音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■西洋音楽の「調性」を規定する「プレリュード」様式■

2010-06-02 00:58:18 | ■私の作品について■
■西洋音楽の「調性」を規定する「プレリュード」様式■
               2010.6.2  中村洋子


★ギタリスト・斎藤明子さんが6日、「さいたま市民会館うらわ」で、

私の「無伴奏チェロ組曲第3番」を、10弦ギターで、

日本初演されますが、本日は、そのリハーサルでした。


★斎藤さんは、作曲しました私が予期しなかった、

別の魅力を曲から引き出すことに成功し、それは見事な演奏でした。

どういうところが素晴らしかったのか、すこし、分析いたします。


★今回、斎藤さんは、チェロ組曲の原曲を一音も変えることなく、

原譜のまま、10弦ギターで演奏することができました。

10弦ギターは、通常の6弦の下に、レ、ド、シ、ラと、

2度ずつ下げた弦が、4本張ってあります。

ギターという楽器は、記音 ( 音符に示された音 )より、

実際は1オクターブ低い音が、鳴ります。

その結果、8弦目の「ド」は、チェロの最低音の「ド」と、

全く、同じ音になります。


★それゆえ、斎藤さんの10弦ギターは、

チェロの楽譜をそのまま、演奏することができるのです。

4月に、斎藤さんが、バッハの「無伴奏チェロ組曲1,2,3番」を、

演奏された際も、チェロの原譜通りに、演奏しました。

(6弦ギターでは、移調しなければ演奏が不可能です。)


★斎藤さんのリハーサルで、感動しましたのは、

私の「チェロ組曲3番」のプレリュードの冒頭16小節で、

低弦の「ド」を、消すことなく響かせ、

まるで、オルゲルプンクト ( 保続音 )が流れるように、

音楽を形作っていた、ということです。


★それは、「プレリュード様式」と呼ぶべき世界を、

引き出していた、ということでもあるのです。

ベッチャー先生が、チェロで示された「グランディオーソ」、つまり、

堂々とした、コンチェルトのような大きな世界とは、また別な世界です。


★「プレリュード」という語の訳として、日本語では、

「前奏曲」が当てられます。

しかし、「プレリュード」という語には、文字通りプレリュードのほかに、

ハルぺジオ、タスタードなどの概念が、含まれています。

プレリュード=Praeludium の原義は、

「リュートを弾く前に調弦する」、という意味です。

ハルペジオ= Harpeggio は、「ハープのように」という意味で、

タスターダ=Tastadaは、「鍵盤楽器のように」が、直訳でしょう。


★バッハが、「平均律クラヴィーア曲集」で、

「プレリュード」と表現した曲には、

以上のような、たくさんの要素が込められているのです。

日本語の「前奏」という言葉の意味に、引きずられると、

曲の解釈を、誤る恐れが大きいのです。


★また、「プレリュード」の役割は、例えば、ある曲が「ハ長調」ですと、

聴く人に、「ハ長調」であることを、強く印象付けることです。

そのための手段として、主音である「ド」の保続音を、

多用することがあります。

そのよい例が、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」

第2巻1番の、「プレリュード」です。

冒頭に、バス「ド」の保続音が、流れます。


★20世紀の作曲家・ヒンデミットの「中心音システム」は、

不協和な音をたくさん使っても、中心音である、例えば「ド」の

使用頻度が多ければ、人間の耳は、「ド」を中心とする調、

つまり「ハ長調」や「ハ短調」をイメージしてしまい、

調性から完全に逃れることはできない、という認識を、

元にしているようです。


★完全に「調」から逃れるためには、

シェーンベルクの「12音技法」による以外は、ありません。

「ある音」を使った後、オクターブの中の12の音のうちの、

残りの11個の音を、すべて使い切るまでは、

「その音」を使わない、という規則で、作曲する技法です。

ここまで、厳格にしないと、「調性」という強力な「くびき」からは、

逃れようがない、ということです。


★シェーンベルクは、その技法で、豊かな音楽を作りましたが、

彼以後の「現代音楽」は、荒涼として、殺伐とした、

暖かみに欠ける作品が、多いようです。

西洋音楽の構造そのものは、「調性」をもとに、構築し、

発展させていったものです。

私は、調性の魅力を、自分の曲に、

取り込んでいきたいと、思っております。


★斎藤さんの演奏は、チェロ組曲の「プレリュード」で、

オルゲルプンクトを、見事に表現し、その曲の性格と、

「プレリュード」様式を、際立たせることに成功していました。

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■「さいたま ギターコンサートを聴く会」
■2010年6月6日 ( 日 ) 午後2時

■さいたま市民会館うらわ 8F コンサート室
 JR浦和駅 西口から徒歩7分
■自由席:1900円
■連絡先 TEL・FAX 048-286-0365 ( 上原 )
     メール: yjugumus@tcat.ne.jp
     http://tcat.easymyweb.jp/member/guitarkikukai/


                                ( 野の花 )
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