■Berlinで私のCello+Piano Duo「Spanish Garden」が再演される■
~平均律1巻8番の「空虚5度」は、Bachの作曲技法の真骨頂~
~英一蝶の「涅槃図」を見る~
2018.7.5 中村洋子
★≪日は天に夏山の木々熔けんとす≫
芥川龍之介
★先週は、記録的に暑い一週間でした。
7月に入りますと、長雨です。
七夕のお星さまは見えるのでしょうか。
★先週6月27日のカワイ名古屋の最終講座
「平均律第1巻8番アナリーゼ講座」から帰宅しますと、
ベルリンのWolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生
から、お便りとプログラムが届いていました。
★私の、チェロとピアノのデュオの為の作品
「Spanischer Garten / Spanish Garden」が、
この春のMannheim初演に続き、6月12日、Berlinベルリンで、
再演され、好評だったそうです。
★お手紙には、
『土曜日(6/16)、私たち(先生とUrsula Trede Boettcher先生)は、
ベルリンで、Spanischer Gartenを演奏しました。
多くのお客様(聴衆)が、この作品を大変気に入っていました。
プログラムは素晴らしく、Shostakovichショスタコーヴィチ、
Claude Debussy クロード・ドビュッシーの偉大な作品、
そして、愛らしい小品群です。
Busoniブゾーニ(1866-1924)の作品はチャーミングで、
Ursulaは、ブリリアント(輝かしく)に弾きました。
大阪で大地震があったと、聞きました、大丈夫ですか。
私は元気です。この夏、草津音楽祭に行きます』
★プログラム
Duo Boettcher 16.Juni 2018
Wolfgang Boettcher, Violonncello
Ursula Trede-Boettcher, Klavier
・Felix Mendelssohn-Bartholdy (1809-1847)
Variations concertantes,op.17
・Dimitri Schostakowitsch (1906-1975)
Sonate für Violoncello und Klavier ,op.40
-PAUSE-
・Feruccio Busoni (1866-1924)
"Kultaselle",zehn kurze Variationen über ein finnisches Volkslied
・Antonin Dvořák (1841-1904)
"Waldesruh",op.68/V
・Yoko Nakamura
"Spanischer Garten",komponiert für Ursula Trede und
Wolfgang Boettcher (2018)
・Claude Debussy(1862-1918)
Sonate für Violoncello und Klavier d-Moll
★カワイ講座の前日、名古屋ボストン美術館に行きました。
お目当ては、≪英(はなぶさ)一蝶(1652-1724)≫の
「涅槃図」(1713年)でした。
お釈迦さまの入滅を嘆く、高さ約3m、幅約2mの巨大な絵画です。
★横臥したお釈迦さまの周りには、
菩薩さまなどのお弟子だけでなく、
ありとあらゆる階層の人々、虎、馬、山羊、兎などの動物、
泣いている親猿を眺める子猿も。
鶴、烏、鴛、雀などの鳥。
蛇や、蝉、蜻蛉の昆虫まで集い、悲しみ、涙を流しています。
★お釈迦さまの背後には、仏を守る持国天、増長天、広目天、多聞天の
四天王や阿修羅たちが、いかつい顔をゆがませ、悲嘆の表情。
上空では、天女が雲に乗って駆け付けて来ました。
袖で目を覆っています。
★不思議に、どの顔も艶やかで、暖かみがあり、
生身の人間臭さが漂っています。
一蝶は、狩野派に入門したものの破門され、
肉筆の浮世絵に近い風俗画を好んで描いていました。
俳諧に親しみ、宝井其角(1661-1707)や、
松尾芭蕉(1644-1694)ともお友達、書も嗜み、
吉原通いを楽しむ一方で、自ら「幇間(ほうかん)」、
つまり"太鼓持ち"としても、名人芸を誇ったそうです。
そして、12年間も三宅島に島流しの刑に処せられた過酷な運命、
罪状は、「生類憐れみの令」違反(町人には許されていない「釣り」をした)
と言われていますが、諸説あるようです。
★人生をおおらかに楽しもうとする生き方が、
ホッとするような暖かみのある表情を、巧まずして表出させている
のかもしれません。
★同展では、古代エジプトの
《ツタンカーメン王頭部》、《メンカウラー王頭部》も感動的でした。
三大ピラミッドで有名なギザで発掘された古代エジプト王の頭部像。
これらは、3000~4000年近く前の作品。
大きく見開かれた彫像の目は、気の遠くなるような年月、
じっと虚空の何かを見つめていたのでしょうか。
この眼差しが、頭から離れず、カワイアナリーゼ講座に臨みました。
★平均律1巻8番 Fuga dis-Moll には、≪空虚5度≫が周到に配置されています。
耳にいったん入りますと、なかなか離れない音です。
8番 Prelude の"悲嘆の歌"が終わり、8番 Fugaが始まりますと、
Subject 主題の開始音「dis¹」と、続く「ais¹」による「完全5度」が
いきなり現れます。
★アルト声部で開始された Subject 主題に続き、
ソプラノ声部で Answer 応答が奏されます。
3小節目アルト声部の付点につきましては、私の著作
≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫の25ページ
「音楽的でイマジネーションをかきたてる自筆譜」を、お読み下さい。
★3小節目のSubject最後の音「dis¹」と、Answerの開始音「ais¹」も、
完全5度を形成します。
★この場合、「dis¹」と「ais¹」で形成される三和音は、≪第3音≫が
存在しません。
この曲の調性 dis-Moll の音階から推定される≪第3音≫は、
もちろん「fis¹」ですので、「dis¹-fis¹-ais¹」の短三和音でしょう。
しかし、第3音が存在しないことにより、何とも言えない「やるせなさ」、
「空虚感」、あるいは、悲しさで放心したような気持になります。
この第3音が存在しない「完全5度」を、
≪open fifth(英) leere Quinte(独) 空虚5度≫と言います。
★ドイツ語の「leer」は、「空の、空っぽの」という意味で、
対応する英語は「empty」、Quinteは「5度」です。
★この3小節目の空虚5度は、その後しばらく姿を見せません。
あえて「5度音程」を避けている、とすら思える個所が、
かなり見受けられます。
★そしてHöhepunkt(high point) 頂点の一つである,
52小節目 2拍目 dis-ais、3拍目「dis¹-ais¹」で、
畳み掛けて空虚5度が、繰り出されます。
ここは、バス声部、内声、ソプラノ声部、
3声全てで、主題のストレッタ、
これ以上無いくらいの緊迫した場面です。
それこそ、Bachの作曲技法の真骨頂でしょう。
★Bachの自筆譜を見てみましょう。
冒頭3小節目の「dis¹-ais¹」の空虚5度は、見開き左ページ1段目、
二つの空虚5度「dis-ais」、「dis¹-ais¹」のある52小節目は、
右側最下段6段目に、配置されています。
これは、偶然ではありません。
右側最下段がなぜ、51小節目の4拍目から始まっているか、
についても、講座でお話いたしました。
★10年近く続きました名古屋講座も、一区切りです。
熱心にご参加下さいました皆さまと、名残を惜しみました。
★このBachの「3度音程」につきましては、
Bärenreiterベーレンライター版「平均律第1巻楽譜」の解説2~8ページを、
もう一度、お読み下さい。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
★さて、平均律第1巻は、6曲1セットであると同時に、
もう一つの顔として、8曲1セットの構造ももっています。
今回の8番は、その最初の1セット最後の曲でした。
その8番に至る過程を、東京の講座で追っていきます。
奇しくも7月21日の講座は、「平均律1巻4番 cis-Moll」です。
8番は、この4番から用意周到に準備され、
全てのベクトルは、24番に至ります。
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