老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

菅自民党政権の危険性が増大している

2021-05-10 16:44:10 | 自民党政治
(1)憲法改悪へ加速しつつある状況(コロナ危機の逆用⇒火事場泥棒的行為)

5月6日、国民投票法改正案が衆院憲法審査会で採択され、成立した。自民党は、立憲民主党が提示した付帯決議案を呑んで成立を急いだ。

この国民投票法改正案(自民党案)は、憲法改正の発議が国会で成立した後、国民投票にかける前、メディアを通じてのCMなどに規制がかけられていない。要するに、メディアを通じて徹底的にプロパガンダが可能、というのが自民党案。つまり、国民をプロパガンダで洗脳し、憲法改悪をしてしまえば、何でも可能という腹積もりなのだろう。

これに対し、立憲民主党は、CM規制などについて、「改正後3年を目途に、必要な法制上の措置その他の措置を講じる」という文言を付則に明記するように要求。自民党が丸呑みして、法案が採択された。

立憲民主党の腰砕けも、党内事情と国民民主党との野党協力を巡っての駆け引きなど、種々の事情があるようだが、かっての民主党時代の党内事情と同じく、相変わらずである。憲法改悪阻止の国民運動は、常に野党の監視を怠ってはならない。

(2)コロナ危機に応じて、「緊急事態条項」を憲法改悪の目玉にしようという論理

🔸【無恥・無知】の人たちが、国民に対しては、【鞭】の人になるための憲法。

自民党など与党内の右派(神道政治連盟や日本会議系列など)の連中は、安倍・菅政権のコロナ対策の失敗の要因を、日本国憲法に【緊急事態時要項】がない点に求め、このような危機に対応するために、【緊急事態条項】を盛り込んだ憲法改悪の機運を盛り上げようとしている。

コロナ危機対策の失敗は、その大半は、安倍・菅など右派連中の統治能力の欠如に由来している。この問題については、この掲示板でも折に触れて書いた。

彼らの特徴は、己の識見の無さ、知識の無さ、言語能力の欠如、能力の無さ、弱者にたいする想像力の無さ、恥を知らない、自らの言葉や行為に対する反省の無さなど、数えきれないほどの「無いない尽くし」のくせに、絶対に反省しない点にある。一言で言えば、【無恥・無知】の人でありながら、国民に対しては、【鞭】の人なのである。

◎右派(歴史修正主義者)の憲法改悪の真の狙い
(1)憲法9条(平和条項)をなくす。空洞化する。
(2)立憲主義(憲法が権力を縛る)・・・⇒国家が国民を縛り、命令し、監視する憲法に変える。
(3)日本国憲法が紡ぎだした戦後日本の理念(社会通念になっている)を空洞化し、強者が正義の弱肉強食の社会を創出。

上記の狙いの突破口が、【緊急事態条項】の必要性の主張である。

【緊急事態条項】導入の狙いは、2013年7月29日に行われた東京都内のシンポジュームで麻生太郎の演説で明確に示されている。
※「ある日気づいたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。だれも気づかなかった。あの手口に学んだらどうか」

当時この発言は世界的にも問題になり、官邸は火消しに躍起になった。当たり前で、欧米(特に欧州)では、ナチス・ドイツ賛美とも受け取れる発言を政治家が行う事は、政治家としての自殺行為に等しい。麻生太郎が欧州の政治家だったら、間違いなく政治生命を絶たれたはずだ。

安倍晋三は二言目には「同じ価値観を持つ国々」とのたまわっていたが、その副総理がナチス・ドイツ賛美とも取れる発言をしたのである。彼らが民主主義のイロハすら理解していないのはこの発言一つで明確に理解できる。

🔸緊急事態条項の危険性

日本の中学・高校で学ぶ歴史ではあまり教えられないが、ナチス・ドイツの権力掌握過程は、きわめて重要で示唆に富んでいる。日本の右派(歴史修正主義者)たちの間では、真剣に学んでいるようだ。

彼らは権力を握る事に最大の関心がある。そして、その権力を維持する事に全力を傾ける。その為には、何でも行う。その意味で彼らは超がつく【現実主義者】。彼らの最大の生き甲斐は、権力闘争の坩堝の中でどう生き抜くかにある。

彼らは、政治理念らしきものや、政策らしきものを語るが、そんなものに興味はない。それらは全て権力闘争を勝ち抜くための方便に過ぎない。権力を勝ち取ったら、過去に語った政治理念や政策などは、屑籠に投げ捨てても何の悔いもない。彼らの脳裏にあるのは、只今現在の権力闘争をどう勝ち抜くかしかない。

彼らに国家的危機管理能力はない。理由は単純明快。国家的危機を本当に乗り切ろうと考えるなら、まず自分自身の運命や行く末など全て捨てなければならない。自らに与えられた権力は、全て国家・国民のために使わなければならない。断捨離ではないが、不必要なものを捨てて、捨てて、捨てきって初めて、その時その時に最も必要な対策が見えてくる。

わたしが「右派(歴史修正主義者)には、本当の意味での『危機管理能力』はない」、と断じるのは、権力に対する妄執ともいえる執念がありすぎる連中が多いから。だからこそ、反対者に対する異様な弾圧も行う。反対者に対する弾圧は、権力獲得が自らのレーゾンデートルの証なのだ。

こういう感性の持ち主は、自分自身の妄執や執念を捨てきる事が難しい。だから、人には「遵法精神」を強要するが、「自分は別だ」と思い込みやすい。

自らを捨て去る覚悟がない人間に、他者が自らの運命を預けるはずがない。だから、他者を従わせるためには、力による「圧政」以外方法がない。憲法改悪の真の狙いは、暴力的な力による「圧政」を正当化するための法整備ができるようにするための【憲法】改悪だと考えて間違いない。

これでは本当の意味での「危機管理」はできない。今や官邸内部や自民党内部では、責任の押し付け合いが始まっている。

この脈絡の中で、【緊急事態条項】を憲法の中に盛り込む重要性を語るとはどういうことか。一つは、「危機管理」の失敗を現行憲法の不備に押し付ける事で責任をチャラにしようという意図が丸見えである。

他の一つは、国民の正当な異議申し立てや反対意見などを力づくで押さえつけ、自らの失敗や無能さを糊塗したり、他に原因を押し付けて、自らの権力維持を正当化するためである。

緊急事態条項自体の危険性については、以前詳細に論じたので、以下の文章を読んでほしい。麻生太郎がなぜナチス・ドイツに学べと演説したのかが理解されると思う。
「緊急事態条項の危険性」2016-05-09 11:10:12 | 憲法
https://blog.goo.ne.jp/rojinto_goken/e/0a8463264ee6e859ca99b2ef9179bae6

(3)周回遅れの新自由主義的改悪の断行;(75歳以上の医療費2割負担を強行採決など)

小泉政権以降、特に安倍政権と菅政権の経済政策の中心人物は、竹中平蔵。一周遅れの新自由主義経済政策を主導。日本を後進国に落とし込んだ主犯。

多くの日本人は、いまだ日本を先進国だと錯覚している。(特に自民党政治家や自民党を支持している地方の有力者など。)しかし、現実の数値は、日本がもはや先進国から滑り落ち、後進国に転落していることを示している。

わたしも何度かOECDの数値を紹介したが、今日はさらに分かりやすい数値を紹介する。

元外務省の孫崎氏が世界最強の情報機関CIAの「world Factbook」から興味深い数値を紹介している。
※World - The World Factbook (cia.gov)

その中で1人当たりGDP(国内総生産)のランキングの紹介が以下のようになる。
●G7(先進7カ国)のランキングは次の通りだ
〇米国:15位 〇ドイツ:25位 〇カナダ:32位 〇フランス;37位 〇イタリア;42位
★日本;44位
●アジア諸国 
〇シンガポール;5位  〇韓国;41位

1人当たりのGDPを見ると、その国の住民がどれだけ豊かさを享受しているかが見れる。今や日本は、アジアでも韓国に抜かれている。「格差社会」の深刻さがこの数値をみても良く分かる。

【一人当たりGDPの国連統計での推移】
比較的変動の大きかった年を抜粋
1990年⇒14位(海部内閣)91年⇒9位(宮沢内閣)94年⇒6位(細川内閣・羽田内閣)
98年⇒12位(橋本内閣)
2002年⇒14位(森内閣) 04年⇒20位(小泉内閣) 06年⇒29位(安倍内閣) 
09年⇒26位(麻生内閣) 10年⇒21位(鳩山内閣)12年⇒20位(野田内閣) 
13年⇒31位(安倍内閣) 17年⇒33位(安倍内閣)

参考までに当時の内閣を書いてみた。民主党内閣が酷かったと言われているが、こうして統計数値を眺めてみると、20位以降に落ち込んだのが小泉内閣から。第一次安倍内閣や麻生内閣と比較すると、民主党内閣では、数値は持ち直している。民主党内閣以降の落ち込みの激しさが目立つ。

20位以降に落ち込んだのが小泉内閣。民主党内閣以降の激しい落ち込みの内閣が、安倍内閣。つまり、新自由主義的経済方針を内閣の方針として掲げた内閣。その結果として、日本の貧困化、窮乏化が激化している。その中心のブレーンが、竹中平蔵。彼こそ、日本の「貧困化」「窮乏化」の中心人物。竹中平蔵の罪は万死に値する、と思う。

菅首相と竹中平蔵の親密な関係は有名。そのため、菅政権の経済政策は、新自由主義的政策一辺倒とでもいうべきもので、なかでも竹中平蔵の影響は甚大だ。菅首相が次々と打ち出す政策のほとんどは、新自由主義的政策。デジタル省の設置とNTTをはじめとするデジタル産業との癒着は有名だ。

学術会議人選の話は、言論弾圧(リベラル・左派言論人の弾圧)の一環。前川喜平の反乱に懲りた政府は、子供省を設立し、文部省を解体し、教育を完全に政府の手に掌握しようというのが狙いだ。

その中で最も酷い政策が、ベッド数の不足が問題になっている病院のベッド数の削減。これがこれまで通り予算に組み込まれている。コロナ渦の中で問題になった過去の医療政策の問題点を何一つ反省していない厚労省の姿勢が良く見える。

現在、ベッド数が足りない、医療崩壊だと騒いでいる大阪府などは、早速それを行おうとしている。新自由主義者、維新の吉村知事の面目躍如。大阪府民や大阪市民などは、近視眼的にならずに冷静に事態を見てほしいものだ。

もう一つ、高齢者医療の改革(75歳以上)。現在、高齢者の窓口負担は1割。それを2割にするという法案が先日強行採決された。しかも、所得制限は実質なし。どういう制度設計にするかは、省令で決めるという。

わたしの妻の例でいえば、彼女の慢性疾患に効く薬はきわめて高価だった。当初は、月12万円を超えていた(月一度の検診)。もちろん、高額医療の制度で半分は返るのだが、それでも結構な額になった。

今回の改定は、この金額が倍になるという話である。つまり、月一度の検診で、毎回24万円を払わなければならない。年間300万近い医療費を払い続けねばならない、という話になる。高額医療の制度で半分返ったとしても、年間150万近い額になる。

これに加えて、健康保険料、介護保険料、住民税、電気代、上下水道代などの負担を考えると、公的料金に年金の全てをつぎ込んでも足りないという話になる。

病気は平等。貧富の差なく、万人に襲い掛かる。年齢が上がれば上がるほど、病気は多くなる。しかし、病院に行けば行くほど、費用がかさむ。それが一気に2倍になるのである。高齢者の多くは、病院に行くのを躊躇するであろう。1月に一度が3月に一度。そのうち、半年に一度になるだろう。そうしているうちに、病状が悪化。手遅れになる人が続出するに違いない。

今回の改悪は、それが狙いなのだろう。身もふたもなく言うと、厄介者は早く死ね。お前たちの長生きの為に国の金など使えるか、という話である。

コロナの恐怖に苛まれている最中に、こんな国民いじめの医療政策を平然と強行する政府や厚生労働省にコロナ対策など期待できるはずもない。

何度も書いて恐縮だが、政治を馬鹿にする国民は必ず政治にしっぺ返しを受ける。悪政というより、もはや【暴政】と言って良い現在の政治状況を変える事ができるのは、国民が選挙に出かけ、現在の政府与党(自民党・公明党・第二与党の維新)にNOの意志を突きつける以外ない。

「護憲+BBS」「政権ウォッチング」より
流水
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“控えめにお節介を焼く老人の会”のようなものがあっても良いのでは(4)

2021-05-10 13:06:09 | 社会問題
日本で貧困・孤立問題が注目されるようになったのは1990年代に増え始めた孤立死・餓死事件からである。その後事例が増えるにつれて社会的に問題化されていき、無縁社会なる言葉も誕生していくことになる。

2010年ころ民主党政権の時代に3人の専門家がかかる状況に対処すべくセーフティネット案を提案している。以下に紹介してみたい。

1.第一の提案:湯浅誠氏(当時、反貧困ネットワーク事務局長)
     パーソナルサポーター制(寄り添い型支援)案

○パーソナルサポーター制が必要になった背景
 血縁・地縁・会社縁が弱くなり、孤立して無縁になってしまう社会の変化に、それらに代わる“縁”が必要とし、それを“パーソナルサポーター制”とした。

○自己責任論との関係
貧困は自己責任と言う人がいる。
日本は例えば女性子育て世帯の失業率は約1%(オーストラリアは約9%)と低い一方、貧困率は約14%(オーストラリアは約11%)と逆に高い。働けど所得が低いワーキングプア状態で、自己責任で片付けるのは偏見であり、構造的な問題が残る社会が日本である。その問題に対処する必要があると考えたい。

○パーソナルサポーター制はどんな形態が望ましいか
湯浅氏は、かかる状況下生活困窮者の抱える問題全体を構造的に把握した上で当事者のニーズに合わせた制度横断的なオーダーメイドでの支援策の調整、開拓等のコーディネイトを行うパーソナルサポーターが必要とし、サポーターは当事者の状況変化に応じて継続的に伴走型で支援を行っていく形が望まれるとした。

○民間主体から官と共同化へ
湯浅氏は2010年に菅政権の内閣参与となり、政策作りに参画している。その結果紆余曲折しつつ現在各地方自治体に“パーソナルサポートセンター”が設置されており、一応は稼働中と思われる。

○ワンストップサービスデイと年越し派遣村
そもそも湯浅氏の活動が注目されたきっかけが、2008年11月から始まった金融危機に端を発する製造業で起こった大規模な派遣契約の打ち切りによる解雇・雇止めを受けての、それに対処するための実効ある年末年始の生活や居住場所の確保を狙った運動であった。

年末年始に住む場所すら確保が困難な多くの人が発生する事態に、ボランティアの動きは活発化する背景ではあったものの、実態は民間の温もり・気合いと国や役人のお座なり感・やってる感の温度差から不充分さが残る、後日の教訓になりうる点を抱えての官民一体の支援活動であったようである。

以下この経緯について興味深い点があるので要点を列挙したい。

1) 効果的な支援策として求職支援・居住支援を含む生活福祉支援・医療支援等の支援を一か所で対応可能なワンストップサービスが望ましいと考え、その常設化・実現化を目論むも常設化は断念。ワンストップサービスデイの実施を11月30日と12月21日に行う事で実現はした。
しかし広報活動を意識的に遅らせているのでは、と思えるようなことがあったり、求職支援活動に注力しているハローワークで生活保護の相談も出来るとなったら求職意欲を失うことになり、反対するという地方自治体の首長も出たりという有様であったようだ。

2) 国と地方自治体の関係を示す好例として、その後の動きがある。ワンストップサービスを国なりに形作ろうとして厚労省は“生活福祉・就労協議会の設置について”という文書を都道府県と中核都市にだして、各都道府県にある労働局単位で“生活福祉・就労支援協議会”組織を作るよう要請した。地方自治体を枠外においての施策化で旨く機能していくか疑問であるが現在も組織は一応は残っているようである。

3) 東京都の“公設派遣村”については官が入ることで「風すさぶテントでの寒さはしのげるといったハード面は確かに良くなったが、”年越し派遣村“で感じられた助け合い・支えあいといったような”温かみ“のような、ソフト面は悪くなった」と感じている。

4) 就労するためには住所が定まっている事が条件となり、その住居に入るためには現状では生活保護を申請するやり方が唯一の方策となっている。しかし住所がないことで良い仕事に就けない人を調査してみると、かなりの人が生活保護までは必要なく住居さえ支援してくれれば後は自分でやるという。
そんな要望からセーフティネットとして住宅手当制度が出来たのは良いけれど、残念ながら要件が煩雑で審査期間も長く給付条件も厳しいという現実的には使えない状況と言う。この点は今後も注視していくべきポイントと思う。

5) 貧困支援活動と自己責任論者との確執は今後も永く続く問題点だろう。

2.第二の提案:結城康博氏(当時、淑徳大学准教授)
     おせっかいの復権

  この提案は後で触れるとして第三の提案を紹介する。

3.第三の提案:河合克義(明治学院大学社会学部長)
     公的ヘルパー制

これは行政が主体となって、声を上げない人、助けてと言わない人にも接触していける権限を持たせた専門家によるサービスである。行政が所管することで個人情報を扱う事が出来、地域から孤立し関係を拒絶している人にアプローチできるシステムである。

この制度は提案者の河合氏が港区の政策創造研究所の所長に就任している利点を生かして特に港区で実績を上げてきている。

○“ふれあい相談員“によるアウトリーチ調査
港区では2011年度から一人暮らしの高齢者支援のため“ふれあい相談員“事業を始めていた。この制度は対象を介護保険や福祉サービスを全く利用していない一人暮らしの高齢者とし、その数は調査から3476人であった。また75歳以上の高齢者のみの世帯(1548世帯)も合わせて対象として調査した。

サービス内容は相談員が一軒一軒訪問して区の福祉サービスに繋げるなどの支援を行うものである。アポイントなしに行政側からアプローチしようとする新たな試みである。

2014年度の活動実績は次のようである。
面会できた人数は一人暮らしの世帯が3272人で訪問率は94.1%、75歳以上の高齢者のみの世帯が1509人で訪問率は97.5%といずれも高い割合で会えており、調査活動が円滑に出来ていることがわかる。

また繰り返し訪問の必要のある高齢者数が228名いる事が把握できたり、介護保険や区の高齢者サービス等に繋げる事が出来た人が1904名、家族・近隣住民・民生委員・関係機関等との相談まで行けた件数が6880件だったりと、孤立しがちな高齢者に寄り添う活動が可能な事が判明した。今回の調査活動から“高齢者買い物弱者支援事業”が政策化されたことも特筆されることであるだろう。

以上、湯浅氏のパーソナルサポーター制と河合氏の公的ヘルパー制について紹介してきたが、最後に表題に掲げた第2の結城氏の提案にも通じる“控えめにお節介を焼く老人の会”について触れたい。

実は背景は正に現在進行中のコロナワクチンの予防接種予約に関する話題です。予約通知葉書が届いたもののスマホやパソコン等のネット環境を持たないデジタルデバイトの高齢の方は、当然ながら家の固定電話を頼りに予約作業を試みることになる。が繋がらず困っているという話題が頻繁に聞こえており、例えばこんな当たりの手助けを考えた場合に表題のお節介を焼く人や組織があっても良いのではと思った事で思いついたネーミングです。

幸いと言うか同じ気持ちを持った人達が実際出てきているようで、今日のネット情報では、ある自治会はその地区のお年寄りの為に代行して予約作業をしてあげているとか、神戸市や福島市が大学生をお助け隊として募集し、その作業を手伝うという報道もあります。

こんな動きをする老人の会もあっても良いのでは、と考えたわけです。但しお節介も“過ぎたるは及ばざるがごとし”、ほどほどにで、ある程度の節度をもつことが大切との思いで“控えめに”を前に付けたわけです。特に時に外から見て問題ありげに見える場合でも、当人及び家族は問題ありません・余計なお世話です、になりかねない微妙な事柄に接することでしょうから。この点は充分に配慮をしていく必要があると考えます。

結城先生もほぼ同じ思いで“おせっかいの復権”と言ったのではと想像します。

やはり孤立して困惑している人々がいるのも事実です。自身途方に暮れるシングル子育て世帯、老齢世帯、不安定な非正規状態の世帯があるのも事実です。精神的にも追い詰められていく人々がいるのも事実です。死んでしまいたい、死んだ方が楽かな、とふと思う心の動きがある人がいるのも事実です。

いろんなヒトや組織が各々の考えで、一つ一つは小さいながらパッチワーク的にセーフティネット作りを目指して世話を焼きあう社会が今必要であり求められているのでは、と思います。官の既製服サイズの種類を増やす触媒になる事も期待できるでしょう。

基本は自助だとする国・政府の考え。一方、共助も公助も必要だと主張する民の動き。
国政府の手は温もりを感じない。やはり差し出す手は温かくあってほしいとする民の動き。
既製服サイズに拘る国・政府 対 セーフティネットもオーダーメイドだとする民の動き。

コスト対効果意識は大切だし、おんぶに抱っこの依存体質を醸成しないか、と心配する声もあります。当然の心配だが、それを承知の上で、やはりいろんな人が、組織が、勝手連的に困った人の為に動き回る事が大切であり、世の中に潤いを与える一助となると思います。

もう一つ大切な視点は、個々の活動が孤立し、ばらばらになるのでなく、互いに刺激し合えるような情報交換・情報発信の場を作ることでしょう。

資金の面では、無駄な所から必要な所へ効率的に移行したい。これは人にも言える事柄でしょう。働く場を作って提案して行くことも必要でしょう。智恵を出して資金を作って行く作業も考えてみたい所です。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
yo-chan
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