音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ドビュッシー「ベルガマスク組曲」の楽譜、「月の光」F・グルダの名演■

2009-03-16 01:36:17 | ■私のアナリーゼ講座■
■ドビュッシー「ベルガマスク組曲」の楽譜、「月の光」F・グルダの名演■

               09.3.16  中村洋子


★3月7日に開催いたしました

第4回『カワイ・アナリーゼ(楽曲分析)講座』 
   ドビュッシーの「月の光」から「喜びの島」へ
    ~ ドビュッシーは本当に“印象派”か? ~ には、

音楽を愛する、たくさんの皆さまが、お出でいただきました。

とても光栄なことと、うれしく思っております。


★ある作曲家のエッセーで、ドビュッシーの「月の光」について、

「ベルガマスク組曲」の中では異色の曲であり、プレリュード、

メヌエット、パスピエとは、区別して考えている、と書かれています。

しかし、私は、その考え方は違うのでないか、と思います。


★フリドリッヒ・グルダの録音した「月の光」を、聴きますと、

この四曲を一つの大きな設計の下に書かれた曲として、

アナリーゼし、演奏していることが、よく分かります。


★ドビュッシーは、1890年に、「ベルガマス組曲」の第一稿を、

出版しましたが、出版社の事情もあり、紆余曲折を経て、

15年後の1905年に、最終稿を再び、出版しています。


★しかし、このことは、同じ曲を二度出版した、

というふうには捉えないほうが、いいと思います。

ベーレンライター版の「ベルガマス組曲」には、

興味深い付録が、ついています。

ドビュッシーが、1890年版の楽譜に、直筆で、

書き加えたり、あるいは消したり、手直しした跡、つまり、

推敲した苦闘の跡を、見ることができるのです。

写真撮影されたその楽譜が数ページ、付録になっています。


★ドビュッシーは、オペラ「ぺリアスとメリザンド」初演(1902)で、

時代の寵児になりましたが、それ以前は、とても貧しく、

あまり有名では、ありませんでした。

金銭的なトラブルも絡み、なかなか出版できなかった

ドロドロとした事情も、

このベーレンライター版には、詳しく、

解説されておりますので、一読をお薦めいたします。


★しかし結果的に、ドビュッシーが、その15年間という歳月を掛け、

練り上げたおかげで、今日の揺るぎない「ベルガマスク組曲」を

完成させ、後世の私たちはそれを弾き、聴くことができる、という

恩寵に浴することができた、と言えるかもしれません。


★しかし、1905年版ですら、「決定稿」であるとは、

いえない、ということも事実です。

この事情は、ショパンについても同様ですが、

ドビュッシーは、出版後も、レッスンやインタビューで、

楽譜とは、別の指示を与えたりもしています。


★ショパンやドビュッシーの楽譜について、

「この版しか、正しくない」あるいは、

「これがベストで、それ以外は駄目」という

先生がいらっしゃいましたら、まず、

その先生は疑ったほうがいい、と思います。


★逆説的ですが、ドビュッシーもショパンも、

もちろん、バッハも、大変な名教師だったのです。

名教師とは、その生徒の能力と個性に応じて、曲の解釈や

演奏法を変化させて、指導できる教師です。

現在、ショパンの楽譜で、決定稿を作成できないのは、

彼が、つねに推敲し続ける作曲家であったことのほか、

レッスンに際して、生徒の楽譜に、さまざまな書き込みをして、

多様性に富んだ演奏法を、示唆しているからです。


★個人コレクターの金庫や、アーカイブスの中で、

眠っていた楽譜が、突然に公開され、

ラヴェルやドビュッシーの、未発表の楽譜として、

出版されることが、最近でも、よくあります。

このような事情も、併せ考えますと、

ショパンやドビュッシーの決定稿は、永遠に、

作ることができない、といえるかもしれません。

逆に、「決定稿」があっても、優れた演奏家が、

それとは異なった解釈で、演奏した場合、

ショパンやドビュッシーは、それを認めることでしょう。


★演奏する私たちとしては、なるべく、

最新の原典版楽譜を、手にとり、比較研究し、

そのうえで、自分の解釈をするのが、ベストでしょう。


★ドビュッシーの「月の光」につきましては、

前述のベーレンライター版、デュラン、ジョベール、

ヴィーン原典版、やや古いですがヘンレ版などは、

まず、手元に置き、研究してください。

その後、世の中にあまたある「校訂版」を、

求められるのが、いいでしょう。


★ある作曲家が、「月の光」を“甘ったるく、価値のない曲”と、

お書きになっているのを、読んだことがあります。

しかし、フリドリッヒ・グルダの「月の光」を聴きますと、

この四曲が、綿密に設計されて書かれ、

とうてい、そんなことはありえないことが、

手にとるように、分かります。


★そして、ワーグナーの影響が、どのように、

この「月の光」に“染み透っているか”、について、

見事に、描き切っています。

それが、この演奏の凄さです。

名演です。

是非、このグルダの演奏をお聴きください。


★ドビュッシーが、1908年作曲の「子どもの領分」で、

ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を、

“面白おかしく茶化した”とされる話は、有名ですが、

世にいわれるように、本当に、ドビュッシーはここで、

ワーグナーを、茶化したのでしょうか。

そうでは、ないと思います。


★「ベルガマスク組曲」で、ワーグナーへの

尊敬を込め、オマージュを捧げたビュッシー。

その後の「子どもの領分」では、

かつて傾倒したワーグナーへ、軽く挨拶を送っています。

ワーグナーの音楽をよく知っていた、当時のサロンの“通”たちは、

その箇所を聴いて、思わず、微笑んだことでしょう。


★ブラームスとワーグナー、この二人は、対抗する勢力の

旗印に祭り上げられ、反目していたかのように、

とらえられ勝ちですが、実は、お互いを尊敬し合い、

自筆楽譜を交換する仲であった、という事実を、

忘れてはならない、と思います。

天才を知るのは、天才だけなのです。


★ドビュッシーが、曲中に、密かに込めた

ワーグナーへのオマージュを、楽譜から読み解き、

それを透かし彫りのように、見事に表現した

フリドリッヒ・グルダにも、脱帽です。

それが、どこでどのように使われているかは、講座で、

ピアノを使って、詳しくお話いたしました。

大演奏家の大演奏家たる所以は、楽譜を分析し、

読み取る力にあるのです。

そのためには、優れた原典版楽譜により、作曲家の意図を、

正しく理解することが、必要です。


★次回の「バッハ・インヴェンション アナリーゼ講座」は、

8回目となり、8番のインヴェンションとシンフォニアです。

今回は、再び、ライプチッヒ出身の弦楽器奏者

ダーフィット・シッケタンツさんをお招きして、

この名曲の8番を、二重奏で弾く試みを、いたします。

弦楽器と演奏することにより、たくさんの発見がございます。

この件につきましては、当日、じっくりとお話いたします。

★日時 2009 年3 月24 日(火)午前10 時~12 時30 分
会場:カワイ表参道2F コンサートサロン「パウゼ」
会費:3000 円 (要予約)
参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
Tel.03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp


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