さて、今回はゲームともS.T.A.L.K.E.R.ともstalkerともストーカーとも、はたまたMODとも全く関係ないお話し。
近未来、ある法令が制定されたら、ある種の「ストーカー」が存在するようになる・・・ そして「スモークイージー」とは?
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この仮想妄説シリーズは、フィクションであるという保証はありません。
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煙福亭奇譚 その1
街角を曲がる都度、俺は何度も周囲をチェックした。 俺がこれから行く所は、絶対に覚られてはいけない所だ。 もし万一あの場所を知られたら、俺が捕まるだけではなく、他のメンバーにも生命の危機が迫る。 ここだけはなんとしても、奴らに知られてはならないのだ。
昨日の光景を思い出すと、腹の底に冷たい塊が生れ身震いが起きてくる。
中年をやや過ぎたかと思われる身なりのいい紳士だった。 彼はゆったりとした足取りで歩いていた。 そこは盛り場とは言えないが、さりとてうら寂れた裏町というわけでもない。 まずはどこにでもある普通の街角という所だった。
その紳士の脇に、一人の男が寄り添った。 一見ごく普通のおとなしそうなサラリーマン風の男だった。 男は紳士に何事か話しかけた。 紳士は首を振って否定しているようだった。
男が紳士の腕に手をかけると、紳士はそれを振り払って走り出した。 男はその後を追い、紳士の行く手をふさぐように数名の男が現れた。 いずれも一見ごく普通の、特徴のないのが特徴という男達だった。
包囲された紳士はなにごとか叫んだ。 俺のいた位置からは若干の距離があったし、俺自身も動転したいたので、全ては聞き取れなかったが、およそこんな内容だったと思う。
「なぜあんたがたはほっといてくれないんだ! 私がやっていることはそれほど悪いことなのか? 誰にだって一つや二つ・・・なことがあるだろう? それが・・・ 」
紳士は内ャPットから何かを出した。 包囲した男達も同様に内ャPットから何かを出した。 そして銃声と硝煙・・・ 血に染まって崩れ落ちる紳士の手に何かがあったが、それは拳銃ではなかった。
俺の近くでこの惨劇を見ていた学生風の若い男が呟いた。
「なにも殺さなくても良さそうなもんだよなあ。」
その連れの男が言う。
「だけどよお。 あれで捕まれば収容所送りだろ。 生きて出た奴はないって噂だぜ。 なまじ収容所でじわじわといたぶられるよりは、ひと思いに死んだ方がましじゃないのか。」
「だけど人を殺したわけじゃないぜ。 ただアレをやってたってだけだろ。 問答無用で撃ち殺されるほどのことかねえ。」
やや高くなったその声に、一見サラリーマン風の男の一人が振り向いた。 鋭く冷たい眼、薄い唇、彼はもはやごく普通にもおとなしそうにも見えなかった。
「お前達何か文句があるのか。 あるなら『所』で聞いてやろう。 一緒に来い!」
「も、文句なんかありませんっ!」
「さ、さよなら」
学生風の男達は慌ててきびすを返し、宙を飛ぶように逃げていった。
サラリーマン風の男(というより『摘発員』とはっきり言った方が良いののだろう)は、酷薄な冷笑を浮かべてそれを見送っていた。
この時代、『アレ』をやるということは、いつ何時この紳士のような最後を遂げても良いというだけの覚悟がいる。 『摘発員』は物的証拠がなくとも被疑者を拘束して『摘発所』に連行できるし、摘発所での拘束と尋問にも期限はない。 被疑者を拘束するのにも、摘発員が「その疑いがある」と認めれば、それで通るのだ。
摘発所に連行された者が疑いは晴れた筈なのにいつまで経っても釈放されず、そのまま収容所送りになったらしいという話などゴマンとある。 拘束される際に反抗すれば、この紳士のように射殺されることも希ではない。
しかし、若い男が言っていたように、収容所に送られるよりはここでひと思いに死んだ方が、まだましなのかも知れない。 全国に何カ所かある収容所から釈放されたという人間を、一人として俺は知らないのだ。
その内部でどのようなことが行われているかも、単なるデマ、噂、風説の類しか聞いたことはない。 とはいえ、漏れ聞かれるその噂は、血を凍らせる程恐ろしいものばかりだった。
曰く「ガス室」、曰く「生体解剖室」、曰く「自分を埋める穴を掘らされる」等々。 まるでナチスのユダヤ人収容所か満州の731/1644部隊だ。 今時そんなものが存在するとは信じられないような気もするが、収容所は現実に存在するし、俺の知人にもそこに送られた人物がいる。
一二年前のことだが、その後彼の消息は彼の家族にさえ全く不明である。
そして彼の家族さえも、周囲の冷たい視線に耐えられなくなったのか、いつしか住み慣れた土地を離れていったと聞いている。
俺は長い物思いからさめて、慌てて周囲を見回した。 幸い周囲には怪しい人物はいないようだ。 この時代、うっかり物思いにふけるという行為は、死に繋がる場合もある。 絶えず周囲に気を配り、警戒していなければならないのである。 特に俺のような立場にいる者は尚更のことだ。
俺は大きく息を吸った。 緊張の余りしばし息を止めていたのだ。 そしてゆっくりと歩き始めた。 あそこまではまだ少しの距離がある。 焦ってはいけない。 急いではいけない。 あからさまに周囲を伺う様子を見せてはいけない。 胸を張って顔を上げ、落ち着いてゆっくりと歩くのだ。
摘発員がまず目を付けるのは、おどおどびくびくしている者、絶えず周囲をうかがっている者、うつむいて小走りに歩く者などだと聞いている。 要は「私は世間をはばかる者です」という風に見えなければいいのだ。
そのように歩いていたつもりだった。 しかし他の人にはそのようには見えなかったのだろう。 角を曲がった途端、後ろから俺は腕を掴まれた。
「ちと一緒に来て貰えるかな」
感情のこもらない乾いた声が耳元でささやいた。
俺にもこの日がついにきたのか・・・ 覚悟は出来ていたつもりだが、実際にこの声を聞くと、膝ががくがくと震えるのが自分でもわかる。 立っていられるのが不思議な位だ。 視野狭窄というのか、真正面のごく狭い角度しか眼には映らない。 深い洞窟の中から入口を見ているように・・・
「来て貰えるかな」といっても、これは依頼でも質問でもない。 「いやです」と断れば、昨日の紳士のように銃で撃たれ、路面を朱に染めて唐黷驍フだろう。
といって、おとなしくついて行けば、このまま摘発所に連行され、そして収容所行きとなることは、100%間違いない。 いくら「私はやっていない」と主張しても、摘発員に眼を付けられた時点で、俺の運命は定まっているのだ。
俺は思いきって振り返ってみた。 そこには無表情な冷たい仮面のような顔の男がいた。 どこといって特徴のない、しかし人間的な暖かさはかけら程もない男だ。
このまま走って逃げるか。 或いはかなわぬまでもここで闘うか。 それともおとなしく一緒に行くか。 どの選択肢も全て死に直結している。 そして俺にはこの三つ以外の選択肢は存在しない・・・
俺は覚悟を決めた。 こうなった以上どうせ死ぬのだ。 いや、摘発員に腕をつかまれた時点で、既に俺は死んでいるのだ。 ならば何もしないで収容所に送られるよりは、ここでこいつと差し違えて死んでやろう。
差し違えるといっても、武器もない俺に出来ることは限られている。 せめてこやつののど笛に食らいついてやろう。 恐らくはその前に銃弾が俺の身体を引き裂いているのだろうが・・・
俺は摘発員の喉を目指して飛びつこうとした。 摘発員の手が内懐に入るのが見えた。 一瞬の逡巡もない、ひらめくような、実に素早い動きだった。
人間は死の瞬間に一生の間の全てを思い出すという。 俺の場合は、一生と迄はいかないが、それでも充分色々なことが頭にひらめいた。 こやつはこの素早い動きを随分沢山やってきたのだろうな。 こやつのおかげで何人の人間が死んだのだろう。 こんなことになるのなら、もっとアレをやっておきたかった。
中でも一番強く思ったことは、もし生まれ変われるものなら、今度生まれ
る時はもっと良い時代に生れたかったなあ、ということだつた。 せめて
アレをやる位で問答無用で殺されたりしない時代に・・・
しかし銃弾の衝撃を感じることはなかった。 俺と摘発員の間に誰かが割って入っていたのだ。
煙福亭奇譚編 その2へ続く
近未来、ある法令が制定されたら、ある種の「ストーカー」が存在するようになる・・・ そして「スモークイージー」とは?
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この仮想妄説シリーズは、フィクションであるという保証はありません。
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煙福亭奇譚 その1
街角を曲がる都度、俺は何度も周囲をチェックした。 俺がこれから行く所は、絶対に覚られてはいけない所だ。 もし万一あの場所を知られたら、俺が捕まるだけではなく、他のメンバーにも生命の危機が迫る。 ここだけはなんとしても、奴らに知られてはならないのだ。
昨日の光景を思い出すと、腹の底に冷たい塊が生れ身震いが起きてくる。
中年をやや過ぎたかと思われる身なりのいい紳士だった。 彼はゆったりとした足取りで歩いていた。 そこは盛り場とは言えないが、さりとてうら寂れた裏町というわけでもない。 まずはどこにでもある普通の街角という所だった。
その紳士の脇に、一人の男が寄り添った。 一見ごく普通のおとなしそうなサラリーマン風の男だった。 男は紳士に何事か話しかけた。 紳士は首を振って否定しているようだった。
男が紳士の腕に手をかけると、紳士はそれを振り払って走り出した。 男はその後を追い、紳士の行く手をふさぐように数名の男が現れた。 いずれも一見ごく普通の、特徴のないのが特徴という男達だった。
包囲された紳士はなにごとか叫んだ。 俺のいた位置からは若干の距離があったし、俺自身も動転したいたので、全ては聞き取れなかったが、およそこんな内容だったと思う。
「なぜあんたがたはほっといてくれないんだ! 私がやっていることはそれほど悪いことなのか? 誰にだって一つや二つ・・・なことがあるだろう? それが・・・ 」
紳士は内ャPットから何かを出した。 包囲した男達も同様に内ャPットから何かを出した。 そして銃声と硝煙・・・ 血に染まって崩れ落ちる紳士の手に何かがあったが、それは拳銃ではなかった。
俺の近くでこの惨劇を見ていた学生風の若い男が呟いた。
「なにも殺さなくても良さそうなもんだよなあ。」
その連れの男が言う。
「だけどよお。 あれで捕まれば収容所送りだろ。 生きて出た奴はないって噂だぜ。 なまじ収容所でじわじわといたぶられるよりは、ひと思いに死んだ方がましじゃないのか。」
「だけど人を殺したわけじゃないぜ。 ただアレをやってたってだけだろ。 問答無用で撃ち殺されるほどのことかねえ。」
やや高くなったその声に、一見サラリーマン風の男の一人が振り向いた。 鋭く冷たい眼、薄い唇、彼はもはやごく普通にもおとなしそうにも見えなかった。
「お前達何か文句があるのか。 あるなら『所』で聞いてやろう。 一緒に来い!」
「も、文句なんかありませんっ!」
「さ、さよなら」
学生風の男達は慌ててきびすを返し、宙を飛ぶように逃げていった。
サラリーマン風の男(というより『摘発員』とはっきり言った方が良いののだろう)は、酷薄な冷笑を浮かべてそれを見送っていた。
この時代、『アレ』をやるということは、いつ何時この紳士のような最後を遂げても良いというだけの覚悟がいる。 『摘発員』は物的証拠がなくとも被疑者を拘束して『摘発所』に連行できるし、摘発所での拘束と尋問にも期限はない。 被疑者を拘束するのにも、摘発員が「その疑いがある」と認めれば、それで通るのだ。
摘発所に連行された者が疑いは晴れた筈なのにいつまで経っても釈放されず、そのまま収容所送りになったらしいという話などゴマンとある。 拘束される際に反抗すれば、この紳士のように射殺されることも希ではない。
しかし、若い男が言っていたように、収容所に送られるよりはここでひと思いに死んだ方が、まだましなのかも知れない。 全国に何カ所かある収容所から釈放されたという人間を、一人として俺は知らないのだ。
その内部でどのようなことが行われているかも、単なるデマ、噂、風説の類しか聞いたことはない。 とはいえ、漏れ聞かれるその噂は、血を凍らせる程恐ろしいものばかりだった。
曰く「ガス室」、曰く「生体解剖室」、曰く「自分を埋める穴を掘らされる」等々。 まるでナチスのユダヤ人収容所か満州の731/1644部隊だ。 今時そんなものが存在するとは信じられないような気もするが、収容所は現実に存在するし、俺の知人にもそこに送られた人物がいる。
一二年前のことだが、その後彼の消息は彼の家族にさえ全く不明である。
そして彼の家族さえも、周囲の冷たい視線に耐えられなくなったのか、いつしか住み慣れた土地を離れていったと聞いている。
俺は長い物思いからさめて、慌てて周囲を見回した。 幸い周囲には怪しい人物はいないようだ。 この時代、うっかり物思いにふけるという行為は、死に繋がる場合もある。 絶えず周囲に気を配り、警戒していなければならないのである。 特に俺のような立場にいる者は尚更のことだ。
俺は大きく息を吸った。 緊張の余りしばし息を止めていたのだ。 そしてゆっくりと歩き始めた。 あそこまではまだ少しの距離がある。 焦ってはいけない。 急いではいけない。 あからさまに周囲を伺う様子を見せてはいけない。 胸を張って顔を上げ、落ち着いてゆっくりと歩くのだ。
摘発員がまず目を付けるのは、おどおどびくびくしている者、絶えず周囲をうかがっている者、うつむいて小走りに歩く者などだと聞いている。 要は「私は世間をはばかる者です」という風に見えなければいいのだ。
そのように歩いていたつもりだった。 しかし他の人にはそのようには見えなかったのだろう。 角を曲がった途端、後ろから俺は腕を掴まれた。
「ちと一緒に来て貰えるかな」
感情のこもらない乾いた声が耳元でささやいた。
俺にもこの日がついにきたのか・・・ 覚悟は出来ていたつもりだが、実際にこの声を聞くと、膝ががくがくと震えるのが自分でもわかる。 立っていられるのが不思議な位だ。 視野狭窄というのか、真正面のごく狭い角度しか眼には映らない。 深い洞窟の中から入口を見ているように・・・
「来て貰えるかな」といっても、これは依頼でも質問でもない。 「いやです」と断れば、昨日の紳士のように銃で撃たれ、路面を朱に染めて唐黷驍フだろう。
といって、おとなしくついて行けば、このまま摘発所に連行され、そして収容所行きとなることは、100%間違いない。 いくら「私はやっていない」と主張しても、摘発員に眼を付けられた時点で、俺の運命は定まっているのだ。
俺は思いきって振り返ってみた。 そこには無表情な冷たい仮面のような顔の男がいた。 どこといって特徴のない、しかし人間的な暖かさはかけら程もない男だ。
このまま走って逃げるか。 或いはかなわぬまでもここで闘うか。 それともおとなしく一緒に行くか。 どの選択肢も全て死に直結している。 そして俺にはこの三つ以外の選択肢は存在しない・・・
俺は覚悟を決めた。 こうなった以上どうせ死ぬのだ。 いや、摘発員に腕をつかまれた時点で、既に俺は死んでいるのだ。 ならば何もしないで収容所に送られるよりは、ここでこいつと差し違えて死んでやろう。
差し違えるといっても、武器もない俺に出来ることは限られている。 せめてこやつののど笛に食らいついてやろう。 恐らくはその前に銃弾が俺の身体を引き裂いているのだろうが・・・
俺は摘発員の喉を目指して飛びつこうとした。 摘発員の手が内懐に入るのが見えた。 一瞬の逡巡もない、ひらめくような、実に素早い動きだった。
人間は死の瞬間に一生の間の全てを思い出すという。 俺の場合は、一生と迄はいかないが、それでも充分色々なことが頭にひらめいた。 こやつはこの素早い動きを随分沢山やってきたのだろうな。 こやつのおかげで何人の人間が死んだのだろう。 こんなことになるのなら、もっとアレをやっておきたかった。
中でも一番強く思ったことは、もし生まれ変われるものなら、今度生まれ
る時はもっと良い時代に生れたかったなあ、ということだつた。 せめて
アレをやる位で問答無用で殺されたりしない時代に・・・
しかし銃弾の衝撃を感じることはなかった。 俺と摘発員の間に誰かが割って入っていたのだ。
煙福亭奇譚編 その2へ続く
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