音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように乱雑?■

2010-04-26 17:33:35 | ■私のアナリーゼ講座■
■ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように乱雑なのでしょうか?■
 ~第 4回 平均律アナリーゼ講座を明後日にひかえ~
                      2010・4・26 中村洋子

★ドイツの出版社から出版いたします「チェロ三重奏」の、

校正作業などで、慌ただしい毎日です。

Ries & Erler社からの「チェロ組曲第1番」の楽譜出版、

「チェロ組曲第2番、3番」の CD完成 と、

立て込んできました。


★明後日の 第 4回「 平均律クラヴィーア曲集 」アナリーゼ講座

の内容について、このブログで、たくさん書きたいことがありますが、

なかなか、手が回りませんでした。

講座で力を込めて、お伝えしたいと思います。


★今回の講座は、特に、ベートーヴェンの「月光ソナタ」と、

「 平均律 4番 前奏曲とフーガ 」との関係を、お話いたします。

ベートーヴェンの自筆譜は、「乱雑で、大変読みにくい」と、

どの本にも、判で押したように、書かれています。

今回、「月光ソナタ」自筆譜と、初版本楽譜を、詳細に検討してみました。


★ “ ベートーヴェンの自筆譜は、なんと音楽的で、

イマジネーションを、かきたてるものであるか ”

それが、私の感想であり、発見でした。


★確かに、彼独特の癖のようなものがあり、

読む場合、それに慣れる必要はあります。

例えば、月光ソナタ 1楽章。

4分の 4拍子ですが、付点 2分音符の表記の仕方が、独特です。

まず、2分音符のみを記し、付点は、3拍目の場所に、

小さな点が、書かれているだけです。


★当初は、「この点は何か?」と、訝しげに見ました。

2分音符の音を伸ばして、3拍目に到達したところで、

さらに、その付点により、“もう 1拍分延長したい”という、

演奏中に、湧きあがってくる気持ちと、

ぴったりと、一致した記譜法だったのです。

慣れてしまいますと、心地よいばかりか、

この「 月光ソナタ 1楽章 」の曲想とも、よく合っているのが分かります。


★ベートーヴェンの記譜法は、また、バッハの自筆譜や、

ショパンの自筆譜の特徴と、共通点をたくさんもっており、

実は、これが音楽上、非常に大切なことである、

ということにも、気付きました。


★初版本を見ますと、愚直なまでに、

ベートーヴェンの癖を再現している

実に、素晴らしい楽譜です。

ベートーヴェンの明らかな音のミスがありますが、

あえて、そのまま、記載しています。

これは、ピアニストが判断すればよいことである、

という校訂者の意図である、と思います。


★私が時々、書きますように、

余分なおせっかいで、校訂者が、

勝手に直してしまうことが、よくあります。

そういうことがない、この初版本は、

賢明な校訂であると、思います。


★フレージングを表現する「 スラー 」についても、

ベートーヴェンは、「 符頭から始める 」、あるいは、

「 符頭で終える 」ことを、

あえて、していない個所が、たくさんあります。


★例えば、スラーを始める位置を、

符頭から、すこし離れた場所としたり、

スラーが終わる場所を、本来の終わるべき音符より、

さらに、先のところまで、伸ばしている。

あるいは、スラー全体が、宙に浮いているように、

描いている、などです。

これらを “ 乱雑 ” と、とらえていたのでしょう。

しかし、ここにこそ、ベートーヴェンの音楽を解き明かす、

カギが、実は、潜んでいるのです。

この初版本は、かなり、それを忠実に再現しております。


★そのベートーヴェンの、スラーの付け方を見て、

「どこかで見たような覚えがある」と、感じました。

そうです、まさに、ショパンの自筆譜でした。

つまり、ショパンが、

このベートーヴェンの月光ソナタで見られる、

スラーの書き方を、使っていたのです。


★現在、入手できるベートーヴェンの「月光ソナタ」の実用譜は、

小奇麗に手直しされ、ベートーヴェンの自筆譜と初版本から、

読み取れる意図が、消え去っています。


★これだけ、科学が進歩した時代ですのに、

どうして、作曲家自身の意図を忠実に反映した楽譜を、

入手することが、できないのでしょうか。。

もし、そのような忠実な版で、日常的に勉強することができれば、

楽曲の解説書や、説明、論文など大半は、

不必要になってしまうかも、しれませんね。


★ベートーヴェンの「月光ソナタ」 1楽章の自筆譜は、

残念ながら、曲頭の10数小節が欠落しています。

初版本で、欠落部分を見ますと、

小節の途中で、次の段落に移っているところがあります。

自筆譜でもそのように、記譜されていたことでしょう。


★この考え方、記譜の方法は、どこかで見たことがございませんか?

そうです、「 バッハ 」です。

このブログで、何度も書きました「 バッハの記譜法 」です。


★ベートーヴェンの、「小節の後半から、新しい段落が始まる」という、

この記譜を、見ながら弾きますと、

実に、容易に、音楽的に、演奏することができます。

この点について、講座で詳しくお話いたします。


★ショパンは、バッハから学んだものを、

「 エチュード 」や「 前奏曲集 」に、結実させました。

「 月光ソナタ 」を、勉強していますと、

その中に、たくさんのショパンの曲のアイデア、断片が発見できます。

つまり、ショパンは、「バッハ」から直接、学んだだけでなく、

ベートーヴェンが、「 バッハ 」から学んだものを、

ベートーヴェンを通じて、さらに深く学んでいた、ということができます。

              ( 山吹の花 )
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