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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「スキャナーに生きがいはない」(著:コードウェイナー・スミス/訳:伊藤 典夫、浅倉 久志)

2016-06-17 21:19:27 | 【書物】1点集中型
 確か宮田珠己氏がこの本についてつぶやいてたのを見たのがきっかけだったような気がする。1950~60年代の作家だそうだ。内容に入るためのウォーミングアップとして序文と、例によってなんとなく解説から目を通してみる。序文には「中国、日本、ドイツ、フランスで育ち、軍人、外交官となり、極東情勢の権威として尊敬を集めた」「心理戦争の権威として認められることになった」というその歩みが紹介され、さらに解説には「宇宙の恐怖に猫とともに立ち向かい、金星の空から無数の人々が降ってきて、ネズミの脳に刷り込まれた幻影が美少女を救い」とか書かれてある。まあそれだけで充分にぶっ飛んでいるのであろうことが伝わって来ようというものである。

 ということで本編についてであるが、スターリン時代のソ連と西暦にして134世紀の〈汎銀河舞踊フェスティバル〉が交錯する巻頭作「夢幻世界へ」で、科学者の見るこの世のものとは思われない世界にいきなり面食らう。「第81Q戦争(改稿版)」は本物の宇宙で本物の艦を駆使する「ゲーム」。ルール設定なんかが細かくて、発想としてはありそうでディテールとしてはなかった話かもなぁと思いながら、けっこうエンタメ的に楽しんだ。
 「マーク・エルフ」以降は作家が設定している物語世界〈人類補完機構〉をさまざまな年代と角度から表現していて、「人間狩猟機(メンシェンイェーガー)」「スキャナー」「ヘイバーマン」「ピンライティング」などなどのオリジナリティあふれるギミックが登場する。補完機構の中にあるスキャナーの宗教のような儀礼にむしろSFっぽさが感じられるのが個人的には面白い。
 「星の海に魂の帆をかけた女」はヘレン・アメリカの人生の冒険物語としても面白いし、宇宙船乗りの世界の苦難と壮大さが描かれる中で、ヘレンとグレイ=ノー=モアとの語り合いが妙にすんなり胸に入ってくる感じで気に入っている。「青をこころに、一、二と数えよ」はまさに解説で言っていたところの「ネズミ」がキーで、種明かしがなったときにはああなるほどこれか! と膝を打ったものであった。

 「ガスタブルの惑星より」は大人の童話というか、ちょっとしたブラックジョークのよう。普通に笑ってしまった(笑)。「人びとが降った日」も雰囲気的には近いかも。こちらは笑いが出るタイプではないけど。
 あとはやっぱり猫(笑)。つまるところ「鼠と竜のゲーム」であるが、生きるパートナーとしての猫への愛が満載だなーというのが率直なところである。心理的にとても従順なのが猫というより犬をイメージさせるのだが、人間の視点としては犬派も猫派も変わらないんだろうという気がする。って、SFの話じゃなくなってるが、(人間と猫の)テレパシーによる「平面航法」なんて、なんか大真面目に遊んでるような、書いてて楽しいに違いないと思われる。

 通して読んでみて、個人的にはなんといってもやっぱりこの独特の物語世界が楽しかった。実写化できたら面白いものになりそうなんだけどなー。あと2冊刊行が控えているそうなので、ぜひ読破して〈人類補完機構〉のさらなる広がりを堪能したいところである。