音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ ベッチャー先生との出会い ■■

2007-12-24 17:14:15 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/10/16(火)

★2000年春「11月の東京リサイタル用に“荒城の月”の編曲が欲しい」と、

依頼されました。

これが、ベッチャー先生との出会いです。

その初演は、大変素晴らしかったのですが、

イントネーションがどこか“ドイツ訛り”。

先生も完全には納得されていなかったご様子。

その後、04年6月の東京リサイタルで、再び演奏していただきました。

日本人の演奏よりさらに立派な“荒城の月”に仕上がっていました。

その二年後の06年にも来日され、三度目の演奏は、

月光の下で、ススキが揺れる荒涼とした、

お能の一場面のような情景を、音楽でつくりだされていました。

これが「芸術」である、と実感しました。


★その後「日本を表現した私の曲を、録音してくださいませんか」と、

厚かましくもお願いしました。

即座に「Yes」と、予期せぬ嬉しいご返事を頂きました。


★07年4月末、先生はチェロを背負い、新緑の清々しい日本に、

飄々と降り立たれました。

録音が終わるまでご一緒しました1週間は、私にとって、

生涯忘れえぬ日々となりました。

先生は、ご自分のプロフィールの最初に

「ボリス・ブラッヒャー、エルンスト・ペッピングの下で学んだ」と、書かれています。

チェロの経歴は、その後です。

当時最高の作曲家二人に、徹底的に作曲理論を学んだという自負、

それが演奏家には絶対に必要である、ということを問わず語りに示されています。

日本人の演奏家に最も欠けている和声、対位法、アナリーゼなどの作曲理論を習得し、

その上でチェリストとしての研鑽を積まれた方です。


★私の新作「チェロ組曲」は、実は先生の来日一週間前、

ベルリンのご自宅にファックスしたばかり。

「録音は次回でね!」と言われても仕方ありません。

しかし、先生は物凄い集中力で深夜まで練習され、完璧に読みこなし、

溜息のでるような“ベッチャーの日本”を創造されました。

譜読みの確かさ、これこそアナリーゼの裏打ちなくして不可能です。


★お蕎麦、焼き魚、味噌スープ、ご飯、お好み焼き、煎餅、

これが先生の大好物です。

庶民的な食べ物ばかり。

「イッツ ソバ タイム」、練習や録音の時、お昼は、先生のこの掛け声で、

いそいそと近場のお蕎麦屋さんに出掛けます。

お蕎麦は毎食でも飽きないほど。

お酒もコーヒーも召し上がらず、その代わりに温かい緑茶。

日本人以上の日本人です。


★練習の合い間、先生は私に何年分もの宿題を課されました。

無駄口がない先生のお話は、一言一言、いまでもそのまま耳に残っています。

日本ではほとんど勉強されず、演奏もめったにされないラヴェル、R・シュトラウス、

現代作曲家等々の隠れた本当の名曲の数々。

そこに「創作の秘密が潜んでいる、最高のモデルです!」、

「(楽譜を読み解き)自分で発見してこそ勉強になります」と、

宝が大体どの辺りにあるか、それだけを穏やかに暗示されます。

“それらを学ばずして本当の西洋音楽が分かりますか!”と、

おっしゃりたいのでしょう。


★既に亡くなった著名な現代作曲家の名前を挙げ、そして、

口笛で見事な旋律を吹かれました。

ヨーロッパの田舎町、街角で楽士が演奏しているかのようです。

「彼の音楽は、実は、これなんだよ」、

「自分のルーツを大切にしなさい」と、最後におっしゃいました。

本当に含蓄のある言葉です。



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