音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Bach Invension 8番の「手稿譜」と「原典版楽譜」を比較する■

2009-03-23 01:18:04 | ■私のアナリーゼ講座■
■Bach Invension 8番の「手稿譜」と「原典版楽譜」を比較する■
                09.3.23 中村洋子


★インヴェンションの中で、最も有名な 「8番」。

慣れ親しんだ「ヘ長調」。

この親しみやすい名曲の、「原典版楽譜」を、

本日、自分で鉛筆を握って、写譜しながら、

思考を、めぐらしていました。


★原典版の種類によって、特定の場所で、

小さな違いがあるため、それが、気になりました。

手元にあるこの曲の、「手稿譜」ファクシミリ版と、

照らし合わせ、つぶさに点検してみました。

そして、面白い発見をして、驚きました。


★そもそも、インヴェンションの手稿譜は、

現在の、ピアノ楽譜で使われる

大譜表(上段がト音記号、下段がヘ音記号)

では、書かれてません。


★手稿譜は、上段が「ソプラノ記号」、

下段が「バス記号、または、アルト記号」で、

主に、書かれています。

ということは、「原典版」と言いましても、

特にバッハの場合、手で書かれた楽譜が、

そのまま、楽譜印刷されたものでは、全くありません。


★インヴェンションは、フレーズが、ほとんど書かれていません。

それを補うものとして、「符尾」を上に付けるか、下に付けるか、

あるいは、「鉤」をどうつなげるかが、フレーズを知る上で、

重要な要素、となります。


★「符尾」などを大譜表に移す際、

やむを得ず、元々の楽譜の示すものと、

食い違ってしまう箇所のでることが、あります。


★それを、どう大譜表に無理なく移すかが、

原典版校訂者の、腕の見せ所です。

ただ、現在、最も権威とされる原典版の一つは、

腕を見せ過ぎてしまっている、きらいがあります。

同じパターンが、何度か繰り返される時、

手稿譜では、ある場所では、別の書き方をして、

明確に、区別しているところがありますが、

その原典版は、全部、同一の書き方に、

わざわざ、揃えてしまっています。


★私がよく、書きますように、

楽譜の決定版というものは、存在しません。

先ほどの箇所も、別の原典版楽譜では、

きちんと、手稿譜の意図どおりに、

大譜表に、移しています。


★明24日の講座では、このような場所での、

楽譜の書き方によって、フレーズが、

実際に、どう変わってしまうのかを、

音を出して、お示しいたします。

また、手稿譜から読み取ることができる、

バッハが求めていた音色、についても、

お話したいと、思います。


★音色をどう決めるかの、お話のなかで、一例として、

バッハの「ヴァイオリンとオブリガートチェンバロ

のためのソナタ 4番」 BWV 1017 の

1楽章を少し、演奏する予定です。


★今日急に思い立ち、シッケタンツさんに、

お願いしましたら、快く、引き受けていただきました。


★バッハの原典版で、このように問題が出るのは、

バッハの生前、彼の作品がほとんど、出版されることなく、

作曲家が、自身で出版楽譜を校訂していなかったから、です。

この「インヴェンションとシンフォニア」の出版は、

1801年、ライプチッヒの Hoffmeister社 からでした。

実に、バッハの死から、半世紀後でした。



★写譜するということは、楽譜を目で見ているだけでは、

気が付かないか、あるいは、

あまり、気に留めなかったかもしれない点について、

気付くことが、できるのです。

バッハが、作曲していた時と、同じ様な気持ちになり、

心のなかに、バッハの音楽が、流れてきます。

そのときに、その小さな違いが、

実は、とても、大切なことであり、

手稿譜が、“ここはこう弾いてほしい”と、

訴えてくるのが、よく分かるのです。


★06年にお亡くなりになりました、偉大な漢字学者・白川静さんが、

甲骨文字を、太古の時代と同じ方法で、毎日毎日書くことにより、

血肉化していかれた方法と同じである、と気付きました。


★話は反れますが、私の曲を弾いてくださる演奏家で、

私の手書き楽譜を、お渡ししますと、

とても喜んでくださる方が、いらっしゃいます。

演奏を聴くまでもなく、その演奏家が音楽をよく知り、

よく勉強されているのが、分かります。

(写真は、桃の蕾)


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