音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「平均律1巻」第3番「Cis-Dur」、調号に♯が7つも付いている異様性■

2018-05-31 22:45:56 | ■私のアナリーゼ講座■

■「平均律1巻」第3番「Cis-Dur」、調号に♯が7つも付いている異様性■

~「Cis-Dur」にした理由は、後世三人の天才作曲家の作品から分かります~

    ~次回「第4回平均律1巻アナリーゼ講座」のご案内~

                    2018.5.31  中村洋子

 

 

 
★5月26日は、第3回「平均律1巻アナリーゼ講座」でした。

会場は満員で、遠方からはるばるお出で下さいました方も、

たくさん、いらっしゃいました。

4時間の長丁場でしたが、大変に充実した講座となりました。


★まず「平均律1巻」第3番Prelude & Fuga のご説明を、

各1時間以上当てました。


★その後、何故、この曲が「Cis-Dur」、

つまり≪♯が7つも付いている調号≫

一見、"異様な調性"
でなくては、ならなかったのか?

異名同音調の「Des-Dur」にすれば、≪♭が5つの調号≫で、

もっとスッキリと記譜でき、演奏も容易であるのに、

Bachは何故、あえて≪♯7つの調号≫にこだわったのか?

という、どなたでも抱かれる疑問に対し、

絶対に、≪♯が7つの調号≫でなくてはならなかった理由を、

詳しくご説明いたしました。


★また、この3番≪♯が7つの調号≫の謎を徹底的に分析した、

三人の天才作曲家、

Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)と

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)

 Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937) が、

その勉強と分析の成果として、音楽史上に残る傑作を産み出したことも

分かりやすくお話いたしました。

 

 


★「Cis-Dur」がいかに異様であり、「Des-Dur」ならば、

当時の常識でも通用する調性であったことを、

少し、ご説明いたします。


★3番は、「Cis-Dur」(嬰ハ長調)の Prelude & Fugaです。

≪♯が7つの調号≫ということは、

音階「ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド」の、すべての音に、

「♯」が付いている調、ということになります。

これだけでも、驚きです。

 

 

★「Cis-Dur」の主音「嬰ハ音」は、「Des-Dur」の主音「変ニ音」と、

異名同音です。

 

 

★「Des-Dur」(変ニ長調)の調性を見てみましょう。

「♭」が5つの調号で、「レ ミ ソ ラ シ」に「♭」が付きますが、

「ファ」と「ド」に「♭」は、ありません。

 

 

★異名同音調は、英語では「enharmonic key」、

異名同音の調号は「enharmonic key-signature」です。

 

 

 

 


★「Cis-Dur 嬰ハ長調」 Prelude & Fugaを、

異名同音調の「Des-Dur」に、書き換えてみます。

 

 

★何の問題もないばかりか、むしろ弾きやすく、馴染みやすくなります。

更に言いますと、例えば「C-Dur ハ長調」ならば、

「ファ♯」がたくさん出てきます。

「C-Dur ハ長調」が、属調「G-Dur ト長調」に転調することは、

ごく普通のことですが、その際、属調の導音は「ファ♯」です。

 

 

★これが「Cis-Dur 嬰ハ長調」ならば、

どういうことが起きるでしょうか?

属調「Gis-Dur」の導音が、「重嬰へ音」即ち、「fisis X」、

ダブルシャープという、当時ほとんど使われることのなかった、

臨時記号が頻繁に出現することになります。

 

 


Bachの「Manuscript Autograph 自筆譜」でも、

現在のダブルシャープ記号は使われておらず、

「ファ」に、臨時記号「♯」を記しています。

これは、そもそも調号の「ファ♯」に、さらに「♯」を付け加える、

即ち、ダブルシャープということになります


★Bachの「Manuscript Autograph自筆譜」を、勉強される方は、

このダブルシャープには、気を付けてお読みください。

 

 


★なおかつ、Bachの記譜で臨時記号は「1音」のみ有効で、

現在のように、「1小節」有効ではありませんので、

1小節に「ファ♯」が、何度も出てくることになります。

それらは、すべて「ファ・ダブルシャープ」を意味します。

 

 


★これほど面倒な調を選ばずとも、「Des-Dur」で記譜すれば、

調号は「♭5つ」で、属調「As-Dur」の導音は「G」ですから、

調号「Ges」を、「♮」で「G」に戻すだけですので、

弾く人は、何のストレスも感じないでしょう。


★何故、バッハが「Cis-Dur 嬰ハ長調」にしたか?

その答えは、前述の三人の天才作曲家、

Beethoven、Chopin、Ravel が創造した曲を、

詳しく分析することから、明確に一点の曇りもなく

分かってきます。

今後の講座でも、逐次取り上げていく予定です。


★講座の前夜は、国立能楽堂で、

私が尊敬します山本東次郎先生の狂言「禰宜山伏」を、

鑑賞いたしました。

本物の芸術に触れることで、心と身体が活き活きとし、

平均律講座の充実につながったように、思います。

次回ブログで、この狂言について少し書く予定にしております。


山本東次郎先生については、私の著作

≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の

251ページ「新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ」を、

ご覧下さい。

 

 

 

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★「平均律第1巻」アナリーゼ講座第4回のご案内です。
https://gigaplus.makeshop.jp/academiamus/pc/news/4_Analyse.pdf
https://www.academia-music.com/news/33

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~ 第4回 平均律第1巻第4番 cis-Moll プレリュードとフーガ ~
●講座内容   4番 cis-Moll は、1巻全24曲の中での最初の頂点
         第1巻全24曲は、6曲1セットを土台として構成されていく大宇宙
●日時     平成30年7月21日(土) 14:00~18:00 ※途中休憩あり
●会場     エッサム本社ビル 4階 こだまホール
●定員     70名 ※定員になり次第、締め切らせていただきます。

第4回のお申込みは、6月1日10:10より受付いたします

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★2017年に出版しました《ベーレンライター平均律第1巻楽譜》添付解説
(Bachが自ら書いた『序文』の詳細な分析と解説、前書きの翻訳と注釈)
のP2~8で、詳しく解説しましたように、この最初の6曲セットは、1、2番と
5、6番が両方からあらん限りの力で押し合っているイメージです。
その真ん中の曲が、3番Cis-Dur、4番cia-Mollなのです。

★この4番フーガは、5声部で114小節にわたる大規模なフーガです。
最後は"嘆きの湖"に沈み込むかのように、深く、豊かで荘重な歌で終わります。
その後、弾けるように、5番D-Durの「フランス風序曲」風のプレリュードが
始まります。 この構成をどこかで記憶されていませんか?
そうです!、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」全30曲の前半最後の
15番から16番への転換です。受難を象徴するような沈痛な15番g-Mollの後、
後半冒頭の16番は、豪華で陽光に満ちたフランス風序曲のG-Durでした。この
「ゴルトベルク変奏曲」の15番と16番との関係を、平均律第1巻の4番と5番に
見ることができるのです。Bachはこの4番にどんな意味を込めたか、詳しく
ご説明いたします。

■プレリュード
33小節目の属音「Gis」から主音「cis¹」に一気に11度音程を駆け上る音階は、
「Matthäus-Passionマタイ受難曲」第1曲目のバスの音階と共通しています。
(私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫のP314参照)
Bachは、このエネルギーを1小節目からどのように蓄え、この音階まで発展
させたのでしょうか?

■フーガ
プレリュードの巨大なエネルギーが、わずか五つの音で形成されている
「主題」へと、滔々と流れ込みます。この「主題」は、3種類の「対主題」を
従え、順々に発展させ、渾然一体、大河の様相を呈します。大地を揺るがす
ようなオルガンの響きも髣髴とさせ、第1番から4番までを登りつめてきたその
頂点であることを実感させます。

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■講師: 作曲家  中村 洋子
                           東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
 「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
  自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
  10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
                ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

  「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
  「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
     チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
     ドルトムントのハウケハック社  Musikverlag Hauke Hack  Dortmund
       から出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
       無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
              (disk UNION : GDRL 1001/1002)
                      「レコード芸術特選盤」

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
  ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
    ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
            演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
 バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
 「訳者による注釈」を担当。

    CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
     (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)

・2017年「チェロ四重奏のための10のファンタジー(第2巻、6~10番)」を、
  ドイツ・ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack Dortmund
  から出版。

・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
   平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
     ≪「前書き」日本語訳≫
     ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
     ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
     ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
                       詳細な解釈と解説≫を担当。

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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