Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

新制作「サロメ」評価の基準

2019-07-07 | マスメディア批評
眠い、二時半に帰宅、就寝が四時頃で、パン屋に行って走ったのが八時頃。帰宅途中二度車中で仮眠して、自身の鼾で驚いて目が覚めた。帰りはウルム前でまたシュヴァルツヴァルト北部で雹にあったったが、概ね走りやすかった。但し、往路はいつものブリエンナー通りが工事で凱旋門を通れずに北側の道を始めて走った。直進すると劇場へと繋がる地下道に入った。そこから右へ抜けるとホーフへの抜けるのだが、ここも閉鎖されていて、遠回りしてピナコテークのとこからマクシミリアン通りに入り直した。あの裏手も始めて走った。そして劇場の横まで入ってくると警察に停められて、口頭で申告しなければ駐車場へと抜けれんばかった。23時まで出れないと言われたが、実際には入り口で22時30分と事前通りの解放時刻を告げられた。広場の撤収時刻である。実際に駐車場でピクニックの残りを平らげて帰りの準備をした。それほど無駄な時間にはならなかった。

13時に出て、途中のいつものところでピクニックしていて、18時過ぎに車庫入れとなった。予定よりも迂回で時間が掛かったが、丁度良かった。そこからダルマイヤーに出かけてトルテだけは購入した。いつものお楽しみである。駐車料金がクレディットでは番号間違えになって払えなかったのだけが誤算だったが、15ユーロだから仕方がない。カタログ9ユーロはインフレである。中身をもう一度確認したい。

予想通り、表に出るのでカーテンコールも一度だけだったが、初日で聞いているよりも明らかに反応は強烈だった。演奏もさらに磨きが掛かっていたが、所詮マイクでは捉えきれないほどの精妙さがあって、それは会場に居ても全貌を見渡しながら奈落に眼を釘付けにしておくか、楽譜にくぎったけでなくては取ってもではないが細かなところまではすべて把握が効かない。放送と一長一短がある。

総じてとても価値があった。往路では、暑さの疲れもあり、自宅でストリーミングを観て綺麗に録画しておいた方が得ではないかとも思ったが、実際は行かなけらば分からなかったことが沢山あった。色々なことが学べた。その要点だけを先ず纏めておく。

1.マルリス・ペーターセンの声はあっているのか、どうか?小さすぎるのか、もしあっているとすればその根拠は?
2.つまり、イゾルテを歌う歌手が歌うのが本当なのか、リリックな歌唱が本当なのか?
3.リリックな歌に合わせたペトレンコの指揮の精妙さとその音量は、和声的な輝きは実際はどうなのか、その音楽的根拠はどこにあるのか?
4.ユダヤ人の五重唱におけるアンチセミティズムの評価
5.いつも同じブーイングが出る意味は、その背景は?

これらを答えるかどうかで、この制作、公演への評価が一変するだろう。そしてその答えはどの新聞評にも出ていなかった。それならばなぜ私が分かったのか?音楽ジャ-ナリズムは一体何処を見て仕事をしているのか?(続く



参照:
未だ嘗て無いような合致 2019-07-01 | マスメディア批評
一点一画の微に至る凄み 2019-06-29 | マスメディア批評

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