音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ CDのマスタリングについて(ベッチャー先生のCD) ■■

2007-12-24 17:12:14 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/10/6(土)

★前々回のブログで、「ベッチャー先生のCDが完成」をお知らせしました。

そこで、「マスタリング」という言葉を使いました。

耳慣れない「マスタリング」とはどういうものか、ご説明いたします。

製品となる「CD」をプレスする前に、CD原盤を作る必要があります。

そのCD原盤に刻み込む音を、最良の状態にする作業です。


★テープ、DAT 、CD-Rなどに録音されたデータには、

さまざまな雑音が、不可避的に入ってきます。

さらに、録音現場で、人の耳には聴こえていた最弱音も、

データを再現してみると、あまりよく聴こえなかったり、

弦を弓で擦(こする)る音は、うまく出ていても、

指で弾(はじ)くピッチカートの音が、現場で聴こえたように、

エネルギーをもって飛んで来なかったりします。

また、高音や特定の音が、耳障りに聴こえたり、

暖かい厚みのあった音が、痩せて聴こえる・・・・などなど、

記録された録音データには、録音現場での生演奏が、そのまま

再現されていることは、全く、ありません。


★CD原盤に、いかにして、実演時の生の音楽に近いものを、埋め込むか、

それが、マスタリングの使命です。

あたかも、オーケストラの指揮者のような知的営為です。

録音データに含まれている、膨大な万華鏡のような音の群れの中から、

あるものは“救い出し”、でしゃばったものには、“自重してもらう”、

か細くなって漂っている音を盛り立て、生演奏に近い臨場感を生み出す、など

どの要素を拾い出すか、捨てるか、強めるか、弱めるか、殺すか、

狙い通りの結果に辿り着くためには、高度な技術が要求されます。

真の名人芸です。


★それは、ほとんど創作に近いといえます。

音楽を完全に理解し、優れた演奏家と同等か、それ以上の

音楽的感性を備えた人だけが、成功します。

そうした努力の結果、

録音現場に立ち会っていた作曲家、演奏家が、

心から納得する“音楽”が、「CD」から生まれ出るのです。

そのように満足できるCDは、なかなか存在しないようです。

過度にお化粧した“整形美人CD”も多いようです。


★意外に思われるかもしれませんが、

CDを通して聴く場合、一曲が終わり、次の曲が流れるまでの

「なにも聴こえない時間」(ポーズ)の長さが、とても重要です。

聴く人の頭の中で“聴こえない音楽”が、滑らかに、

音楽的余韻をもって流れ、そして、自然に次の曲へと繋がっていくか、

あるいは、流れが分断され、興ざめを起こしてしまうか、

それを決める要が、「ポーズの長さ」なのです。

音楽で最も大切な要素である「リズム感」を、

マスタリング技術者がもっているかどうか?、

そのリズム感の良し悪しが、

ポーズの質を、左右します。


★今回、ベッチャー先生のCDマスタリングは、たくさんの方のご支援の結果、

JVCの「杉本一家」さんに、奇跡的にも、お願いすることができました。

(「一家」は、ファーストネームで、「かずいえ」とお読みするそうで、

おどろおどろしい組織とは、決して、関係ございません)

杉本さんは、前々回で触れましたが、ピアティゴルスキーの名演奏、さらに、

フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団のバルトーク作曲

「弦楽器、打楽器、チェレスタのため音楽」、

アルトゥーロ・トスカニーニによるNBC交響楽団の指揮など、

歴史的な名演を復活させる、「リマスタリング」のお仕事を、

精力的になさっています。

依頼が殺到して、寝る間もないほど多忙だそうです。

また、マスタリングだけでなく、ギュンター・ヴァント指揮の

北ドイツ放送交響楽団「ブルックナー、マーラー」や、来日した演奏家、

例えば、マイスキー、アルゲリッチなどの録音も

依頼され、数多くなさっています。


★今回、ベッチャー先生の録音を聴いた瞬間、

杉本さんは一言、「マエストロですね!!!」。

そして、全身全霊を込め、長時間没頭して、このCD原盤を、作っていただきました。

私もスタジオでその作業に立会い、いろいろな意見を申し上げました。

それがすべて、CDに反映されました。

会心の出来のようです。

「音楽という“産業”は、このような方々の努力によって、支えられている」と

感動しました。


★事情により、DAT録音を録音データとすることができず、

杉本さんは、CD-R から原盤を作られました。

にもかかわらず、その結果は、録音の現場に立ち会った作曲家として、

「よくぞ、ここまで再現していただきました」の一言です。

目を瞑り、恍惚とした表情で、チェロを弾いていらっしゃった

ベッチャー先生の顔が、息づかいまでが、よみがえってきます。

言葉でいくら表現しても、音は再現できません。

どうぞ是非、お聴きください。



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