音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ バッハ・インヴェンション12番の直筆譜から、読み取れること ■■

2009-07-25 02:11:03 | ■私のアナリーゼ講座■
■■ バッハ・インヴェンション12番の直筆譜から、読み取れること ■■
                 09.7.25   中村洋子


★7月28日(火)午前10時から、

カワイ表参道「コンサートサロン・パウゼ」で、

「第12回 バッハ・インヴェンション アナリーゼ講座」を、

開催いたします。

きょうは、じっくりと、テキスト作りをいたしました。

バッハの「インヴェンション&シンフォニア」は、

幸いにも、バッハ自身の直筆譜が、15曲づつ、全30曲が、

すべて、残されています。


★前回のブログで、ショパン「エチュードOp25-1」の

手稿譜について、書きましたように、

作曲家自身の直筆が、残されている以上、

何をおいても、たとえ小さなことでも、

その作曲家が譜面に残した意図を、優先すべきであると、

私は、思います。

その小さなことが、実は、大変に大きなことを、

示唆している、ということが、あるからです。


★「インヴェンション12番」は、≪21小節≫という、

極小の、小節数で、できています。

私が、所有しております楽譜、例えば、「ヘンレ版」、

「新バッハ全集」(ベーレンライター版)、

「ヴィーン原典版(Ratz/Fuessl/Jonas)」、

「ヴィーン原典版(Leisinger/Jonas)」などの、

譜割り(1段に、何小節を書くか)は、

最初の1段には、1小節だけを書き、それ以降は、

1段に2小節ずつ、計11段として、記譜しています。


★ところが、バッハの直筆は、以下のようになっております。

1段目:3小節目の3拍目まで(変則的な記譜)

2段目:3小節目の4拍目から、6小節目2拍目まで(変則的)

3段目:6小節目3拍目から、8小節目の最後まで(通常の記譜)

4段目:9小節目から、11小節目の最後まで(通常)

5段目:12小節目から、15小節目2拍目まで(変則的)

6段目:15小節目3拍目から、18小節目2拍目まで(変則的)

7段目:18小節目3拍目から、最後の21小節の最後まで(通常)


★まるで、詩の韻律のように、変則×2の後に通常×2、

変則×2の後に通常×1と、計7段に、納めています。


★そのような譜割りにしたことに対する、(これから述べます)

私の見解に対して、予想される反論を、挙げてみます。

① バッハ時代は、紙が極めて貴重であり、

  バッハは倹約家で、なるべく、詰めて書いたのであろう。

② どのような譜割りをするかは、本質的なことではない。

③ バッハは、極めて、早書きの人であったため、

  譜割りについては、特別に配慮せず、かなり無頓着であった。


★私の見解は、以下のようです。

「インヴェンション&シンフォニア」は、15番までどの曲も、

1曲につき、2ページを使って、書いています。

1ページは、必ず、3段になっています。

2ページも、3段で書かれています。

つまり、計6段で書かれています。


★しかし、例外は、この「インヴェンション12番」と、

「シンフォニア11番」です。

この2曲は、2ページ目が、4段で書かれています。

上記のように、「12番」は、1段目と2段目の終わりが、

小節線で終わっておらず、途中まで書き、その続きを、

次の段から始めるという、大変に「変則的」な、書き方です。

5、6段目も同様で、小節線では終わっていません。

これは、紙を節約するということとは、

全く、関係のない次元のことでしょう。


★すぐれて、「作曲上の理由」なのです。


★ここで、お気付きになられた方も、いらっしゃると思います。

ショパンは、バッハから、何を学び、自分の作曲の源泉としたかに、

関係してきます。

この「インヴェンション12番」は、「8分の12拍子」と記されています。

楽典上では、8分の3拍子が、4個複合された「複合拍子」と、

いうことに、なります。


★皆さまは、この曲を、≪4拍子≫として、

演奏されていると、思います。

≪4拍子≫としてみた場合、この曲の1拍は、

16分音符6個から、できています。

16分音符6個からなる1拍が、4個集まった拍子。

ショパンの、「エチュードOp25-1」に、

重なって、見えてきませんか?

この曲も、ショパンのエチュードも、4拍子として、

機械的に、拍を刻み、演奏することは、おそらく、

作曲家の意図には、沿っていない、と思われます。


★バッハは、この直筆譜から、「演奏法」について、

さらに「作曲法」についても、無限にたくさんのことを、

後世の私たちに、語り掛けてくれています。

それは、バッハが自分で書いた「序文」の言葉、

≪すべて正確に、かつ、上手に演奏できるようにし、
同時に、優れた着想(インヴェンション)を
得ることができるようにし、さらに、それを巧みに展開し、
特に、カンタービレ奏法を身につける、
さらに将来、作曲をする際に味わうであろう、
(その苦楽を)事前に、十分に積極的に体験する≫

と、ぴたりと、一致します。


★この直筆譜で、バッハの息子や弟子たちは、勉強しました。

大バッハが、言葉で教えるより先に、

楽譜を目で見る、つまり「視覚」で、どう弾くか、

どう作曲するかを、教えているのです。


★先ほど述べました、ヘンレ、ベーレンライター、

ヴィーン原典版とも、すべて、

最初の1段には、1小節だけを書いています。

私には、それは、とても間延びした書き方で、

音楽のもつ緊張感から、ほど遠い記譜であり、

学習者が、その楽譜通りに、1小節目だけを強調して、

弾いてしまい勝ちなのは、とても残念なことです。


★以上、直筆譜から、読み取れることの、

ほんの一端を、書きました。


★「インヴェンション・アナリーゼ講座」では、

なぜ、バッハが「変則的」に、小節の途中で段落を変えたか、

その「理由と狙い」について、詳しく、ご説明します。

さらに、それを、演奏にどう活かすかも、お話しするつもりです。

それらを、理解することにより、必然的に「暗譜」が、

容易になります。

これらは、すべて、ショパンにも、その他の作曲家にも、

当然のことながら、応用できるのです。


                   
      (山本隆博さんの漆器に、茗荷、唐辛子、アスパラガスの葉)
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