音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ゴルトベルク変奏曲第17変奏曲17小節目のBachによる修正の意味■

2017-01-28 00:38:46 | ■私のアナリーゼ講座■

■ゴルトベルク変奏曲第17変奏曲17小節目のBachによる修正の意味■
 ~マティスの線描は無駄をそぎ落とした結果。Bachの旋律に似る~
              2017.1.27   中村洋子

 

 


★寒さが続きますが、蝋梅の黄色い蕾がほころび始めています。

パナソニック汐留ミュージアムで開催中の、

「マティスとルオー展」ー手紙が明かす二人の秘密―

を、見てまいりました。

 


Henri Matisse(アンリ・マティス1869-1954)と

Georges Rouault(ジョルジュ・ルオー1871-1958)との間に

秘密があったわけではなく、二人の共通の師である

Gustave Moreau(ギュスターヴ・モロー1826–1898)の教室で、

1892年に出会ってから、1953年に病床のMatisseマティスを

Rouaultルオーが見舞うまでの60年にわたる、美しい友情の手紙です。


★RouaultからMatisseへの手紙は保存されていましたが、

MatisseからRouaultへの手紙は、第二次世界大戦により消息不明でしたが、

2006年春、発見されたのです。


★それを記念しての展覧会でしたので、

絵画のように美しい手紙も、見ることができました。

手紙も楽譜も手書きのものは、深い含意が感じられます。


★この美術館は主に、Rouault作品を収集していますので、

Rouaultの作品の方が多いのですが、一番心を打たれたのは、

晩年のMatisseが装飾を担当しました南仏Venceヴァンスの

「St. Dominicドメニコ会修道院」の≪La Chapelle du Rosaire

ロザリオ礼拝堂≫での製作風景です。

Matisseは、ここで、彼の集大成ともいえる壁画、ステンドグラスなどを、

4年かけて1951年に完成させました。

その製作過程がヴィデオに撮られていました。

それを、音楽もナレーションもなく、会場で放映していました。

 

 


輪郭線だけで表現されている壁画の聖母子や聖ドメニクスは、

実は、最初は非常に具体的なデッサンから始まりました。

それが、次第次第に、無駄がそぎ落とされ、凝縮され、

力強い線の芸術となっていく過程をじっくり拝見できました。

これこそ、“Bachの旋律と同じ”と、感動しました。

Matisseの模倣者たちの絵が、なぜ力強くなく貧弱でつまらないのか、

彼らは、マティスの完成した絵画を模倣しているため、

その大元、源泉である肉体に辿って戻ることが出来ないのです。


★これは、音楽についても同じことがいえるでしょう。

Bachの、あるいはクラシック音楽の大作曲家たちの演奏を、

CDやコンサートで聴き、その気に入った部分を継ぎ接ぎして

自分の演奏としましても、音楽の生命力に欠け、

弱弱しい模造品となります。


★また、日本のクラシック音楽の楽譜でも、同じことがいえます。

海外の名校訂版を、パッチワークのように継ぎ接ぎにして

出版された楽譜が時折、見受けられます。

その名校訂版は、人の目に触れにくい絶版であったり、

絶版に近い、昔のヨーロッパのマエストロの校訂版などを使っています。

時折、楽譜店で眺めてあきれています。

継ぎ接ぎであるため、統一された主張が伝わりません。


★例えば、あるBachの楽譜は、冒頭はEdwin Fischer エドウィン・フィッシャー

(1886-1960)のそっくりさん、

その後は、チェンバロの奏法を意識した別の校訂版を繋いでいます。

強弱や発想記号、テンポ等々が、非常にこと細かく書かれているため、

親切に見えます。

しかし、統一がとれていませんので、楽譜通りに演奏しますと、

不思議な音楽となってしまうでしょう。

Bachの音楽には程遠いでしょう。

 

 

★私のアナリーゼ講座では、Matisseマティスが肉体を丹念に丹念に、

力強い線へと創造していったように、

Bachの一番最初のアイデア(着想)が、一つの大きな構造とへ発展できるよう、

皆さまと勉強したいと願っております。


★前々回のブログで、

Bach「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」初版譜に

Bach自身が≪書き込みし、推敲して音を換えた≫例として、

第17変奏曲「17小節目」を挙げました。

その推敲で、Bachが何を意図したのででしょうか。


★第17変奏曲の全体は32小節です。

前半16小節を二度反復し、後半は17小節目から始まります。

この17小節目の上声8番目の16分音符「c²」に、

Bachは、「♯」を付けて「cis²」に変更しています。

 

 

後半17~32小節目も、二度反復します。


この変更により、何が変わったのでしょうか

変更なしの「初版譜」を見てみましょう。


★16小節目は、主調「G-Dur」の属調「D-Dur」で終わります。

 

 

修正前の初版譜も、修正後の初版譜も、どちらも17小節目冒頭は、

そのまま「D-Dur」が継続します。


★しかし、修正前の「初版譜」では、

上声16分音符8番目の音は、「c²」です。

 

 

もし、この「c²」が、下声16分音符4番目の音「cis」のように、

「cis²」であったならば、

この上声16分音符8番目の音が奏された瞬間も、

「D-Dur」が、継続します。

しかし、人間の耳は、17小節目2拍目の下声「d」、上声「fis²」、「d²」を

しっかり、覚えています

 

 


上声16分音符8番目の音「c²」が奏せられた瞬間、

上記の三つの音「d」、「fis²」、「d²」に、「c²」を追加し、

素早く主調「G-Dur」の「属七の和音」を、聴き取ります

 

 


★「d」 と「d²」は「属七の和音の根音」、

「fis²」は、第3音(導音)、「c²」は第7音です。


★Bachの修正前の初版譜では、

上声16分音符8番目の音が奏された瞬間、

調性は「D-Dur」から「G-Dur」に復調(主調に転調して戻る)します


★しかし、推敲により、上声16分音符8番目の音は

「c²」から「cis²」になりましたので、この瞬間、

復調はされず、属調の「D-Dur」が継続します

 

 


★そして、3拍目の後半上声16分音符11個めの「♮c²」が奏せられた瞬間、

 

 

3拍目の下声「fis」と「a」、上声「d²」の三音に「c²」が加わることにより、

「G-Dur」の「属七の和音」が形成され、

上声16分音符11番目の「c²」が奏せられた瞬間、

調整は「D-Dur」から「G-Dur」に復調します。

 

 


★以上、まとめますと、

推敲前:「G-Dur」への復調は、上声16分音符8番目の音、

推敲後:「G-Dur」への復調は、16分音符11番目の音となり、

推敲後の方が、復調は遅れます。


★それでは何故、バッハは復調を遅らせたのでしょうか?

修正前ですと、「D-Dur」から、穏やかに「G-Dur」に移行しますが、

推敲後は、「D-Dur」を引っ張っていきますので、

16分音符11番目の「c²」は、とても新鮮に響き、また意外性もあります。

 

 


18小節目は、「G-Dur」から「e-Moll」、「 a-Moll」と、

1小節の中で、三つの調が目まぐるしく転調していきますが、

推敲後は、「G-Dur」の長さが短くなりますので、

激しい転調が、より一層印象付けられ、

エネルギーに満ちた音楽となります。

より燃焼度の高い、ある意味でラディカルな音楽へと、

変貌したといえましょう。

Bachはさぞかし考えに考え抜いて、このように直したのでしょう。


★このBachの手直しがある「初版譜」は、1974年に発見されました。

人気の高い、Glenn Gould の1981年録音「Goldberg-Variationen」 CDは、

手直し以前の音で、演奏されています。


Bachの黄金の一筆により、音楽が大きく変わる、

という、いい具体例でしょう。

Matisseマティスが試行錯誤を重ね、

何度も何度もアイデアを練り込んでいた姿を見ることにより、

たった一つの音を、このようにいつくしんで大切に育てていった

Bachの音楽を一音たりとも軽んじるべきではない、と思います。


次回の

「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座は、

3月18日(土)です。
https://www.academia-music.com/academia/m.php/20161026-0

 

 

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
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