2007/10/16(火)
★2000年春「11月の東京リサイタル用に“荒城の月”の編曲が欲しい」と、
依頼されました。
これが、ベッチャー先生との出会いです。
その初演は、大変素晴らしかったのですが、
イントネーションがどこか“ドイツ訛り”。
先生も完全には納得されていなかったご様子。
その後、04年6月の東京リサイタルで、再び演奏していただきました。
日本人の演奏よりさらに立派な“荒城の月”に仕上がっていました。
その二年後の06年にも来日され、三度目の演奏は、
月光の下で、ススキが揺れる荒涼とした、
お能の一場面のような情景を、音楽でつくりだされていました。
これが「芸術」である、と実感しました。
★その後「日本を表現した私の曲を、録音してくださいませんか」と、
厚かましくもお願いしました。
即座に「Yes」と、予期せぬ嬉しいご返事を頂きました。
★07年4月末、先生はチェロを背負い、新緑の清々しい日本に、
飄々と降り立たれました。
録音が終わるまでご一緒しました1週間は、私にとって、
生涯忘れえぬ日々となりました。
先生は、ご自分のプロフィールの最初に
「ボリス・ブラッヒャー、エルンスト・ペッピングの下で学んだ」と、書かれています。
チェロの経歴は、その後です。
当時最高の作曲家二人に、徹底的に作曲理論を学んだという自負、
それが演奏家には絶対に必要である、ということを問わず語りに示されています。
日本人の演奏家に最も欠けている和声、対位法、アナリーゼなどの作曲理論を習得し、
その上でチェリストとしての研鑽を積まれた方です。
★私の新作「チェロ組曲」は、実は先生の来日一週間前、
ベルリンのご自宅にファックスしたばかり。
「録音は次回でね!」と言われても仕方ありません。
しかし、先生は物凄い集中力で深夜まで練習され、完璧に読みこなし、
溜息のでるような“ベッチャーの日本”を創造されました。
譜読みの確かさ、これこそアナリーゼの裏打ちなくして不可能です。
★お蕎麦、焼き魚、味噌スープ、ご飯、お好み焼き、煎餅、
これが先生の大好物です。
庶民的な食べ物ばかり。
「イッツ ソバ タイム」、練習や録音の時、お昼は、先生のこの掛け声で、
いそいそと近場のお蕎麦屋さんに出掛けます。
お蕎麦は毎食でも飽きないほど。
お酒もコーヒーも召し上がらず、その代わりに温かい緑茶。
日本人以上の日本人です。
★練習の合い間、先生は私に何年分もの宿題を課されました。
無駄口がない先生のお話は、一言一言、いまでもそのまま耳に残っています。
日本ではほとんど勉強されず、演奏もめったにされないラヴェル、R・シュトラウス、
現代作曲家等々の隠れた本当の名曲の数々。
そこに「創作の秘密が潜んでいる、最高のモデルです!」、
「(楽譜を読み解き)自分で発見してこそ勉強になります」と、
宝が大体どの辺りにあるか、それだけを穏やかに暗示されます。
“それらを学ばずして本当の西洋音楽が分かりますか!”と、
おっしゃりたいのでしょう。
★既に亡くなった著名な現代作曲家の名前を挙げ、そして、
口笛で見事な旋律を吹かれました。
ヨーロッパの田舎町、街角で楽士が演奏しているかのようです。
「彼の音楽は、実は、これなんだよ」、
「自分のルーツを大切にしなさい」と、最後におっしゃいました。
本当に含蓄のある言葉です。
▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
★2000年春「11月の東京リサイタル用に“荒城の月”の編曲が欲しい」と、
依頼されました。
これが、ベッチャー先生との出会いです。
その初演は、大変素晴らしかったのですが、
イントネーションがどこか“ドイツ訛り”。
先生も完全には納得されていなかったご様子。
その後、04年6月の東京リサイタルで、再び演奏していただきました。
日本人の演奏よりさらに立派な“荒城の月”に仕上がっていました。
その二年後の06年にも来日され、三度目の演奏は、
月光の下で、ススキが揺れる荒涼とした、
お能の一場面のような情景を、音楽でつくりだされていました。
これが「芸術」である、と実感しました。
★その後「日本を表現した私の曲を、録音してくださいませんか」と、
厚かましくもお願いしました。
即座に「Yes」と、予期せぬ嬉しいご返事を頂きました。
★07年4月末、先生はチェロを背負い、新緑の清々しい日本に、
飄々と降り立たれました。
録音が終わるまでご一緒しました1週間は、私にとって、
生涯忘れえぬ日々となりました。
先生は、ご自分のプロフィールの最初に
「ボリス・ブラッヒャー、エルンスト・ペッピングの下で学んだ」と、書かれています。
チェロの経歴は、その後です。
当時最高の作曲家二人に、徹底的に作曲理論を学んだという自負、
それが演奏家には絶対に必要である、ということを問わず語りに示されています。
日本人の演奏家に最も欠けている和声、対位法、アナリーゼなどの作曲理論を習得し、
その上でチェリストとしての研鑽を積まれた方です。
★私の新作「チェロ組曲」は、実は先生の来日一週間前、
ベルリンのご自宅にファックスしたばかり。
「録音は次回でね!」と言われても仕方ありません。
しかし、先生は物凄い集中力で深夜まで練習され、完璧に読みこなし、
溜息のでるような“ベッチャーの日本”を創造されました。
譜読みの確かさ、これこそアナリーゼの裏打ちなくして不可能です。
★お蕎麦、焼き魚、味噌スープ、ご飯、お好み焼き、煎餅、
これが先生の大好物です。
庶民的な食べ物ばかり。
「イッツ ソバ タイム」、練習や録音の時、お昼は、先生のこの掛け声で、
いそいそと近場のお蕎麦屋さんに出掛けます。
お蕎麦は毎食でも飽きないほど。
お酒もコーヒーも召し上がらず、その代わりに温かい緑茶。
日本人以上の日本人です。
★練習の合い間、先生は私に何年分もの宿題を課されました。
無駄口がない先生のお話は、一言一言、いまでもそのまま耳に残っています。
日本ではほとんど勉強されず、演奏もめったにされないラヴェル、R・シュトラウス、
現代作曲家等々の隠れた本当の名曲の数々。
そこに「創作の秘密が潜んでいる、最高のモデルです!」、
「(楽譜を読み解き)自分で発見してこそ勉強になります」と、
宝が大体どの辺りにあるか、それだけを穏やかに暗示されます。
“それらを学ばずして本当の西洋音楽が分かりますか!”と、
おっしゃりたいのでしょう。
★既に亡くなった著名な現代作曲家の名前を挙げ、そして、
口笛で見事な旋律を吹かれました。
ヨーロッパの田舎町、街角で楽士が演奏しているかのようです。
「彼の音楽は、実は、これなんだよ」、
「自分のルーツを大切にしなさい」と、最後におっしゃいました。
本当に含蓄のある言葉です。
▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲