life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「宇宙の眼」(著:フィリップ・K・ディック/訳:中田 耕治)

2017-09-19 23:15:41 | 【書物】1点集中型
 久しぶりにディック長編を。
 陽子ビーム加速器の暴走事故により、観測台にいた電子工学技術者のハミルトンとその妻をはじめとする見学者とガイドの8人が病院に搬送される。意識を取り戻したハミルトンは、次第に自分が今いる世界が記憶にある世界と違っていることに気づく。一見パラレルワールド的な展開だが、一味違うのはパラレルワールドを抜けたと思ったらまた別のパラレルワールドが待っていること。そしてパラレルワールドの正体が、事故に遭った人々の精神世界に起因していることである。その精神世界の主人が誰であるかを探り、倒さねばならないというミステリ要素も入っている。

 最初の世界は「第二バーブ教」なる奇妙な宗教が支配する世界。自分の生活が宗教社会ではない環境にあるせいかもしれないが、ある種の滑稽さをもって描かれているので(だからこそれが絶対であることにそ空恐ろしくなる部分もあるわけだが)抜け出す困難さはあれど全体としてはさほど重たくは感じない。が、一つの世界を抜けて別の世界へ移るたび、滑稽さをグロテスクさが上回っていく。ミス・リースの世界に至ってはSFというよりほとんどホラーである。解説によると筒井康隆が「シュール・リアリズムがSFに活かせる」と評したそうだが、まさにシュルレアリスムの世界ですよ。これは。
 というわけで、どちらかというとエンタメ的な楽しみ方のできる作品であると思うのだが、黒人差別やコミュニズム問題がスパイス的に効かせてあるのは、50年代という時代の反映でもあるのだろうか。あまり深く考えずに読めるので、軽くSFを覗いてみたい人にお勧めしてみてもいいかもしれない。