音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■シューベルト「美しい水車小屋の娘」の自筆譜を見る■

2010-10-31 23:57:51 | ■私のアナリーゼ講座■

■シューベルト 「 美しい水車小屋の娘 」 の自筆譜を見る■
                     2010.10.31 中村洋子





★名古屋・カワイで27日に開催いたしました、

第 3回 「 Bach インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、

熱心な皆さまが、たくさん、参加されました。


★その帰途、岐阜に赴き、

自然人類学・江原昭善先生のご自宅に、お伺いしました。

類人猿や、原人などの頭蓋骨標本に囲まれたリビングで、

楽しく、ご歓談させていただきました。

江原先生は、日本では珍しい本物の学者です。

先生については、以前、当ブログでお書きしました。

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20090621


★ドイツのキールとゲッティンゲン大学での教授時代、

毎日、毎日、頭蓋骨の標本を見続けていた結果、

ある特定の部位での、表面の微妙な形状から、

サルの進化のメカニズム、道筋までを、

読み取ることが、できるようになったということです。

どんなことでも、原典に当たり、そこから学ぶべきという、

いい例であると、私は解釈しております。




★きょうは、埼玉県の 「 川口総合文化センター・リリア 」 で、

開催中 ( 11月 2日まで )の  『 3人の偉大なる楽聖たち、

モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト資料展

 ~ 自筆譜、肖像画ほか ~( ヴィーン楽友協会資料館提供 ) 』

を、見て参りました。


★モーツァルト 「 フィガロの結婚 」  (  K579 ) のアリア

「 喜びに胸は躍り 」 の自筆ヴォーカル・スコアから一葉 、

ベートーヴェン  「 交響曲第 9番 」  Op.125 のスケッチ一葉、

シューベルト  「 美しい水車小屋の娘 」  D795 より第 15曲

「 Eifersucht und Stolz 嫉妬と誇り 」 一葉が、

展示されていました。


★遠くからやってきた、 “ 恋人 ” に会いに行くように、

心弾ませ、川口に向かいました。

シューベルトとモーツァルトは、ほぼ同じ大きさの、

横書きの五線紙、ベートーヴェンは、それよりやや大きめ。

いずれにしましても、現在のものと比べますと、

小型の、小さい紙でした。

紙の端は、繊維が毛羽立ち、いかにも手作りの紙で、

貴重さが、うかがわれました。




★特に、シューベルトは、日本初公開で、

一葉に、 37小節が書き込まれていました。

現代の実用譜の 2ページ弱に、相当します。

バッハの 「 マタイ受難曲 」 などでも、同じことがいえますが、

歌詞の内容と、楽譜の譜割り  ( レイアウト )  が、

一致していることが多く、きょうのシューベルトも、

たった一葉でしたが、多くの発見がありました。


★前奏に続く歌詞 「 Wohin so schnell, so kraus und wild,

mein 」 まで 6小節が、 1段に書かれていました。

2段目は  「 lieber Bach ? 」 から、始まっています。

訳は 「 そんなに急いで何処へ、波立ち、荒々しく、 

私の愛する小川よ  」  というような感じです。


★現在、出版されている楽譜は、機械的にレイアウトしている

ものがほとんどで、1段目は 、

「 Wohin so schnell, so 」 までで、

切っているものも、見受けられます。


★自筆譜は、2段目の頭に、

「 lieber Bach ? 」 を、もってきています。

この 「 lieber 」 は、英語の  「 dear 」  に相当する語です。

2段目冒頭に 「 lieber Bach ? 」 があることは、

この言葉が大きな意味を持ち、視覚的にも、

そのことが分かるよう、強調していると思われます。




★ 「 lieber Bach ? 」 の 「 lie 」 に、

「 シ♭ 」 の4分音符、

「 ber 」 には、 「 ド 」  の4分音符、

「 Bach 」 には、 「 レ 」 の4分音符 が、

当てられています。


★8小節目のピアノ伴奏は、

4個の 16分音符  「 シ♭、ファ、ソ、ラ 」 が 1拍目、

4個の 16分音符  「 シ♭、ド、レ、ミ♭ 」 が 2拍目、

それと同時に、8小節目の冒頭の歌詞は 「 Bach 」 です。


★16分音符 8個を、ト音記号のみで、

無造作に記譜している、現代の実用譜がありますが、

シューベルトは、 1拍目  「 シ♭、ファ、ソ、ラ  」 と、

2拍目最初の 「 シ♭ 」 までを、大譜表の下段の、

へ音記号の位置に、記しています。

これは、明らかに 「 テノール声部 」 であることを、

示しています。


★2拍目 2番目の音 「 ド 」 以降、

「 ド、レ、ミ♭ 」 の 3つの音を、

大譜表の上段  「 ト音記号 」 位置に、記しています。

これは、「 アルト声部 」 と、とることができます。

この 8つの音が、単一声部ではなく、

「 テノールとアルト 」 という  「 二声 」  と、

みることも、可能です。


★さらに 「 ド レ ミ♭ 」 が、独立して見えることにより、

先ほどの 「 lieber Bach ? 」 については、

 4分音符 「 シ♭、ド、レ 」 の、 3度順次上行進行の、

「 縮小カノン 」 であるとも、自筆譜から、読みとれます。


★シューベルトの音楽は、一見、単純に見えるかもしれませんが、

このように、「 多声部 」 や、「 対位法 」 が、

縦横に、張り巡らされているのです。


★自筆譜を読むことにより、彼が作曲した時の、

思考方法が、手に取るように、分かるのです。


★このほかに、シューベルトの一葉から、

たくさんのことを、発見し、学びました。

モーツァルトもシューベルトも、

そのように読み込みこんで、初めて、

優れた演奏ができる、と思います。


★彼らの同時代の作曲家で、

シンプルで美しい作品を書いた作曲家は、たくさん、

いたはずですが、なぜ、モーツァルトやシューベルトだけが、

現代にいたるまで、燦然とますます、輝きを増しているのか、

その理由が、ここにあるのでしょう。


★モーツァルトの音楽に、 「 多声部 」 や  「 対位法 」 を、

見出す方法を、私は、「 エドウィン・フィッシャー 」 校訂の、

「 モーツァルト・全ピアノソナタ集 」 から、学んでいます。

これについては、これからもブログで、

述べていきたい、と思います。


★名古屋・カワイでの、次回アナリーゼ講座

「 インヴェンション&シンフォニア 第 4番 」 は、
 
2011年 2月 23日 ( 水曜日 )です。



     ( 資料展のパンフ、自然耕房のナメコ・舞茸・椎茸、 唐辛子)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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