■"権力"がもつ負の多面体を浮き彫りに、山本東次郎の狂言「禰宜山伏」■
~カワイ名古屋「「平均律第1巻8番」アナリーゼ講座のご案内~
2018.6.6 中村洋子
★新緑から梅雨の季節へと、音もなく移ってきました。
ノカンゾウ(野萱草)の蜜柑色が、どんよりとした曇天に、
輝くように映えています。
★6月27日(水)は、名古屋 KAWAI で、
「平均律第1巻8番」のアナリーゼ講座です。
http://www.kawai.jp/event/detail/1133/
Preludeは「es-Moll 変ホ短調」、Fuga は「dis-Moll 嬰二短調」という、
異名同音調(enharmonic-key)です。
この異名同音調については、前回のブログもご参照ください。
★2009年9月21日の「第1回インヴェンション講座」から、
9年ほど続けて参りました「名古屋 KAWAI 講座」は、
暫く、お休みをいただくことになりました。
今回が最終ですので、この素晴らしい8番 Prelude & Fugaの
お話のほかに、
「Bärenreiterベーレンライター平均律第1巻」楽譜に添付されています
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
私の著作≪Bach「序文」の解説と分析≫で書きました、
平均律クラヴィーア曲集の「正体」についても、
お話する予定です。
なお、ご出席希望の方は、ご予約を必ずお願いいたします。
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■平均律第1巻の構想を明確に示す「第8番」
悲嘆に暮れるプレリュード、
瞑想にふけるフーガは、明るく生命に満ちた「1番 C-Dur」から生まれ出る。
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・日時:2018年6月27日(水) 10.00 ~ 12.30
・会場:カワイ名古屋2Fコンサートサロン「ブーレ」
・予約:Tel 052-962-3939 Fax 052-972-6427
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★1巻第8番プレリュードはes-Moll 変ホ短調、フーガは dis-Moll 嬰二短調です。
異名同音調とはいえ、調性が異なるプレリュードとフーガは、平均律1、2巻を通して
この8番のみです。なぜそうなっているか、分かりやすくご説明いたします。
★バッハが平均律第1巻で追求した「調性とはなにか」につきましては、私が解説を
書きました「ベーレンライター原典版・日本語解説付き平均律第1巻楽譜」を是非
お読みください。
★尽きることのない嘆きを歌う8番プレリュードは、日の出のように明るい「1番 C-Dur
プレリュード」から、生まれ出ました。1番から渾身の力と技と心をもって、この8番に
辿り着いたのです。それを詳しくご説明いたします。
★静かに密やかに始まる8番フーガの主題は、反行、拡大を経て大河のように
成長します。そして、その眼差しは、まっすぐ24番プレリュード&フーガへと
向かっていきます。その理由を考えますと、平均律第1巻は「全24曲」ではなく、
24曲が集まった宇宙のように「巨大な1曲」であることが分かってきます。
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★前回ブログでお約束しました、
山本東次郎先生の狂言「禰宜山伏」です。
2018年5月25日 国立能楽堂
大蔵流「禰宜山伏」
シテ/山伏 山本東次郎
アド/禰宜 茂山千五郎
アド/茶屋 松本薫
アド/大黒天 山本則重
★さて、こんなお話です。
伊勢神宮の禰宜(ねぎ)が、壇那廻り(支援者を廻る)の旅の途中、
馴染の茶屋に立ち寄り、一服しております。
そこへ、羽黒山の山伏が通りかかります。
額に「頭襟」と呼ばれる黒い宝珠を結い付け、手には金剛杖、
偉そうな雰囲気を漂わせています。
山伏も「一服所望する」。
★茶屋の主人がお茶を差し出しますと、
山伏は「熱すぎる!」と、大声でいきなり文句を。
主人は、慌てて冷ました茶を差し出しますが、
今度は「ぬるすぎるぞ!」と山伏は怒鳴ります。
「自分は、苔を布団に深山で難行苦行の修行を重ねてきた、
いまや、飛ぶ鳥さえも念力で落とすことができる」と、威張り散らします。
言いたい放題。
やれやれ、とんだ客です。
★さんざん難癖をつけた後、山伏は出ていきます。
"やっと出てってくれた"と、ほっとしている禰宜と主人。
しかし、けったいなことに、また山伏は戻ってきました。
どうも、柳に風と山伏の話を受け流していた禰宜の態度が、
気に入らなかったようです。
禰宜の大人の態度を思い出し、沸々と腹が立ったのでしょうか、
背負っていた肩箱(経文や仏具が入った箱)で
禰宜を押し倒します。
今度は暴力。
しかも「この肩箱を、自分が今晩泊まる宿まで持って行け」と、命令。
見ず知らずの他人を、まるで目下、自分の丁稚のように扱います。
理不尽な強要です。
★困り抜いた主人は、一計を案じます。
「祈り比べをして、大黒天に判断してもらいましょう。
勝った方のいう通りにしましょう」。
はて、どちらの念力が通じるか、
主人は、大黒天の像を持ち出してきました。
★まずは、禰宜が祈ります。
幣を振り、滔々と流れるように祝詞読み上げます。
すると、大黒天はこれに合わせ、なんと足をピョンと上げます。
★次は山伏です。
肩を怒らせ、数珠を大袈裟に揉みしだき、ガサツな声で祈りだします。
大黒天は、プイとそっぽを向いてしまいます。
焦った山伏は、強引にも大黒天の体をむんずとつかみ、
力任せに、自分の方に向かせようとします。
しかし、大黒天はそのたびに、プイと横を向きます。
何度も強引に、自分の方に向きをねじ曲げようとする山伏。
なんと、遂に大黒天は小槌を振り上げて、
山伏に打ってかかろうとする仕草。
★それにも懲りず、悔しい山伏は「合い祈りで決着をつけよう」。
往生際が悪いのです。
二人で、同時に祈り始めます。
驚いたことに、大黒天様はやにわ立ち上がり、
遂に、山伏の額に小槌を振り下ろしてしまいます。
寛容な大黒天、いつも微笑みをたたえる大黒天も遂に、
堪忍袋の緒が切れたのでしょうか。
山伏は、ほうほうのていで逃げ出します。
★横暴極まりない山伏の言動に、禰宜や茶屋の主人だけでなく、
観客も実は「なんと野蛮で無礼な」と、一緒に腹を立てていました。
大黒天の振り下ろす小槌、つまり"鉄槌"に観客は、
溜飲を下げます。
★山伏は本来、急峻な深山を巡り歩き、
足を踏み外すと、即死するような断崖絶壁をよじ登ったり、
滝で、身を切るような冷水に打たれたり、
そうした厳しい行を、日々の生活とすることで、
世俗の雑念や煩悩、穢れを振り払い、
感覚を研ぎ澄まし、
生きながら仏になる「即身成仏」に、近づこうとする修行者です。
★「サーンゲ、サンゲ、ロッコンショウジョウ」を唱え、
夜明けから日が暮れるまで、道なき道の山を歩き通します。
「サンゲ」は懺悔。
世俗界で犯してきた罪や過ち、穢れを懺悔し、
"膿"を落とすという意です。
★「ロッコンショウジョウ」は、「六根清浄」、
「視」「聴」「嗅」「味」「触」の五感覚、そして「心」です。
心と五感を清らに浄化し、
生まれ変わり、
欲望を捨て、生きながら仏に近づこうとします。
★しかしながら、狂言の世界では、山伏はそのような
清らかな修行者とは対極的な、
"権力欲に満ちた人間の象徴"として、
姿を現すことがあるようです。
建前は、最も仏さまに近いはずの人が、実は権力欲、物欲、
あるいは差別意識に満ち満ちた人、俗物である、という設定。
文字通り"狂言"です。
これが、「狂言」の狂言たる所以かもしれません。
★これは実社会でも、大いにあり得る話です。
表向きの立派な肩書、温厚な顔付き、
高名な組織の名刺とは別に、
正反対の醜い、恐ろしい側面をもっている、
普段は隠しているということは、大いにあり得、
むしろ、その方が人間の真実かもしれません。
★現代と異なり、権力者を登場させ、直接批判することは、
昔は命に関わり、不可能だったでしょう。
見る人は阿吽の呼吸で、山伏を権力の象徴と、
とらえていたのではないでしょうか。
そのような暗黙の了解の上で山伏の言動を見ますと、
納得がいきます。
★山本東次郎さんが、山伏の姿で現れますと、
体全体から、俗物臭がプンプン漂ってきます。
見事です。
★東次郎さんの山伏は、権力というものがもつ、
負の多面体を、浮き上がらせます。
・権力を笠に着て無理難題をゴリ押し、強要する。
・詭弁で白を黒と言いくるめようとする。
・都合の悪い事実を認めようとしない。
・往生際がとことん悪い。
・責任を絶対にとろうとしない。
★これらは、いつの時代にも通用する、
驕った権力の本質かもしれません。
山本東次郎先生が、今回、この演目を選んだのも、
このところの世情を反映してのことだった、
かもしれませんね。
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