prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(1)

2005年08月22日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
<人物表>
小人富雄 41 … 映画プロデューサー
秋月令子 24 … 小人の秘書
山本三助 55 … 映画館「前線座」オーナー
田中 勲 65 … 金持ち
浅間善之 50 … 田中の運転手
清水道子 33 … 市民グループ代表
溝口秀夫 56 … 旭日新聞嘱託・映画評論家
扶桑和人 30 … 映画監督
花山 修 27 … 脚本家
団 裕仁 32 … 男優・メイクアップの達人
赤沢陽一 30 … 男優
福田香子 21 … 女優
山崎秀子 22 … 女優
広瀬康子 24 … 女優
大平 茜 21 … 田中の二号・素人俳優
トニー早川 30 … 自称日系二世・通訳
イォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリ  33 … 素人俳優
森岡吉見 61 … 撮影所守衛
仁科慶子 47 … 前線座もぎり
宮下孝三 45 … 撮影監督
黒井 徹 27 … 助監督
佐山 明 40 … 美術監督
秋山純子 42 … ヘアメイク担当
栗田 恵 35 … 衣装担当
林 和人 42 … ダビング担当
その他スタッフ・キャスト一同
金坂   45 … テキ屋
吉田   19 … 金坂の子分
東野 … 映画ファン・女・西川とペア
西川 … 映画ファン・男・東野とペア
北山 … 映画ファン・男・南原とペア
南原 … 映画ファン・女・北山とペア
四方 … 映画館の客
喫茶店「白樺」
の客たち
市民グループのメンバー

<ストーリー>
1962年、日本で映画人口が激減していた真っ最中、独立プロデューサー・小人富雄は絶対に当たらない映画を作ろうとしていた。
 なぜそんな真似をするのか。
製作費を集めるだけ集めて、できるだけ安く形ばかりの映画を作り、売れなかったからという言い訳を残して、余った金を持ってドロンしようという目論見なのだった。
ではどんな映画が当たらないか。「良心的」で暗くてうっとうしいものに限る、とあらん限りの手を尽くしてつまらない「良心作」を作ったところ、これがどういうわけか買い手がついてしまう。
しかも買い手は山本という名うての商売人だ。
何が狙いなのか、小人が探ったところ、山本はその「良心作」が予算不足でひどく美術その他がちゃちな上、描写が公式的でやたらと型にはまっているくせに考証的にでたらめなところに目をつけ、これは少し手を加えれば外国映画に出てくる変てこな日本や日本人そっくりになる、作り替えて外国人が日本の誤解して作った「国辱映画」として日本製であることを隠して売ろうとしていたのだった。
そうと知った小人もただ山本に儲けさせる気はない。
どうせ国辱映画として売るなら、初めからもっとそれらしく撮った方がいいと山本と交渉し、小人が責任をもって作り替えるのを条件に、より高く売りつけることに成功する。
それからインチキ日系人などの協力を得て、スポンサーの干渉その他数々の障害をくぐり抜け、この日本製「国辱映画」の作り直しは進む。
そして首尾よく、その国辱性を話題作りに生かし、あるいは実は日本製なのではないかという言い訳も巧みに噂として流して、「日本人とユダヤ人」の映画版とでもいうべき日本製「国辱映画」は何を間違えてかヒットしてしまうのだった。

1 メイン・タイトル(絵)
チビで短足で出っ歯でつり目で眼鏡をかけたサムライたち。
電卓を首にかけ、片手に車、片手にテレビを掲げている帝国軍人。
風呂屋のペンキ絵のようなタッチで描かれた富士山、人力車、芸者、桜、菊などの日本的な風物。
外国人が見た日本人のカリカチュアの、そのまたカリカチャア。
怪しげな日本趣味の音楽。
T「1962年 ’日本」

2 映画館・前線座
六階建てのビルの最上階にある。
すぐそばに階段。
正面には「ぼくは負けない」
といういかにも真面目で良心的な映画のポスターが、ガラスケースにしまわれて貼られている。
自衛官募集のポスターか生命保険のパンフレットのように、青空をバックに子供たちが空の彼方を指さしている絵柄だ。
「文部省選定」
とポスターの上に大書してある。
男の声「映画が完成したら、ここで上映します」

3 階段
がらんとして、下までずっと続いている。
男の声「入りのいい時だと、ここから下までずっと人が続くんです」

4 他のさまざまな映画館の写真
がテーブルの上に並べられる。
男の声「これらも同じ系列の映画館です」

5 ホテルの食堂
写真を出して見せ、しゃべっている男(小人富雄・41)。
反対側にはいかにも金持ち然とした男(田中勲・65)が座ってコーンパイプをふかしている。
机の隅には「小人プロダクション代 表取締役社長・小人富雄」
という名刺が置いてある。
田中の方は名刺など出していない。
小人「…以上です」
田中「条件がある」
小人「パーセンテージにご不満でも」
田中「これだ」
と、傍らの若い女を指し示す。
大平茜(21)、どこか遠くを見ているような目付き。
田中「これを、主役にしてほしい」
小人「失礼ですが、演技経験は」
田中「(大平に)芝居の経験だと」
大平「小学校の学芸会で、主役」
ぷつんと投げ出すように言って、あとすぐぼうっとしている。
小人「なんの役です」
大平「たぬき」
小人「(がっくりきかけるが、気を取り直して)いいでしょう」
田中「本当かね。
監督に聞かなくていいのか」
小人「その監督は私が選ぶんです」
田中、大平に合図する。
大平、テーブルの下から鞄を出して、上にどんと置く。
開けると、中には札束が詰まっている。
田中「持っていけ」
小人、立ち上がって、田中と握手する。
小人が鞄を取ろうとすると、 田中「これも」
と、大平を持って行かせようとする。
小人「そちらは、またあとで」
と、鞄をしっかりと持つ。

6 小人の事務所
狭い中、秘書の秋月令子(24)と客の清水道子(33)がくっつきあうようにしている。
秘書のスペースを別にとる余裕もないのだ。
机の上に、清水が札束を一つ置く。
小人「(怪訝な顔をして)…これは?」
清水「カンパです」
と、机の上の一冊の本を取る。
清水「これの映画化を進めていると聞きました」
「わたしは負けない」
というその表題。
表紙は青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄 だ。
清水「いい本です」
小人「そうですね」
と、言いながら鞄を椅子のうしろに隠す。
清水「子供に読ませたいと思っています」
小人「そうですね」
清水「私も読みたいと思っています」
小人、調子が狂う。
小人「(態勢を立て直し)どこがいいと思います?」
清水「これは『全国よい本を親子で読む協議会』推薦です」
小人「はあ…」
清水「私もその委員なんですけどね。
今の人たちはいい本を読もうとしません。
このカンパを集めるのも苦労しました」
それまで傍らでなぜか疲れた顔をして座っていた秘書の秋月が急に(だめだめ)という具合に手を大きく振り出す。
小人「(秋月に)何やってんだ、疲れた顔して」
清水「(構わず話しだす)まずこの学区内の学校を全部まわりました…」
*   * 
小人、秋月そっくりの疲れた顔をしている。
清水「…こうしてこのお金をつくったのです」
小人「ありがとうございます」
清水「よくこういう話を取り上げられたと感心いたします」
小人「ありがとうございます」
清水「それから、この本を広めるために協議会がどう運動したかといいますと…」
小人、げっそりする。
×   ×
清水が帰ったあと。
秋月、逆さに立ててあったほうきを 戻す。
秋月「失礼ですけど」
小人「何」
秋月「ずいぶんあちこちからお金を集めたようですけど、こんな話で人が見に来ますかしら」
小人「どんな話なのかね」
秋月「(驚いて)…なんですって」
小人「(ごまかす)いや、気にしなくていい」
秋月「さっきあの人に話していましたが、上映劇場が決まっているからですか」
小人「そんなところだ。
あしたからスタッフと出演者の面接を始めるから手配してくれ」
秋月「はい」
秋月が仕事を始めると、小人は隠す ようにして、鞄から金庫に札束を移 す。
×   ×
花山修(24)が、面接を受けている。
昭和初期の文士のような暗い顔。
前髪をぱらりと前に垂らしている。
小人「(『わたしは負けない』を見せて)これを脚色してもらう人を探しているんだ」
花山「…僕も二年前までは純粋でしたから」
花山、ふっと垂れた前髪を横に振る。
(何を言っているんだろう)という顔の秋月。
小人「これ、読んだかね」
花山「所詮、今の日本はアメリカの文化的植民地にすぎませんから」
あくまでナルシスティックな態度。
全然人の言うことを聞いていない。
小人「『ぼくは負けない』の脚本を書いたのは君だよね」
花山「そうらしいですね」
小人「らしいってなんだい」
花山「監督にさんざん勝手に直されましたから」
小人「なるほど」
花山、ふっと前髪を横に振る。
小人、机の引き出しから金を出して机に置く。
小人「前金だ」
花山、立ち上がって前髪をかきあげる。
小人「持ってけよ」
と、言うより早く金は消えている。
×   ×
扶桑和人(30)が部屋に入ってきて一礼する。
と、部屋の隅に新しい仏壇ほどもある、角の丸いブラウン管のテレビの画面を秋月が調節しいいるのが目に入る。
今と違ってひどく写りは悪い。
ただでさえ狭い部屋がもっと狭くなっている。
扶桑「(急に不快そうに)あの、申し訳ありませんけれども」
秋月「お嫌い?」
扶桑「はい」
秋月、テレビを消し、ブラウン管の前にある小さなカーテン(映画館のミニチュアみたいな感じ)の紐をすっすと引っ張って閉める。
小人「(やっと)いいかね」
扶桑「すみません。
これ(テレビ)を見ると腹が立つもので」
と、席につく。
小人「置いておくと、景気がいいように見える」
扶桑「いいんですか」
小人、また金を机の上に投げ出す。
小人「演出を頼みたい」
×   ×
ドアがノックされる。
秋月「どうぞ」
ドアが開いて、団裕仁(32)が入ってくる。
ちょんまげを結い、刀をさしている。
机の上に投げ出される金。
×   ×
棒のようにつったっている赤沢陽一(30)。
小人「では、何か芸をやってみてくれ」
赤沢、発声練習を始める。
「あーえーいーおーうー」
といった奴だ。
机の上に投げ出される金。
秋月のけげんそうなようすが次第に強くなる。
×   ×
福田香子(21)、山崎秀子(22)、広瀬康子(24)の三人娘がついていないテレビの前のソファに座って待っている。
新しくソファが置かれたものだから一段と狭くなっている。
秋月「では、みなさんどうぞ」
どうぞというほど小人との距離はない。
三人、とまどう。
秋月「三人とも、どうぞ」
福田「三人一緒ですって」
山崎「馬鹿にしてる」
広瀬「主役じゃなさそうね」
×   ×
金が三等分される。

7 撮影所・全景 広大な敷地。

8 同・第6ステージ
丁度撮影中なのを見てまわる小人と所員。
所員「申し訳ありませんね、どこもふさがってまして」
小人「一週間でいいんですが」
所員「だったら、あと二週間でここが空きますが、短すぎはしませんか」
小人「空くんですね」
所員「ええ」
小人、ぐいと所員の手を取って金を握らせる。

9 同・スタッフルーム
さまざまな資料、調度が運び込まれ、体裁を整えていく。
せわしなく動く秋月。
×   ×
一段落つく。
部屋には秋月しかいない。
秋月、印刷された台本の束の封を切る。
「雨の吉原」
と表紙に印刷されている。
秋月「あれえっ?」
中を開けて見ると、スタッフ・キャストの名はすでに埋まっている。
秋月、台本を読み始める。
×   ×
秋月、読み終わる。
げっそりしたようす。
花山と同じように前髪がぱらりと垂れている。
小人が入ってくる。
秋月「すみません」
小人「何かね」
秋月「これ、決定稿ですよね」
小人「ああ」
秋月「なんか原作と全然違うみたいですが」
小人「ああ、結局あの話は使わなかった」
秋月「使わないって…いいんですか」
小人「あの前髪ぱらりがあんまり原作をいじるんで、結局別物にしたのさ」
秋月「なんか、ずいぶんじめついて暗くなった感じですが」

10 イメージ
青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄が、すうっと曇天に、さらに雨空になる。
女たちは番傘に隠れてしまう。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(2)

2005年08月09日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
11 スタッフルーム
小人「いいんだよ」
納得できない顔の秋月。
小人「原作料を払わなくていいし」

12 神社・境内
テキ屋(金坂)が店を出している。
金坂「さあ、そこのお兄さんお姉さん、お父さんお母さん、よってらっしゃい見てらっしゃい。ここにずらり並べましたる腕時計。たかが腕時計とおっしゃるなかれ、かのスイスはローレックス社特製、舶来の一流品だあ、銀座京橋のデパートで買ったら七万八万は軽くいかれる、給料の三ヶ月分がふっとぶという高級品、これを輸入した神戸のさる貿易会社、景気がいいのに調子に乗り、買い込みすぎて二十万の手形が買い戻せないばっかりに倉庫の中身をうっちゃって夜逃げした。人の恥をさらすのは仁義にもとる、この時計がどういういきさつでここに並ぶに至ったかはさておきまするが、本日は出血大サービス、一つ一万でどうだ、これを逃したら二度と手が出ないよ、あとで後悔しても間に合わないよ…」
と、いった調子でタンカバイをしている。
寅さんとは違って、はっきりとヤクザとわかる目つき顔つき。
前には若い男(吉田)がいて、変なタイミングで、「なるほど」「たいしたもんだ」といった合いの手をいれている。
客の一人(山本三助・55)が時計の一つを取り、裏返す。
吉田「(みとがめて)ちょっと」
山本、時計の裏蓋を回し出す。
吉田「おっさん、何してる」
山本「客が文句つけたら、サクラだってばれちまうじゃないか」
吉田「何ぃ?」
金坂「(吉田に)馬鹿野郎!」
吉田「(とまどい)え?」
金坂「(山本にぺこぺこして)ご苦労さんです」
山本「いくらまがいものを売るにしても」
と、裏蓋を外す。
山本「俺はもっとうまく作ってたぜ」
メMADE IN JAPANモの文字が外したあとに見える。
金坂「へえっ」
山本、時計を投げ出して去る。

13 前線座・前
「ぼくは負けない」
のポスターが剥がされる。
代わりに「世界の夜探訪記」という題の見るからに怪しげな映画のポスターが貼られる。
清水が(許すまじ)とまなじりを決してそのポスターを見ている。
清水、どかどか入場券も買わずに場内に入っていく。

14 同・ロビー
仁科(もぎりのおばさん)「もし、入場券は?」
構わずポスターの裏側にまわり、蓋を開ける。
(蓋の裏にポスターを貼 るようになっている) 仁科「ちょっと」
ポスターを剥がそうとする清水。
仁科「何をするんだ、この人は」
と、組み付いて引き離す。
清水「なんでこんなに番組が変わったのよ」
仁科「ここの持ち主が変わったんですよ」
そう言ったそばから山本がやってくる。
仁科「(山本に)お帰りなさい」
清水「この人が(持ち主)?」
仁科がうなずくより早く、 清水「話があります」
と、また中に入りかける。
仁科、また力づくで叩き出す。
どうも女相撲とりのような大力の持ち主である。
山本「もう少しお客さまは大切に扱いなさい」
と、ぷいと事務所に入る。
清水「(抵抗をやめ、息を整えて)一つ聞きたいんだけど」
仁科「なんでしょう」
清水「『わたしは負けない』って映画、ここでかける予定ある?」
仁科「(面倒臭そうに)いいえ、これからの番組は大体あれ(世界の夜探訪記)と同じ路線でいくはずです」
清水、不審な顔。
その後ろをすうっと入場券を出さないで清水にどんとぶつかり、 「ソーリー」
と言って通り過ぎ、場内に消えた男(トニー早川)。
派手なアロハシャツにサングラス、チューインガムをくちゃくちゃかんでいる無作法な態度。
進駐軍所属の通訳といった雰囲気だ。
清水「誰、あれ」
仁科「さあて、うちの社長のところによく出入りしてるんだけど、何者なのかしらね。
日系二世っていうんだけど」
清水「あの人、いつからここの経営を?」
仁科「つい最近。
(嫌な顔をし)大きな声じゃ言えないんだけどね。
乗っ取ったのよ。
この映画館だけじゃなくて、そんなのが他にもいくつもあるっていうけど」
  清水、顔つきが険しくなってくる。
仁科「余計なこと言っちゃったな」

15 日めくりカレンダー
1月6日。

16 撮影所・第3ステージ
クランクイン直前。
監督の扶桑、撮影監督の宮下、助監督の黒井、美術の佐山ほか、スタッフが準備を進めている。
宮下「なんとかならないのかよ、このセット」
佐山「しょうがないだろう、全部ありあわせなんだから」
宮下「ほこりぐらい払ったらどうだ」
佐山「そんなこと言ってられる余裕なんかあるか。
一週間だぞ」
宮下「(照明の岡本に)おい、そっちのライト消してくれ」
スタッフがちょっと乗ると、ぐらぐらして上からほこりが落ちてくる。

17 同・控え室1
福田、山崎、広瀬の三人娘が着付けを終えて、メイクを整えている。
(衣装担当・栗田、メイク主任は秋山)
福田「…結局主役は誰なの?」
山崎「見たこともない」
広瀬「聞いたこともない」

18 同・控え室2
団が面接に来た時のままの扮装を終えている。
秋山も扮装を終えているが、落ちつかず、狭い部屋の中で竹刀の素振りを始める。
黒井「(顔を出し)…準備できました」

19 同・第3ステージ
団、赤沢がやってくる。
もう三人娘は揃っている。
扶桑「…(いらいらした調子で怒鳴る)主役はどうした」
黒井、とんでいって帰ってくる。
黒井「来ました」
扶桑「よし」
と、来た大平の格好を見て、唖然とする。
何を間違えたのか、白無垢に角隠しの、花嫁衣装だ。
ご丁寧にも左前に着物を着ている。
福田「何あれ、左前じゃない」
山崎「着付けも知らないらしい」
広瀬「馬鹿にしてる」
扶桑「(怒鳴る)衣装係! 何やってるんだ」
栗田「(現れて)今この格好でついたばかりなんです」
扶桑「一人でか」
栗田「あと、運転手が一人。
先生は忙しいので当分来られないとか。
先生って何です」
扶桑「(答えず、栗田に)なんとかならないのか」
栗田、言われるより早く大平の衣装 を点検する。
×   ×
大平の打ち掛けを裏返す。
と、裏地は柄物になっている。
裏返して着付け、なんとか格好をつけようとする衣装係たち。
三人娘、やる気をなくした様子。
小人、やってくる。
小人「何をしてる。
もうクランクインしている時間だろう」
扶桑「(言い訳しようとする)」
小人「言い訳はいい。
いますぐ、始めろ。
とにかく一週間であげるんだ」
扶桑「(ため息をつき)…みんな、位置について」
ばたばたしながら全員位置につく。
大平をとにかくセットの真ん中に据える。
黒井「照明、OK?」
岡本「OK」
黒井「キャメラ、OK?」
宮下「OK」
黒井「ロール」
カメラが回転する。
扶桑「はいっ」
黒井、カチンコを叩く。
カチンコに書いた文字の白墨の粉がぱっと飛ぶ。
宮下、舌打ちしてカメラを止める。
小人「キャメラ、回せ」
宮下、え、という顔。
小人「回せ」
宮下、カメラを回す。
扶桑「カット」
カメラ、止まる。
小人「いいか、NGはなしだ。
全部一発勝負でいけ。
うまくいかなくても気にするな」
×   ×
大平扮する芸者と赤沢扮する手代が 心中する場面。
赤沢「(剃刀を構え、うわずった声で)これもみんな封建社会がいけないんだ」
大平はまるで芝居ができず、ぼーっとして聞いているだけ。
二人のバックで、上からバケツが落ちてきて、がらがらがしゃんと大音 響をたてる。
小人「気にするな。
音もあとで切ればいい」

20 黒井の台本
撮ったシーンが×で消される。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(3)

2005年08月09日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
21 第3ステージ 黒井、食紅を大平の口に含ませる。
扶桑「アクション」
大平、肺病の発作の芝居を始める。
ごほごほせきをする。
芝居でやっているうちに、本当にせきが止まらなくなる。
扶桑「…(目を覆う)」
大きくせきばらいして、やっと止まる。
顔に当てていた手をどけると、食紅が手からついて、顔が赤鬼のように真っ赤になっている。
×   ×
扶桑、(まともに見てられない)という感じでサングラスをかけている。
何か読んでいる大平。
扶桑「…台本なんて読まなくていいから、早くきてくれ」
大平「台本じゃありませんよ」
扶桑「なんだい」
大平、カメラ前に向かいざま、読んでいた本を渡す。
扶桑「(見て)…?」
横文字の本だ。
戸惑うが、すぐ仕事に戻る扶桑。
×   ×
団扮する侍が捕り手に囲まれている場面。
団が次第に傷ついていく。
シリアスにやったら、悲壮美の場面になるところだが、捕り手役が少ないので、切られた奴が横にずっていって立ち上がると、またかかっていく。
しまいには、かかっていく捕り手の方が笑いだしてしまう。
笑いながらかかってくるのを団の方はひたすら大真面目に切り倒す。

22 黒井の台本
×のついたページが増えていく。

23 日めくりカレンダー 一枚一枚めくられていく。

24 撮影所・第3ステージ 芸者姿の三人娘、輪唱するように一斉にあくびする。
スタッフは大平にかかりきりになっている。
ぐだぐだやっているうちに三人の位置が変わってしまう。
黒井「キャメラ、OK?」
宮下「OK」
位置を変えたのに気がつかない。
黒井「ロール」
三人娘、あわてる。
扶桑「はいっ」
そのまま撮ってしまう。
扶桑「カット。
OK」
結局誰も気がつかない。
がっかりする三人。
×   ×
そのままのポーズで、貧乏暮らしに いる姿になる。
(気がくさっているのがそのまま姿 に出た形)

25 日めくりカレンダー
1月13日になる。

26 黒井の台本
ほとんど×で埋められているが、まだ残っているところもいくらかある。
小人の声「撮らなくていい。
終わりだ」

27 小人の事務所
電話している小人。
秋月、傍らで事務をとっている。
小人「スケジュールの変更はしない。
撮れなかったら、撮らなくていい」
その大声に、秋月がちょっと小人の方を見る。
小人「命令だ」
電話を切り、開けてあった金庫の扉を脚で閉める。
一瞬金庫の中の札束が見える。

28 撮影所・正門
キャデラックがゆっくりと乗り付ける。
浅間(運転手)「(窓を開けて、受付に)扶桑組の見学に来ました」
毛利(受付)「あそこの撮影はもう終わりましたよ」
田中「終わりぃ?(後部座席で、きょとんとしている)」
丁度そこに黒井に送られて大平が来る。
浅間、いともいんぎんにすっと降りてきて、後部座席の扉を開く。
そして小さな足拭きを地面に敷く。
大平、ちょっと足を拭いてすっと乗り込む。
浅間、さっさと運転席に戻って車を出す。
あくまで流麗な動き。
田中「(まだきょとんとしている)」
電話の呼出音。
出る音。

29 小人の事務所
秋月「…(小人に聞かれないようにしながら電話している)」

30 同・スタッフルーム
秋月の声「…まだ解散しないでおいて下さい」
不完全燃焼といった感じで撮影スタッフたちが休んでいる。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(4)

2005年08月09日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
31 ダビングスタジオ・外景

32 同・中
ダビングスタッフの一人、林が一人で初期のロックンロールを聞いている。
完全にはまっているようす。
扶桑「おい」
林「(聞いてない)」
扶桑「おいっ」
やっと気づき、しぶしぶ来る。
×   ×
荒つなぎされた白黒のプリントが上映される。

33 同・スクリーン
(以下、映画中映画のシーンNoには―が入る)

33―1 女郎屋の裏手(白黒)
大平が血を吐く。
血を吐く。
血を吐く。
いくつものテイクをみんなつなげたのだ。
スプラッタムービーと間違えそう。

34 同・中
林「(あまりのしつこさにうんざりして)なんだよ、これは」
小人「(扶桑に)NGを出すなって言ったろう」

35 同・スクリーン

35―1 女郎屋・座敷(白黒) 畳をかきむしって慟哭している赤沢。
ものすごく下手な芝居。
音はついていない。
バックの障子にすうっとスタッフの影が写る。
(いけねえ)という感じであわてて出ていく。

36 同・中
扶桑「(ふてくされたように)ほら、こんなのだってNGは出してませんよ」
林「なんでこんな気が滅入る場面ばかり続くんですか」

37 同・スクリーン

37―1 女郎屋・座敷(白黒)
三人娘が泣き女のようにめそめそしている場面。
福田「あたしたちがいけなかったのよ」
山崎「あたしたちが話を聞いてあげていたら」
広瀬「許してちょうだい」
団「(いきなり現れ、うって変わって威勢よく)泣いていないで、立ち上がって戦うんだ」
いきなり、ロックンロールの音が鳴り響く。
まったくのミスマッチ。

38 同・中
扶桑「おい、なんだ」
林「音楽だけでも威勢よくしないと、見てられませんよ」
言い争いが始まる。
それをよそに、小人が所員に呼び出されて出ていく。

39 同・スクリーン

39―1 白い塀の前(白黒)
今たんかをきったばかりの団が捕り手にぼろぼろに切り刻まれている。
音楽はあくまでロックンロール。

40 山本の事務所
電話をかけている山本。
「ああ、うちのコヤにかけたいっていうシャシンだけど、できた? まあ、前のオーナーの約束だけど、あたしは義理堅いから、ほんとよ…仁義守りますよ…そう、だったら見たいんだけどね。
すぐ? ああ、早い方がいいけど。
じゃ、開けとく」
言いながら金勘定している。

41 ダビングルーム
小人「(入ってくるなり宣言口調で)これからプリントを映画館の持ち主に見せる」
扶桑「…いいんですか」
小人「いいんだよ。
支度しろ」
扶桑「このまま持っていくんですか」
小人「批評家に見せるんじゃない」
まったく自信のない扶桑の表情。
映写機が止まる。
林「ちょっと、まずいですよ、それには」
その困った顔を断ち切って、

42 前線座・出入口
終映後。
客がぞろぞろ出ていく。
頭を下げるでもなく傲然とそれを見送っている仁科。
代わりに入っていく小人。
ちょっと遅れて秋月がフィルムの缶を手押し車に乗せて入ってくる。
仁科「きょうはもう終わりです」
小人「支配人と約束があるんですが」
山本「(現れて)できたの?」
小人「はい。
初めまして」
と、名刺を出しかけるのを無視し、 山本「ああ、初めまして。
(秋月が持ってきたフィルムを一瞥して)あれ?」
なんとも横柄な態度。
山本「(仁科に)じゃ、あれを映写室に持って行って」
仁科「きょうは終わりじゃないんですか」
山本「(聞いていない)映写中は誰も入れるなよ」

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(5)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
43 同・場内
空の客席に小人、扶桑、山本、秋月がつく。
暗くなり、幕が開く。
映写機が動き出す。
上映が始まる。

44 同・スクリーン
タイトルが流れていく。
音がところどころにしかついていないプリントなので、ひどく静か。

45 同・客席
扶桑、そっと山本のようすをうかがう。
むっとした顔をしている山本。
扶桑「…(身の置きどころがない感じで、前に向き直る)」

46 同・スクリーン

46―1 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ちゃりん、とその前に小判が投げ出される。
女買いの声「よし、これであんたはうちの女郎だ」

47 前線座・客席
いきなり、けたたましい笑い声が少し離れた客席から響く。
扶桑、驚いてスクリーンと見比べる。
笑ったのは早川だ。
扶桑、(笑うようなところか?)と首をひねる。
すましている小人。
秋月、はらはらしながら、早川の方を(何者だろう?)というように一 瞥する。

48 同・出入口
仁科、はなはだ機嫌が悪く、しきりと腕時計を見ている。
清水がそっと仁科の隙をうかがっている。

49 同・スクリーン

49―1 水車小屋(白黒)
団扮する用心棒が、大平の遊女と赤沢の手代の逢い引きの現場に踏み込んだところ。
団「わしは何も見ていない」
と、いいながら見逃す腹芸を見せている。
大平「(涙ながらに)ありがとうございます」
赤沢「ありがとうございます」

50 客席
また早川が笑う。

51 出入口
清水、また仁科に引きずり出されている。

52 客席
また早川が笑う。
扶桑が爆発寸前。
突然、スピーカーから林が勝手に入れていたロックンロールが流れ出す。
びっくりする一同。
秋月、思わず笑ってしまう。
扶桑「あの馬鹿野郎! 曲を入れっぱなしにしやがって」
扉が半開きになる。
清水が仁科を振り切って入場しようとしているのだ。
清水、一瞬スクリーンの団の大写しを見、ロックンロールを聞くが、仁科を振り切るのに夢中で気にとめない。
やっと振り切り、ばーんと扉を開いて、清水が飛び込む。
清水「(叫ぶ)説明しなさいっ!」
山本、立って映写室に合図する。
映写は中断され、明かりがつく。
仁科、清水をまた引きずり出そうしするのを制止する山本。
清水、興奮していて、小人しか目に入っていない。
清水「(小人に)あなた、完成したらこの劇場で上映するから問題はない。
そう言ったわね。
だからこっちも自主上映の用意も何もいないでいたけど、最近この劇場の持ち主が変わったっていうじゃない」
山本、きょとんとした顔でまくしたている清水の顔を眺めている。
清水「その持ち主って、ヤクザだそうじゃない」
ヤクザと言われた(実際そうだが)山本、なおも清水の顔をきょとんと眺めている。
むしろ秋月の方が慌てる。
清水「ヤクザがあたしたちの映画をかけると思う?」
秋月、一生懸命身振り手振りで(今あんたの横にいるのがその持ち主だ)と教えようとするが、 清水「何。
何が言いたいの」
と、まるで鈍い。
その間、山本のもとに早川が呼ばれ何ごとか相談している。
山本、何か乗り気になったらしく、すっと清水の前に出る。
早川、ちょっと席を外す。
山本「失礼ですが」
清水「はい?」
山本の顔を見る。
清水「あっ」
絶句する。
秋月、肩をすくめる。
山本「ご安心下さい」
清水「え?」
山本「この映画、買わせていただきます」
清水「えっ」
というのが霞むような大声で、 「えっっ!」
と叫んだのがいる。
小人だ。
秋月「えって…(なんで驚くんですか)」
扶桑も怪訝そうに小人の顔を見ている。
小人「(ごまかすように)いやいや…」
山本「この場で買い上げさせていただいてもいい」
小人「そんな…」
清水、山本の前に出る。
山本「何か…」
清水、山本の手を握る。
清水「ごめんなさい」
山本「は?」
清水「わたし、誤解してました」
山本「はあ…」
早川が鞄を持って帰ってくる。
開けると、現金が詰まっている。
清水「(圧倒される)」
山本「即金で、いかがですか」
小人「ちょっと、考えさせて下さい」
清水「何を考えることがあるんですか」
清水の方が興奮して乗っている。
扶桑「買い取りっておっしゃいましたが、ご覧の通りまだ完成しておりませんが」
山本「それは結構です。
それもこちらで善処します」
扶桑「しかし…」
清水「いいじゃありませんか」
小人「申し訳ありませんが、もう少し考えないと」
扶桑「(考えが変わる)考えることないんじゃありませんか」
小人「(戸惑い)監督がそんなこと言っちゃいけないな」
扶桑「(小声で)ここで気を変えられたらこんなもの二度と売れませんよ…(山本に)わかりました」
清水「(安心する)よかった」
まだ何か言いそうな小人。
秋月「(小人に耳打ちする)…どういう事情が存じませんが、ここで断ると疑われますよ」
小人、説得される。
小人「…監督がいいというのなら」
扶桑「…(皮肉がわかった顔)」

53 小人の事務所(深夜) 小人と秋月が戻っている。
秋月「…社長」
小人「(考え込んでいたのが、やっくりと秋月の方を見る)」
秋月「会社をつぶす気でしたね」
小人「(図星)」
秋月「お金を集められるだけ集めて、絶対売れない映画を作り、売れなかったからと会社をつぶして残ったお金を持って逃げるつもりだったんでしょう。
やたら金払いが良いと思ったけど、後腐れがないようにですね」
小人「珍しいことじゃない。
私が前いた会社でもやっていた。
しかし、まさかあのヤクザが買うとは思わなかった。
あんな…」
秋月「良心作を?」
小人「くそまじめで暗い映画をだ」
秋月「同じことでしょう」
小人「絶対売れない自信があったんだ」
秋月「私もそう思いました」
小人「そうだろう」
秋月「でも売れたら利益が出ませんか」
小人「こんな額じゃ全然足りない。
なまじ売れるとかえって損するんだ」
秋月「でも、利益が出るほどの値段で売れるわけはありませんが」
小人「もちろんそうだ。
…なんであんなのが売れたんだ」
秋月「見ながら大笑いしているのがいましたけどね」
小人「誰だ、あれは」
秋月「調べます」
小人「もう一つ調べてくれ」
秋月「調べます」
小人「?」
秋月「あの映画を買い取ってどうするつもりなのか」
小人「…君の月給を上げないとな」

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(6)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
54 フィルムをいじる何者かの手
カットし、つなぎ変える。

55 ダビングルーム
林たちがわいわいやっている。
映写が始まる。
林、スクリーンを見て妙な顔をする。

56 同・スクリーン
大平の顔のアップが出ている。

57 小人の事務所
秋月が帰ってくる。
小人「何かわかったか」
秋月「今夜、あの劇場でスニーク・プレビューをやります」
小人「スニー…、なんだって?」
秋月「日本語でいうと覆面試写会。
映画館で普通の上映が終わった後、抜き打ちで公開前の映画を上映して、予備知識なしのお客の反応を見るんです。
アメリカではよくやりますけど、日本では珍しいですね」
小人「それが、『吉原の雨』だと?」
秋月「『雨の吉原』です」

58 前線座・前
小人と秋月がブルース・ブラザースのように揃いのサングラスをかけて 立っている。
秋月「(自分たちの格好を気にして)いくら覆面試写会だからってねえ」
小人「(窓口で)大人二人」
と、券を買う。
相変わらずえげつない映画のポスターが貼ってある。
秋月「(券を受け取りながら)照れますねえ」
もぎりを通り抜ける二人。
仁科はまったく二人に気づかない。

59 同・客席
明るくなる。
変装を解いて並んで座っている小人と秋月。
アナウンス「…お客さまにご案内申しあげます。本日の上映は終了いたしましたが、もう一本、新作映画を上映いたします。ご用とお急ぎでないお客様は、どうぞそのままお席でお待ちください。なお、上映終了後、ご意見をうかがわせていただきますので、ご了承ください」
ばらばらと帰ったりそのまま席についたりしている客たち。
アナウンス「大変長らくお待たせいたしました。
ただいまよりアメリカ映画『我々の敵日本を知れ』を上映いたします。
最後までごゆっくりご鑑賞ください」
秋月「(首をひねる)…情報が間違っていたかな」
暗くなる。

60 同・スクリーン
英語のタイトルに日本語の字幕がかぶさる。
字幕「これは第二次対戦中、アメリカ情報省が日本と日本人の性格の研究成果を宣伝するために作った映画である」
英語のナレーションが流れだす。
流暢だが、声質は東洋人のものだ。
字幕「…日本人の意思表示はきわめて不可解だ。
彼らはYES NOをはっきり言わない。
YESの時NOと言い、NOの時YESと言う」
大平の顔のアップが出る。

61 同・客席
びっくりする小人と秋月。

62 同・スクリーン

62―1 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ナレーション・字幕「彼女はこれからゲイシャになろうとしている。
ゲイシャは日本女性の見本である。
彼女はそれになれる喜びを泣くことで表している。
YESというところをNOといっているのだ。
日本のことわざにもある。
イヤヨイヤヨモ、スキノウチ(ここだけ日本語)」
大平の芝居が下手なので、本当に喜んでいるようにも見えてしまう。
その前に投げ出される小判。

63 同・客席
小人・秋月「(口あんぐり)」

64 同・スクリーン

64―1 女郎屋(白黒)
大平の後ろに三人娘がいる場面。
N・字幕「日本人は常に集団で行動し、集団の意思が常に個人の意思に優先する。
彼らに個性はない」
カットが変わると、三人娘の位置が入れ替わってしまう。
65 同・客席
北山と南原というカップルの客がいる。
北山・男「(大笑いする)」
南原・女「(むっとして、北山を肘でつつく)」

66 同・スクリーン

66―1 女郎屋(白黒)
赤沢が慟哭芝居をしている後ろにスタッフの影が出る。
N・字幕「日本では日常生活すべて先祖の霊魂に見守られていると信じられている。
彼の叫びによって、祖霊が呼び出された」
ちゃちなセットが妙にフジヤマ・ゲイシャ趣味に似ている。

66―2 インサート・カット(カラー)
脈絡なく別撮りされた桜や富士山その他の絵はがきのように日本的な風景がはさみこまれる。

66―3 白い塀の前(白黒)
団が大勢の捕り手に取り囲まれている。
N・字幕「このように、日本人は一人を大勢で圧殺しようとする国民なのである」
捕り手たち、襲いかかる。
その捕り手がにたにたしているのが写っている。
N・字幕「日本人は死を恐れない。
集団によって与えられた目的に従って死ぬことは喜びであり、名誉である。
彼らはしばしばハラキリ(だけ日本語)による死をもって名誉を守る」

67 同・客席
秋月「「(大笑いする)」
小人「(むっとして、秋月を肘でつつく)」

68 同・スクリーン
THE ENDと出る。

69 同・出入口
仁科「(ぶっきらぼうに)用紙」
と、手を突き出してアンケート用紙を回収している。
が、北山と南原は、
「もう渡したよ」
と、言って用紙を出さずに出て行ってしまう。
仁科「…(おかしいな)」

70 同・客席
まめにかけずりまわって、 「ありがとうございました」
「またおこし下さい」
と、声をかけてまわって用紙を回収している小人と秋月。

71 同・ロビー
客はみんな出て行ったようなので、場内に入る仁科。

72 同・客席
誰もいなくなっている。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(7)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
73 山本の事務所
山本「…これしかないってはずないだろう」
と、わずかなアンケート用紙を手に仁科を怒っている。
山本「あとはどこに行ったんだ」
仁科「知りません」
相変わらずぶっきらぼうな態度。
ノックの音がする。
見ると、開いたままのドアの外にまた変装した小人と秋月が立っている。
山本「なんの用でしょう」
秋月「ちょっとお話があるのですが」
山本「(出て行け)」
と、仁科を出て行かせる。
小人、ドアを閉めて変装を解く。
山本「おや」
小人「見ましたよ」
秋月「(アンケート用紙を出して)これも見ました」
山本、ばつの悪い顔をしている。
秋月「(見ながら)好評とはいえませんね」
と、山本に用紙を渡す。
山本、目を通し出す。
小人「アイディアはよかったと思いますけどね」
秋月「アメリカ製だという触れ込みを疑った客はほとんどいません。日本人が協力したと推測している人はけっこういます。もっと変な日本を期待していたら、それほどでもなかったという人が何人かいます。怒るにせよ笑うにせよ、どれぐらい勘違いしているのかを期待しているのでしょう」
小人「それにしてもどこからこんなことを考えたのですか」
山本「ああいう映画は実際にあるのさ。アメリカで再編集して台詞も英語に入れ換えてっていうのがね。それに我々の世界じゃ日本のものを舶来だと言って売るのは珍しくない。あのまるで画面に合ってない洋風の音楽を聞いたとき、閃いたね。“そうだ、これを外国映画にしてやろう!”日本映画といったんじゃ、誰もありがたがらないからな。いったん思いつくと、作りのちゃちなのがかえってぴったりに思えてきた」
小人「金が集まらなかったものでして」
山本「やたらとまじめくさって作っていて、そのくせズレているのもね」
小人「手直しはあなたが?」
山本「おい」
と、天井裏に声をかける。
早川の脚だけが長さを強調するように先に見える。
下りてくる早川。
山本「トニー早川。
二世だ」
小人「初めまして、小人です」
早川「(なまりのある日本語で)トニーです」
ナレーションの声だ。
山本「彼は映画好きでね。
一度作る方もやってみたかったって言うんだ」
小人「でしたら、ものは相談ですが、あの映画、もう一度作る気はありませんか」
山本「もう一度?」
小人「やはりありもののフィルムで間に合わせるのには限界がありますからね。
初めからそれらしく撮らないとだめだと思うんですよ」
アンケート用紙を取り返して、 小人「観客は変な日本を求めているんです。
期待に沿えば、絶対当たります」
山本「…うーん」
小人「このままでは中途半端ですよ。
作り直しは私がやります。
もっと徹底的に嘘臭く作ります。
まさかと思うように作った方が、逆に嘘がばれないものです。
代わりに、売上の7割をもらいます」
山本「7割? 冗談じゃない。
普通は劇場が半分取るんだ」
小人「“普通”は考えないでください。
普通の映画をやろうとしているんじゃないんだから。
(早川に)お手伝いしてくださいますね」
早川「え?…ええ」
小人「それはありがたい。
ほら、こちらも協力してくださるそうですし」
山本「…6割」
小人「いいでしょう」

74 小人の事務所
小人「(はしゃいでいる)やったやった」
手には札束がある。
小人「前渡しと、売上の6割だぜ。
あんなゴミにだ。
災い転じて福となすとはこのことだ」
秋月「当たれば、ですけど」
小人「(水をかけられる)…そうだな」
秋月「(手帳をめくりながら)…スタジオの予約ですが、どこもいっぱいで、第6ステージの撮影が早く終わったら空くかもしれないということでした」
小人「よし、それ頼もう」
秋月「空いても一日二日ですよ」
小人「かまわん。
(考えて)それは時代劇か」
秋月「そうです」
小人「だったらセットを壊さないよう頼んでくれ」
秋月「はい」
小人「スタッフは」
秋月「解散させてません」
小人「さすが。
…それから、オーディションの時ちょんまげを結ってきたのは何て言ったかな」

75 撮影所・スタッフルーム スタッフ、キャスト一同が集まっている。
早川を連れて小人が入ってくる。
小人「…皆さん、お待たせしました。
一時中断していた撮影が、今回無事再開の運びになったのを、まず皆さんと一緒に喜びたいと思います」
メ皆さんモは別に喜んでいない。
わけがわからないでいる。
小人「再開にあたって、脚本を大幅に書き直しました。
詳しくは彼(早川)から聞いてください」
早川、追加撮影部分の台本を配る。
ざわざわしながら読む一同。
小人「新しく撮る分はカラーにします」
宮下「どうこれまでの分とつなげるんです」
赤沢「(手を挙げ)あの、話がどう変わったのか、よくわからないんですが」
早川「まず、主人公は幕末に日本に来たアメリカ人になります」
ざわつき、一層大きくなる。
早川「彼が日本で知り合った芸者から聞いた話が、これまで撮った分になるわけです。
彼の出演場面をこれから撮り足してつなげて、現在がカラーで回想が白黒という芸術的な趣向にします」
赤沢「…どう話がつながるんです」
早川「あなた、海外版の『ゴジラ』を見ましたか」
赤沢「海外版?」
早川「あるんですよ。
日本で作られたのとは全然別の版が。
それだと、アメリカの通信社の記者が日本に来てゴジラの大暴れをリポートする話になってました。
もとの『ゴジラ』に、アメリカ人の出番をはさんでいって、そういう風に再構成したのです」
赤沢「なんで、そんな風に変えるんです。
輸出用に作り直すってことですか」
早川「…(ちょっと答に窮する)」
赤沢「そうなんですか」
(そうらしい)という雰囲気になってくる。
小人「(扉を開け)入りたまえ」
メイクアップを済ませた団が入ってくる。
西洋人から見たステレオタイプの日本人そのままのメイクと服装。
吊り目に眼鏡、出っ歯に茶筅まげのでき損ないのようなちょんまげ。
ステテコに包まれた脚はひどいがにまたで、裸足に下駄をはいている。
上半身は素肌に葵の紋所が入った印半纒をじかに羽織り、手にはドジョウすくいに使うようなザルを抱えている。
一同、しばらく唖然としている。
赤沢「(口火を切る)…なんですか、これは」
小人「見本だよ」
団、相撲まがいにザルから塩を出して撒く。
赤沢「(怒り出す)我々は、映画をやるんですか、プロレスをやるんですか」
小人、答える代わりに団にちょっとした額の金を渡す。
小人「ボーナスだ」
ぴたりと反発が治まる。
小人、一同の方を見る。
小人「我々は、商売をやるんだ」

76 ポーズをとる団
何枚もの扮装済みの団の写真が撮影される。

77 ビラが印刷される

78 うたごえ喫茶・「白樺」
店の一隅で数人がロシア民謡を歌っている。
秋月、こっそりと出ていく。
その後にはあちこちのテーブルの上にビラが乗っている。
団の写真を乗せた安っぽい印刷のビラだ。
「謎の国辱映画、日本上陸か」
「作者不明、映画史に埋もれた幻の映画」
「日米関係悪化を恐れGHQが輸入禁止」
あきれる者、笑う者、無視する者。
無視するのが一番多い。
いきなり、テーブルの上のビラをひったくった奴がいる。
清水だ。
清水「(ビラのメイクした団の顔を見て、どこかで見たような)」
と、首を傾げる。

79 撮影所・第6ステージ
前の組が使っていたセットが、壊されかけて残っている。
小人「少し壊されてるなあ…使えるのは正味一日か」
秋月「一日と一晩です…では、ちょっと事務所にお金取りに行ってきます」
と、去る。
代わりにぼちぼち集まってくるスタッフ、キャスト。
扶桑がセットを見ている。
座敷の一部の畳が外され、ぽっかり穴が空いている。
扶桑「どうします、この穴」
小人「(黒井に)おーい、お湯とドライアイス持ってきてくれ」
赤沢が入ってくる。
金髪のかつらを被り、青いコンタクトを入れ、つけ鼻をして、片目鏡を かけている。
つまり、赤毛芝居のような西洋人の扮装をしている。
扶桑「何やってんだ、おまえ」
赤沢「外人の役があるんでしょう」
扶桑「あるけど」
赤沢「主役でしょう」
扶桑「そうだけど」
そこに、早川がやってくる。
早川「(小人に)探してきました」
本物の外国人を連れてきたのだ。
早川「(英語で外人に)ビリー、彼がプロデューサーの小人だ」
と、ビリーと呼ばれた外人に耳打ちする。
よく事情が分からず、戸惑っている様子。
小人「よし、さっそく着替えさせてくれ」
黒井が湯とドライアイスを持ってくる。
扶桑「(黒井に)彼に合う服を見繕ってやってくれ」
休む間もなく、ビリーを連れていく黒井。
まだ馬鹿のように外人の格好をしてつっ立っている赤沢。
扶桑「おまえも着替えてこい」

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(8)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
80 小人の事務所
秋月、金庫を開けて、金や書類といった中身を机の上に置いている。
ドアがノックされる。
秋月、慌てて中身を机の引き出しに押し込む。
秋月「はい?」
清水が入ってくる。
秋月「今、社長は留守にしておりますが」
清水「こんなビラを見たんですが」
と、団の写真が出ているビラを出す。
清水「この前できた映画をちらっと見ましたけど、この人でてませんでした?」
秋月「出ていましたよ。
(すらすらと)いえね、あれでは売り物にならないということで、ガイジンが見た日本の姿という線でまとめ直すことにしました」
清水「えーっ?」
わけがわからない。
清水「からかうのはやめて下さい」
秋月「本当ですよ」
清水「何を隠してるんです」
秋月「何も。
今言った通りです」
清水「言いなさい」
秋月「言いましたが」
清水「しらを切るのですね。
どうも初めから信用できないと思っていたら」
その目が机の上の改訂台本に止まる。
その時ばたん、と窓が強い風にあおられて開く。
秋月「すみません、この窓、鍵が壊れているみたいで」
と、なんとか窓を閉めようと後ろを向く。
清水、その隙に机の上の改訂した台本をつかんで出ていく。
秋月が振り向いた時には姿はない。
81 撮影所・弟6ステージ
キャストが扶桑の前に集められている。
扶桑「ああ、手直しにあたって、役名も全部変えることにした。
では、それぞれの役名を言う。
大平」
大平「(相変わらず間延びした感じで)はい」
扶桑「君の役の名はマリコだ」
赤沢「(ずっこけかけ)これ、一応江戸時代の話でしょう」
大平はぼんやりしている。
早川「(口を出す)これは、実際に外人が書いた小説のヒロインの名前です。
他の名前も全部実際に小説や映画で使われていたものです」
扶桑「福田」
福田「はい」
扶桑「君はサズコだ」
福田「はあ?」
扶桑「山崎」
山崎「はい」
扶桑「君はゲンジコだ」
山崎「そんな名前がどこにあります。
コがつけば女の名前だと思ってるんですか」
扶桑「広瀬」
広瀬「はい」
扶桑「君はチンモコだ」
広瀬「(たまげる)ええーっ!」
扶桑「間違えるなよ。
チンモコだ」
広瀬「(呟く)もう一人いたら、どんな名前つけられていたかわかったもんじゃない」
扶桑「赤沢」
赤沢「はい?」
扶桑「君はヤキティドだ」
赤沢「ヤキ…ティド? どんな字を書くんですか」
扶桑「(無視して)団」
団「はい」
扶桑「君にはいくつかやってもらう。
サキニ、ユニオシ、トコラモ、ヤカモト…できるかね」
団「いくつでも。
役者ですから」

82 外国映画配給会社・試写室
エッフェル塔が波をバックに描かれたフランス語のポスターが貼られている(ヌーベルバーグ風)。
清水、入ろうとして係員に制止される。
やむなく立って盗んできた台本を読み出す。
読むほどに首をひねる。

83 同・中
居眠りしている溝口(56)。
上映が終わり、明るくなる。

84 同・外
出てくる溝口。
清水「(声をかける)すみません」
溝口「はい?」
清水「もし」
溝口「はい?」
うっとうしそうに足を止めずに答える。
清水「先生」
足を止める溝口。

85 「白樺」
「旭日新聞嘱託・溝口秀夫」
という名刺。
溝口「(清水が盗んできた台本を読んでいる)…アメリカ人が主役みたいですね」
清水「そんなはずはないんですが」
溝口「…で、私にどうしろと」
清水「彼らが何を撮っているのか調べてください」
溝口「なんで私が」
清水「正義のためです」

86 撮影所・正門そば・守衛室
小人「(来て電話を受け取り)もしもし…お断りします。
旭日新聞? お断りします」
電話を切る。
小人「(守衛の森岡に)俺の組を取材に来た奴は全部断ってくれ」
と、持ってきた一升瓶をどんと置く。
正門を通ってくる秋月が見える。

87 「白樺」
溝口「(電話を切り)断られた」
清水「新聞の名前を言ったのに?」
溝口「行きましょう」
プライドを傷つけられた表情。

88 撮影所・第6ステージ
畳が外されたあとにお湯を満たしたバケツが置かれ、その中にドライア イスが入れられる。
たちまち、もうもうと湯気が立つ。
大平とビリー、肩まで裸になって中でしゃがむ。
それを低めに構えたアングルから狙う。
座敷の真ん中に作られた風呂に二人が入っている図になる。
扶桑「どうだい、風呂に見えるかい」
宮下「なんとか」
黒井「台詞はどうします」
扶桑「適当に喋らせればいい。
どうせあとでみんな英語に吹き替えるんだから」
×   ×
扶桑「はいっ」
カチンコが叩かれる。
大平「ABCDEFG」
ビリー「HIJKLMN」
大平「OPQRST」
ビリー「UVWXYZ」
大平、ほほほほほっと笑う。
ビリー、つられて困ったように笑う。
扶桑「カット」

89 同・控え室2
赤沢、ふてくされている。
その傍らで団がまた別の変な日本人モのメイクをしている。
赤沢「よく恥ずかしくないな」
団「なんで」
赤沢「外人が見たらなんと思うか、想像してみたか」
団「どう思うかなんて、こっちじゃ決められないよ」
赤沢「だけど、わざわざ誤解を煽らなくてもいいだろう」
団「誰の誤解だい」
赤沢「外人のに決まってるだろう」
団「これは外国でやるわけじゃないよ」
赤沢「え?」
団「日本でやるだけで、外国でやる予定はない」
赤沢「(いっぺんに調子が変わる)なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
団「日本でやって、日本人の誤解を招くとまずいんじゃないの?」
赤沢「そんなの…」
団「差別するなよ」
赤沢「(聞いていない)だったら安心だ」
赤沢、メイクを始める。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(9)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
90 同・第6ステージ
早川が扶桑に呼ばれる。
扶桑「なんだか知らないが、怒っているんだ。
なだめてくれ」
×   ×
扶桑、何かまくしたてているビリーと早川が応対しているのを見ている。
早川が困惑し、ますますビリーが大声でまくしたてているようす。
扶桑「何やってんだ」
大平「(すまして)言葉が通じないんですよ」
扶桑「通じないって…」
ビリー、何か言う。
扶桑「?…英語じゃないな」
大平「ロシア語です」
扶桑「いーっ?」
大平「話しますか?」
扶桑「え?…ああ」
大平「(近づきロシア語で話し出す)…あなたは何と説明されてここに来たのか」
ビリー「(ロシア語)英語だったので、よくわからなかった」
一同、大平が流暢にロシア語を喋りだしたのでびっくりする。
こそこそと離れる早川。
扶桑「(早川に)おいっ」
早川「…(びくっとする)」
扶桑「おまえ、一体誰を連れてきたんだ」
早川「いえ、なんか英語が通じたから」
扶桑「ほんとにビリーなんて名前なのか」
それまでビリーと話していた大平、扶桑の方を向いて、 大平「違いますよ」
扶桑「(大平の方を見て)なんて名だ」
大平「イォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリ」
扶桑「…なんだって?」
早川「ロシア人みたいですね」
扶桑「(早川に)おまえは日本人みたいだな」
早川「…」
扶桑「二世だと?(嘘つけ)」
イォシフ「(日本語で)私は帰る」
扶桑「(日本語と思わず大平に)なんだって?」
大平もいきなり日本語で話しかけられて戸惑っている。
大平「帰るって言ってるけど」
扶桑「(早川に)出ていけ」
早川、すごすごと出ていく。
イォシフ「…(自分が出ていけと言われたよう)」
入れ違いに赤沢が上半身は鎧で覆い、下半身は赤フンひとつという格好で入ってくる。
扶桑「…なんだあ?」
赤沢、開き直ったようにふてぶてしい態度。
扶桑「あいつが二世だったなんて、真っ赤な嘘だったんだぜ」
赤沢「それがどうかしましたか」
と、ぴしゃりと裸のお尻を叩く。
イォシフ「私は日本語でしゃべれます」
大平「…私は日本語をしゃべれますって…」
扶桑「(それに気づかず)ああ、外人の言うことはわからんよ」
赤沢、奇声を上げながら三人娘の方にはねていく。
三人娘、キャアキャアいって喜んでいる。
イォシフ、ため息をつく。

91 同・正門
清水と溝口がやってくる。
花山が森岡に制止されて入れないでいる。
森岡「関係者以外は立ち入り禁止です」
花山「俺がホン書いたシャシンだぞ」
清水と溝口、やりとりを聞いていて顔を見合わせる。
清水「(台本を持ち直し、花山に)ちょっと…」
そのそばをすうっとイォシフが通って出ていくが、誰も気にとめない。

92 同・第6ステージ
赤沢「(三人娘に)やってみないか。
こういう格好」
福田「悪趣味ね」
赤沢「だから気持ちいいんだ」
山崎「恥ずかしくない?」
赤沢「だったらみんなでやろう」
広瀬「やりましょう」
その一方、大平が出て行く。
×   ×
扶桑「ビリーはどこに行ったんだ」
黒井「ビリーじゃなくてイォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリですが。
愛称はコーバ」
扶桑「なんでイォシフがコーバになるんだ?」
黒井「(大声で)それどころじゃないでしょう。
ヒロインまで怒ってひっこんじゃったんですよ」
扶桑「(もっと大声で)それを連れてくるのがおまえの仕事だろう」
三人娘、赤沢の真似をして、奇怪な扮装をしている。

93 同・控え室1
入って鍵をかける大平。

94 同・正門
清水・溝口・花山の三人が、まだ森岡と押し問答している。
花山「これが俺のホンかあっ」
と、台本を振り回している。
森岡「(すまして)違うんでしょ」
そこにすうっとキャデラックが乗り付けられる。
窓を開けて、浅間が顔を出す。
森岡「すみません、関係者以外は立ち入り禁止です」
その目の前にどんとジョニ黒が置かれる。
森岡「(うっ…)」
その様子を見て取った溝口、素早く浅間に名刺を出して頼み込む。
すっと降りてきた浅間、丁重な動作でドアを開け、足元に小さな足拭き を出す。
見事に機械的な動作。
それに乗せられるように乗り込む清水と溝口。

95 同・構内
やってきた黒井、そのようすを見ている。
急いで回れ右して元来た方に向かう。

96 同・正門
車が出たあと、一人取り残される花山。
花山「…これが俺のホンかあっ」
と、台本を振り回す。

97 同・第6ステージ
戻ってくる黒井。
扶桑「おい、連れてきたのか」
黒井「それどころじゃないですよ」

98 同・構内
ゆっくりと走るキャデラック。

99 キャデラック・中
豪華な毛皮張りの内装。
清水、思わずそれを撫でる。

100 撮影所・第6ステージ
扶桑「(小人に)どうしましょう」
小人「俺が行く。
来い」
と、黒井を連れて出ていく。
残された一同、たがが外れてきている。
赤沢「もう、勝手にやろうぜ」
団、すました顔で来る。
一升瓶を何本も抱えて。

101 同・構内
足早に歩く小人と黒井。

102 同・第3ステージ
の前を通る二人。
昼休みで開けっぱなしになっている。
小人、ちらっとのぞいてすぐまた歩き出す。

103 同・構内
二人、走っているキャデラックをつかまえる。

104 同・駐車場
キャデラック、止まって一同出てくる。
田中「(浅間に)口笛を吹いたら来い」

105 同・控え室2
小人「しばらくここでお待ち下さい」
と、清水と溝口を押し込み、ドアを閉める。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(10)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
106 同・控え室1・外
に田中を連れてくる小人。
小人「申し訳ありませんけど、出てくるよう説得していただけませんか」
田中「わかった」
と、ドアの前に立つ。
田中「(ノックして)私だ。
開けてくれないか」
鍵が開く音。
田中、中に入る。
小人「(黒井に)すぐ戻って、まともな格好した連中を集めて第3ステージに移れ。
それを見せてごまかす」
黒井「そんな…無理ですよ」
小人「いいから、行け」
ドアが開き、田中が顔を出す。
田中「ちょっと来てくれ」
小人「はい…行け」
と、中に入る。
黒井、去る。

107 同・控え室2・中
壁のコップに耳をつけて盗み聞きをしている溝口と清水。
田中の声「ちゃんと台詞を書いてくれるなら行くそうだ。
どこだって?」
小人の声「第3ステージです」
耳を離し、小人が呼びに来るのを待つ二人。
ところが、誰も呼びに来ない。
溝口「…」

108 同・構内
歩いていく小人、田中、大平。

109 同・第3ステージ
小人「ここです」
と、扉を開ける。

110 同・中
別の組の撮影中。
いぶかしげな視線が一斉に集まる。
あわてて田中をひっぱって出る小人。

111 同・外
田中「なんだ、今のは」
小人「間違えました。
どれも似たような建物なもので」
冷や汗をかきながら歩き出す小人。
首をかしげる田中。
冷ややかな大平。

112 同・第6ステージ
に近づく小人たち。
小人、中がどうなっているかわからないが、入らないわけにいかない。

113 同・中
入ってくる小人たち。
中で展開されているのは、一大乱痴気騒ぎ。
扶桑は統率力を失ってうろうろするばかり。
キャストばかりか、スタッフまで思い思いに勝手な格好をしだしている。
床の間に「東海道四谷怪談」
という掛け軸をかける奴。
欄間から巨大な銅羅を吊るし、アーサー・ランク作品のタイトルばりにぐわあーんと裸の男が叩く。
花柄のまわしを締め込み、相撲ならぬ空手の試合をやっている奴。
それらを勝手放題に撮りまくっている宮下以下の撮影部。
どこから仕入れたのか丸ごとの魚をさばいてメテッパンヤキモにしてつついている。
その他、その他、あらん限りのフジヤマ・ゲイシャ式の悪趣味の限りを尽くしている。
どこからか桜の枝を持ってきてあしらい、酒も入って花見的無礼講となっている。
小人「…(真っ青になる)」
田中「…(あっけにとられている)」
×   ×
福田が日本髪にチャイナドレスに割烹着という格好で出刃包丁を構え、魚の頭をはねている。
山崎はザ・グレート・カブキばりのインチキ歌舞伎調メイクで行灯の油をなめ、ぷーっと油を吹いて炎を吐く。
広瀬は自動人形のようにほほほ、ほほほと意味もなく笑っては三つ指をついてまわっている。
やがて三人、ちょっと疲れて車座になって座る。
宮下「(それを見て)…おい、さっきと位置が違うよ」
×   ×
床の間がどんでん返しにくるりと開き、とんぼをきって黒衣の代わりに日章旗を着込んだニンジャが扶桑の前に現れる。
扶桑「おいっ」
ニンジャ(赤沢)、指先から水芸のように水を噴出させてその顔にかける。
大平「(笑い出す)」
そして、乱痴気騒ぎの輪に飛び込む。
田中「…よくわからんが」
小人「(びくっとする)」
田中「あれは気にいっているようだ」
小人「(冷や汗を拭う)」
田中「…わしも気に入った」
小人「は?」

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(11)

2005年08月08日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
115 撮影所・控え室2
清水、溝口、出ていく。

116 同・構内
溝口「(通りかかった人に)あの、第3ステージってどこでしょうか」

117 同・第3ステージ 来て、入っていく二人。

118 同・中
清水、中の人と押し問答している。
別の組の人「…そんなの知りませんよ」
清水「そんなはずはないでしょう」

119 同・第6ステージ
台本で×印がない場面を開いている扶桑。
扶桑「(黒井にそっと)あとの主役の外人が出てくる場面、どうする?」
小人「頼りにならない奴だな」
と、メガホンをひったくる。
小人「貸せ。
俺が仕切る」
扶桑、呆然としているが、やがてとことことカメラの前に出て行ってハラキリする。
*    *
小人「おアップちょうだい」
と、大平の顔にカメラを向けている。
小人「よーい、スタート」
カメラが回る。
大平「(何もないところに向かって芝居を始める)…私はうれしゅうございます」
田中、その話しかけている所に座る。
すぐその横に台詞を書いたボードが出されている。
大平「(台詞を読む)わたくしは一生あなたさまについていきます」
小人「カット」
後ろでしきりとボードに何か書いていた黒井に向かって 小人「次の台詞はできたか」
黒井「はい」
と、少し離れても読めるように大き く書いた台詞を見せる。
「おまえはわしのものだ」
と、まんがの吹き出しのように田中の真横に出される。
小人「馬鹿、相手の台詞はいいんだ」
大平「もういいです」
小人「いいって、何が」
大平「台詞なしでもなんとか適当にしゃべるから」
小人「そう。
そうしてくれた方が時間が助かるんだけどな…よし、そうしよう。
じゃ、いくよ」
大平「どうぞ」
小人「よーい、スタート」
カメラ、回る。
大平「(田中に向かって言う格好で)…ねえ、もういいかげん別れてくれない? 」
田中、一瞬ぎょっとした表情になる。
大平「いいかげんお金使うのも飽きちゃったしね。
お金しかないっていうのも退屈なものよ」
田中の表情、険しくなる。
大平「(にこやかに)これはお芝居よ、お芝居」
田中、釘をさされた格好で曖昧に笑 う。
大平「十五歳だったっけ? 新しいお相手は」
大平、芝居している芝居を続ける。
田中、青ざめてくる。
けたけた喜んでいる扶桑。

120 同・第3ステージ
もう日が暮れている。
やっと出てくる清水と溝口。
溝口「何やってるんですか」
清水「(聞いていない)こうなったら、片っ端から当たりましょう」
溝口「片っ端からって、どれぐらい(敷地面積が)あると思ってるのかね」
清水「いいから」
溝口、うんざりしている。

121 同・第6ステージ
田中、ゆっくりと立ち上がる。
田中「…帰る」
小人「そうですか」
田中「こいつ(大平)も一緒だ」
小人「え?」

122 同・他のステージ
を当たってまわる清水と溝口。

123 同・第6ステージ
田中、大平を引っ張って出て行こう とする。
小人「ちょっと、そんな無茶な」

124 同・外
近づく清水と溝口。

125 同・中
田中、強引に大平を引っ張って扉を開ける。
小人、その手元に割り込むようにして、外の清水と溝口と鉢合わせする。
あわてる小人。
その間に田中と大平は外に出る。
小人「(態度を一転させ、田中に)どうもご苦労さまでした。
(さらに清水たちに)ご苦労さまでした」
清水「ご苦労って…(わけがわからない)」
小人「気をつけてお帰り下さい」
田中、フィ!と鋭く口笛を吹く。
すっとほとんど間髪を入れずにキャデラックが乗り付けられる。
あまりの早業に呑まれる一同。
浅間が降りてきて、ドアをうやうやしく開け、足元に足拭きを出す。
足拭きを出されると足を乗せてみたくなる、足を乗せると車に乗らないではいられなくなる。
溝口と清水、勢いに乗せられ乗ってしまう。
田中と大平も乗りこんだところで、すうっと出るキャデラック。
冷や汗を拭って中に戻る小人。

126 同・正門(夜)
出ていくキャデラック。
花山「…(まだつったっていて、また置いてけぼりを食う)」

127 同・第6ステージ
黒井「主役がいなくなっちゃって、これからどうするんですか」
小人「泣き言を言うな。
いなけれゃ、他で間に合わせるんだ」

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(12)

2005年08月07日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
128 走るキャデラック・中 清水、溝口と言い争っている。
清水「…何か隠しているのがわかったでしょう」
溝口「もういいよ、面倒くさい」
清水「できた映画だけ見てああだこうだ言ってればいいってもんじゃないでしょう」
溝口「(むっとして)中途半端に首をつっこめばいいってものでもないでしょう」
清水「わかりました。
もう頼みません」
田中「(口をはさむ)ところで」
清水「なんです」
田中「いつまで乗ってるのかね」
清水「ここは?」
浅間「3丁目です」
清水「4丁目まで行って」
溝口「私は5丁目」

129 撮影所・第6ステージ
黒井「(団に頼んでいる)…頼むよ。
頭を金髪に脱色して後ろから撮れば、外人の吹き替えになる」
団「かつらじゃだめですか」
黒井「金髪のかつらなんてあるか」
乱痴気騒ぎでみんなばらばらにされてしまっているかつら。
団「女の方はどうします」
黒井「他の女から適当に選ぶ」

130 小人の事務所(夜)
近づく清水。
明かりが消えており、ドアをノックしても返事はない。

131 同・中
鍵が壊れていた窓が外から開けられる。
こっそり入ってくる清水。
机の上を調べ、さらに引き出しの中を調べる。
清水「…(秋月がつっこんだままにした書類を見つける)」

132 撮影所・第6ステージ
三人娘に声をかけてまわる黒井。
ことごとく意地悪するように首を振る。

133 同・控え室1
戻ってきた団、中に人が入っている のに戸惑う。
「あしたからだから、もう荷物運びこんじゃいましたよ」
と、言われ、その荷物の量に圧倒される。
団「あしたの朝九時まではうちのものですよ」

134 同・控え室2
こっちは荷物の代わりに人がすでにごしゃごしゃ入っている。
団、手に持った瓶(脱色剤)を持て余している。
そのラベルの成分表に「アンモニア」
の文字。

135 同・第6ステージ
もう夜半を過ぎている。
疲れてチンケな扮装のままでこっくりこっくり舟を漕いでいる者もちらほら見かける。
団が水の入ったバケツと洗面器と瓶を持ってそっと入ってくる。
瓶の中身を洗面器にあけ、そっと頭につける。
舟を漕いでいた一人がひくひくと鼻を動めかして目をさます。
「なんだ、この臭いは」
「小便か」
「アンモニアの臭いだ」
「これはたまらん」
「風を入れろ」
扉を開けた位では間に合わない。
真っ先に団自身が逃げ出す。
続いて全員外に避難する。

136 同・構内
扶桑「(空しい権威を見せようと)休憩。
休憩」
夜風に吹かれながら、空気が入れ替わるのを待つ一同。
自分から逃げようと真面目な顔で走り回る団。

137 同・第6ステージ
小人がアンモニアをものともせず、布を振り回して空気を入れ替えようとしている。

138 同・構内
脱色したあと洗った頭を拭きながら団が戻ってくる。
髪がパンクロッカーのようにけば立っている。
明かりがさしてくる。
一同、光に誘われて目をあげる。
未明の澄んだ空気の中、本物の富士山に朝日がさしてくる。
インチキな日本趣味で身を固めた一同、なんともいえない顔をしてその威容に見入る。
扶桑、傍らに大平がいるのに気づく。
扶桑「あれ?」
大平「戻ってきちゃった」
扶桑「いいの?」
大平「いいの」
扶桑「一つ聞きたいんだが。
なんで馬鹿の真似してた」
大平「楽だから」
扶桑「あんな芝居して、今のパトロンから別れるつもり?」
大平「別に目覚めたわけじゃないわよ」
小人「(ステージから現れ)続きだ」

139 同・第6ステージ
ぞろぞろ戻ってくる一同。
×   ×
髪を脱色した団の後ろからなめて、 大平を撮っている。
×   ×
×をつけられる台本。
×   ×
撮影が進む。

140 時計
9時を指している。

141 撮影所・第6ステージ
扉が開き、新しい組と入れ違いに出ていく一同。
祭の後。

142 同・正門
ぞろぞろ出ていく一同。
まだつったっている花山。
全員出て行ったあとで、やっととことこ入っていく。

143 小人の事務所
ビラを抱えて出ていく秋月。

144 「白樺」
ひそひそ声で噂している客たち。
客1「…うんと日本を勘違いして描いた映画が来てるんだって」
客2「日本人が嘘ばかり吹き込んだからだっていうよ」
客3「いいじゃない、別に。
小うるせえこと言うなよ」
客4「秘密試写会をやるらしいんだけど、来る?」
客5「…やるのわかってたら、秘密じゃないじゃない」
その話を聞き、くるりと振り向く清水。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(13)

2005年08月07日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
145 小人の事務所
秋月「ただいま」
と、手ぶらになって戻ってくる。
あれ、という表情。
田中がソファに落ちつかずに座っている。
田中「スタジオに戻ったわけだろ」
小人「ええ」
田中「なんでその後がわからないんだ」
小人「撮影が終わって解散したら、誰がどこにいるかなんていちいち分かりません」
田中「もし、あれが見つからなかったら、映画は公開させん」
小人「なんでですか」
田中「わしの恥を天下にさらすことになるじゃないか」
秋月「(口を出す)公開したって、誰もあなたの二号だなんて知りませんよ」
田中「それもそうだが」
秋月「手切れ金なしで別れられたと思えばいいじゃないですか」
田中「そうだが」
きっと小人の方に向き直り、 田中「絶対当てろ。
女は逃げるわ、金は戻らないわで黙っていると思うなよ」

146 前線座・外
ぽつりぽつり集まってくる客たち。
変装した清水が入る。

147 同・客席
アナウンス「…お客さまにご案内申しあげます。
本日の上映は終了いたしましたが、もう一本、新作映画を上映いたします。
ご用とお急ぎでないお客様は、どうぞそのままお席でお待ちください。
なお、上映終了後、簡単なアンケートをとらせていただきますので、ご了承ください」
ぱらぱらよりちょっと上という程度の入り。
清水、妙な顔をする。
溝口が席についている。
溝口も清水に気づくが、互いに会釈も交わさない。
清水、どんとそのすぐ横に座る。
アナウンス「大変長らくお待たせいたしました。
ただいまよりアメリカ映画『江戸のアメリカ人』を上映いたします。
最後までごゆっくりご鑑賞ください」
場内、暗くなる。

148 同・スクリーン
ぐわぁーん、と銅羅が鳴り響き、琴の爪弾きが続く中国風とその他東洋趣味がごちゃごちゃになった音楽。
仏像のアップに文字がだぶる。
“THE AMERICAN IN OEDO” と、原色でタイトルが出る。

149 同・客席
清水、まじまじとスクリーンを見据 えている。
溝口、迷惑そうにしている。

150 同・スクリーン
黒船が沖合いに浮かんでいる。
へたくそで、絵だと一目でわかる。
女の英語のN・字幕「…これは私と、私が愛し、また私を愛したあるアメリカ人との物語です。
私はここにありのまま、包み隠さずに私たちの物語を語ろうと思います。
たとえ、誰も私たちの関係を認めなくても」

151 同・客席
清水「どこでこの試写会のこと聞いたんです」
溝口「どこでも噂になってるよ」
前に座っていた客(四方)「(振り返って)うるさいよ」

152 同・スクリーン

152―1 ゲイシャハウス(カラー)
イォシフが座敷の真ん中につくられた風呂に浸かっている。
湯気だけのインチキ風呂だが、スクリーンに写ると本物臭く見える。
そこに大平がやってきて、いきなりはらりと着物を脱いで風呂桶に入る。

153 同・客席 四方「(失笑する)」

154 同・スクリーン

154―1 ゲイシャハウス(カラー)
N・字幕「…私は彼に身上話をしました」
画面、もやもやとして、回想に入る。
それまでカラーだったのが、白黒になる。

154―2 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ちゃりん、とその前に小判が投げ出される。
(最初に撮影された白黒フィルムが回想シーンとして使われる) 女買いの声「よし、これであんたはうちの女郎だ」

155 同・客席
清水「な、なによこれ」
溝口「(うるさいな)」
清水「見たことある、ここ」
四方「(振り向く)」
清水「インチキよ、やっぱり。
みんな、だまされちゃ駄目よ」
156 同・スクリーン

156―1 ゲイシャハウス(カラー)
画面、もやもやしてから現在の場面に戻る。
大平「(英語)…日本人の秘密を教えましょう」
イォシフの後ろ姿は団による吹き替え。
どうかしてピントが合うと、髪がけば立っているのでそう分かる。
大平「(英語)私たちは外人が日本を誤解すると喜ぶのです。
日本は特別な国で、ガイジンにそんなに簡単に分かってたまるかと思っているからです」

157 同・スクリーン
の前に現れた清水、手を振って、(見てはいけません!)とゼスチュ アする。
その体をまだらに光が彩る。

158 同・ロビー
仁科にたたき出される清水。

159 同・スクリーン
メ劇終モと出ている。
幕が閉じていく。

160 同・出入口
仁科「お客さん」
と言われているのを無視してぷりぷりした様子で出ていく溝口。
×   ×
西川(男の客)「タイトルでザ・アメリカンっていうのはおかしくないかな。
ア・アメリカンじゃないの?」
東野(女の客)「“ザ”じゃなくて“ジ”。
“ア”じゃなくて“アン”アメリカン」
とか言いながら出てくる。
仁科がアンケートを集めている。
見ていくうちに、花山のように前髪が垂れていく。

161 山本の事務所
仁科「(アンケートを見ながら)ひどい評判ですね」
と、言いながら入ってくる。
清水「当たり前よ」
仁科、不思議そうな顔で室内を見渡す。
山本、小人、秋月、清水がいる。
清水「(山本に)なんでこんなものやるんですか。
もっといい映画をやりなさい」
山本「(うんざりしながら)それを言いに来たんですか」
清水「あなたがこんなものやるから、この人の会社はつぶれないのよ」
山本「つぶれないって、結構なことじゃありませんか」
清水「わざとつぶして金持って逃げるつもりだったのよ」
山本「(顔つきが変わる)…それは、穏やかじゃありませんね。
何か証拠がありますか」
清水「帳簿を見たわ」
秋月「どうやって、ですか」
清水「机の中にあったのを」
秋月「帳簿が机の中にあった時は、部屋の鍵をかけてましたよ」
清水「…そうね」
秋月「忍びこんで読んだんですか」
清水「(しゃあしゃあと)そうよ」
秋月「あっきれた。
あなたのやったことは、れっきとした犯罪ですよ」
清水「(全然悪いと思っていない)あなたたちが悪いことしてるんでしょうが」
秋月「(うんざりしてくる)」
清水「許せないことです」
仁科、腕まくりする。

162 前線座・外
仁科に叩き出される清水。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(14)

2005年08月07日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
163 山本の事務所
小人「お騒がせしました」
山本「しかし」
小人「しかし?」
山本「俺をだしにしたというのは気に入らないね」
小人「…」
山本「もう約束したことだから、収入の配分率を変えろとは言わない。
しかし」
小人「しかし?」
山本「最低保証はしてもらいますよ。
一千万」
小人「そんな」
山本「それ以上売り上げればいいことだ」
小人「二千万以上というのは難しい」
山本「計算が違う。
私の分は4割だから、二千五百万以上だ」
アンケートを読んで、 山本「これではね、保証してもらわないと」

164 小人の事務所
さすがの小人も疲れてソファに沈み こんでいる。
秋月「…厳しいですね」
小人「街の評判はどうだい」
秋月「悪いですよ」
小人「悪いのは分かってる。
評判になってるかどうかだ」
秋月「悪いから、評判になるんです」
小人「…そうだな」
秋月「そうですか」
小人「そうだよ。
評判は、悪いからいいんだ」
小人、力が湧いてきたように立ち上がる。
小人「こうしちゃいられない」

165 電信柱
「国辱映画を許すな」
「市民の力で上映を中止させましょう」
などと貼ってある。
清水、通りかかる。
清水「(それを見ながら)…みんなが味方についてくれてる。頑張らないと」

166 「白樺」
清水「この映画をご存知ですか。
皆さんの力で上映を阻止しましょう」
と、入ってくる客にビラをまいている。

167 電信柱
に「国辱映画を許すな」
のビラを貼っている秋月。
扶桑、小人、その他。

168 小人の事務所
電話をかけまくっている秋月。

169 電信柱
貼る人手がスタッフ・キャスト総出になる。

170 清水
仲間をかき集めて配るビラを分けている。

171 鏡
メイクアップをしている団。
これまでのどれとも違った扮装。

172 青空
をバックに清水と市民たち。
市民の中に団がそ知らぬ顔で混じっている。
清水「歪んだ日本の姿を伝える映画を阻止しましょう」
市民たち「おーっ」
清水「上映中止に追い込んで、日本の明るい未来と希望を築きましょう」
市民たち「おーっ」
清水、青空をバックに、片手を腰に当て、もう片手で遠くを指さす。
「ぼくは負けない」
のポスターそっくりの絵柄。
隣の市民1、同様に未来(?)を指さす。
市民2、同様に指さす。
団一人だけ、指さすふりをしてちょっと肩をすくめナチス式の敬礼をす る。

173 外国映画配給会社・試写室 清水、待ちかまえていて出てくる試写室族にビラを配っている。
溝口も出てきて、ビラを受け取る。
「日本の恥」
「最悪のペテン映画」
とか大書してある。
溝口「あれは外国製でしょう」
清水「わかってませんね、日本製ですよ」
溝口「君こそわかってないな、日本という国は、外国ではまさかと思うぐらい勘違いされてるものだよ。
だから苦労してるんだ」
清水「わからず屋」
と、ぷいと去る。
溝口、手に残されたビラを見る。

174 原稿用紙
の上を「旭日新聞」のネーム入りの鉛筆が走る。

175 鉛板
が組まれる。

176 輪転機
が回る。

177 新聞記事
「対外誤解を助長する困りもの映画」
「本拠地はロスアンゼルスか」
「ニューヨーク説が有力化」
「配給元は作者を明かさず」

178 カットバック
あらゆる罵倒を並べたビラを貼ってまわる小人たちと、ビラを配ってまわる清水、記事を書く溝口他の記者たち。

179 小人の事務所
新聞を広げている。
「旭日新聞」だけでなく「押売新聞」「赤報」「惨警新聞」など、各種揃っている。
小人「これは日本人説、これは外国人説」
と、分類している。
小人「どっちがいいのかな、日本人なのと外国人なのと」
秋月「両方でしょう」
小人「(記事を朗読しだす)…“しかし、このような誤解を日本人は笑うことはできないのではないだろうか。
これはとりもなおさず、日本人が自分達の姿を正しく外国に伝える努力をしてこなかったからに他ならないからだ”」
秋月「(また別のを読む)…“日本人の日本文化に対する理解も、一皮むけばこれと似たりよったりではなかろうか”…反省ばっかりしてますね」
小人「“ことによったら、この作者は実は日本人ではないかと思われる。
だとしたら日本人には珍しいユーモアのセンスといえよう”…ユーモアでやってるんじゃねえや、馬鹿野郎」
新聞をたたむ。
秋月「あしたですね」
小人「(時計を見て)…きょうだ」
と、立ち上がる。

180 前線座・外
見回りに来る小人、秋月。
まだ朝早い。
誰も来ていない。
小人「…(不安になる)」
ガラス板の上にはでかでかと、 「文部省選定」
に×がしてある。

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フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(15)

2005年08月07日 | フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ(シナリオ)
181 山本の事務所
フィルムの缶を苛立たしげに指で叩いている山本。

182 前線座・外
まだ誰も来ない。
小人「並ぼう」
秋月「…?」
小人「サクラだよ」
秋月、言われた通りに小人と一緒に切符売り場につく。
じりじりするような時が過ぎる。
一人の客がやってきて、列につく。
また一人やってくる。
また一人やってくる。
ゆっくりと、しかし着実に人が集まってくる。
小人「…(落ちついていられない)」
次第に列は長くなっていく。
小人、ふらりと列を離れる。

183 階段
を下りていく小人。
列はだんだん長くなっていく。

184 前線座・外
小人、興奮しながら戻ってくる。
小人「見てみろ!」
秋月、列から離れる。
最初の客、(もうけもうけ)と一歩前に出る。

185 階段
列はもっと長くなっている。
駆け下りる秋月と小人。
けたたましいその足音。
駆け下りる。
駆け下りる。

186 一階
まで列は続いている。
小人、小踊りして秋月に抱きつこうとするが、軽くすかされる。

187 前線座・外 開場になる。
動き出す列。

188 同・ロビー
集まってくる客また客。
飛び込んでくる小人。
中で立っていた山本に抱きつく。
はっと気がついた小人、今度は山本の首を締めあげる。
かと思うとまた抱きつく。

189 階段
団「上映を中止しなさい」
とわめいている。
野次馬をかき集める団。
清水、プラカートを掲げて上っていく。
団もその後を追う。
何事ならんとその後を追っていく野次馬たち。

190 前線座・前
騒いでいる清水たち。
団、プラカードを持ったまま切符売り場につく。
清水「ちょっと。
何やってるの」
彼らが集めてきた野次馬が、そのまま場内に吸い込まれていく。
清水、呆然とその様子を見ている。

191 山本の事務所
山本「(電話を受けている)…うん、うん」
と、言いながら数字をメモっている。

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