prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」

2023年10月31日 | 映画
前半、オセージ族がつぎつぎと殺され、殺した者がわかったりわからなかったり、しかし直接手を下した者はわかっても黒幕はわからないという状態がずっと続く。このあたりのモヤモヤしたはっきりしない描写があとの伏線になっているわけだが、必ずしも伏線が解消されてすっきりとはいかない。

先住民(字幕では、はっきり「インディアン」と訳していた)にして大金持ちというかなり特殊な立場なわけだが、金持ちになったものでそれなりにいい暮らしをしていて、白人の方が使用人だったり立場がごっちゃになっている。

差別と貧困というのはセットみたいなものだが、差別されていてしかも裕福、しかもかなり単なる幸運の産物とあって、相当に嫉妬をかっているはずだがそのあたりは必ずとも表に出さないでかなり沈めて描いている。

社会派的な問題劇として描くのが一番体裁が良かっただろうけれど、そこから個々のキャラクターの振り幅へシフトした。

それにしてもディカプリオの意見が取り入れられてシナリオの主役が交代したというけれど、その書き直しの分の追加のギャラは出たのだろうな。







「キリエのうた」

2023年10月30日 | 映画
キリエというとキリスト教でいうギリシャ語で「主」を意味するらしい。
それほど宗教色の強い内容ではないので、キリエ・エレイソンという言葉の響きそのものが耳に残ること自体が狙いだろう。

主演のアイナ・ジ・エンドは声を出すのがはばかられる喫茶店で注意しようとした店員が呑まれてしまい、他の客と一緒に拍手するといった(この段取りが上手い)凄い発声で、エディット・ピアフが初めは街角でマイクなしで歌っていたというエピソードを思わせたりした。

もっとも今は街頭で歌うのに許可は必要ないのかなとひっかかりもするのが余計なのだが(そういうことを気にすること自体が余計なのだが)、後の方で仲間と客を集めて警察の前で堂々と歌う。





「ザ・クリエイター 創造者」

2023年10月29日 | 映画
なんだかベトナム戦争を見ているみたいだった。
川やジャングルの佇まいとか、そこにいきなり巨大な炎が噴き上がる感じとか。

渡辺謙が鎧みたいな衣裳をつけて現れてときどき日本語を話すのだが、この世界観では彼は東(といってもイデオロギーではなく西洋に対する東洋という意味)に属している。
エンドタイトルで英語の傍らにカタカナ表記がある(渡辺謙は漢字)ように東洋志向はかなり徹底している。

価値観や美意識でも西洋に対する東洋という位置づけのようで、人間型AIが東側に属していて、特に無力に見える子供型AIが手を合わせて拝むとすべての電力を奪ってしまうという設定は無力こそ力という東洋的な(というのか)哲学に思える。
そのあたり臭くなりそうなのを、SFという設定が救った。

「東は東、西は西、交わることなし」とはキップリングの言葉だが、交わらざるを得ない現状を現状そのままでなしに描けた。





「カンダハル 突破せよ」

2023年10月28日 | 映画
ジェラルド・バトラーがイランに潜入して地下核施設を破壊するというおいおい的な場面から始まるが、ラストはタイムリミットと競争して脱出というオーソドックスな作劇になる。

バトラーとそのバディの通訳以外はISISに化けたアフガンの特殊部隊とか誰とでも手を組む商人、パキスタン軍統合情報局の一員で抜け駆け的な出世を狙いロンドン勤務を視野に入れているバイク乗りなど、あらゆる立場の裏表を使い分けている連中が錯綜する。
正直、わけがわからなくなるところが多いのだが、元が一応実話ネタということもあるだろう。

ロケはサウジアラビアらしい。アフガンもイランもアメリカの撮影隊は入国しにくいだろう。
広大な砂漠にえんえんとフェンスが続いているカットなど、わざわざ作ったのだろうか。

夜にヘリコプターに襲撃されて、敵味方ともに明かりを消して暗視装置を使って戦う割と長いシーンが目新しい。





「オペレーション・フォーチュン」

2023年10月27日 | 映画
アクションシーンというと音量を思い切り上げたドンパチの印象が強いけれど、ここでは冒頭わざと外したように音を消した効果を狙っている。
もちろん後で思い切りヴォリュームアップした迫力演出を試みているところもあるわけだけれど、そういう外し方と複雑なカットバックが相まってガイ・リッチーらしい芸になっている。

Fortuneというと運、運勢と意味と共に富、財産という意味もあるわけで、土台余裕しゃくしゃくのタイトルではあります。

AIとか仮想通貨といったハヤリモノも出てくるけれど、今さら目新しさはない。
ヒュー・グラントが毎度のことながら大金持ちの割に小悪党という役どころ。





「アナログ」

2023年10月26日 | 映画
ヒロインが携帯を持たないという設定で、その変奏として海岸で糸電話で会話するシーンがある。そこである言葉を聞こえないようにして言うのが上手い。
二宮和也が作るミニチュアもアナログ感覚ということになるか。

人物の配置といい照明といい、ずいぶんフラットな画だなあと思って見ていたが、計算の上でそうしたらしいと思えてくる。

波留がシンプルながらかなりいいものを着ているので、どこかいいとこのお嬢さんかと思ったら案の定。





「アンダーカレント」

2023年10月25日 | 映画
銭湯というかなり時代遅れになっている施設あるいは仕事を取り上げていて、街もかなりがらんとした感じ。
客も多くない。

原作は未読だけれど、映画は2時間23分と相当に長い。
ヒロインが湯船に沈むイメージが繰り返されるけれど、ゆったりと水に身を委ねる間と沈黙が生かされている感。




「イコライザー THE FINAL」

2023年10月24日 | 映画
舞台がシチリアということで、画の色とか「ゴッドファーザー」っぽい。撮影はロバート・リチャードソン。初期はオリバー・ストーン、それからスコセッシ、さらにタランティーノと旬の監督たちと組んできた。

相当にエグい描写が多い。それも事後描写が多くて、なんでここまでやるのかと思わせてずっと後になってわかるという語りで、それで納得できるかどうかはともかくわかることはわかる。

The Finalなんて邦題にはついているけれど、原題は単にThe Equalizer 3。続きを作ろうと思えば作れますよねえ。
デンゼル・ワシントンは俳優としての資質は演技力、ルックス、カリスマ性、セックスアピール、存在感などすべての点で最高点をつけているのだけれど、このシリーズまでシリーズものを演じたことがないのが欠点とされていた。だからというわけではないけれど、大事にするのではないかな。






「ストールンプリンセス キーウの王女とルスラン」

2023年10月23日 | 映画
ウクライナのアニメというのが興味なのだが、プリンセスのキャラクター・デザインがアナとかエルザ系の思い切り目が大きくて瞳がグリーンなのが目立つ。
ディズニーアニメみたいに有色人種に配慮はしていない。
3DCGの演出は堂に入っている。

プリンセスの性格づけも救われるのを待っている古式豊かなのと今風にアクティブなのが混ざっている。
お菓子に襲われるくだりがグロ味寄りだが適度に抑えている。

冒頭で魔法使いと騎士との闘いと見せて騎士ならぬただの役者で、従者が脚本家で何かというとメモをとるのが可笑しい。

勧善懲悪のおとぎ話で大ハッピーエンドというのは素直に見えすぎて逆に裏目読みしなくてはいけないような気分になるが、2018年の製作というとロシアの侵略前だから読み過ぎだろう。
というか、2018年のアニメがなんで今になって公開されたのか。クラウドファンディングを使ったらしいが。

エンドタイトルの言語が英語で日本語吹き替え。ウクライナ語はまったく出てこない。





「月」

2023年10月22日 | 映画
冒頭の津波に洗われた線路に魚がごろごろしている映像から、至るところで魚が通奏低音のようにモチーフとして顔を覗かせる。
牧師夫婦と娘が食べる魚の酢漬から、ラストの宮沢りえ⋅オダギリジョー夫妻が食べる回転寿司の上に乗っている魚の刺身に至るまで一貫している。

牧師が出てくるせいか、魚はキリストの象徴だという話を思い出した。ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ
<イエス キリスト 神の 子 救い主>この文章を構成する各単語の頭文字を順番に集めると、「ΙΧΘΥΣ」となり、これはギリシャ語で「魚」を意味する単語となるといった調子。
「甘い生活」の冒頭はヘリコプターに吊られたキリスト像で始まり、海岸に打ち上げられた怪魚で終わる。
原作を読んでみるか。

「キリエのうた」にしてもそうだが、日本映画でもキリスト教的なモチーフが顔を覗かせることもあるみたい。「ガメラ2」みたいな例は前にもあったが、これだけ文化的なミックスが進んだ状態では不思議はないか。

宮沢りえがデビュー作以来書けない小説家という役で、線路にごろごろしている魚というのは311の大津波の被害の表象でもあるわけだが、その災害を作品にしてかなり大きな賞を受賞していて、その「ウソっぽさ」を内心忸怩たる思いを抱いている。

全体とするとやまゆり園での大量殺人をモチーフにしているわけだが、
ここに出てくるキャラクターは犯人を含めて小説なり絵なり人形アニメなりといった創作行為に関わっている。

磯村勇斗の絵の才能がありながら途中から障害者は役に立たないから殺していい、あるいは殺すべきだと言い出す役はどこかで見覚えがある。
芸人でも小説家でもいいが、ああいうヘンな具合に歪む人いませんでしたっけ。
表現行為というのは「役に立つ」という価値判断とはそぐわないところがあるので、ムリヤリこじつけると自分に返ってくるのだね。

宮沢と磯村、あるいは宮沢と二階堂ふみとの論争は相当に宮沢にとって弱みを抱えた状態で相対しているわけで、相手のそれぞれの「正論」をそんなことはわかっているわと宮沢が言葉にする以上に個人的に内心反論しながら見ていた。

ときどき特に意味なく人物をフレーム内で横倒しにしたりするカットが目につく。あれ何だと思ったのだが、こじつけじみるが三日月の象徴ではないかな。
三日月が血まみれの鎌と自然とダブルイメージになるラストから逆算するとそう思う

大量虐殺を画にしなかったのは正解。





「シアター・キャンプ」

2023年10月21日 | 映画
疑似ドキュメンタリーというかキャンプの中で現実に起こっている芸を写し取ったみたい。
歌と踊りといった芸そのものが虚実皮膜という趣があるので、多少のつたないない感じを含めて成立している。

あくまでキャンプという場で成立することが優先するので多少のきれいごと感は許されることになる。
ちょっとずるい気はするが、楽しさ優先と考えれば納得。





「死霊館のシスター 呪いの秘密」

2023年10月20日 | 映画
「死霊館のシスター」とは当然シリーズになっているし、実際記録では見ているはずなのだが、とんと記憶がない。
2018年の公開なのですでに五年経っているのだが、これが回想シーンですよとフラッシュバックを入れられてもさっぱり覚えていない。結構ショック。

まあホラーは似たようなパターンの繰り返しにはなりがちだけれど、それにしてもね。

女ばかりの登場人物の中でガタイのいい男が一人混ざっていると目立つが、これが頼もしいような逆効果のような。

クライマックスの樽詰めの赤ワインの奔流は「シャイニング」そこのけ。





「伯爵」

2023年10月19日 | 映画
チリのピノチェト大統領が死後吸血鬼になるという奇想が、奇想というのにとどまらず人の生き血をすする具体的なイメージとして現れているのがユニーク。
空を飛び回る姿がリアル。

中南米のマジックリアリズムというか、こういう処理の仕方があるかと思わせる。

伯爵には殺人の才能より人を強欲にする才能があったらしいというナレーションが終盤かかるが、同じことが日本でも通用しそう。奇想という点ではおよそ及ばないが。





「ルー、パリで生まれた猫」

2023年10月17日 | 映画
邦題が「パリで生まれた猫」というところがミソで、パリ在住ではなく、郊外の森の中の家で暮らしているネコの話。
自然美がかなり前面に出ている。

子供が森でネコを探していると猪が出てきて突進してきたりする。
野生の猪ですからね。

ネコがネコらしくというか、森と言わず屋内といわず気まぐれに出歩いて、そのために危ない目にあったりもする。

祖母がいわゆる孫から見た祖母のイメージから離れているのが面白い。
かなりワイルドです。






「白鍵と黒鍵の間に」

2023年10月16日 | 映画
池松壮亮が二役で、役名が南博で片方では南さんと呼ばれ片方では博さんと呼ばれているので同じ人間の二面と考えていいのだろう。
それこそ白健と黒健の間だ。

ありがちな合成カットもない。
時代設定が確か1988年で、カセットテープデッキがバカに大きくてごつい。凶器に使われるくらい。

エンドタイトルで南博作曲というクレジットが出るのだが、どういう役割分担だったのだろう。

「ゴッドファーザー 愛のテーマ」が出てくるまでかなり気をもたせる。
人口に膾炙したメロディだけど、誰の作曲(ニーノ・ロータ)かといったらけっこう忘れられているのかも。