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デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



辻邦生が『春の戴冠』を書くまでの、というか小説家としての辻邦生の精神や創作作業に重大な影響を与えた作品の一つにトーマス・マンの「『ファウストゥス博士』の成立」がある。
これは標題の示すとおりマン自身による『ファウストゥス博士』成立史である。8年ほど前の『ファウストゥス博士』初読で、その勢いのまま軽くざっと目を通したが、いまいち印象に残らなかったことを思い出す。
しかし、3年前に『ファウストゥス博士』を再読し、辻邦生の『春の戴冠』を経た今は、1950年代までの作家の自身の筆によるもので小説が出来上がるまでの過程をこれほどまでに面白く書いたものは、ないのではないだろうかと思っている。
意外だったのは作家が表立って語らない創作の現場が、(マンの場合)部屋に閉じこもって原稿用紙やタイプライターに向かって言葉を頭の中からひねり出すようなものではなく、外交的に活動することで専門家に教えを請うた内容を自分の作品のプロットと相互作用を起こさせるようなものであったことである。優れた作家はみなそうしているのかもしれないが、マンの書く芸術の巨人とも例えられそうな友人たちの厚い友情と献身的といっていいほどの作品への協力の姿勢は、読んでいてとても心を打たれるのだ。
ドイツからアメリカに渡ってきてからのマンの胸中は複雑だったろうし、ドイツに残った友人たちのことについては時に胸をかきむしりたくなるようなこともあったろうが、それでも強く生き抜く意志とアメリカでマンのことを大切にしてくれる人々に対する感謝の念を表明している箇所を読むとホッとするものを覚える。お気楽な風だが、過去のことをこんな風に振り返れたらいいな、と正直に思う。

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