life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「イワン・デニーソヴィチの一日」(著:ソルジェニーツィン/訳:木村 浩)

2013-12-26 20:24:48 | 【書物】1点集中型
 「KGBから来た男」の訳者あとがきに紹介されていたのを見て読んでみた。スターリン時代のソ連の「強制収容所」の様子を描いたものということで、読む前は辺見じゅん氏の「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」に近いイメージを勝手に持っていた(「死の家の記憶」を思い出すべきかもなんだけど、如何せん1回読んだきりで全然内容を覚えていなかった……)。実際は、こちらは小説の体をとっているということもあるし、囚人がソ連人であるか大戦後のシベリア抑留者であるかという違いもあってか、いわゆる「総括」とか「自己批判大会」みたいなシーンはない。平たく言えばある囚人の刑務所での1日の「生活」を描いたものである。

 ロシアの酷寒(マローズ)の中、さらに劣悪で苛酷な収容所での囚人たち。彼らの多くは理不尽な罪で収容され、問答無用の長い刑期を押し付けられている。そして食べるものも、寝起きするところも、体を温めるものも、およそ人間としての尊厳と自覚を保てるものを極限まですり減らして暮らしている。
 「起床から就寝までラーゲル暮しに追い回されて、楽しい思い出に耽る暇もない」。だから彼らはその日ごとのほんの少しだけの娯楽や心の充足を繰り返して、1日ごとにリセットしながら進むしかないのだ。シューホフが3,653日繰り返したように。

 けれど物語の語り口は、厳しいマローズと居住環境を随所に示しながらも、どこかのどかだ。どうやってこの環境の中で、少しでも満足を見つけることができるか。それはたとえばタバコの一巻き、ソーセージの一切れ、少しでも熱く、実の多い野菜汁の一皿。苦しい労働にやりがいさえ感じながら、無事に1日を終えられたこと、命を繋ぐことができたというだけのことがどれだけ、その環境下では大切に思われていたか。そうやって収容所を生き抜いていた人々の物語としては、「夜と霧」にも近いものがあるかも。
 淡々と描いているだけに却って際立つ人々の逞しさは、作家としてのソルジェニーツィンがソ連当局から受けていた迫害に対する姿勢そのものとも言えるだろう。解説が時代背景やソルジェニーツィンの「自伝」を交えて20ページにもわたっているので、この時代のソ連社会についても多少なりと知識を新たにすることができる。