがて彼女は寝返りを打って、三匹の仔猫たちを抱え込むと、舌で舐め始めた。わたしたちが家畜小屋を後にしたとき、彼女は眠たそうな声で語っていた。
 「むかしむかし、一本の骨を盗んだ犬がおりました……」
 若者は振り返り、わたしに刺すような視線を送った。
 「イソップかしら?」私は言った。
 「そのことについては、お茶を飲みながら話をしよう」
 だが彼はその約束を守らなかった。彼は突然黙りこんだ。お茶を用意すると、曇った鏡に伸び放題の芝生とその背後の木々が映しだされているリビングルームに運んだ。わたしはさらに数匹の猫たちを紹介された。人懐っこい金色の若いトラ猫と愛想のない銀色のトラ猫、耳の聞こえない、堂々とした白猫。その他のことに関しては、わたしたちは社交的な言葉を短く交わしただけだった。そうしながらわたしは窓の外を眺め、自分がこの熟しすぎた西洋梨のような家を柵越しに観察しようと自動車を止めてから、なんとまだ一時間も経っていないのに、いまではこうしてその家の中で、ピンクのティーカップを使って中国茶を飲んでいるのだ、と考えていた。窓の外を眺めていると、若者はわたしを見つめた。視線は、実際のところ、余りにも柔らかい言葉だった。彼は見つめていた。熱心に、しっかりと、探検家が地図をじっと見るように、あるいは鉱物学者が鉱石をじっと見つめるように、あるいは猫がネズミ穴をじっと伺うように。
 お茶を飲み終え、話が途切れた時、彼は立ち上がり、言った。
 「一緒に上に来てくれないか」

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(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
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 「彼女がそう言ったわ」
 「アイリッシュの家族が、ノーフォークに落ち着いたんだ。つまり、オトゥワディの先祖だよ。なあ、猫ちゃんたち、そんなにカリカリしないでくれよ。キャスパー、オウリー、ヘンリエッタ、それから、ロンドン・オトゥワディ(訳注:オトゥワディには、ごますりという意味もある)」
 「なぜロンドンなの?」
 「霧みたいな色をした、雄の虎猫だからさ。こいつらは秋に一緒に生まれたんだ。ぼくはこいつらを、ここにやってきてすぐに、うっちゃられていた豚小屋で見つけたんだ。山猫みたいに、栗の実やどんぐりを食べていたよ」
 「他の仔猫たちは?」
 「トムとマーサっていう、双子の灰色猫の父親は、キャスパーだ。キャスパーは黒い色をした泥棒猫で、森の中に住んでいる。たいした個性の持ち主だから、もっとよく知りたいと思っているんだけどね。三毛猫はぼくと一緒にギリシャからやって来た。バジリサっていうんだ。だけどまあ、ここにいる仲間たちは、クウィーニと呼ぶね」
 わたしたちの会話は、パカパカという馬の蹄の音と、車輪のガタガタという音に遮られた。商人の荷馬車がゲートの側で止まった。同時に、ほかのたくさんの猫たちが姿を現した。
 「ちょっとごめん」
 彼がゲートを開くと、荷馬車は中へと入った。荷馬車のテイル・ボードには、こう書かれていた。《クラスケ魚店》。荷馬車が進んで行くと、猫たちがその後にぞろぞろと続いた。
 若者とわたしは、家の裏手の庭へと向かう荷馬車についていった。
 「三ダースのホワイティング(訳注:ヨーロッパの海域に生息するタラ科の食用魚)ですよ、旦那。それと、五ポンドのセイス(訳注:北大西洋の重要な食用魚)と」
 ベトベトと濡れた新聞の包みを手にした若者がわたしに、中に入るようにと見ぶりで示した。わたしたちに纏わりつきながら、猫たちが一緒に中に入ってきた。
 そこは、波打ったレンガの床と背の高い食器棚がある、古風な広いキッチンだった。窓はnuttery(訳注:癲狂院?)に面していて、緑の太陽の光が部屋の中に満ちていた。コンロの上には魚釜があって、中の水は既に沸騰していた。そこに若者は、三ダースのホワイティングと五ポンドのセイスを全部放り込んだ。
 「中国がいいかな?それともインドにするかい?」釜をいっぱいにしながら、彼は言った。
 「中国にするわ――ええと、もしあなたがわたしをお茶に誘ってくれているなら」
 彼はお辞儀をして、それからトレイに磁器を置き始めた。
 「釜で煮ているあいだに、ミセス・オトゥワディが君に家族を見せるつもりみたいだよ」

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 「ちょっとだけ」わたしは答えた。「話をするというより、理解してるの」
 わたしの声の調子は弁解がましいものだった。わたしに向けたその声はやや刺のあるものだったし、この若者の美しさは、それ自体が、考えていることを表現することよりも、もっとずっと計り知れないほどに完成された、叱責のようなものだったからだ。
 「きちんとした勉強をするべきだな。なぜそんなに不精なことをするんだ」彼はわたしの罪の意識と従順さを手玉にとりながら、続けた。「たかだがちょっと努力して、日々の練習をするだけじゃないか。猫とちゃんと話をしたいという気持ちがもしあるのなら、流暢な会話をしちゃいけない理由なんてないだろう。そんなのは、単純に応用力の問題だ」
 そうやって話をしていると、灰色猫が意見を述べた。
 「彼女が応用力に富んでいるようには見えないわね」
 「だけどこの娘はやさしい心を持ってるわよ」毛の長い猫が言った。三毛猫は、わたしがいい匂いがすると付け加えてくれた。
 こうした一連の「不思議の国のアリス」そのままの世界にぼうっとなって、わたしは今まで彼よりもハンサムな若い男性を見たことがなかったなあと考えたり、それから彼がどこからやってきたのかしらと想像を巡らせたりしながら、ずっとゲートにもたれていた。わたしは彼が近づいてくるのに気がつかなかった。彼は樹から降りてきたのかも知れないし、ライラックとかバイカウツギとかの下から現れたのかもしれない。狩りが習性である猫でさえ、こんなにぎょっとするほどこっそりと忍び寄ってきたりはできないだろう。背が高く、細身で、グレーの瞳に真っ直ぐなアッシュブロンドの髪を持った彼は、誰もが考えるような、古いがきちんと手入れの行き届いたとても仕立てのよい服を身につけている、クラシカルな典型的な英国人のイメージそのものだった。だが実際の彼は、買ったばかりの既製品のコーデュロイのパンツを履き、ハーレムかCent Mille Chemisesのどこかの裏通りで買ったに違いない、イチゴ色のコットンシャツを着ていた。髪のひと房を片目の上に垂らした彼の手には、熊手が握られていた。
 その一方で、その声の中には少しばかりの傲慢さや冷淡さが窺えた。彼はわたしに応用が不可欠であると促したが、その間にも、長い毛をした猫は、わたしが彼女の仔猫たちを見にゆくべきだという要求を続けていた。わたしは彼と彼の家を見つめることが楽しかったし、彼の猫たちも好きだった。だがしばらくして、なぜおかしな若者から講義を受けなくちゃいけないんだと考え始めた。それで、わたしは言った。
 「確かにあなたには練習をする機会がいくらでもあるでしょうね。いったい何匹の猫たちを飼っているのかしら?」
 「その時によるな。目下のところは十九匹だ。だが、ぼくが猫たちを飼っているなどと早合点をしないでもらいたい。そうじゃなくて、猫たちはここに住んでいるんだ。実際、ミセス・オトゥワディは、ぼくがこの家を購入する以前からここにいるんだぜ。その黒猫もやっぱり、オトゥワディと言うんだ」

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 「紫の雲」をやりっぱなしのまま、他の翻訳ばかりやっていますが(笑)、また別のやつを始めます。実は、「紫の雲」の方は、とっくの昔(二年ほど前かな)に下訳は完成してしまっているのですが、この先はあまり面白くもないので、見直すのが面倒になって、ついほったらかしになってしまっています。 

 これから訳そうとしているこの作品「The Cat's Cradle-Book」の著者、シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー女史は、月刊ペン社から出ていたシリーズ「妖精文庫」の「妖精たちの王国」の著者で、最近「フォーチュン氏の楽園」が20世紀イギリス小説個性派セレクションに収録されました。「フォーチュン氏の楽園」が、ちょっとホモセクシャル的な作品だと思ったけれど、彼女は「Summer will show」という、レズビアン小説も書いているようです(未読)。まるでトーベ・ヤンソンみたいですね。ぼくは「妖精たちの王国」から気になっていた作家だったのですが、去年読んだ「フォーチューン氏の楽園」ですっかり気に入り、「妖精たちの王国」のあとがきで荒俣宏氏が「まだ入手できていない、まぼろしの本」扱いしていたこの古書をネットで見つけて、取り寄せました。内容は、「母猫が仔猫たちに語る寓話集」といったもので、この物語の数々を入手することになったいきさつを書いた長い序文と、短い寓話がたくさん入ったものです。出版年が1940年で、著作権は切れていないのですが、ベルヌ条約の特例により、翻訳は自由にできるようです。なので、試訳の訳文だけを掲載します。ご了承ください。なおタイトルは、「猫のゆりかご」としましたが、cat's cradleには「あやとり」という意味があり、cradle bookには「ベッドの中で読み聞かせしてもらう本」という意味があります。

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猫のゆりかご (The Cat's Cradle-Book)

シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー (Sylvia Townsend Warner) 著  / shigeyuki 訳


 序文

 彼よりも素敵な若い男性を、わたしは見たことがなかった。
 家も素敵で、長い年月使い込まれてきたせいで、とても落ち着いて見えた――長いファサードと葦の藁葺屋根を持つ、十七世紀に建てられた家だった。古いスプーンのような滑らかさと薄さを持ったその造りが、すらりと細長い印象を与えていた。戸口は狭くてさりげなく、窓の中枠と鴨居は極めて繊細だった。白いペンキは色あせて、たんぽぽの綿毛のように銀色になっていた。家はレンガ造りで、黄味を帯びた石灰塗料で塗り固められていたが、ともに色あせて、レンガの色はすっかりとくすんでしまっており、そのせいで家の全体の風合いは、その肌にぼんやりとしたバラ色の筋とくすんだ茜色の赤みの入った、熟した西洋梨のようだった。
 周りを樹々に覆われ、その前には芝生が伸び放題になっている屋敷は、まるで木から落ちて転がっている西洋梨のようだった――わたしは、西洋梨は深い眠りに入ろうとしているんだと思った。それは五月半ばのこと。鳥たちは声を限りに歌い、完璧な静寂に包まれた家の周りでさえずりを交わしていたから、もし家に誰もいないというのでなければ、すっかりと眠りこけているのだろうという気がした。それなら、幅の広いゲートの上に身を乗り出して、家をじっと観察したところで、失礼にはあたらないだろう。ゲートの上に身を乗り出さなければ家がちゃんと見えなかったのだが、それはほつれた垣根が木と低木の木立ちで補われていたからだった――アメリカスグリ、そしてライラック、バイカウツギ、それにジプシー・ローズ(訳注:マツムシソウ)、そういった木々があったのを覚えている。
 最初の猫がアメリカスグリの下から歩み出してきた。それでわたしは、なんてぴったりなんだろう、アメリカンスグリの花の香りは、猫の匂いにとてもよく似ているのだから、と思った。その雌猫は明るい鼈甲色で、どちらかというと、まるで自然が家と調和する色彩を彼女に与えたかのように見えた。猫はあくびと一緒に後ろ脚を伸ばしながら、わたしの方に向かってやってきたが、ゲートのところまで来ると、柵に身体をすり寄せ始めた。すぐに二匹の灰色の猫がライラックの下からやってきて、合流した。猫たちは白目色で、毛は短く、逞しい、しっかりとした肩を持ち、頭は丸く、脚は短かった。自分が最初にわたしのところにやってきたのだと示すように、三毛猫はゲートの横木の一番上によじ登ると、わたしの肘に身体を擦りつけ、尻尾で頬に触れて、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。二匹の灰色猫は座って、傍観していた。
 しばらくして、四匹目の猫が群れに合流した。彼女は他の猫たちよりも年寄りで、明らかに社会的な地位は下だった。彼女は長い毛を持ってはいたが、ガラクタの山の近くや、家畜小屋の客間を好んで、社会的な階級を落とすことを選び、くたびれてみすぼらしくなってしまった、ペルシャ猫との混血だった。その行儀もまた、上品さに欠けていた。彼女は他の猫たちがぶらぶらとやって来たのに反して、走ってやって来た。走りながら、ニャーニャーと鳴いていた。そして横木に飛び乗ると、身体でわたしをグイと押した。わたしは、彼女の喉には黄色い染みがついていて、卵の殻のひとかけらが口に張り付いているのに気がついた。
 「ムネアカヒワの巣を襲ってきたのね」わたしは言った。
 巧みに話を逸らして、彼女は言った。
 「あたしの仔猫ちゃんたちを見るといいわよ!みんな立派よ――それに、食欲旺盛なの!でも褒めたげることだわね、育ち盛りだもの」
 「それで、鳥の卵を仔猫たちの前に運んでいったのね」わたしは繰り返した。
 そうしている間にも、三毛猫は横木の上を何度も行き来しながら、わたしの身体に自分の右側と左側を交互にこすりつける作業に夢中になっていたが、それはまるで身体のどちらの側がいちばん心地良い感覚を味わえるかを決めかねているかのようだった。
 「あたしの生まれ変わりよ」鳥の巣の猫が言った。黒い子猫が一匹、ヨーロッパグリの木の幹を滑り降りてきた。樹の太い幹の上の、一分間の不屈の冒険家だ。仔猫は野性的にニャーオと鳴いて、(まるで暴走列車みたいに)門柱に飛びかかった。そこで落ち着くと、勿体ぶって念入りに顔を洗っていた。
 その時だ、わたしは呼びかけてくる人間の声を耳にした。
 「そうやって猫と話しているのか?」


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