秋になると食べたくなるのが炊き込み御飯です。
色々なものが材料になるんだけれど炊き込み御飯と言うと
真っ先に思い出すのが友人の家での炊き込み御飯です。
もう40年前になるんですねえ(;-ω-) =3 ハァ
私が音楽科の受験を決心して準備を始めたのが高2でした。
のどかな時代だから少々ピアノが弾けなくても声楽科という手があると
引っ込み思案のクセに無謀にも受験を決めたのです。
その頃は別に歌が好きな訳でなく単にピアノ科を受けられないけど
音楽に関わっていたいという実にひどい動機でした。
何よりも受験科目ができないといくら実技が出来てもだめなのです。
楽典、新曲、聴音、コールユーブンゲン・・・
楽典はまあ音楽のオヤクソクみたいなものだから頭で覚えるとしても
他のものにはかなり努力が必要でした。
新曲というのはぱっと見てぱっと歌える必要が。
聴音はメロディを何回か聴いてそれを筆記する。
コールユーブンゲンというのはいかに正確に歌えるかを聞かれる。
この4つは前科共通科目です。
全くと言っていいほど悲惨だったのが聴音でした。
毎日放課後学校か友人の家に途中下車して(電車通学でした)
お互いにひたすらメロディを弾き合いしての2~3時間の練習でした。
今考えたらいくらでもやり方があるだろうにと思いますが
その頃はそんな方法を先生も教えても頂けず、先生に怒られながらの
ひたむきな努力の毎日でした。
友人の家には迷惑な話ではありましたが、私の家に寄ってもらうには
時間のロスだったので大目に見てもらって居ました。
友人のお母さんはとにかく人が大好き!
毎日私以外にも誰かが必ず先客としてお母さんとおしゃべりしていました。
だから私も比較的気にせず上がらせてもらっていましたけれど・・・
そこで夕方友人のお母さんにお腹が空くだろうとおやつを頂いたり、
夕食のオカズを頂くこともありました。
中でも私の記憶に登ってるのが「ニンジン御飯」です。
御飯が真っ赤に見えるほどのニンジンやゴボウや細切れの鶏肉が入っていて
それが食べ盛りの高校生には、まして空腹の状態には何よりもご馳走でした。
それが美味しいと友人に言うと話がお母さんに伝わってよくそれを作って頂きました。
私のことが彼女の家の食卓の話題に上ると「あのニンジン御飯が好きな」と
私の名前の枕詞になって引き合いに出されたそうです。
もう高3の秋くらいになると聴音はいよいよヒートアップ!
二人とも受験に受かれば死んでも良い!と思うほど必死でやりました。
専門実技の課題曲もお互いに伴奏を弾き合いをしたり出来映えの批評をしたり
仲間でもありライバルでもありという良い関係でしたね。
もちろんそのお陰で(と信じています)受験にも二人とも合格!
私は今も平凡な先生だけれど、彼女は合唱団を3つ持っていて
その一つは外国の合唱団と一緒に公演するほど活躍して居るんですよ!
その初めの一歩を一緒に踏めてとても嬉しいんです。
生き甲斐のある良い月日を過ごせたなと今になっても
ニンジン御飯の味と共に思い出すのです。
色々なものが材料になるんだけれど炊き込み御飯と言うと
真っ先に思い出すのが友人の家での炊き込み御飯です。
もう40年前になるんですねえ(;-ω-) =3 ハァ
私が音楽科の受験を決心して準備を始めたのが高2でした。
のどかな時代だから少々ピアノが弾けなくても声楽科という手があると
引っ込み思案のクセに無謀にも受験を決めたのです。
その頃は別に歌が好きな訳でなく単にピアノ科を受けられないけど
音楽に関わっていたいという実にひどい動機でした。
何よりも受験科目ができないといくら実技が出来てもだめなのです。
楽典、新曲、聴音、コールユーブンゲン・・・
楽典はまあ音楽のオヤクソクみたいなものだから頭で覚えるとしても
他のものにはかなり努力が必要でした。
新曲というのはぱっと見てぱっと歌える必要が。
聴音はメロディを何回か聴いてそれを筆記する。
コールユーブンゲンというのはいかに正確に歌えるかを聞かれる。
この4つは前科共通科目です。
全くと言っていいほど悲惨だったのが聴音でした。
毎日放課後学校か友人の家に途中下車して(電車通学でした)
お互いにひたすらメロディを弾き合いしての2~3時間の練習でした。
今考えたらいくらでもやり方があるだろうにと思いますが
その頃はそんな方法を先生も教えても頂けず、先生に怒られながらの
ひたむきな努力の毎日でした。
友人の家には迷惑な話ではありましたが、私の家に寄ってもらうには
時間のロスだったので大目に見てもらって居ました。
友人のお母さんはとにかく人が大好き!
毎日私以外にも誰かが必ず先客としてお母さんとおしゃべりしていました。
だから私も比較的気にせず上がらせてもらっていましたけれど・・・
そこで夕方友人のお母さんにお腹が空くだろうとおやつを頂いたり、
夕食のオカズを頂くこともありました。
中でも私の記憶に登ってるのが「ニンジン御飯」です。
御飯が真っ赤に見えるほどのニンジンやゴボウや細切れの鶏肉が入っていて
それが食べ盛りの高校生には、まして空腹の状態には何よりもご馳走でした。
それが美味しいと友人に言うと話がお母さんに伝わってよくそれを作って頂きました。
私のことが彼女の家の食卓の話題に上ると「あのニンジン御飯が好きな」と
私の名前の枕詞になって引き合いに出されたそうです。
もう高3の秋くらいになると聴音はいよいよヒートアップ!
二人とも受験に受かれば死んでも良い!と思うほど必死でやりました。
専門実技の課題曲もお互いに伴奏を弾き合いをしたり出来映えの批評をしたり
仲間でもありライバルでもありという良い関係でしたね。
もちろんそのお陰で(と信じています)受験にも二人とも合格!
私は今も平凡な先生だけれど、彼女は合唱団を3つ持っていて
その一つは外国の合唱団と一緒に公演するほど活躍して居るんですよ!
その初めの一歩を一緒に踏めてとても嬉しいんです。
生き甲斐のある良い月日を過ごせたなと今になっても
ニンジン御飯の味と共に思い出すのです。