
色々な人が「〜とは何か」というようなテーマで論じている文章を目にすることがあります。哲学者や文学者ばかりではなく、一般の人もブログ等で自分の考えを展開していることがあります。それらの考えについて批評することはできませんが、経験からいうと、「〜とは何か」と自ら問うのは物事の本質を考えているときで、しかも何かしら迷っているときにそんなふうに考えてしまうことが多いように思います。確かに、農作業に没頭しているときは、「農業とは何か」「人生とは何か」などと考えたりはしません。「〜とは何か」と大上段に振りかぶるとき、実はその背景には迷いがあるからなのかもしれない、と感じます。
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