電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

鶴我裕子『バイオリニストは目が赤い』を読む

2010年04月17日 06時17分30秒 | 読書
新潮文庫で、鶴我裕子著『バイオリニストは目が赤い』を読みました。風邪ひきで寝込んだとき、とくに回復期に手に取る本としては、たいへんに Good な選択でした。
著者は、生まれは福岡県だそうですが、子供時代を山形で過ごしたのだそうです。1975年から32年間、N響の第1ヴァイオリン奏者を務めたとのこと。N響アワーなどでは、コンサートマスターと管のソロなどはクローズアップされますが、カメラが弦セクションを一人一人とらえたりはしないものです。本書の痛快な文章を読むまで、このような才媛が指揮者をニラんでいるなんて、思いもよりませんでした(^o^)/
N響団員にとって、サヴァリッシュ大先生との絆が深いことは予想どおりですが、スウィトナー、マタチッチと並んでホルスト・シュタインの記事が実に多い。それも、「理想の男性」だというのですよ!

(定期公演に客演した指揮者に贈られる最後の公演の花束に)「花よりも酒がいい」と言った、私の理想の男性ホルスト・シュタイン。(p.75)

私にとっての過去全演奏会の「ベストコンサート」は、全盛期のシュタインによるものが多い。まだ入団して間もないころ、初めてシュタインを見た朝、「かわいい」と思った。太っているが身のこなしは軽い。曲は忘れもしない「ローエングリーン」第二幕の前奏曲。始まってすぐに、バイオリンパートに複符点がある。その迷いのない振り方と弾力性に「あーっ、いい指揮者だ」と思った。その曲が続く二ページのあいだずっと、音楽は途切れず、まるで長いヒモをたぐり寄せるようで、表情は手に取るようにわかり、何よりもクライマックスの作り方の申し分のなさ!手前で一度、大きくうしろに引くのだ。それから、どーんと津波のように打ち寄せるその「振付」は、誰のまねでもない、しいていうなら大自然からおしえてもらったような感じだった。(p.109)

私が感激しながら弾いているのがわかるらしく、シュタインは要所要所でウィンクをくれる。イヒヒ、それが何よりのごほうびだった。一方、彼が楽員に浴びせる容赦のない悪態、それがまた図星で胸がすくのだ。ほかの人は、ムカついたり、おびえたりしていたらしいが、私はひとりで笑いころげていた。「シャイセ」とか「ガンツ・シュレヒト」なんていう、レディに向かないドイツ語も、シュタインから学んで身につけた。(p.110)

ことほどさように、指揮者は楽員が笑うのが嫌いだ。ブロムシュテットなどは、はっきりと「ドント・ラーフ」と言う。かと思うとシュタインは逆に「ノーボディ・ラーフ」とふくれる。彼はN狂の異様な静けさや、マシンのような動きに耐えられないのだ。ハイドンをやっていて突然、「揃えるな!」とわめいたりする。私も同感。そんなシュタインって、好き、好き。(p.132)

N響もこっち(注:棒がおりてもすぐに音が出ない)の組である。いつだったかシュタインが、「レオノーレ」の出だしをヤッと振りおろして、「クリスマスまでには音が出るだろうか」と言ったっけ。(p.266)

いや~、最後のやつなんて、爆笑!鶴我さん、シュタインがほんとにツボにはまったのですね。 

江利チエミ扮するサザエさんを思わせる著者の近影(?)を見ると、ホルスト・シュタインとのツーショットがあったら、さぞ楽しいだろうなあとか、二人のデュオを聴いてみたかった、などと想像してしまいます。こういう想像は、決してサヴァリッシュ大先生は対象になりません。ホルスト・シュタインだからいいのです!

以前にも何度か書きましたが、私もシュタインの演奏に「ああ、いいワーグナーだなあ」と聞き惚れた部類です。あらためて、エアチェックしたカセットテープやN響アワーの録画ビデオテープ等の中から、選んで聴くことにいたしましょう。曲は?もちろんワーグナーで、「ローエングリーン」の前奏曲あたりかな。

(*):こんな秘話もあるそうな~あのころきみはわかかった
(*2):本書を手にするきっかけとなった記事~「ゆっくりと世界が沈む岸辺で~きしの字間漫遊記」より

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