Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

サマータイムの清涼感

2019-07-22 | 
森の中は朝から摂氏20度を超えていた。夜中も20度を割らなかったようだ。久しぶりの夏らしい夜だったが、それでも窓を閉めて就寝した。その差は昼間の陽射しの弱さで、周りがあまり温まっていなかったという事だろう。明日にはまた少し冷える。その分週明けから陽射しが照って暑くなる。今度こそ最後の暑さとなるだろう。

月曜日から二週間、パン屋が夏休みに入る。再開は8月5日の月曜日である。その間の運動を考える。今までの動機付けが無いから、上手く走って、場合によってはボールダーか何かで身体を動かさないと運動不足になる。二回ぐらいは涼しい時に山登りコースを走りたい。しかし涼しい時間が訪れるか?

土曜日のミュンヘンのオープンエアー中継を観た。最初は中継も安定せずに音質など不満があったが、流しているうちに細かなところまで楽しめた。楽器編成もあり、粗削りなところもあったが、それはベルリンのフィルハーモニカークラスでないと解決不可能な点もあったと思う。楽器配置もアメリカ配置を使っていて、キリル・ペトレンコが如何に配置と音響に拘っているかがよく分かる一例だった。楽団もいつものソロトラムペットがロータリー式ではなくピストン式を吹いていたが、結局は音を外すのは同じだった。音楽監督ももう一シーズンであるから全ての遺産も借金も後任者に継がれる。

注目のゴルダ・シュルツは南独新聞が書くように、一曲目の「サマータイム」は会場のガサガサで出だしとしては条件が厳しかったにも拘らず、正確にセンチメンタルにならない歌はとても好評で、尻上がりに会場が乗って来た。PAの音響もとても自然で良かったが、モニターの位置をもう少し上げた方が良かったという事だ。しかしストリーミングでの会場の雰囲気はとても良くて、最初からいい感じに思った。子供連れが多くても中継で気が付くほどには邪魔にならなかったらしい。

ハムプソンの声はやはり会場を唸らせるものだったが、逆にそれが続くと若干だるくなってきた。その点、固く狭いヴィヴラートと書かれるシュルツの歌がとても清潔感があるもので、ポピュラー曲を歌う場合の一つの方法として評価したい。そのままベルリンのヴァルトビューネで繰り返して欲しいと書き込んだが、今年の南仏出身のクラバッセの歌唱よりもいいと思った。同じザルツブルクの舞台での出演でもシュルツの方がよかった。因縁の競争である。実現すればよいと思う。

もう一つ、キリル・ペトレンコがヴァルトビューネで振って何の価値があるだろうかと思っていたが、とても音楽的でありながら、やはリ才能が今年そこで振ったボリショイ劇場監督などとは全く違う。音楽的に正しくやればやるほどその音楽の性格を聴衆に伝える。同じ様なプログラムでサイモン・ラトルの指揮との比較がこれまた前任者の欠点を浮かび上がらせることになる。正直、あれだけ阿吽の呼吸の座付楽団ながら、棒について行くには上の力量が要求されていたのは明らかで、ああしたポピュラー曲が演奏技術的にも侮れない曲になっていた。そのムジツィーレンはやはり見ものだ。ここでまた唸らせる。



参照:
夏季の"I Got Rhythm" 2019-07-20 | 雑感
未だ嘗て無いような合致 2019-07-01 | マスメディア批評

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