僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

ノートルダム大聖堂 まさかの火災

2019年04月17日 | 旅行

昨日の朝の6時半。
テレビをつけたら驚くべきニュースが流れていた。

パリのノートルダム大聖堂が燃えており、その映像を見て体が凍りついた。 「まさか」と思い「ウソやろ」と頭が混乱した。しかし、間違いなくあの大聖堂がテレビに映っており、そこが炎に包まれていたのである。息を凝らして見ていると、尖塔が火の中で崩れ落ちていった。うそやろ!

その後、どのチャンネルでも大きくこの火災のニュースを伝えていた。信じたくないけれど、あのノートルダム大聖堂が、燃えてしまったのである。あの思い出多いノートルダム大聖堂が

これまで海外旅行で一番多く行ったのがパリで、4回行った。いずれの時も、パリで最初に行ったのがノートルダム大聖堂だった。

ノートルダム大聖堂は、セーヌ川の中州のシテ島にあって、近くにはパリ市役所もあり、パリの中心地である。大聖堂の前には「パリ・ゼロ地点」というのがあり、パリからの距離はすべてここから起算される。


  
これがそのゼロ地点の写真です(1994年10月撮影)

 

それにしても、あのノートルダム大聖堂が燃えてしまうとは。

昨日は4度のパリ旅行の大聖堂での写真を見て、思いに耽りました。

最初は1994年10月。大阪府の市町村職員の海外研修というのに参加させてもらったのですが、その時、初めてヨーロッパを訪れ、パリにも行きました。

その時に、他の市町村の職員の人たちと撮った写真がこれです。

 

  
僕は右から2番目です。
これはノートルダム大聖堂の正面です。
この時も修復工事が行われていました。

 

続いて翌1995年の10月、妻と2人でパリへ旅行し、その時もまずノートルダム大聖堂へ行きました。

  
これは、寺院の裏庭からの写真ですが、
こちらのほうが建物の美しさが際立っています。

この時は2人だけの個人旅行だったので、このあとテクテク歩き、パリ市役所やパリ高島屋などへ行ったりしながらオペラ座周辺を巡り、やがて日が暮れ始め、地下鉄に乗りエッフェル塔の夜景を見に行ったのを思い出します。


次に行ったのは1999年の1月。妻と長男と3人で、ロンドン・パリ・ローマのツアー旅行で、やはりノートルダム大聖堂へ行きました。

 
冬のパリは初めてで、寒かったです。


4度目は退職を1年後に控えた2008年の4月。妻と、妻の姉と3人でパリへの個人旅行をしたのですが、その時も、真っ先にノートルダム大聖堂へ行きました。これはその時の写真です。

 
妻の姉が撮ってくれました。

 

そんなことで、4度訪れたノートルダム大聖堂での写真を見ながら、これらの時のことを一つひとつ思い出しています。しかし今もこの素晴らしい建物が燃えてしまったなんて信じらません。

今年の夏休み、妻と妻の姉とモミィと共に4人でパリへ旅行する予定をしています。モミィにノートルダム寺院を見せてやるのが楽しみの一つだったのに、それが「焼け跡」になってしまったなんて、とても残念です。

むろん再建はされるそうですが、かなりの年月がかかるし、また、1163年から建築が始まったというこの建物自体はもう戻ってこない。

「どんなものにも永遠はない」
ということを、改めて突きつけられた思いです。

 

 

 

 

 

 

 

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