■ソクーロフ監督 ヴィシネフスカヤ主演の映画「チェチェンへ」を見る■
09.1.15 中村洋子
★毎日、寒い日が続いております、いかがお過ごしでしょうか。
「東京で初雪が降りました」と、
ベルリンのベッチャー先生に、お伝えしましたところ、
先生から「ベルリンはreal strong winter マイナス15度の日が続き、
近郊にある、ヴァンゼー Wannseeという大きな湖が、
数年ぶりに凍結した」というお便りが、来ました。
先生は、いま、ダルベール Eugen D'Albert(1864~1932)と、
コルンゴルト Erich Wolfgang Korngold(1897~1957)の
チェロ協奏曲や、C.P.E.Bach のガンバソナタの演奏を控え、
練習で、お忙しい毎日だそうです。
★日本では、チェロコンチェルトが演奏されるのは、あまりなく、
あっても、ごく少数の有名な曲に、限られています。
ダルベールやコルンゴルトなど、20世紀前後の作品を絶えず、
取り上げ、真摯に取り組まれている、
ベッチャー先生の姿勢に、敬服いたします。
★私は、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の
最新作「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(原題は、Alexandra)
という映画を見ました。
主演は、有名なソプラノのガリーナ・ヴィシネフスカヤです。
彼女は1926年 レニングラード生まれで、現在、80歳を越えています。
★ストーリーは、とても単純です。
老女Alexandra(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)の旅です。
チェチェンの独立を巡る、ロシアとの戦争で、
チェチェンに駐屯中の、ロシア兵である孫を訪れる、祖母の旅。
Alexandraの眼に写る光景を、静かにカメラが追う、
そういう映画です。
チェチェンの首都グロズヌイ郊外の、砂漠のような荒地に
孫が駐屯している、野営地があります。
★そこに辿り着くには、おぞましく、気分が悪くなるような、
疲れる旅を、経なければならない。
若い兵士の群れと一緒に、まともな座席もない貨車に詰め込まれます。
前線帰りなのか、兵士たちは、若さ、溌剌さの片鱗もうかがえず、
精気がなく、押し黙り、くたびれ果てています。
一人の兵士が「両親に電話して欲しいのだが・・・」と、
Alexandraに近づくが、上官に睨まれ、黙り込む。
観客も、一緒に貨車の旅を体験させられ、重苦しい気分に陥ります。
★7年ぶりに会う孫は、27歳。
職業軍人として、ずっと戦場での日々だった様子。
Alexandraは、野営地を歩き回り、そのすべてを見ます。
鉄柵で囲まれた陣地、その周りはほとんど砂漠、わずかな草しかない。
泊まる所は、掘っ立て小屋のようなバラック、壁も満足にない。
バラックのほかは、巨大な車輪の装甲車の群れ。
異様な図体を誇っています。
油で黒々と光る銃を、毎日毎日、徹底的に手入れするよう、
命令され、それに励む兵士たち。
まだ幼い、子どものような顔付きです。
あるのは、兵器のみ。
★野営地の近くには、チェチェン人の集落がありますが、
建物は、爆撃により半壊したものばかり。
そこに闇市があり、ロシアの兵隊が、軍服まで売りに来る、という。
Alexandraがタバコを買おうと、チェチェン人の若い男に
「いくら?」と何度尋ねても、無言、無視で押し通す。
ロシア人の彼女に、冷ややかな敵意で応対するチェチェン人。
★孫との会話、いや、会話でなく、Alexandraの一方的な質問。
窒息しそうに狭い戦車の中へ、孫と一緒に潜り込み、
孫から誇らしげに小銃の撃ち方を、教えられた彼女は、
自分で、空砲の引き金を引く。
カチャンという、軽い音。
「単純なのね」と、一言。
「毎日、壊すことばかりで、いつ建設することを学ぶの?」
「きょうも、誰か殺してきたの?」
返事のしようがない孫。
この会話が、この映画のすべてともいえます。
でも、翌朝からまた、戦場に繰り出す孫。
出発前の顔には、職業軍人としての誇りのようなものも、
漂っています。
★派手な戦闘場面は、まったくありません。
救いは、物売りのチェチェン人老女との交流です。
老女は、疲れ切ったAlexandraを自室に招き、粗茶を振舞います。
「女同士は戦争しないのよ」
★画面は、初めから終わりまで黄土色一色、砂の色。
口のなかにザラザラとした砂が、入っているような
感じを覚えました。
自分がいま、東京に、平和な東京に居ないような、錯覚にも。
黄色い映像が強く強く、心に焼き付きついています。
見終わって、館外に出ましたら、
成人の日の渋谷の街は、ネオンが輝き、外国のようでした。
★以前、他の映画の開演前の予告編で、
この「チェチェンへ」の一場面を見て、
この祖母役の女性の、圧倒的な存在感に驚き、
この映画を是非見なければ、と思っていました。
それが、あのヴィシネフスカヤだったとは。
★彼女のポーズ、どの仕草について、
どんな角度から見ても、寸分の隙を感じさせません。
女優の杉村春子さんも、そうでした。
1952年から1974年まで、ボリショイ劇場のソリストだった
舞台人・ヴィシネフスカヤの、おそらく、人生最後に近い仕事を、
見ることができ、とても感動しました。
★映画の内容とは、直接関係ありませんが、
映画ロケの際、休憩時間に、ヴィシネフスカヤは、
ほかの人とお喋りをすることもなく、
イヤホンの音楽に、聴き入っていたそうです。
「役に成り切っていたので、そのままで居たかったようだ」と、
ソクーロフ監督の話。
目に浮かぶようなシーンです。
★ヴィシネフスカヤの、本業としましては、
夫ロストロポーヴィチの、ピアノ伴奏による、
「ラフマニノフ&グリンカ:歌曲集」のCDを、お薦めします。
有名なラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」の、名演奏も入っています。
ヴォカリーズは、チェロやさまざまな楽器に編曲され、
親しまれています。
私は、NAXOSから出ていますCD「協奏曲&アンコール集」
(グレート・チェリスト・シリーズ/ピアティゴルスキー NAXOS 8.111069)
に収録されている、ピアティゴルスキーの「ヴォカリーズ」を、
愛聴しております。
そういえば、彼もロシア人です。
★この「ヴォカリーズ」を演奏しようとする、どんな楽器の演奏家でも、
一度は、彼女の演奏を聴いて、勉強されることをお薦めいたします。
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
09.1.15 中村洋子
★毎日、寒い日が続いております、いかがお過ごしでしょうか。
「東京で初雪が降りました」と、
ベルリンのベッチャー先生に、お伝えしましたところ、
先生から「ベルリンはreal strong winter マイナス15度の日が続き、
近郊にある、ヴァンゼー Wannseeという大きな湖が、
数年ぶりに凍結した」というお便りが、来ました。
先生は、いま、ダルベール Eugen D'Albert(1864~1932)と、
コルンゴルト Erich Wolfgang Korngold(1897~1957)の
チェロ協奏曲や、C.P.E.Bach のガンバソナタの演奏を控え、
練習で、お忙しい毎日だそうです。
★日本では、チェロコンチェルトが演奏されるのは、あまりなく、
あっても、ごく少数の有名な曲に、限られています。
ダルベールやコルンゴルトなど、20世紀前後の作品を絶えず、
取り上げ、真摯に取り組まれている、
ベッチャー先生の姿勢に、敬服いたします。
★私は、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の
最新作「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(原題は、Alexandra)
という映画を見ました。
主演は、有名なソプラノのガリーナ・ヴィシネフスカヤです。
彼女は1926年 レニングラード生まれで、現在、80歳を越えています。
★ストーリーは、とても単純です。
老女Alexandra(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)の旅です。
チェチェンの独立を巡る、ロシアとの戦争で、
チェチェンに駐屯中の、ロシア兵である孫を訪れる、祖母の旅。
Alexandraの眼に写る光景を、静かにカメラが追う、
そういう映画です。
チェチェンの首都グロズヌイ郊外の、砂漠のような荒地に
孫が駐屯している、野営地があります。
★そこに辿り着くには、おぞましく、気分が悪くなるような、
疲れる旅を、経なければならない。
若い兵士の群れと一緒に、まともな座席もない貨車に詰め込まれます。
前線帰りなのか、兵士たちは、若さ、溌剌さの片鱗もうかがえず、
精気がなく、押し黙り、くたびれ果てています。
一人の兵士が「両親に電話して欲しいのだが・・・」と、
Alexandraに近づくが、上官に睨まれ、黙り込む。
観客も、一緒に貨車の旅を体験させられ、重苦しい気分に陥ります。
★7年ぶりに会う孫は、27歳。
職業軍人として、ずっと戦場での日々だった様子。
Alexandraは、野営地を歩き回り、そのすべてを見ます。
鉄柵で囲まれた陣地、その周りはほとんど砂漠、わずかな草しかない。
泊まる所は、掘っ立て小屋のようなバラック、壁も満足にない。
バラックのほかは、巨大な車輪の装甲車の群れ。
異様な図体を誇っています。
油で黒々と光る銃を、毎日毎日、徹底的に手入れするよう、
命令され、それに励む兵士たち。
まだ幼い、子どものような顔付きです。
あるのは、兵器のみ。
★野営地の近くには、チェチェン人の集落がありますが、
建物は、爆撃により半壊したものばかり。
そこに闇市があり、ロシアの兵隊が、軍服まで売りに来る、という。
Alexandraがタバコを買おうと、チェチェン人の若い男に
「いくら?」と何度尋ねても、無言、無視で押し通す。
ロシア人の彼女に、冷ややかな敵意で応対するチェチェン人。
★孫との会話、いや、会話でなく、Alexandraの一方的な質問。
窒息しそうに狭い戦車の中へ、孫と一緒に潜り込み、
孫から誇らしげに小銃の撃ち方を、教えられた彼女は、
自分で、空砲の引き金を引く。
カチャンという、軽い音。
「単純なのね」と、一言。
「毎日、壊すことばかりで、いつ建設することを学ぶの?」
「きょうも、誰か殺してきたの?」
返事のしようがない孫。
この会話が、この映画のすべてともいえます。
でも、翌朝からまた、戦場に繰り出す孫。
出発前の顔には、職業軍人としての誇りのようなものも、
漂っています。
★派手な戦闘場面は、まったくありません。
救いは、物売りのチェチェン人老女との交流です。
老女は、疲れ切ったAlexandraを自室に招き、粗茶を振舞います。
「女同士は戦争しないのよ」
★画面は、初めから終わりまで黄土色一色、砂の色。
口のなかにザラザラとした砂が、入っているような
感じを覚えました。
自分がいま、東京に、平和な東京に居ないような、錯覚にも。
黄色い映像が強く強く、心に焼き付きついています。
見終わって、館外に出ましたら、
成人の日の渋谷の街は、ネオンが輝き、外国のようでした。
★以前、他の映画の開演前の予告編で、
この「チェチェンへ」の一場面を見て、
この祖母役の女性の、圧倒的な存在感に驚き、
この映画を是非見なければ、と思っていました。
それが、あのヴィシネフスカヤだったとは。
★彼女のポーズ、どの仕草について、
どんな角度から見ても、寸分の隙を感じさせません。
女優の杉村春子さんも、そうでした。
1952年から1974年まで、ボリショイ劇場のソリストだった
舞台人・ヴィシネフスカヤの、おそらく、人生最後に近い仕事を、
見ることができ、とても感動しました。
★映画の内容とは、直接関係ありませんが、
映画ロケの際、休憩時間に、ヴィシネフスカヤは、
ほかの人とお喋りをすることもなく、
イヤホンの音楽に、聴き入っていたそうです。
「役に成り切っていたので、そのままで居たかったようだ」と、
ソクーロフ監督の話。
目に浮かぶようなシーンです。
★ヴィシネフスカヤの、本業としましては、
夫ロストロポーヴィチの、ピアノ伴奏による、
「ラフマニノフ&グリンカ:歌曲集」のCDを、お薦めします。
有名なラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」の、名演奏も入っています。
ヴォカリーズは、チェロやさまざまな楽器に編曲され、
親しまれています。
私は、NAXOSから出ていますCD「協奏曲&アンコール集」
(グレート・チェリスト・シリーズ/ピアティゴルスキー NAXOS 8.111069)
に収録されている、ピアティゴルスキーの「ヴォカリーズ」を、
愛聴しております。
そういえば、彼もロシア人です。
★この「ヴォカリーズ」を演奏しようとする、どんな楽器の演奏家でも、
一度は、彼女の演奏を聴いて、勉強されることをお薦めいたします。
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲