音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ラヴェルに対する誤解 その2、いいピアニストの見分け方■

2008-01-03 23:59:00 | ■私のアナリーゼ講座■
     08.1.3

★穏やかな年明けとなりました。

年末年始は、作曲で忙しく、賀状を書く余裕がなく、失礼いたしました。


★前回、ラヴェルに対して「2つの誤解」があることをお話いたしました。

今回は、“作風がスイス時計のように精緻で正確だが、

冷たく、暖かみに欠ける”というもう一つの誤解について、

ご説明いたします。


★ラヴェルが自演した「ソナチネ」第1楽章を、例にとります。

「ソナチネ」は、初心者用のクーラウやクレメンティの

「ソナチネアルバム」のイメージが強く、

容易に弾ける曲、と思われがちです。

しかし、ラヴェルに限っては、見かけは簡単でも、

最高度の音楽性を、要求されるかもしれません。


★少々、脱線しますが、ラヴェルなら「水の戯れ」、

ドビュッシーなら「花火」しか弾かないピアニストは、

果たしてこの二人の作曲家を、本当に理解しているか疑問です。

「花火」は、前奏曲集1巻、2巻を通して、一番最後の曲です。

この曲に、ドビュッシーは「カデンツァ」の意味を与えています。


★前奏曲集1巻の第1曲は、「デルフォイの舞姫たち」で、

前奏曲集全体にとって、とても大切な曲です。

ドビュッシーは、この曲の自演をロールピアノで録音しています。

「デルフォイの舞姫たち」は、見かけはとても簡単そうですが、

ラヴェルの「ソナチネ」と同様に、勉強してもし尽くせないほど

奥深いものがあります。


★バッハの平均律第1巻の1番が、

1、2巻全48曲を束ねる肝心要の曲である、のと同じです。

ドビュッシーは、それを意識し、

「デルフォイの舞姫たち」と平均律一番とは、

類似点がたくさんあります。

それについては、別の機会にお話いたします。



★「花火」しか弾かないピアニストは、それに気付かないのでしょうから、

よいピアニストであるための、最初の関門を通り抜けられないのです。


★「ソナチネ」第1楽章では、第1テーマ(全3楽章にわたって展開される)が、

冒頭の3小節で、提示されます。

そして、3小節目の「第2上拍」から、5小節目の2拍目頭まで、

「確保」として、もう一度、奏されます。

その「確保」は、スビト ピアニシモで、密やかに奏され、さらに、

第5小節の第2上拍から、第7小節の最後まで、こんどは、

「推移」の開始部分として、第1テーマが3回目の反復を行います。


★1回目、2回目の反復は「ファ→ド」へと

完全4度の下行であるのに対し、

3回目の反復(第5小節目の第2推移)は、

「ファ→ド」まで、完全5度上行します。

ラヴェルの自演は、3回目の反復をメゾフォルテで弾いています。

憧れに満ちたような、聴く人に、熱い思いを感じ取らせる名演です。


★ですから、この冒頭部分を聴くだけで、

そのピアニストの質が分かる、ともいえそうです。

ご自分で演奏なさる場合でも、

この「3回目」をどう弾き分けるか、

重要なポイントとなります。


★展開部の56小節は、tres espressif

(とても表情豊かに)となっており、

先程の、第1テーマの「確保」のメロディーが展開されます。

ただし、メロディーの冒頭で、ド♯の倚音(いおん)が付加され、

アクセントも付け、ラヴェルは、とても情熱的に表現しております。


★さらに第7小節では、passione(情熱的)という表示があります。

ラヴェルが自分の曲に、この表示を使うのは、極めて珍しいことです。


★このように見てまいりますと、この第1楽章だけでも、

ラヴェルの心の動きそのもののような、

豊かな感情が脈打っているのです。

“作風がスイス時計のように精緻で正確だが、

冷たく、暖かみに欠ける”という評価は、

全くの誤解である、といえます。


★誰かがそのように書き、孫引きが孫引きを呼んだのでしょう

逆に、第1楽章を冷たく、小役人風に

小器用に弾いている演奏でしたら、

第2楽章まで聴く必要はないかもしれません。


★余談ですが、ヤマハが出版しております

<デュラン社オリジナル版>には、第2楽章に誤植があります。

68小節の右手の冒頭装飾音「シ・ナチュラル、レ・ナチュラル」を、

ヤマハ版では、「シ♯、レ♯」にしています。

デュラン社の本来の楽譜では、この部分の印刷が少々かすれています。

それを、ヤマハは、誤って“訂正”したのかもしれません。

お気を付けください。

(私のヤマハ版は1999年版ですので、現在は訂正済みかもしれませんが)。


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