音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハのシンフォニア 7番 BWV 793 が意図したものを、アナリーゼする■

2009-02-15 18:53:31 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハのシンフォニア 7番 BWV 793 が意図したものを、アナリーゼする■
                 09.2.15    中村洋子


★前回、ケンプについて書きました際、ケンプが影響を受けた

音楽家3人の名前を、挙げましたが、そのなかの一人、

オイゲン ダルベールEugen d'Albert のチェロ協奏曲を、

ベッチャー先生が、トルコのBursaという町で、

1月30日に演奏された、ということです。


★先生は、この曲を「美しく、ロマンティックで、

ヴィルティオーゾな作品」と、評しています。

先生が、トルコから帰国されましたら、先生の最も古い生徒の、

Jan Diesselhorst ヤン ディーセルホルストさんが、死去された、

という知らせを受け、「非常に悲しい」とおっしゃていました。


★ディーセルホルストさんは、1977年に、

ベルリンフィルの楽団員となり、

Philharmonia-Quartet の、創立メンバーでもありました。

心臓手術の後に亡くなり、まだ、54歳だったそうです。

「真の友を失った」と、先生は嘆いていらっしゃいます。


★この「嘆き」ですが、バッハの「シンフォニア第7番」について、

大ピアニストのエドウィン・フィッシャーは、次のように書いています。

「この素晴らしい楽曲は、奏者が、深い悲しみ(Trauer)を、

音で描くことを、要求している」


★日本のピアニスト、故園田高弘さんは、ご自分のCD

「バッハ  インヴェンションとシンフォニア」の解説で、

この曲の「発想」は「諦観」である、と表現しています。

園田さんの演奏は、立派ですが、曲想につきましては、

私は、エドウィン・フィッシャーの

「深い悲しみ(Trauer)」を、採ります。


★バッハは、この「シンフォニア第7番」を、

10歳前後の息子たちに、弾かせていた、はずです。

最近のピアノレッスンでは、子どもには、“楽しい曲”や

“よく知っている曲”=つまり、テレビやアニメで流れている曲

などだけを、レッスンする先生もいらっしゃるようです。


★優れた才能をもっているとはいえ、まだ幼い自分の息子たちに、

バッハが、「44小節」と短いながらも、人間の根源的な

感情の一つである「深い悲しみ」を、表現している音楽を、

あえて組み入れたという事実は、現代でも、

重く、受け止めるべきである、と思います。


★子どもが、可愛がっていた犬や猫の死から、

「死」という荘厳な、避けられない事実を、

体験していくように、音楽も、幼いときから、

あらゆる感情に、対応した曲に親しむべきである、

という、バッハの考えが、

この「インヴェンションとシンフォニア全30曲」のなかに、

込められているのです。


★シンフォニアの手稿譜は、何種類か存在しますが、

現在、「ベルリン国立図書館」所有の写真版を見ますと、

たくさんの発見が、あります。

現在、私たちが使う楽譜は、いわゆる「大譜表」といわれる、

ト音記号とヘ音記号(バス記号)によって、書かれています。

私も現在、最も権威のある「新バッハ全集」に基づいた

ベーレンライター社の、ピアノ譜を使っています。


★しかし、ベルリンの手稿譜は、上声は、ソプラノ記号

(五線の第一線を、1点ハ音とする記号)で書かれ、

下声は、バス記号とアルト記号(五線の第三線を、

1点ハ音とする記号)によって、書かれております。

私たちが、通常目にするピアノの楽譜とは、

かなり異なった“風景”です。


★下声で、バス記号とアルト記号を、

どのように、使い分けているか、

それを見ることは、曲の構成や作曲家の気持ちを、

推し量るのに、とても、役に立ちます。


★私はいま、独奏チェロ組曲を書いていますが、

チェロも、バス記号とテノール記号、さらには、

高い音域を使うときは、ト音記号を、使います。

この使い分けの基準は、なるべく、加線を使うことなく、

音符を、五線内に嵌め込んだほうが見やすい、

という意図からです。

しかし、作曲家の心理からいいますと、

一つのフレーズは、加線をたくさん使ってでも、

同一の譜表内に書き込みたい、というのが本音です。

フレージングが途切れることなく、音楽が流れるからです。


★「シンフォニア第7番」のベーレンライター版では、

下声11小節目はト音記号、12小節目からバス記号、

となっています。

「ベルリン国立図書館」所蔵の手稿譜では、

下声は、7小節目からアルト記号になり、

13小節目から、バス記号になっています。


★この手稿譜を見ることによって、

推測できる作曲家の心理を、

あさって17日の、カワイ「アナリーゼ講座」で、

詳しく、お話したいと思います。

アンジェラ・ヒューイット Angela Hewitt のCDは、

この“作曲家の心理”を見事に、読み込んで

演奏しています。


★バッハが、インヴェンションの序文を書いたのは、

1723年です。

「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小品集」

第2巻は、1725年から書き始められました。

完璧に、計算され尽くされたインヴェンションと、

妻のために書かれた、この家庭的なクラヴィーア小品集との、

対比も、併せてお話いたします。


★このところの暖かさで、マンサク(満作)とサンシュユ(山茱萸)が、

同時に、花を咲かせました。

長い涙のような花びらが、マンサク。

雪国で「まず、最初に咲く」から「まんず咲く」、

それが訛り「マンサク」になった、ともいわれます。

サンシュユは、黄色い砂粒のような花が可憐です。


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