蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

台北プライベートアイ

2024年11月02日 | 本の感想
台北プライベートアイ(紀蔚然 文藝春秋)

劇作家で大学教授の呉誠は、よくある中年の危機?に陥り教職をやめて下町で私立探偵を開業する。といっても知識も経験もないのだが、最初の仕事(浮気調査)はそつなくこなす。呉の近所で連続殺人事件が起き、呉は容疑者となってしまうが・・という話。

個人的な好みとしては(というか、よくある設定としても)私立探偵本人はハードボイルドな暮らしをして偏愛的な趣味(古い雑誌を収集するとか)を持っていてもらいたい。
多くの場合、ミステリとしての犯人さがしより、そうしたヘンテコで変人な探偵を描く場面の方が面白く読めることが多いような気がする。

本作の場合、主人公の呉は、ものすごく尊大で酒に酔うと周囲の人を手ひどく批判する。特段の趣味はない(散歩くらいか?)ようだし、変人というよりは、イヤな奴という感じだし、浮気調査の依頼人と浮気してしまうというのはどうよ。

筋立てとして、前半の浮気調査のてんまつが、後半の殺人事件に当然絡んでくるんだろうと思ったが、関連性は全くなく、犯人を探るための伏線もほぼ皆無。

うーん、従来の私立探偵ものとは一線を画す斬新な作品を作ろうとしているのだろうか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

貨物列車で行こう!

2024年10月28日 | 本の感想
貨物列車で行こう!(長田昭二 文藝春秋)

幼い頃からの貨物列車ファンの著者が各地の貨物ターミナルを訪ね、実車に同乗したルポ。

本作を読んでいて楽しいのは、著者が本当に貨物列車好きで、貨物列車しか走らない路線に同乗できてマジで喜んでいることから来ていそう。
一方でそこまでマニアでもないので、編成とか列車の種類とかに深入りせず、実車経験が中心になっているのも(私のような興味はあっても専門的知識に欠ける者には)好ましかった。

特に読みどころとなっているのは、新鶴見から出発して尻手短絡線を経て東京港トンネルを経由して東京貨物ターミナルへ至る経路。東京港トンネルへ進入する箇所を撮った写真も興味深かった。

今や都心に近い住宅地となりつつある南千住に依然として蟠踞?する広大な隅田川駅、
広島車両区の古くさい(空調もない)施設で整備にはげむ(ここでは本格的な整備のため全分解して組み立て直している!)人たち、
広島貨物ターミナル駅から出発してセノハチ(瀬野〜八本松間の急勾配がある難所)での、補機(後ろから押す動力車)による支援ぶり、
も楽しく読めた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

救いたくない命

2024年10月27日 | 本の感想
救いたくない命(中山祐次郎 新潮文庫)

都心の病院の外科医、ベテランの外科医剣崎と松島をめぐる短編集。「俺たちは神じゃない」シリーズ第2弾。

表題作は、手術中の患者が重大テロ事件の犯人と実体験ときの執刀医の心境を描く。

「午前4時の惜別」は高校時代の部活の顧問の先生を執刀するが、術後、合併症が発生してしまう。恩師が患者になった際の複雑な心境を描く。

「医学生、誕生」は松島が突如医者を死亡することにした患者をコーチ?する話。

「メスを擱いた男」は、前作からの続きで、飛び降り自殺者を救おうとして自分が重大な障がいをおってしまった医者の話。

「白昼の5分間」は、剣崎の病院のベテラン看護師の息子が急性の病気で即座に手術を強いられる話。手術シーンの迫力がすごい。

「患者名・剣崎啓介」は剣崎自身が虫垂炎にかかってしまう話。自らが手術を受けるとなると、簡単なものとわかっていても不安になる心理が面白い。

著者は現役の外科医で今もバリバリ手術をしているらしい。なので、ある程度自身の経験を素材にしていると思われる。本作では「患者名・・・」の心理描写が真に迫っている感じだったので著者もオペを受けたのかもしれない。
「白昼の5分間」は創作なのだろうか。急変した事態に焦る医者の心理や手術シーンの緊迫感は相当のものだったが、実話だとすると出来過ぎのような気がしてしまう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1(ONE)

2024年10月22日 | 本の感想
1(ONE)(加納朋子 東京創元社)

玲奈は、高校時代に友人関係がうまくいかなかったことを引きずっていたが、ゼロと名付けた柴犬を飼い始めると気持ちが好転した。
玲奈は子どもの頃にはワンという名の犬を飼っていたことを思い出す。そのころは山中の別荘地の近くに住んでいて兄が拾ってきた犬だった・・・という話。

約20年ぶりに刊行された駒子シリーズ第4弾。シリーズの読者だと、玲奈の姓がわかるとタネ明かしになってしまうのだが、著者もあまりタネを隠そうとはしていない。その点もふくめてミステリ的要素はほとんどないが、3作目まで読んでいればより楽しめる内容になっている。

しかし、駒子はキャラ変していて、とても社交的な性格になっていた。大学生(短大生だったかな?)のころは親しい友だち以外とは積極的に接触しない人だったような気がしたが・・・
探偵役だった瀬尾さんがその素養を垣間見せるエピソードもいれてほしかったかな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一度きりの大泉の話

2024年10月20日 | 本の感想
一度きりの大泉の話(萩尾望都 河出書房新社)

1970年代前半、練馬区の大泉の長屋に著者や竹宮惠子ら少女マンガに革命をもたらしたといわれる同年代の作家が集い、アイディアを交換したり、描画のアシスタントを互いに行っていたりした。著者はある事をきっかけに竹宮惠子と袂を分かつことになり、長屋での同居もやめてしまう。以来、著者は竹宮惠子の作品は一切読んでいないそう。その経緯を振り返った回想記。

この大泉の長屋に集ったのは、二人のほか、山岸凉子、木原敏江などで、著者はちょくちょく大島弓子のアシスタントもしていたそうで、信じられないほどの豪華絢爛?な顔ぶれ。
西武池袋線はトキワ荘もあって、天才は天才を呼ぶ、とでもいうのか、惹かれ合って才能にますます磨きがかかるというのか、人材の(地理的)集積というのは産業に限らず重要なんだなあ、と思わされる。それにしても電鉄会社はこの超貴重な観光資源をなんとか掘り起こしてもらいたいものだなあ。

それでも天才中の天才を一人選ぶとしたら(私としては)萩尾さんになりそう。竹宮さんはちょっと売れすぎたこともあって、あんまり天才って感じじゃなくなってしまったような印象。「変奏曲」シリーズはすりきれるほど読んだけどね。

どうも、竹宮さんが離れていったのは萩尾さんに脅威を感じていた(大泉当時、竹宮さんがすでに売れっ子だったのに対して萩尾さんはまだ駆け出し扱いだったが)かららしい。
本書の21章の小題はそのものずばり「嫉妬」なのだが、その冒頭でこんな挿話が紹介されている。
※※※
ある時、「嫉妬という感情についてよくわからないのよ」と山岸先生に話したら、「ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ」とあっさりと言われました。
※※※
これ、山岸凉子のような大天才から「あなたこそが天才。だから嫉妬をする機会がないのよ」と言われている、ということにしか思えないのだが・・・それを衒いもなく堂々と「嫉妬」の章で書けてしまうのは、あっけらかんというのか、天然というのか・・・

「トーマの心臓」は連載1回目で打ち切られそうになった(なんてことだ!危ない危ない。その後著者が粘って最終回まで連載したとのこと)、とか「ポーの一族」の単行本がすごい勢いで売れたのは編集者も本人もとても意外だった、とかのエピソードが面白かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする