prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「1945年のオリンピック」

2021年02月03日 | シノプシス
【登場人物】

高円武一   元陸軍軍人 オリンピック馬術メダリスト
            欧米の社交界の通称「バロン高円」(の亡霊)
       言わずもがなだが、このネーミングはサシャ・バロン・コーエンのもじり
佐々木進  26   南方の S 島で結婚する予定で来島
杉山知子   26   進の婚約者 霊感あり
諫早寛治    55 結婚式用チャペルの司祭 遺骨収集団世話役  ジャーナリスト なにでもなるジョーカー
木田佐智   50 ジャーナリスト
佐伯良子    65  遺骨収集団団員
桃田義典    63  遺骨収集団団員

南の島―
結婚式場のパンフレットそのままの風景が目の前に広がっていた。
青い空、青い海、白い砂浜、それから純白のチャペル。
それはCMかパンフレットのイメージそのままだった。
「まあ、きれい」
「本当に」
若い男女が嘆声をあげた。
ふたりの声の調子も表情も、CMの幸せを記号的に表現した俳優の芝居をなぞったようだった。
もっとも二人は俳優ではないから、いくぶんぎこちなくはあったが。
もっと言うなら、いかにもこういう時は感心してみせなくてはいけないだろうという常識に従った嘆声だった。
「やはり身内だけというのはどうかな。後でいろいろ言われないか」
進が言った。
「それ言い出したらきりがないもの。いまここでふたりだけで挙式してしまってもいいんだし」
「それはちょっと」
「ちょっと何よ」
進は言葉を濁した。
「世間体が悪い?」
「そうじゃなくて」
「せっかくこの空と海とチャペルがあるんだから、それ以外何もいらないでしょう、ねえ、神父さん」
と、知子は神父に話をふった。
「いえ、やはりご親族やお友達、仕事関係の方々もお招きした方がよろしいかと存じます」
神父の諫早はにこやかに言った。
さっきからずうっとにこやかに浮かべている笑みが張り付いたようで動かない。
それはそうだろう、出席者が多くないと儲からないものなと進は思ったが、もちろん口には出さなかった。
「リハーサルしてみませんか」
諫早がいかにも招き入れそうに体を斜に構えて誘った。
式場はアウトドアにあって、真っ白な式台の前に緑の芝生が広がっている。
一目瞭然で人工芝であることがわかる、鮮明な緑色だった。
「式本番では、ここにやはり真っ白な椅子がずらりと並びます。緑に純白が映えて、それはもう綺麗ですよ」
うんうんと知子がうなずいている。
「雨降ったりしないでしょうね」
「雨?」
諫早は一笑に付した。
「この島くらい天気のいいところはありません。お二人の文字通りの晴れの門出にこれほどふさわしい所はないと存じますが」
相変わらず諫早がにこやかに言った。
「台に乗っていいかな」
進が割って入った。
「おひとりづつどうぞ。お二人揃うのは、本番までとっておくとしましょう」
と、まず進を促した。
一歩進んだ進は、台の上に立って式でそうするように横を向いた。
「こんな感じか」
進はひとり呟いた。
「では、新婦さまも」
言われるままに進と入れ違いに台に立とうとした知子の首に下がっていたペンダントが何かに引っぱられたようにちぎれて飛んだ。
「あら」
知子は手を伸ばしたが、ペンダントは宙を飛び、どこかに消えた。
「どうした?」
「おかしいわね。何もしていないのに」
知子は顔を床というか地面に顔をすりつけるようにして探した。
同じように進も探したが、
「ないな」
「そっち探した?」
「意外なところに飛んでいったりするから」
ぶつぶつ言いながら探すふたりの傍らで、諫早は手持ち無沙汰でいた。
知子は思わずきっと諫早を見てしまう。
と、諫早はその場を探さず、少し離れたところにすたすたと歩いて行く。A
進はちょっと不思議そうに諫早のふるまいを顔を上げて追って見ていたが、手は止めない。
諫早は、芝生に手を突っ込んでペンダントを拾い上げ、かざして見せた。
「あったよ」
進は知子に声をかけようとして、いぶかしげな顔をした。
知子の姿が見えない。
立ち上がって、あたりを見渡す。
少し離れたところで、背を向けて歩き去って行く。
進はペンダントを握りしめて後を追った。
真っ青な空に、一瞬稲光が走った。
誰も気づかなかったが、わずかに黒雲が浮かび、海の色が変わってきている。
チャペルから少し離れると、人工芝が途切れ、乾いた砂地が続くようになる。
進が歩いていくと、砂地から妙なものが顔を出していた。
差し渡し、十メートルくらいだろうか、すっかり砂に覆われて全体の形はわからないが、上の方はかつて水平だったのが長い年月のうちに傾き、でこぼこになっている。
だが、損壊していても人工物であることはその形状からわかった。
誰かが近づいてくる。
一人ではない、数ははっきりしない。というより、数人あるいは十人くらいが固まって朦朧とした塊になっているので、はっきり分けて数えることができない。
その塊がずんずん進んで大きくなってくる。
進の視界には入ってい位置にあるはずだが、そちらに視線をむけることはない。気がついているのかどうか。
進は知子は建築物の前で立ちすくんでいるのを見ている。
「どうした」
声をかけるが、答えはない。
ざっざっざっと塊が近づいてきた。近づくとともにその塊はひとりひとりの輪郭がはっきりして、日本人たちの集団であることがわかってくる。
やっと進が気づいて、集団に目を向けた。
みんな年配の女性ばかりだ。日の丸の旗を持っているのもちらほらいる。
青空がやや灰色っぽくなり、海が遠くからでも毛羽だっているのがわかる。
集団は散らばり、それぞれ手にしたシャベルやツルハシで周囲の地面を掘り返しはじめた。
「すみません、何をしていらっしゃるのですか」
進の問いに対して、集団の傍らに立っていた、ちょっと雰囲気の違うあか抜けた感じの女が答えた。
「遺骨収集です」
「イコツ?」
進には意味がわからない。
「戦争で亡くなった人の骨ですよ」
「戦争?」
「そうです。これは」
と、砂に覆われた建築物を示して、
「トーチカです」
「トーチカ?」
「わからないかな、敵の攻撃を防ぐためにベトンで固めた前線の小型基地みたいなもの」
「ベトン?」
三たびオウム返しに問い返した進に、
「セメントのこと」
意外なところから返事が返ってきた。
答えたのは、いつのまにか立ち上がっていた知子だ。
「セメントのことをフランス語でベトンっていうの」
「なんでフランス語を使うんだ」
「なんでかしらね。トーチカという言葉はロシア語だけれど」 
「なんでそんなこと知ってるんだ」
結婚寸前だというのに、突然それまで全然知らない面を見せてきた知子に進はひどく戸惑っている。
「軍事のことになんか、興味あったっけ」
知子は先ほどはしゃいで見せていたのとは打って変わって、心ここにあらずという風だ。
進の顔には、戸惑いを通り越して怖れに近い色が出ている。
「何かにとりつかれているのか?」
声がうわずった。
「よりにもよって、こんな時に」
「失礼ですが、あなた方は何の御用でここにいらしたのですか」
浜子が言った。
「それは、」
よりにもよって、結婚式を取り仕切る神父に言われるとは、という言葉を飲み込んで、
「結婚式の下見です」
と、進は答えた。
「そこのお嬢さんと?」
浜子が重ねて訊いた。
「ええ」
からかっているのか、と言い出したいのを抑えて、進はチャペルの方を振り返った。
相変わらず真っ白な建物だったが、空が曇るとともにその白さもくすんで見えた。
「あなたは—」
「はい?」
「あのチャペルで結婚式を挙げると。なるほど、なるほど」
浜子はひとりでうなずく。
(何がなるほど、だ)
進は少しいらついた。
「失礼しました。私、フリーのジャーナリストの柿澤浜子と申します」
「はあ」
「なんでチャペルと、このトーチカがこんなに近い場所にあると思います?」
いきなり訊かれて、進は戸惑った。
第一、トーチカとは何かをまだよくわかっていないのに。
浜子の代わりに知子が口を開いた。
「トーチカというのはね、戦争の時に立てこもって相手の砲弾を防ぎながら立てこもって銃を撃つための施設」
すらすらと説明したのを、進は半ば呆然としたような顔で見ている。
何かに取り憑かれて、別人になっているのではないか。そうとしか思えない。
「軍事オタクとは知らなかったなあ、あはははは」
間の抜けた、ひきつった笑い声が進の口から漏れた。
ついさっきまで「女の子らしい」こと、ファッションやグルメ、恋愛と結婚くらいにしか興味のない子だと思っていたら、突然違う、予想顔を出してきた。
知子は進には一瞥もくれず、また地面を掘っている遺骨収集団を大股で避けながらトーチカの周囲をぐるぐる巡っている。
ただ歩き回っているのではなく、何か地面の下に埋まっているのを嗅ぎ当てた犬のように鼻面をすりつけるようにして、探しまわっているようだ。
進は先ほどまでの空と海があまりに青いので自分の頭がどうかしてしまったのかと疑った。すこし頭を叩いてみたが、目の前で起ったことも聞こえた言葉も変わりはしない。
知子がトーチカから離れた。
すると、収集団の一同もそれにならうように散開した。
全員南国にふさわしい明るい軽装をしているにも関わらず、何かの儀式を執り行っているような物々しい動作と雰囲気だ。
風が鳴っている。
ここからは見えないが、海の波も荒れているようだ。
年配の男女がぐるぐるその場で回りはじめた。狼狽しているようにも、興奮していても立ってもいられないようでもある。
地面も鳴り始めた。
「地震?」
思わず呟いた進に知子が返した。
「違う」
十振動は地面の底から伝わって来るのではなく、トーチカそのものが振動しているのだ。
振動しながら地面に埋もれかけていた巨大なコンクリートの塊が轟音と共にせり上がってきた。
特撮ものの映画で秘密基地が地下から姿を現すそのままの光景が目の前で繰り広がられているのを、進は呆然として見守っている。
知子は動じる気配なく見守っている。
いや、進がよく見ると、せり上がってくるのを導くような手つきをしている。知子が念力か何かで巨大なコンクリートの塊を持ち上げている、アニメにありそうな場面だと進は思った。
(こんな時になんで俺は映画だのテレビだののことを考えているんだ)
進の頭の隅で、進自身がひとごとのように呟いた。
やがて、トーチカの動きが止まった。
先ほどまでの傾きがせり上がってくる最中に修正され、まっすぐな上辺は本来の水平線を描いている。
巨大な石製の舞台のようだ。
三々五々、散らばっていた日本人たちが集まってくる。
進が気づくと、知子が意識を失って倒れている。
「知子っ」
急いで駆け寄って助け起こすと、やがて意識を取り戻す。
「ここは?」
いぶかしげにあたりを見渡す顔には、先ほどまでの何かに取り憑かれたような様子はなくなっている。
「気がついたか」
「何、これ」
目の前にたちふさがっているコンクリートの壁に気圧されたように知子は後ずさった。
進が肩を貸して立ち上がらせると、知子をトーチカから離した。
改めて巨大で無愛想なコンクリートの塊を見渡して、
「何これ」
あっけにとられたように知子は繰り返した。
「知らないのか」
「知ってるわけないじゃない」
「トーチカだ」
「何、トーチカって」
「知らないの?」
「知ってるわけないじゃない。お菓子?」
「戦場に作ってたてこもるコンクリート製の砦」
「センジョウ?」
「戦争やっている場所だよ」
「どこが?」
「ここ、らしい」
「なんでそんなこと知ってるの」
「君が教えてくれたんだよ」
「うそぉ」
嘘をついている顔ではなかった。
「本当だって」
「あたしが知っているわけないじゃない」
横から口を出してくるのがいた。
「お若いのに良くご存知で」
と、また浜子が口を挟んできた。
「お見かけしたところ、あそこのチャペルでご結婚式を挙げたか、挙げるご予定かと存じますが」
知子は不思議そうな顔をして答えた。
「ええ、そうですけれど。どこかでお会いしましたっけ」
「かもしれませんねえ」
笑いながら浜子が言った。
いつのまにか、ラフながら一応人前に出てもいいような格好になっている。
進はわけがわからないだけでは気が済まず、ちょっとこの男の正体を探ってみようとした。
「なぜトーチカとチャペルがすぐ近くにあるか知ってますか」
「共に見晴らしがいいからでしょう。戦争の時は敵を見つけやすいように、平和な時はこの素晴らしい風景を見下ろせるように。同じ場所でも時代が違うとなんとそのありようが違うものでしょう」
「よくご存知で」
「これでもジャーナリストですから」
「へえ」
「この島で昔あった戦争で死んだ日本兵たちの多くは、それきりここに放り出されたままで、骨も日本に帰ることができないでいる。その骨を探しに遺族たちがやってくる。遺骨にこだわるというのは、かなり日本に独特の習俗らしくて、外国人には不思議そうな目で見られることもあるというがね。ともかく、戦争が終わって50年近く経っても、まだ探しにくる人たちは絶えることはない。それをずっと追い続ける必要があると思うのだよ。ジャーナリストとしては」
近くから声が聞こえた。
「あった」
進と知子と浜子は一斉に声のした方を見た。
収集団のひとりの年配の女性(佐智)が小さな塊を捧げるように持っている。
「父ちゃん、寂しかったろう」
とその骨らしき物体を抱きしめるようにしてぼろぼろ泣き出した。
「骨、なのかな」
進がおそるおそる口にしたのに対して、
「こんなに浅いところに埋まっていて、今まで見つからなかったというのもおかしな話だけど」
浜子が答えた。
「これがせり上がってきたからではないかな」
と、進はトーチカの腹を手のひらで叩いた。
「これがせり上がってきたのに巻き込まれて下にあった物が一緒に上がってきた、とか」
突然、怒号が飛んできた。
「ぺたぺた触るんじゃないっ」
佐智が弾けるように怒った。
「国のために戦って死んだ人の墓ですよ。亡くなった人を敬うということを知らないんですかっ」
「これ、墓なんですか」
知子が特に悪意がある調子でもなく返して、続けた。
「トーチカでは」
「な、な、な」
急激に血圧が上がってきたようだ。
「生意気な。これだから今の若い者は」
息が切れた。
改めて息を整えてからまくしたてる。
「どれだけの犠牲の上に日本の繁栄があると思ってるのっ。わたしたちは食べるものもないところから働きに働いて、戦後の日本の経済成長と繁栄を築いた。それも知らないでのほほんとすぐそばで眺めがいいチャペルで結婚式を挙げましょうですって?これでは日本の未来は暗いわ」
「あの」
と、知子があまり怒ったようでもなく答えた。
「戦争の犠牲と繁栄は別のことではないでしょうか。戦争がなかったらそのまま犠牲も出なくてスムースに繁栄できたのでは」
「なんですって」
また佐智は怒鳴りかけるが、怒り過ぎて言葉が詰まって出て来ない。
言い過ぎた、と知子も思ったらしいが、謝ろうにも言い出すきっかけがつかめない。
突然、トーチカの方から鋭い音がした。
堅いものがぶつかり弾けたような短い音だ。
皆、何だ、という顔を一様にしている。
しゅっ、と風を切る音がまた進の耳元をかすめた。
何だろう、と思うより先に、トーチカのコンクリートの一部が破裂したように剥がれた。
弾痕だ。
びしっびしっびしっと、いくつもの弾痕がコンクリートの表面を走った。
さらに空気を切ってくる物がある—、
五メートルと離れていない場所で砲弾が炸裂し、進たちが一斉に吹っ飛んだ。
—と、思ったが、轟音と爆発に思わず身を縮め、とびすさったのだが、身体にダメージは受けていない。
戸惑いながら、自分の身体に傷はついていないのを確かめる。
「爆発、だったよな」
進が誰に言うともなく、言った。
「弾が飛んできて、そこに当たった」
と、コンクリートの表面の傷を指した。
「初めから、ついていた傷じゃない?」
佐智が首をひねった。
またトーチカの銃眼の中からごそっという音がし、ぬっと重機関銃の太く長い銃身が突き出された。
まさか、とそこにいる人間たちが見守る中、機関銃はすぐそこにいる人間たちなどまったく目に入らない調子で轟然と火を吹いた。
一瞬、至近距離で銃弾を受けて、進も知子もばらばらになった。
と思ったら何事もなかったように元に戻っている。
あわてて引きちぎられた、と思えた身体の箇所をおのおの叩いて確かめた。
白昼夢のように、同じ場所に平和な人間たちに戦争で交わされる銃弾と砲弾が二重写しになっては、また消え去る。
「どうなっているんだ」
拡声器の声が風に乗って来る。
「死んではいけない、死んではいけない」
妙な訛りのある日本語だ。
「死んではいけない、バロン・キシ」
それを聞いて、佐智が妙な顔をした。
「バロン・キシ?」
さらに拡声器の声は続く。
もう風に乗って流れてくるのではなく、かなり近くから聞こえるのだが、拡声器そのものもその声の主も姿は見えないのに、声だけは聞こえてくる。
「ワタシタチはアナタをソンケイしている。死んではいけない、バロン・キシ」
そう言いながら、ぴしっとまたトーチカに着弾した。
「死んではいけないって言いながら、撃ってくるなよ」
「トーチカから出てきてほしいと、われわれは心からお願いする」
それに答えるように、どん、という音がトーチカの中からした。
一同は黙り、音のした方を向く。
またどんという重い音が分厚いコンクリートの内側から響いた。
戦闘中は銃を突き出すであろう横に長い穴から、何かが中で蠢いているのがうっすらと見える。
それから、それに比べると軽い音が続けて聞こえた。何か堅いものでコンクリートを叩いているようなガツンガツンという耳につく高い音が連続して、そして収まった。
突然、分厚いコンクリートの壁が外に向かって爆ぜた。
爆弾や砲弾による破裂とは違う、巨大な掌で内側から突き破られたような飛び散り方だった。
周囲にいた人間たちは思わず跳びすさった。
飛び散った大ぶりのコンクリートの塊と砂煙に囲まれたトーチカの分厚いコンクリートの壁にぽっかりと穴が空いている。
おそるおそる一同が集まってきたところで、奇妙な音が穴の向こうから響いてきた。
括、かつ、というコンクリートを堅いものが叩いている、軽めの音だ。
それに混じって馬のいななきが聞こえた。
一同は思わず顔を見合わせた。
なんでこんなところに馬がいるのか、という顔だ。
かつかつという音は、馬の蹄がコンクリートの床をギャロップしている音か。
それを人間の掛け声が鋭く破った。
「はいっ」
やおら、いななきが高らかに響き、ひとりの軍服を着た男が跨がった巨大な馬が、穴から飛び出してきた。
馬に翼が生えているのかと思えるほどの風がその巨体に伴って轟っ、と吹きすさんだ。
象かと見紛うばかりの巨大な馬だった。
それに乗っている男も、座っているにも関わらず威風堂々とした偉丈夫であろうことが一目でわかった。
長い強力な脚、背筋の強さを容易に伺わせるまっすぐ伸びた背筋、細身だがよじり合わせたような強靭な筋肉を式典用であろう美々しい軍服が覆っている。
収集団が一斉に嘆声を放った。
一様な服装といい、声の合わせようといい、ギリシャ悲劇におけるコロス(コーラスの語源)のようだ。
男が、拍車を鳴らした。
馬が巨体に似合わぬ身軽さでだっ、だっ、だっとトロット(速歩)で駆け出した。
あれよあれよと見送る一同。
馬の歩調が速くなり、キャンター(駆歩)に切り替わった。
人馬一体となったふたりは、そのままスピードを早め、ギャロップ(襲歩)となって大きな円を描いて周辺をぐるぐる駆けていく。
いつの間にか、走っていく前方に障害物が設置されている。
ふたりは、軽々とその障害を飛び越えた。
障害物はひとつではない。
いくつもいくつも、とても跳べそうにない高さのものを含めて、ふたりの前に立ちふさがっている。
しかしどれもいとも軽々と跳んでしまう。
ともに翼を生やしているかのようだ。
気づくと—
あたりの様子が変わっている。
風光明媚な自然の風景にかぶって、巨大なスタジアムの姿が現れる。
オリンピックが開催されているスタジアムだ。
広大なフィールドのそこここで各種の競技が開催されている。
そのひとつ、馬術での障害物の飛越競技を演じている。
進がふと気づくと、知子がほとんど陶然となっている。知子だけではなく、そこにいる収集団の女性たち全員がそうだ。
佐智ですら、そうなっている。いや、女性に限らず進自身がいささか魅了されている。
佐智が我知らず呟いた。
「なるほど、バロンだ…」        
「バロンって?」
「男爵。貴族よ。高円武一は本物の貴族だけど」
「高円武一って誰」
「ああ…」
佐智はため息をついた。
「1932年のロサンゼルスオリンピックの金メダリスト。馬上飛越競技、つまり障害物競走だな。馬術はヨーロッパが本家で、日本はまったくのノーマークだった。そこに無名の東洋人が現れて日章旗を掲げたのだから世界が驚いた」
幻のスタジアムから、どよめきと拍手が轟いてくる。
それに聴き入る日本人たち。
その中では進だけ置いてけぼりをくったようにきょとんとしている。
ふと気づくと、進以外の皆が小さな日章旗を振っている。
佐智だけは日の丸の旗だ。
「中途半端だな」
投げ捨ててから、話を続けた。
「彼の生い立ちから始めよう」
当時の日本と中国の地図が頭上の半球いっぱいに浮かび上がった。
「彼の高円英作は父親は大物外交官で、日清戦争の時の清の日本大使だった」
物々しいフロックコートに、ピンとはねた口髭を生やした険しい顔の男。
「初めての息子だったが、母親は昔の言葉でいう二号、お妾さんでね。腹は借り物って時代のことだ、跡取りを産んだら用済みってわけで手切れ金をやって追い出した。そういうわけで武一が小さい時は、父親は多忙で家に寄り付かない、母親はいないで、非常に孤独な少年時代を過ごした。その中で、まず凝るようになったのはラジオの組み立てで。それからもっと大きくなると生涯の友と出会うことになる。つまり、馬だ」
闊歩している巨大な愛馬と、それに跨がった武一。
「彼の愛馬になったウラヌスはイタリア生まれの、あの通り巨大な馬でね。彼以外が乗りこなすことはできなかった。彼は当時の日本人離れして背が高く脚が長く、しかもその脚の力が非常に強かった。あの巨大な馬は普通の日本人には跨がるのも難しいくらいだったが、彼だけは彼を乗りこなし、その強大な馬力を引き出し操ることができた」
「話が前後するが、彼が十二歳のときに父親が亡くなってね。莫大な財産が遺された。自由に振る舞えるようになって、ずいぶん社交的にもなったが、馬と一緒にいる時が一番だったようだ。それから恵まれた体格を買われて軍隊に入って騎兵になった。それからいくつかの馬を経てウラヌスと出会う。互いにとって運命的な出会いだったといえるだろう。オリンピックで金メダルを獲得したのは、もう言っただろう」
「ええ」
さらに佐智の長広舌は続く。
「もともとオリンピックというのはヨーロッパの白人社会の上流階級の、あえていえばエリート主義の産物で、近代スポーツ自体が、19世紀イギリスが起源といっていい。まあもとより、スポーツくらいできる人できない人の差の激しいものはないのだから、本質的にエリート主義的なものだけど。だから日本は世界の一等国として認められるために執拗にオリンピックにこだわり、日章旗を掲げることにこだわった。だから高円が金メダルを獲得した意義は大きかった。高円は軍人で、各国のライバルたちも軍人だったからなおさらその勝利は国の勝利と受け取られた。
それで、彼は国際的な名士になって、背か高くて押し出しが良かったこともあって、あちらの上流階級のパーティーに招待されて民間大使のような役割を果たすことも増えた。その意味では期せずして父親を超えたともいえる。
だけど、世界はどんどん戦争に傾斜していく。この次の1936年のベルリンオリンピックはナチスドイツのプロパガンダの舞台になった。映像とスポーツの組み合わせで国策を宣伝するのは、このオリンピックからだ。それはテレビ時代になっても続くことになる。いや、テレビというもっと大勢を相手にするメディアと結びつくことでもっと巨大化する。
話を戻すと、たとえば聖火ランナーという映画栄えのするイベントを始めたのはベルリンオリンピックで、のちになってナチスがポーランドなどを侵略するルートがこの聖火ルートになってたりする。ここは第三帝国の領土だとオリンピックと映画を通じて宣言していたわけね。そしてそのドイツのポーランド侵攻がつまり第二次大戦の始まり。
日本はそのドイツとあとイタリアと同盟を結びます。ヨーロッパで戦争していてもなかなかアメリカは参戦しないでいけれど、日本が真珠湾攻撃をかけたことで一転して参戦する。日本は初めは勝っていたけれどだんだん負けがこんできて追いつめられてくる。南方の島々を占領していたけれど、それも順々に奪われていく。
高円は大佐としてその島のひとつに駐屯し、アメリカ軍を迎え撃ったけれど、圧倒的な火力の前に追いつめられて、以後行方不明。戦死したと推測されている」
「その前に、アメリカ軍から死んではいけない、バロン高円、出てきて投降してほしいと呼びかけがあったという話だけれど」
横から割って入ったのは、諫早だ。
「そういえば、さっき彼が」
と、進は先ほどトーチカから飛び出してきた馬と騎兵を振り返ろうとした。
しかし、いつのまにかその姿はどこかに消えている。
「あれ、どこに行ったかな。とにかく彼が飛び出してくる前に妙な声が聞こえた。バロン高円、死んではいけない、バロン高円、我々はあなたを尊敬している。出てきて投降して欲しいと我々は心からお願いする、と。と。しかし、結局高円は姿を見せず、いつどう戦死したのか、あるいは自決したのかわからない。ちなみに、引退していた愛馬ペガサスはおそらく高円が戦死しただろうと推測される日の一週間後に、後を追うように息をひきとったわけで」
「ドラマみたいですね」
「そうだけれど、噂ですよ。噂。伝説」
あっさりと佐智は否定した。
「日本側にも、アメリカ側にもじかにそういう呼びかけを聞いた人はいません。それに、仮にそういう呼びかけがあったとしてバロンという言い方をしなかったでしょう。高円隊長たか、高円中佐といった言い方をしたはずです。軍人として対峙していたのだから。
ただ、どうしてそういう伝説ができたかはわからないでもありません。
戦争でボロ負けに負けてマジメに平和国家を目指していた頃の日本で、平和の象徴だったオリンピックでつちかった友情が戦場でも敵味方を超えて存在していた、という願いがこの神話を産んだわけでしょう」
一同がしんみりしているところに、いま話されている悲劇の主であるところの高円中佐がペガサスのたずなをとりながら闊、闊とやってきた。
「高円武一中佐ですか」
「そうだが」
「あなたは戦死したのでは」
「戦死?なんのことだろう。こうして脚もある。この」
と、乗っている馬をぽんと叩いて、
「ペガサスも入れれば六本もな。ははははは」
屈託のない笑い声をたてた。
「しかし、アメリカ軍と激しく交戦していたのでしょう」
「そうだったかな。よく覚えていない」
馬から降りないものだから、自然と見下ろす格好で話している。
「アメリカ軍から投降するように呼びかけられたという話が残っていますが」
「そうかもしれない。それで従ったのかな」
「従った?」
「投降した。だから助かった。死んで花実が咲くものか、とな」
また明るく笑う。
「陣地を死守するよう命令されていたのでは」
「ああそうだ、思い出したぞ。確かにそう命令されていた」
「ではなぜ」
「投降するのは恥ではない。少なくとも、欧米ではな。私は多くの欧米の上流階級の人たちとも交流が持てたが、彼らは合理的だ。実をいうと、日本の戦国武将たちもだ。勝負は時の運、武運つたなく敗れることはある。そこでムダに死に急ぎ、戦力を損耗するのは軍人のやることではない。私は投降し、生き伸びた。はずだ」
突然、笑いが消える。
「いいや」
ぶるっとペガサスが首をふるった。
「そうだ、私は死んだのだ」
うって変わって顔色が幽鬼のように真っ青になっている。
はるか彼方に星条旗が翻っている。
それに向かって、白旗を振る高円。
「だからこうして甦った」
熱にうかされたような口調で言った。
「死ぬには惜しいか」
「むろんだ」
馬上から手招きすると、知子がすうっと空中に浮かぶ。
「何、ちょっと、降ろして」
知子は驚いて空中で暴れる。
進はあれよあれよと見上げるしかない
知子はいったん大きく上がってから下降し、ペガサスの背、高円の前に跨がる。
ちょうどタンデムになるかのように。
「生き返ったら、何をしたい?」
「何もかもだ」
ぴしっと高円が拍車を入れる。
走り出すペガサス。
「おい、どうしたんだ」
狼狽する進を尻目に、高円と知子を乗せて颯爽と駆け出す。
「おいっ」
進が血相を変える。
「人の婚約者をっ」
構わず走り回るペガサス。
その上に跨がり、何かに取り憑かれたような様子の知子。
進の目の前で島の風景がパノラマのようにぐるぐる回転しだす。
南の島の風景に、再び競技場の幻影が重なってくる。
しかしそれは高円が前に出場したロサンゼルス大会のそれではない。
スタジアムを埋め尽くすのは、日本人の観客たちだ。
しかしそれは明るすぎて蜻蛉のように白くはかなく現れては消える。
歓喜に満ちて知子と相乗り状態でトラックを走り回る高円。
巨大な競技場がいつの間にか広がっている。
完成した競技場の姿だけではない。
建設中の鉄骨が剥き出しになった姿。
できあがってから時を経て手入れもされずに荒廃し、半ば廃墟となった姿、それら前後した時の競技場の姿が交互に、順番を無視して現れる。
それらをカメラに収め続ける佐智。
時にはスチルカメラ、あるいはムービーカメラと、とっかえひっかえして。
空いっぱいに新聞記事や白黒のニュース映像がプラネタリウムのように映写される。
「すすめ一億火の玉だ」
「GNP10.5%増」
「迷はで働け 明日は日本晴」
「贅沢は素敵だ」の「素」がついたり消えたりする。
さまざまなスローガンや見出しが、戦前戦中戦後を分類せず、順不同でごっちゃになって現れる。
そのさまざまな様相を変える時の中を走り回るペガサス・高円・知子と、それをどたどたと追って走り回る進。
「実際には、高円がオリンピックに参加したのはロサンゼルスだけで、以後は辞退した」
水をぶっかけるように佐智が言った。
「なぜだ。なぜ辞退しなくちゃいけないんだ。また勝てた。何度でも勝てた」
「これは命令だ」
いつのまにか軍服を着た諫早が言い放つ。
「戦いたい戦いをやめろと言って、戦わなくてもいい戦いを戦えという」
高円の顔が突然朱をさしたように赤くなる。
高円の顔がいつのまにか変貌し、悪鬼のそれになっている。
同時に知子が半狂乱になる。
ペガサスが竿立ちになり、知子が落馬しかけるが、高円はふわりと身体を宙に浮かせて知子を抱き寄せ、またペガサスに跨がって走りだす。
恐ろしい唸り声をあげて駆け回る。
ペガサスの目は火と燃え、口から炎が吹き上がる。
背景で小さくキノコ雲が上がる。
高円も同様。
むくむくと砂の下からミニチュアのビル群が次々と突き出てくる。
ミニチュアのスポーツ競技場も現れる。
怪獣映画の特撮シーンのよう。
いや、大小の関係が混乱して、ミニチュアのようでも本物の建物なのだ。
高円が駆るペガサスの蹄に蹂躙され粉々になる競技場。
諫早が土建屋の格好をしてビル建設を監督する。
それに従って作業をしているのは、佐伯や桃田といった収集団の面々だ。
ミニチュアのように見える小さい新しいビルが、駆け回るペガサスの蹄の下で蹂躙される。
怨霊、あるいはほとんど怪獣となったペガサス=高円が暴れ回る。
進はなんとかしようとするが、手につけようがない。
「まるでゴジラだ」
ぼそっと佐智がひとごとのように呟いた。
「なんだと」
腹が立って、進が佐智に詰め寄る。
「荒ぶる神とでもいうか。日本では生前徳の高い人間が恨みを呑んで死ぬと、荒ぶる神になる。古くは菅原道真みたいに、学問の神、天神になるような人が一方で雷神になって雷を落としまくって人を殺したりするように」
「わけのわからないことを言わないでくれ」
進は諫早を無視して知子たちを追うことにした。
「ちくしょう、どうするつもりだ」
気がつくと、知子の片手には日章旗が握られている。
さらに高円の手には星条旗がある。
大日本帝国陸軍将校が星条旗を持って走っている。
ビル群はいつのまにか時代を遡り、木造の住宅地になっている。
無数の炎が宙を舞って落ち、次々と家が燃え上がる。
振り回される星条旗で燃え上がる家々が薙ぎ払われる。
進や諫早は伏せてやりすごすしかない。
外壁が破れた塹壕からわさわさと日本兵たちが湧くように現れ出てくる。
ざっざっざっと歩調を合わせて行進する。
遺骨収集団も合流する。
ペガサスがぐるぐる走りまわるトラックを行進する。
それを歓声を上げて応援する大観衆。
あるスタンドは昭和十年代の服装をしている者が埋め、またあるスタンドは昭和三十年代の服装をしている者が埋め、そしてまた2020年代の服装をしている者たちが埋めているスタンドもある。
行進しているのは、もはや兵隊たちだけではない。
スーツ姿の企業戦士たち、ランドセル姿の小学生たちも行進している。
戦争と平和(だろうか)が同じ場所で渦を巻いている。
無数の国旗がスタジアムに翻っている—
それを圧して、巨大な星条旗が天蓋全体を圧して翻る。
ふっとそれが消え去ると、花火が上がる。
その爆発はいつしか高射砲の炸裂に変わり、また花火になる。
「オリンピックだあっ」
高円は背を思い切りそらせ、恍惚の表情で愛馬を走らせながら叫ぶ。
何十発目かの花火あるいは高射砲が炸裂した後、空から何かが大量に降ってくる。
紙幣だ。
円、ドルとりまぜて。
ひとり、トラックを逆方向に走る進。
—人間たちは誰も気づかないが、ペガサスの息が上がってきている。
高円はペガサスを止めて、下馬する。
知子は自分から半ば転がり落ちるように馬から降りようとして、高円に抱きとめられる。
高円は知子をお姫さまだっこした格好で、大股に歩きだす。
「やめてよっ、何するの」
暴れるが、強い腕力で畳まれているようで力が入らない。
歩いていく先には、教会がある。
諫早がまた牧師になって、待っている。
「ふざけるなっ」
進が全力で走り出す。
高円と知子が諫早の前で並んで結婚しそうな体勢になっている。
高射砲が炸裂する空に戦闘機が現れる—零戦、隼、紫電改。
それらが被弾したわけでもないのに、高度を下げ、地面に向かって急降下してくる。
スタジアム、東京タワー、それから国会議事堂が次々と特攻攻撃を受けて爆発炎上する。
進が思わず叫んだ。
「なんで、味方を攻撃するんだ」
「味方なものか」
高円が叫んだ。
「俺を殺したのはおまえらだ」
一段と大きな爆発が起き、もうもうと煙があがる。
煙が晴れると、高円が倒れている。
傍らにペガサスがいて、悲しげに鼻面を主にこすりつけている。
「おい」
駆け寄る進と、遅れてかがみこむ知子。
「死んでいる」
佐智が傍らで注釈をつけるように呟く。
「バロンがどうやって死んだのかはわからない。戦死か、自決か、それとも病死か。遺体も
ペガサスが顔を上げて、知子と目を合わせる。
うなずく知子。
「手伝って」
「何を」
「この子(ペガサス)に乗せるの」
と、高円の遺体を持ち上げようとする。
「どうして」
「いいから」
進は言われた通りに高円の大きな体をなんとか担ぎ上げてペガサスに乗せる。
ペガサスは一声いななくと、走り出して、硝煙の中に消えていく。
硝煙が晴れる。
青い空、白い砂、何もかも、ついさっきまでの平和な風景が広がっている。
チャペルの前には、遺骨収集団が集まっている。
こちらも何事もなかったように周囲の風光明媚な自然にカメラに収めている。
「どうしたんだ」
呆然とした体の進は知子に聞く。
「何が」
あっけらかんとした調子で知子が答える。
「いい眺め」
「覚えてないのか」
「何を」
きょとんとしている知子。
「みなさん、見たでしょう。いや、体験したはずだ」
収集団に呼びかけるが、皆きょとんとしている。
「覚えてないんですか」
「何を」
とぼけたような本当に何も知らない顔で答が返ってくる。
「見たんだ。この島で戦死したオリンピックの金メダリストの軍人がアメリカ軍で呼びかけられた通りに降伏して生き延びて無事またオリンピックに出られた光景を」
「そんなんじゃないでしょ」
いつからか傍らに来ていた佐智が水をかけるように言った。
「呼びかけたという事実もなければ、まして生き延びたという事実もない」
そう言われてちょっと黙ったあと、進はひとりでうなずくように呟いた。
「たしかにそんなはずはない。オリンピックに出られるのを喜んだりしていなかった。怨霊となって日本を祟っていた。なぜ祟らなくてはいけなかったんだ」
「俺を殺したからだ」
唐突に知子が野太い声で言ったのを聞いて、進はぎょっとした。
「どうしたの」
まじまじと自分を見つめ続ける進に、知子は何事もなかったようまた普通の声になって答えた。
進はおそるおそる知子に訊いた。
「あのさ」
「なあに」
「霊感あると言われたことない?」
「何、急に」
「ない?」
「割とあるけれど」
「だろうな」
「なに、どうしたの」
「なんでもない」
帰っていく収集団を見送る。
「では、予定通りでよろしゅうございますね」
牧師姿の諫早が聞いてきた。
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
三々五々歩き去っていく。
【終】









「フォロワーたち」(見てはいけない怖い話)

2012年10月11日 | シノプシス
小田 霊の言葉を受け取って筆記できると称する教祖
牧野 その補佐官 実務担当 インターネット中継・ツイッターほかを司る。
明石 霊言を求める依頼者
亡霊たち

いろいろな霊の言葉を受け取って伝えることができると称する小田という教祖がいた。
亡くなった母親の言葉を聴きたいという明石という女性の依頼を受けて、その母親の霊の言葉を聞かせるところをインターネットで中継し、同時に中継を見ている人たちのツイッターも受け付けることにしている。中継した映像は自分で管理できるよう、サーバは教団持ちにしている。

実はこのサーバが不思議なことに、ネット上に誰の管理にもならず、ぽかっと置かれているもので、断る必要も費用もかからないというものだった。ただ「A」とだけ呼ばれている。それをネットで見つけたのは小田の相棒で実務担当の牧野で、たまたま見つかった(何か導かれたようでもあったが)プロキシサーバみたいなものかと勝手に解釈し(事実、プロキシサーバを無料で使えることがある)使っていたのだった。

交霊会に先だって、小田はパソコン上の明石に関するデータファイルを読む。そこには彼女についての情報が集められており、そのうち母親関連のデータを頭に入れておいてあたかも母親でしか知らないことをしゃべるかのように見せかけて明石を信用させ、しかも中継を見ている信者やその予備軍の信仰を高めようというのだった。

明石の母親が取り憑いたふりをしている小田は、娘との思い出、苦労話、生きている時に一緒に海外旅行は香港にしか行けなかったこと心残りなことなどといった知識を小出しに話して、明石を感激させる。
話が細かいところに突っ込まれると、年のせいにしたり、死ぬと記憶が失われるといった言い訳をはさんで、巧みにかわす。

たちまち、ツイッターにはさまざまな反応が出てくる。揶揄するのもインチキよばわりするのも(事実インチキだが)あったが、その中にあった質問から適当なものをピックアップして明石に質問させてみても小田は当意即妙に答えを返してくる。明石はまた大勢が集まる有名人のツイッターに混ざって、宗教とは関係ないようなふりをして、リンクを張って宣伝にこれつとめる。
そして、公式サイトに導いて機関紙や書籍を売ったり、葬式を引き受けたりするといった実際的な商売につなげる仕掛けだ。

そればかりか、本来なら答えに窮するような細かい質問を明石が思い出したように浴びせても、不思議なことに小田があてずっぽうで答えたことが当たってしまう、といったことが一度ならず二度三度と続く。これは本当に小田が千里眼でも身につけたのかと牧野が逆に驚くような出来事だった。

だが、そのうちツイッターの中に妙な書き込みが見られるようになる。その書き込みが、小田の答えを先取りしているのだ。
すでに答えが用意されている事柄ならまだしも、ごまかした答えまで同じ内容が先回りして書き込まれている。
どうなっているんだ、と補佐官・実質このプロジェクトの司令塔である牧野はうろたえる。
その書き込みをしている人間の経歴を見ても、正体不明だ。
いったん始まってしまった以上、止めることはできない。
案の定「なんだ、おかしいぞ」「やらせじゃないか」「カンペがあるんだろう」といった書き込みが現れ出す。

牧野はブロックサインを出して、途中で交霊を打ち切ろうとする。しかし、いったん憑いた霊(?)は離れようとしない。打ち切ろうとしても、また勝手に「霊言」が口から飛び出てしまい、当人もびっくりするがツイッターの発言を後追いするのを止めることはできない。
そのうち、だんだん言うことが変になってきて、前にインチキな霊言にだまされて財産を巻き上げられた、などと言い出す。
なんだかおかしい、まずいと思った牧野は、ネット中継を中断する。

ところが、ツイッターの書き込みは止まらない。それも、中継が現に行われているのを見ながらリアルタイムで書き込んでいるような書きっぷりだ。小田・牧野・明石たちにこれから起こる出来事を予言しているようでもある。
いつのまにか、サーバが勝手に動いてアクセスをいくらでも受け付けているようだ。

牧野がアップされた動画をチェックしてみると、途中で打ち切った時間より、遥かに収録時間が長い。いや、見ているうちに長くなっている。おかしいぞと思って再現してみると、打ち切った後の、アップされていない、つまりあるはずのない場面が続いているではないか。そしてそこでは小田と牧野の旧悪が次々と、明石の母が喋っているという名目で小田の口から暴露されている。
それらのようすは全部映像も音も記録されていて動画の視聴者兼ツイッターのフォロワー筒抜けになっている。
しかも、画像はずっと先まで収録されていることになっている。早送りしてみると、まだ起こっていない出来事がアップされている。

さらに先を見てみると奇妙なことに、小田が何もない空間に向けてしゃべっているかのようなようすを見せている。
さらに見ているうちに、その「まだ起こっていない」映像に、明石が写っていないことに気付く。確かに、現実には明石は確かにその姿が見えるのに、「未来」の映像にはその姿は見えないのだ。
どうなっているのか不審がる小田と牧野に、明石はさっき言ったことはウソだと言う。というより一番肝心のことを言っていない、と。その態度は突然それまでの母親思いの情緒的なものとは一変した、奇妙に冷酷なものだった。

こいつは何者なのか。よく話し合ってみると、小田も牧野も、自分たちの信者だとそれまで何の疑いもなく信じていたが、いつどこで入信したのか、知らないのだ。「え、おまえが入信させたんじゃないのか」と言い合う。
明石についての「情報」はあらかた握っているつもりで、実は自分たちには明石直接関わる記憶がない。それなのに、パソコンに明石についての情報ファイルはある。

どうなっているのか、と牧野や小田は混乱する。
そこで、明石に関する情報を入れておいたパソコンのファイルをまた開く。すると、さっき見た時にはなかったデータが最後に挿入されている。いわく、小田と牧野に騙されて財産を巻き上げられた女性の娘、と。そして、その母親ま死後、後を追って自殺した、とも。

さらにファイルが自然増殖してきたので、開いてみる。
そうやってファイルの情報として挙げられていく人間たちの顔とプロフィールを見ているうちに、彼らは小田と牧野が騙して財産を巻き上げて死に追いやってきた犠牲者とその家族たちなのに、やっと二人は気付く。

さらに、ツイッターで未来(?)の出来事の書き込みをしているユーザー名は良く見るとacasickとある。アカシック? サーバの名は「A」だった。「A」とは「アカシック」の略だったのか。牧野はアカシック・レコードについて聞いたことがあるのを思い出し、ネットで検索すると、「人類が生まれる遥か以前から人類の遠い未来までの、地球に関わる生命体の全記録が詰まっている場所」とある(スピリチュアル系では有名で、本来「誰でもアクセスできるものとされている)。
とすると、そのレコードに載っている未来の出来事にアクセスできる何者かがツイッターを通じて未来の出来事を書き込んでいたということだ。

普段、オカルトをメシの種にしている癖に、小田と牧野は思いもかけない展開に呆然としてしまう。
さらに再生される「未来」の映像では、小田と牧野が、じたばた逃げ回ったあげく見えない元信者たちに殺されたのか、血反吐を吐いている。
それを見て、小田と牧野は浮き足だって逃げようとするが、はっとそれがすでに「放送」されているのに気付く。
ツイッターでは、その様子を「バカじゃないの」と揶揄する発言が相次ぎ、次々と書き込む人間が減っていく。
小田と牧野は信者たちに囲まれ、逃げまわったあげく、「予言」された通りに惨殺される。
<終>

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「ペンダント」(見てはいけない怖い話)

2012年09月30日 | シノプシス
「ペンダント」
小暮 宏

大山信也 22
長妻節子 22
武村有紀 18
古道具屋
アパートの隣人

武村有紀が手にペンダントを持って走っている。交通事故の音。
ペンダントが宙を飛び、物陰に落ちる。
地面に倒れた有紀の血にまみれた手が何かを求めるように伸ばされ、やがて力尽きて落ちる。パトカーと救急車のサイレンの音。

物陰に落ちたペンダントを、誰かが拾っていく。

大山信也は、長妻節子と同棲中。
ある時、一人で古道具屋をひやかしていたところ、ひとつのペンダント(冒頭のと同じもの)が目にとまる。じっと見ていると、その金属性の表面に誰かが写ったような気がするが、まわりには誰もいない。見ているとウインクするように光ったので、信也は何か気になって、値段も手頃だったので節子のみやげに買った。しかし見せられた微妙に節子は難色を示す。
普通だったら女性がかけるようなデザインで、気に入らなかったら自分が引き取るからと信也は主張して、とりあえずプレゼントする。このところちょっと喧嘩気味でご機嫌をとるつもりもあったのだが、逆効果になるかもしれない。
とりあえずそのペンダントは節子がかけていたのだが、その時から不思議な現象が身近に起こるようになる。節子の目から見てもペンダントにいないはずの女の姿が写ったり、窓の外に青ざめた女の顔が見えたり。
挙句に、ペンダントをしていると、妙に首が絞まるようになる。チェーンがきついのかと思うが、そんなことはない。またかけ直すと、今度ははっきり首を絞められて跡が残る。
怯えた節子は、ペンダントを放り出す。話を聞いた信也は、そんなことがあるものか金属アレルギーなんじゃないかと自分がしてみる。今度は首を絞められるようなことはなく、ほら見ろと信也は自分が使うことにする。
しかし、そのうち信也にも女の声が聞こえたり、鏡の中に女が姿を現したり、不思議な出来事が起きるようになる。
ただし話し合ってみると、現れたのが同じ女だったとして、信也と節子とではかなり持つ印象が違う。信也にはどこか悲しげに見えたが、節子には恐ろしげに見えた。それはあなたがその女に変な感情を持っているからだと節子はむくれ、とにかくペンダントは買った店に返してきてくれと言う。

やむなく、信也はペンダントを返しに行き、返品はお断りですという古道具屋と押し問答の末、金は返さなくていいからとやっと引き取ってもらう。ついでに、どこから仕入れたものか聞くが、近くにある家で誰か亡くなった時の遺品をまとめて引き取ったものだからわからないという答えが返ってくる。
やれやれと信也は部屋に戻ってくる。節子は留守だ。洗面台で水を飲む信也の背後で床に何かが落ちる。振り向くと、返してきたはずのペンダントがそこにあった。間違いなく返してきたのと同じ品だ。
こんなのを節子に見つかったら騒ぎになると直感した信也は、ペンダントをあわててしまいこむ。そして洗面台の鏡に向き直ると、今度ははっきりと女の姿が見える。ただ、敵意や恨みはあまり感じられず、鏡の中の女は恋人にやるように信也にそっと肩を寄せている。「おまえは何が言いたいんだ」
女はどこかに消えた。
その夜、寝ている信也がうなされている。枕元にあの女が座っているような気がする。信也の夢に再び古道具屋が現れる。信也の目が見ているのか、それとも女の目で見ている像なのか、そのまま夢の中で視覚の持ち主が歩き、見たことのないアパートにたどりつく。そこで信也は目が覚めた。
信也はペンダントを持って古道具屋の近くに来て、夢の中で見たルートを辿ると、来たはずがないのに夢で見たアパートの近くに着く。と、その一室の窓の中にあの女がいたと思うが、また姿を消してしまう。
その部屋を訪ねてみるが、その隣の人が「そこには誰もいませんよ」と言う。事実、空き室になっていた。以前は武村有紀という若い女が一人で暮らしていたのだけれど、交通事故で亡くなったのだという。
事情はわかった(?)が、さてどうすればいいのか、わからない。

その夜、帰ってきた節子の前で信也はペンダントを落としてしまい、「なんでまだ捨ててないの」と激怒し、自分で窓から放り捨ててしまう。
だが、しばらくして、カチャーンという音がする方を見ると、またペンダントがどこから戻ってきて床に転がっている。
ぶち切れたようにムキになった節子は、ペンダントをトイレに流してしまう。「何もそこまでムキにならなくても」という信也と激しい言い争いをした後、節子はやっと風呂に入る。
と、風呂に漬かった節子の首に、いつのまにかまたペンダントが絡まっている。しかも、誰かがその先を持って引きずり込もうとしているようで、絶叫した節子はペンダントをむしり取り、風呂から飛び出してくる。
何事かと驚く信也が節子のもとにかけつけ、なだめすかして落ち着かせようとするが、なかなか節子のヒステリーは治まらない。やっと服を着せ終えた時、信也は気づかなかったのだが、ペンダントがまたいつのまにか着せた服に混じって光っている。
すると、節子が突然ぴたっとおとなしくなる。ほっとした信也は、節子を寝かせることにする。だが、その時、実は有紀がぴったりと節子の後ろに貼りつき、抱きついて金縛りにしていたのだった。
節子が内心でいくら信也に助けを求めても、声はでないし体も動かない。そうこうするうち、信也が、勝手に調べてきたことを詫びた上で、どうやらペンダントは有紀が亡くなった後に念を残したもので、古道具屋で有紀は信也に一目惚れしたのではないか。そして同棲している節子に嫉妬して祟っているのではないか。そうとしか思えないと節子に話して聞かせ、「死んだ女の子もかわいそうなんだよ」と説得する。(それは実は同時に有紀も聞いている)
その時、節子の体が操られたように(というか、有紀に操られているのだが)起き上がって、信也に寄って来る。さっきまでの狂乱状態とはうって変わって、じいっと熱いまなざしを注いでくる。そして、自分から迫ってくる。信也は直感した。
(節子じゃないな)
節子の中にいる有紀は、思い切ってキスしてくる。信也は緊張しながらそれを受ける。そして言う。
「おまえ、武村有紀だな」
驚いたように節子=有紀の目が見開かれる。
と、突然がくっと節子が崩れ落ちる。有紀が離れたのだ。
信也は節子を正気づかせる。
と、二人の目の前で、有紀が頭を下げてから、すうっと消えてなくなる。
あれだけしつこく現れ続けたペンダントは、もうどこかに行って戻ってこなかった。
(終)

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「怨霊vs殺人鬼」(見てはいけない怖い話)

2012年09月30日 | シノプシス
翔一 心霊マニア。霊に会いたいと熱望して、心霊スポットを巡礼している。
涼香 翔一と一緒に心霊スポットを訪れる女の子

杏子 心霊スポット取材班 心霊現象に懐疑的
力也 同 心霊現象を信じている
愛美 同 霊感の持ち主


とある心霊スポットの古いビル。
火事が出て数人が死に、たたられて死ぬ住人が出て閉鎖することになってオーナーも借金苦から自殺し、その後ももぐりこんで何人も自殺したりしているというきわめつきに不吉な場所だ。
そこに一組のカップルがやってくる。
男は翔一、女は涼香。
女が心霊スポットに興味があるので、気のある翔一が連れてきたらしい。まだ知り合ってごく日は浅い。
翔一はしきりとウンチクを傾けて、どんな幽霊がどんな風に出たと言われているのか、身振り手振りたっぷりに喋り、涼香もきゃあきゃあ言いながら聞いている。
そして翔一はどれだけ色々な心霊スポットをまわったか、半ば自慢げに付け加える。

しかし、いくら待っても一向にそれらしい現象は起こらない。
やっぱり幽霊なんかいないのか、とがっかりする涼香に、それまでただ気を引くためにちゃらちゃらついていたようだった翔一の様子がだんだん変わってくる。
その女の幽霊がどんな殺され方をされたのか、どんな風にそこに捨てられていたか、さっき以上に微に入り細にうがって語る。そしてこんなにひどい殺され方をしたのだから、恨みをのんで化けて出てくるのが当然だ、と続ける。

ただ幽霊が出るという怖さではなく、現実的な殺しの話なので、ふたりきりの状況で涼香はだんだん本気で怖くなってくる。

翔一は言う。「オレは幽霊が見たいんだ」その思いが募ったあげく、幽霊を作ればいいと思いつく。
そのために、出来るだけ恨みや呪いを残す形で涼香を殺す、という。場所も大事で、ここは霊気が定着しやすい場所だというのだ。

涼香は殺人鬼兼ゴーストメーカー翔一に追われる。さんざん嬲られた末に惨殺され埋められる。

では、首尾よく涼香の幽霊は出るだろうか。ビデオ数台を用意して翔一は待つ。だが、いっこうに幽霊が出る気配はない。鏡をのぞこうが、いったんビデオを回して再生しようが、何も写らない。

そうこうするうち、別の三人組(力也、綾野、杏子)の心霊スポット探検隊がやってくる。
先客の翔一は驚いた一行に一時は幽霊扱いしたりするが、ではそれぞれ干渉しあわないでということでいつく。

と、後から来た力也が霊感に響くものがあると言い出す。
そして、女の霊が翔一の背後に立って彼を指差しているというが、翔一にはさっぱりその姿が見えない。
しかし、力也が何か気づいたのではないか、と疑いのまなざしを向ける。力也の方でもそのまなざしに不吉なものを感じる。

綾野も翔一の態度に何か不自然なものをうすうす感じているが、杏子の方はしきりと本当に霊が見えるのかと乗ってきて、どうすればその霊を捉えられるかあれこれ工夫を始める。

何度か力也が女の霊を見たり見えなかったりするのを繰り返すうち、どう考えてもその霊が翔一に執着しているのがはっきりしてくる。だが、翔一はどうすればそれが見えるのか興味しんしんで教えてよと力也や杏子に迫るが、その態度の異様さに綾野はしだいに気味悪くなってくる。

どっかと陣取り、どこに霊が出ているのかと問う翔一に、「あなたの首を霊が絞めている」と力也が言っても、「どこだどこだ」ときょろきょうするばかり。
ついには「どうすれば見えるんだあっ。見せろ見せろ」と突然ブチ切れる。
そう言われても、どうしようもない。
ついに、翔一は力也も絞め殺してしまう。

あわてて逃げる綾野と杏子。
その目の前に、焼死した人間たちが現れる。あるいは自殺したオーナーも現れる。自殺したと思しき人間たちも現れる。
二人は悲鳴をあげ、必死で彼らから逃げ惑うが、翔一はなかなか気づかない。いや、気づいているのだが、あれほど見たがっていた幽霊をいざ見られるとなると意識から追い出そう追い出そうとする。
しかし、ついに幽霊の存在を認めざるをえなくなり、興味本位な態度はふっとんで悲鳴をあげる…

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「一億玉砕」

2012年09月17日 | シノプシス
○ 現代の東京
人、人、人。
レストランにコンビニにあり余る食べ物。
走り回る各種の交通機関。
それ自体エネルギッシュでもあり、醜悪でもある、巨大な生き物。

○ 東京湾上空
に、飛び上がって行く、ジャンボジェット。

○ ジェットの客
その視点から、湾を出入りする大小の船がばら撒かれたように見える。
ジェットは雲に入り、視界が白く濁る。
雲の上に出る…。
と、零戦がジェットと平行して飛んでいる。
客「…零戦?」
日の丸を胴に染め抜いた、紛うかたなき零戦。
すうっと零戦はジェットから遅れ、視界から消える。
客「航空ショーでもやっているのかな」
突然、衝撃が走り、ジェットが大きく傾ぐ。

○ 空中
零戦がジェットの翼に機銃掃射を浴びせている。
たちまち、火を噴くジェット。
みるみる高度を下げ、湾に落ちて行く。

○ 東京湾
に浮かぶタンカーにジェットが落ち、火山の爆発かと見まごうばかりの火と煙を吹き上げる。

○ 空
ジェットを撃墜した零戦、そのまま機首を曲げ、東京の街に突っ込んで行く。

○ 雲
から、すうっと何十機もの零戦が姿を現わす。

○ 渋谷・スクランブル交差点
人、人、人。
「戦争反対」と幕を広げている団体。
その向こうで右翼ががなっている。
空の彼方にぽつんと零戦が現れ、みるみる大きくなる。
人ごみの上に機銃掃射が走る。
朱に染まった「戦争反対」の幕が破れ、ちぎれた腕がその向こうから飛んでくる。

○ 国会議事堂
あたかも、会期中。
一機の零戦が現れ、みるみる近付いてくる。
胴に爆弾をくくりつけている。
見ている、警備の警官たち。
近付いてくるのが何であるか、見てはいても理解できていない。
そのまま特攻式に議事堂に突入する。
議員たちが、閃光に包まれる。

○ 靖国神社
奉納されている絵馬の群れ。

○ 零戦・コックピット
操縦士の主観で。
「(くぐもった声がかぶさる)…帰って、きたぞ」

○ 靖国神社
に特攻する零戦。
火柱が噴き上がる。

<終>

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ショートシナリオ

2012年08月09日 | シノプシス

「ショートショート」

「なんで人を殺しちゃいけないの?」

子供「なんで人を殺しちゃいけないの?」
大人「じゃあ、おまえ殺されていいのかい」
子供「いいよ」
大人、子供の首を絞める。
子供、大人の腕をタップしてギブアップ。
T「今のは、結末1」
子供、絞め殺される。
T「今のは、結末2」
ギブアップしてぜいぜい息をついていた子供、反撃して首を絞め返す。


「写す」

電器量販屋の店先に来た男。
突然、商品のテレビ画面にその姿が写る。
ぎょっとしたようにのけぞる男。
見回すと、全てのテレビに姿が写っている。
落ち着かなくなり、足早に逃げだすが、どこに行っても写っている。
ふっと、その姿がテレビから消える。
と、同時に男も消える。

「COMING SOON」

大仰な音楽とともに、次々と字幕が流れる。
「全米大ヒット!」
「史上No.1!」
「構想20年!」
「全世界の女性たちに送る永遠のラブストーリー!」
「史上空前のアクション・アドベンチャー!」
そのたびに、それらしい音楽がかかる。
ちっとも画面は出ない。
「今世紀最大の感動巨編!」
「近日公開」
若者たちが映画館の前で、
「サイコー」「感動しました」「泣きました」「イエーイ」
とピースサインなどしながらのたまっている。
音楽が終わり、間をおいて、
「撮影快調!」
と、どーんと字幕が出る。

「釣り」

プールに釣り糸を垂らしている女Aがいる。
まわりはがらんとして、誰もいない。
離れた所で、不思議そうにそれを見ている男A。
近寄ってくる。
男A「釣れますか?」
女A「釣れますよ」
釣り糸に当りがくる。
女A、釣り上げる。
と、釣り糸の先に、男Aがかかっている。

「ハルマゲドン」

「善」と書かれた紙。
「悪」と書かれた紙。
2枚がくんずほぐれつ交錯する。
銃撃、爆撃の音、怒号。
ぐしゃ、と泥靴が2枚を一度に踏みつぶす。
地面でひしゃげた紙から去って行く足。
その向こうに、街が広がっている。

「ナイトハイカー」(見てはいけない怖い話)

2012年08月07日 | シノプシス
都心の新橋、あるいは神田などイメージのガード下が発達しているあたり。
未明、地面に寝ていたサラリーマン・坂本が、起き上がる。ジャケットを着ておらず、ワイシャツにネクタイ姿。
「ああ、飲みすぎたあ」
まだ酔ってふらふらしている。気がついたら、他に人が全然歩いていない。
どっちに向かっているのかよくわからない。タクシーも通らず、駅に向かうつもりで裏道に入ってしまう。
薄暗い、くねくねした裏道を歩いていくうち、どこにいるのか、どこに向かっているのかまったくわからなくなってしまう。
歩いても歩いても広いところに出ない。
坂本は不安になって走り出す。だが、すぐ息が切れて止まってしまう。
相当に日が高くなってきている。
携帯の時計を見たら、88時88分を表示していて、動かない。
電話をかけてみるが、どこにかけても
ときどき、電車が通る音がごうごうと響いてくるのだが、それが誰か生きて活動している証しではなく、誰もいない中、異次元で何か起こっているように聞こえてくる。
何度目かの列車が急ブレーキをかけて止まる。
それと前後して、何か水袋が弾けるような音と短い悲鳴が聞こえた。
やがて駅の放送が聞こえてくる。
「人身事故のために、運転を一時停止しております。ご迷惑をおかけしますが…」
放送は奇妙にはっきり聞こえるわりに、駅にいるはずの人の気配や音はまったく聞こえてこない。
狭い裏道に閉じ込められた格好の坂本の目に、妙なものが入る。地面に転がった、壊れた腕時計の残骸…血まみれの。

いつのまにか、地面が血と臓物が散らばっている。
「焼き鳥の材料、じゃないよな」
逃げ回る坂本。
ふと気づくと、狭い道のすこし離れたところに、スーツ姿の男が背中を見せて立っている。
見たところふつうの人間のようだが、どこか変だ。立ったまま動かないでいるだけでも変だ。
すうっとあたりが暗くなる。
坂本はそっと近づいていく。
男の上着の背中に大きなかぎ裂きができており、手の跡がついている。
その背中が奇妙に痙攣するように震えている。見ると男の足元に血だまりができている。
やがて轟々という列車の音が大きくなり…、ばしゃと音がして顔の見えない男が弾け、坂本の顔に血しぶきがふりかかる。
「うわあああ」
悲鳴を上げた坂本が気がつくと、居酒屋にいる。
周囲には飲み仲間がいる。「また飲みすぎたな」「夢でも見たか」
坂本は自分の身なりを確かめるが、何の異常もない。
やれやれ、夢か、それにしてもリアルだったなと気を取り直して飲みなおす。
やがて坂本は勘定を済ませ、暑いので上着を肩に担いで出て行く。
おとなしく駅に入りホームで並ぶ。
風が吹いてきて寒いので、坂本は上着を着た。
気づいていないが、上着の背中にいつのまにかできた鍵裂きがある。
電車が近づいてきた…。

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「日本は戦争に勝った」(シノプシス)

2012年06月27日 | シノプシス

人物表 年齢は1963年当時のもの

山郷里志 1953年生 10歳 小学生

山郷一臣 1910生 53歳 里志の父 山郷家の家長 町会議員
山郷元子 1931生 32歳 里志の実母 一臣の後妻 旧姓・瀬島 中国からの引き揚げ者

山郷博人 1932生 31歳 一臣の長男 里志の異母兄
山郷紀子 1931生 32歳 俊市の妻
山郷理恵 1953生 10歳 俊市・紀子の娘 里志のいとこで、小学校の同級生

山郷拓三※ 1912広島生 一臣の弟 里志の叔父 1935年(226事件の前年・大不況期)にブラジルに渡る。1962ブラジル没
山郷勝利 1937ブラジル生 36歳 里志のいとこ 拓三の息子・一臣の甥

誉田克一 1933生 30歳 小学校社会科教諭

山郷健二※ 1935生 俊一の弟 里志の異母兄 1933年、結核で死去

山郷ふさ※  1880生 一臣・拓三の母親 1963年、この物語の始まる直前に83歳で逝去
山郷国夫※ 1978生 一臣・拓三の父親 1930年破産 1943年死去


「日本は戦争に勝った」

昭和38年、九州・F県。

山郷里史は、10歳の小学五年生。
山郷家は、祖父の国夫はかなりの地主だったが戦前に連帯保証人になった他人の借金のために没落し、さらに戦時中の昭和18年に亡くなっていた。さらに戦後の農地改革でほとんどの土地を失って、今では父親の一臣(53)が辛うじて町会議員をつとめて面目を保っている。一臣の息子は、前妻の間に生まれた異母兄の博人(31)が、事業を起こそうとして失敗して実家に戻ってくすぶっている。

里史の母は、一臣の後妻の元子(32)。その父親の瀬島直介は元官僚だったが、中国に家族ぐるみで赴任して日本の敗戦のため命からがら帰ってきて以来、やはり所を得ないでくすぶっていたのを、娘を元地主にやることでなんとか面目を保とうとしている。
望んだ結婚ではなかったが、元子は親子ほども年上の夫や姑のふさによく仕え、生まれた一人息子の里史を非常に可愛がっていたが、愚痴をこぼさない代わりにあまり心の中のことを口に出さない習慣が身についていて、息子の里史にもちょっととっつきにくく感じる時があった。

里史は家の中の煮詰まったような空気があまり好きではなかったが、学校にもなじめなかった。担任の社会化教師の誉田が熱心な日教組の活動家で、60年安保闘争にも参加し、今また過激な平和教育に打ち込んでいて、どれだけ戦前の日本がひどかったか、戦争がいかに悲惨であるかを、これでもかこれでもかと教えるもので、内容の陰惨さにちょっと辟易させられる上、里史の家は元地主や中国に赴任していた官僚が棲息しているものだから、誉田にそれほど悪気はなくても結果として家族の悪口を言われることになり、ひそかに里史は反感を抱いていた。

そんな時、里史の叔父の山郷克利(36)がブラジルからやってくる。
克利の父・拓三は、国夫が没落した1930年(昭和五年)に新天地を求めてブラジルに渡って農園経営で成功したが、祖国のことを思いながら四年前(1959年)に亡くなっており、亡き父の果たせなかった望みを果たすべく日本にやってきた、という。克利自身は1937年ブラジル生まれで、日本国籍は父が届け出ていたため取得していたが、日本に来たことは一度もない。日本語は話せるが、しばしば「コロニア」(農園)などの「ブラジル語」が口をついて出る。(正確にはブラジル語ではなくポルトガル語なのだが、日系人はブラジルの言葉だからブラジル語だと頓着なく呼称することが多かった)

言葉だけでなく、身振り手振り、発想などすべてが内地の日本人とは違っていた。
アマゾンのスケールの大きさは、里史に驚異と強い憧れを抱かせた。
だが、困ったことに、亡くなった父親ゆずりの「勝ち組」「信念派」であり、つまり第二次大戦で日本は勝っていると信じたまま、戦後18年を過ごしてきたのだった。
そして、日本に帰ってきた時ちゃんと羽田空港ができていたのを捉えて、「この空港を見なさい。こんな空港を作れる国が、なんで負けたはずがありますか」と言う。決め手は、「天皇陛下はご健在であらせられるか」と問い、「ご健在です」という答えに、「なんでそれで負けたはずがあるのか」と自信たっぷりに断言する。そう言われると、反論もしにくい。

しょっちゅう、日本がいかに愚かな戦争に突入して負けたかという話を誉田に聞かされている里史にしてみると、勝ち戦の話を聞かされた方が気持ちいいので、学校で誉田に教えられているのはウソだと生徒の間で言い出し、ただでさえ目をつけられてしたのを完全に問題児視されてしまう。

一方、一家を没落させたままにしている一臣や事業に失敗してくすぶっている博人は、克利がブラジルに持っているという「財産」に目をつける。
折から、山郷家の持っている土地を米軍基地拡張のための道路建設の為買い上げられるという噂が流れており、道路公団に買い上げられるよう地元出身の政治家・瀬島に働きかけるのに金が必要だった。それを用立ててくれないかと、と一臣と博人は克利に頼む。
克利は、なぜアメリカが日本にいるのか、と聞く。とっさに博人は「負けたアメリカは日本の属国として日本の防衛にあたっているのだ」と解説する。金ほしさからとはいえ、よくこうももっともらしくこじつけるものだ、と一臣は半ばあきれ半ば感心して息子に同調して、協力を要請するが、さすがに大金が絡むことだけに克利は即答しない。実は、本当に克利が財産家なのかどうかもちょっと怪しいのではないか、と何度も博人の軽はずみな行動に痛い目にあっている妻の紀子は水をさすが、もう一旗あげようと目の色を変えている博人には通じない。
その中、克利は戦後一家が手放した土地を取り戻していた。「先祖から受け継いだ地は大事にしなくてはいけない」と言う。しかし、せいぜい墓を作るくらいしか用立てようのない土地を買ったところで、どうなるものでもないと子供である里史にも思えた。
克利は祖先の墓を建て直して供養しようと主張する。しかし、もう亡くなった人間に金を使ったってしかたないと博人は説得して自分のために金を出させようとする。

一方、頼まれもしないのに誉田は克利のところに「日本が勝った」などという間違った認識を改めさせようと、里史に案内させて押しかけてくる。もちろん里史が間違った認識をもってしまうのを防ぐ狙いもあった。
しかし、克利の父は筋金入りの“勝ち組”であり、臣道連盟のメンバーだったと言う。臣道連盟とは、日本が負けたなどという惰弱な噂を流す輩に天誅を下す組織で、少なくない“負け組”日本人が襲撃されたと、むしろ克利は誇らしげに言う。軍国主義者の生き残りと誉田は怒るが、誉田のいないところでは、克利は次第に「加害者」とばかりいえない勝ち組の姿を見せていく。
つまり、父親が日本に帰らずに早死にしたのは、日本の為に尽くしたいと帰国を焦り、日本が勝ったのだから円が上がると吹き込まれて手持ちのクルゼイロをみんな円に換えてしまったら暴落してしまい、残ったなけなしの金を朝香宮という皇族と名乗る男に寄付したら優先的に日本に帰れるというので寄付したら、もちろんニセモノの皇族でそのまま行方をくらましたりで、結局せっかく営々と重労働に耐えて貯めた財産をすっかりなくしてしまったから、だった。
負け組には、日本が負けて円の価値がなくなっているのを知りながら高いレートで負け組に押し付けた者もいた。移民を守るべき領事館員は、戦争が始まると一斉に日本に逃げ帰り、そのため大本営発表しか情報が入ってこなくなったのだ。

そういった事情を省みず、まだ神州不滅を信じるのか、と誉田はどうしても日本の敗北を認めない克利をバカ扱いしだす。「常識」からすると逆のようだが、克利とするとここで日本の敗北を認めたら父の苦労がムダになってしまう、それに憧れでもあり心の支えでもあった「祖国」が負けた、と認めることはできないのだった。
そうなると、父譲り(?)の勝ち組の血が騒いでか、完全に誉田と喧嘩になってしまい、里史もいくらあまり親しくないとはいえ、身内をバカ呼ばわりされて怒り、誉田に反発する。
この騒ぎで、克利は間違ったことを言う者はたとえ教師であっても戦う姿勢は偉いと里史をますます気にいってしまう。

一方、元子はおかしな伯父さんになついた息子の里史を心配して、おかしな話を吹き込まないよう、克利にぴしりと釘をさし、それまであまり口にしなかった自分の戦争体験を話し、さらに広島や長崎の惨状なども交えて戦争の悲惨さを母親なりに伝えようとする。

すると、それをいつのまにか傍らで聞いていた克利が突然、アメリカはやはり敵だと怒り出し、いくら勝ったからといってアメリカ側が恭順の意思を示さない限り情けをかける必要はないと言い出す。そして、その勢いに乗って一転して一臣と博人に約束しかけていた資金援助を断ってしまう。
びっくりしたのは、博人らで、すっかりそのつもりで瀬島に献金すると言っていたからだ。二人の顔が立たなくなるというだけでなく、それをあてにした瀬島も各方面にばらまく資金がショートしてしまうのだから、それは困ると圧力がかかってくる。

さらに誉田らが反基地闘争をしているというので、押しかけてきて自分もやらせろという。びっくりしたのは誉田らの方だ。いきなり「軍国主義」の亡霊として敵視していた相手が、自分にはるかに倍する勢いでアメリカと戦わせろというのだから。アメリカとの戦いはもう終わっていると説得しようとするが、無辜の市民に無差別爆撃するとは、「敗戦国」の所業でも許せん、「懲らしめてやる」と、まじめに言い張る。
そのため、運動は内ゲバ状態になって頓挫する。誉田は運動から身を引き、さらに進歩的ポーズまで捨ててしまう。

一方、克利を説得して金を吐き出させるために博人に入れ知恵し、博人はこう言って克利を説得する。
日本は勝った国に対して「寛容」な国である。台湾も韓国も自分の領土とした後は国土を近代化し、アジアをもって一丸となって西洋に対抗すべく多額の資金を注ぎ込んだ。アメリカに勝ったからといって、西洋の帝国主義諸国のように植民地化して搾取したりはしない。あいにくとアメリカには勝ったが、ソ連=ロシアは相変わらず日本と敵対関係にある。ここは昨日の敵は今日の友で、勝ったからにはアメリカとのいきがかりは水に流して手を結び、ロシアと対抗する必要がある。それには、アメリカを援助して日本の国土を防衛させるのが一番だ、という表面的にはもっともらしいが、大前提が完全に転倒した理屈だった。
一応納得したような克利だったが、里史は不快感を覚える。克利の前では日本が勝ったと話を合わせているが、やはり負けていてそれを父親と兄が隠して克利を騙そうとしている、とわかったからだ。かといって、誉田式に強引に説得するわけにもいかない。そんな里史の心配をよそに、克利が金を出させるべく、一臣と博人は 勝手にどんどん工作を進めていく。
つまり、いかに日本が「勝った」かを工作して見せようというわけだ。アメリカ映画や英語塾の興隆を、「敵に勝つためにアメリカ文化を研究したためだ」と言いくるめる。

さらに、さる皇族の行幸が近くあらせられると聞く。ブラジルで父親が騙されたような偽者の宮様ではなく、本物の宮様なのだから、博人と親しく言葉をたまわるところを見せたらさぞ克利も恐懼感激して、いっぺんに信用するだろうと考える。
さらに、里史が理恵と仲がいいのを利用して、離れたくなければ叔父さんに金を吐き出させるよう説得するよう言いつける。

いよいよ、宮様が行幸され、克利は「海外での日本人の活躍に先鞭をつけた」功績を称えられる。一通りの感激の言葉を述べ引き下がる克利。博人は寄付金を克利につのる。
だが、克利は意外に冷静に、あれは偽者だと断言する。博人は決して騙したりはしない、あれは間違いなく宮様だと言い、里史も説得にあたるが、克利は耳を傾けない。
里史が困り果てているのを見かねた誉田までが、日本は民主主義の世の中になったのだから、宮家と庶民が触れ合うこともあると説得にまわる。
克利に「反米」闘争で先んじられてから、すっかり誉田の「進歩派」ぶりが色あせて、おとなしくなっていた。

問い詰める博人に、金はもうないと克利は言う。
なぜないのか。問い詰めても、克利は言わない。結局、克利から金を引き出すのは失敗し、開発計画を誘致するのは頓挫する。
くやしまぎれに博人は、実は克利がブラジルで成功したのは嘘ではないかと言い出し、そうなると、土地を取り戻すのに全部使ってしまったのだろうと。それまで親戚・日本人扱いしていたのが、手のひらを返したようにガイジン扱いしだす。

誘致に失敗した博人は実家にいずらくなり、妻子を連れて出て行くことになり、里史は理恵と別れなくてはいけなくなる。瀬島は金の切れ目が縁の切れ目とさっさと遠ざかっていた。
ろくに別れも言えずに理恵と引き離された里史は、そのとき、初めて別れのつらさを知る。

里史は、克利とも別れを告げる時が来る。
里史は克利がブラジルに戻るものと思っていたが、戻らないと克利は言う。前は、戻るべき祖国があると思っていたが、日本はすでに祖国ではない。かといって、ブラジルがその代わりになるわけでもない。
ではどこに行くのか。
「アメリカだ」
と、克利は答えた。
里史は、またあっけにとられる。しかし、克利は意気軒昂で、日本がこうなったのはアメリカのせいだ、負けるが勝ちならぬ、アメリカに戦争で勝って精神で負けてしまった。これではいけない。改めて「アメリカをこらしめに行く」
と言う。
里史は絶句しながら、しかし親戚中でひとりだけ白い目で見られながら克利を見送るのだった。
【終】

 

 


名探偵モンク シーズン7 #10「ナタリー VS シャローナ」

2012年06月25日 | シノプシス
#10「ナタリー VS シャローナ」
Mr. Monk and Sharona

※ モンクの元アシスタントだったシャローナが5年ぶりにサンフランシスコにやって来た。シャローナの伯父ハワードがゴルフ場で事故死し、ゴルフ場と弁護士を交えて補償の話に来たのだった。かなりの額の示談金を提示され、喜ぶシャローナだが、モンクは現場写真から事故死ではない可能性を発見する。

ナタリーとシャローナ、新旧のアシスタントの共演。シリーズが長くなると人物再登場はほとんど必ずあるけれど、このシリーズは少ないほうですね。
二人ともシングルマザーなのだけれど、シャローナの方がシビアな感じかな。

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言霊大戦

「ペンダント」(シノプシス)

2012年05月20日 | シノプシス

「ペンダント」

大山信也 22
長妻節子 22
武村有紀 18
古道具屋
アパートの隣人

武村有紀が手にペンダントを持って走っている。交通事故の音。
ペンダントが宙を飛び、物陰に落ちる。
地面に倒れた有紀の血にまみれた手が何かを求めるように伸ばされ、やがて力尽きて落ちる。パトカーと救急車のサイレンの音。

物陰に落ちたペンダントを、誰かが拾っていく。

大山信也は、長妻節子と同棲中。
ある時、一人で古道具屋をひやかしていたところ、ひとつのペンダント(冒頭のと同じもの)が目にとまる。じっと見ていると、その金属性の表面に誰かが写ったような気がするが、まわりには誰もいない。見ているとウインクするように光ったので、信也は何か気になって、値段も手頃だったので節子のみやげに買った。しかし見せられた微妙に節子は難色を示す。
普通だったら女性がかけるようなデザインで、気に入らなかったら自分が引き取るからと信也は主張して、とりあえずプレゼントする。このところちょっと喧嘩気味でご機嫌をとるつもりもあったのだが、逆効果になるかもしれない。
とりあえずそのペンダントは節子がかけていたのだが、その時から不思議な現象が身近に起こるようになる。節子の目から見てもペンダントにいないはずの女の姿が写ったり、窓の外に青ざめた女の顔が見えたり。
挙句に、ペンダントをしていると、妙に首が絞まるようになる。チェーンがきついのかと思うが、そんなことはない。またかけ直すと、今度ははっきり首を絞められて跡が残る。
怯えた節子は、ペンダントを放り出す。話を聞いた信也は、そんなことがあるものか金属アレルギーなんじゃないかと自分がしてみる。今度は首を絞められるようなことはなく、ほら見ろと信也は自分が使うことにする。
しかし、そのうち信也にも女の声が聞こえたり、鏡の中に女が姿を現したり、不思議な出来事が起きるようになる。
ただし話し合ってみると、現れたのが同じ女だったとして、信也と節子とではかなり持つ印象が違う。信也にはどこか悲しげに見えたが、節子には恐ろしげに見えた。それはあなたがその女に変な感情を持っているからだと節子はむくれ、とにかくペンダントは買った店に返してきてくれと言う。

やむなく、信也はペンダントを返しに行き、返品はお断りですという古道具屋と押し問答の末、金は返さなくていいからとやっと引き取ってもらう。ついでに、どこから仕入れたものか聞くが、近くにある家で誰か亡くなった時の遺品をまとめて引き取ったものだからわからないという答えが返ってくる。
やれやれと信也は部屋に戻ってくる。節子は留守だ。洗面台で水を飲む信也の背後で床に何かが落ちる。振り向くと、返してきたはずのペンダントがそこにあった。間違いなく返してきたのと同じ品だ。
こんなのを節子に見つかったら騒ぎになると直感した信也は、ペンダントをあわててしまいこむ。そして洗面台の鏡に向き直ると、今度ははっきりと女の姿が見える。ただ、敵意や恨みはあまり感じられず、鏡の中の女は恋人にやるように信也にそっと肩を寄せている。「おまえは何が言いたいんだ」
女はどこかに消えた。
その夜、寝ている信也がうなされている。枕元にあの女が座っているような気がする。信也の夢に再び古道具屋が現れる。信也の目が見ているのか、それとも女の目で見ている像なのか、そのまま夢の中で視覚の持ち主が歩き、見たことのないアパートにたどりつく。そこで信也は目が覚めた。
信也はペンダントを持って古道具屋の近くに来て、夢の中で見たルートを辿ると、来たはずがないのに夢で見たアパートの近くに着く。と、その一室の窓の中にあの女がいたと思うが、また姿を消してしまう。
その部屋を訪ねてみるが、その隣の人が「そこには誰もいませんよ」と言う。事実、空き室になっていた。以前は武村有紀という若い女が一人で暮らしていたのだけれど、交通事故で亡くなったのだという。
事情はわかった(?)が、さてどうすればいいのか、わからない。

その夜、帰ってきた節子の前で信也はペンダントを落としてしまい、「なんでまだ捨ててないの」と激怒し、自分で窓から放り捨ててしまう。
だが、しばらくして、カチャーンという音がする方を見ると、またペンダントがどこから戻ってきて床に転がっている。
ぶち切れたようにムキになった節子は、ペンダントをトイレに流してしまう。「何もそこまでムキにならなくても」という信也と激しい言い争いをした後、節子はやっと風呂に入る。
と、風呂に漬かった節子の首に、いつのまにかまたペンダントが絡まっている。しかも、誰かがその先を持って引きずり込もうとしているようで、絶叫した節子はペンダントをむしり取り、風呂から飛び出してくる。
何事かと驚く信也が節子のもとにかけつけ、なだめすかして落ち着かせようとするが、なかなか節子のヒステリーは治まらない。やっと服を着せ終えた時、信也は気づかなかったのだが、ペンダントがまたいつのまにか着せた服に混じって光っている。
すると、節子が突然ぴたっとおとなしくなる。ほっとした信也は、節子を寝かせることにする。だが、その時、実は有紀がぴったりと節子の後ろに貼りつき、抱きついて金縛りにしていたのだった。
節子が内心でいくら信也に助けを求めても、声はでないし体も動かない。そうこうするうち、信也が、勝手に調べてきたことを詫びた上で、どうやらペンダントは有紀が亡くなった後に念を残したもので、古道具屋で有紀は信也に一目惚れしたのではないか。そして同棲している節子に嫉妬して祟っているのではないか。そうとしか思えないと節子に話して聞かせ、「死んだ女の子もかわいそうなんだよ」と説得する。(それは実は同時に有紀も聞いている)
その時、節子の体が操られたように(というか、有紀に操られているのだが)起き上がって、信也に寄って来る。さっきまでの狂乱状態とはうって変わって、じいっと熱いまなざしを注いでくる。そして、自分から迫ってくる。信也は直感した。
(節子じゃないな)
節子の中にいる有紀は、思い切ってキスしてくる。信也は緊張しながらそれを受ける。そして言う。
「おまえ、武村有紀だな」
驚いたように節子=有紀の目が見開かれる。
と、突然がくっと節子が崩れ落ちる。有紀が離れたのだ。
信也は節子を正気づかせる。
と、二人の目の前で、有紀が頭を下げてから、すうっと消えてなくなる。
あれだけしつこく現れ続けたペンダントは、もうどこかに行って戻ってこなかった。

(終)

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「闇のスタジオ」(シノプシス)

2012年05月13日 | シノプシス

登場人物

大山信也 22
長妻節子 22
武村有紀 11

毛利  先輩スタッフ カメラマン
田口  さらに古参のスタッフ 演出部
その他、スタジオのスタッフたち
テレビ番組の出演者
亡霊たち

東京H町にある、大きめの撮影スタジオ。そこに録音助手の信也と、スタイリスト助手の節子の若いスタッフの二人がぴったり寄り添ってやってくる。たちまち先輩の一人の毛利に「なんでスタイリストの荷物を、録音助手が持ってやってんだ」とひやかされる。と、もっと古参の先輩の田口が「こいつらはもう公認の仲なんだよ。野暮言うな」
実際、思い切り大きな荷物なのだが、節子はさらに信也の手首に巻いているペンダントに目をつける。「それもちょっと貸してくれない、とにかく集められるだけのペンダント集めろって状態で」「いいけど」と、信也は外して渡す。「なんで、それだけいっつも首にかけないで手首に巻いてるの」と聞くが、信也は曖昧な答えしか返さない。二人はキスして、それぞれの部署に向かった。

スタジオの収録作業が始まる。簡単なセットで出演者数人の通販番組だ。
ヘッドフォンをかけて音声を聞いている信也の耳に妙な意味不明の声が入ってくる。
首を傾げている信也に、「何か変な声が聞こえたんだろ。このあたりではずいぶん空襲で焼け死んでるからな」「川にとびこんだところを火にまかれて、焼け死ぬとともに溺れ死んだそうだ」「トンネルの中に大勢の遺体が供養されないまま押し込まれているらしいぞ」などと田口が、怖がらせるのを楽しむように耳打ちする。

毛利は操作しているカメラのファインダーの映像が妙にちらつくのにいらいらしていたが、ふと気付くと、ちらつきの向こうに妙な人影が写っている。肉眼で見ると誰もいないところに、カメラを通すとすっぽりと防空頭巾をかぶって顔を見せない人間の姿が見えるのだ。
かと思うと、突然ぷつっと照明が落ちてしまう。暗い中、懐中電灯を振り回してどこが悪いのか調べるが、どこも接触不良など起こしておらず、原因がわからない。

暗がりでスタッフたちが右往左往する中、節子が見ると、信也の首に自分が預かったはずのペンダントがいつのまにかまたかかっているのに気づく。節子があれっと思うと、信也が心ここにあらずといった風にとことこと歩いてくる。節子のところに来たのかと思うと、上の空で気付かないまま何かに導かれるように歩いてしまったらしい。
ふっと節子が信也のペンダントを見ると、ここにいるわけのない小さな女の子の手が(手だけで顔は見えない)そのペンダントをつかんでいる、と思ったら、その手が消えている。信也に聞くが、当人にはペンダントを持って行った覚えも首にかけた覚えもないという。

改めて節子はペンダントを預かり、間違えないように自分の首にかけておく。と、誰かがそのペンダントを引っ張る。気のせいかと思ったら、ぐいっと頭が下がるほどの力で引っ張られ、下を向いた拍子にペンダントをひっぱった青ざめた女の子と顔を合わせてしまい、悲鳴を上げる。
すぐに女の子はまた姿を消すが、節子がさらに闇をじいっと注視すると、何人かの頭巾をかぶった人影が闇に紛れているのが見えた、と思った時、さらに突然強い寒気が襲ってきて何だろうと思ったところで明かりがつく。
気がついたら節子の頭のてっぺんから足の先まで、びっしょりと水で濡れている。いったい、どこからそんな水が現れたのか、見当もつかない。

暗くなっていた間に肝腎の通販商品がいつのまにかなくなっていて、探し出すのにまた時間をくうといった調子で現場は混乱して一向に仕事ははかどらない。徹夜もやむなしと田口が言うが、毛利がこのスタジオは十二時以降は使ってはいけないのだと強く主張する。それ以降になると、「出る」からだ。結局節子と信也が残って明日の準備をするということで話がまとまる、というより下っ端の二人に押し付けて全員逃げてしまう。

次の日に備えて、二人はそれぞれの部署で夜を過ごす。信也は控え室で機材のチェックをしている。ふと見ると、鏡の中に10歳くらいの女の子が写っている。(女の子の顔を見るのがこれが初めて)あっと思ってよく見ようとしたら、もう姿は消えている。

節子はふと気づくと確かにしていたペンダントが、またもなくなっているのに気づく。一度ならず二度までも、しかも首にかけっぱなしにしていたのに、なくなるとはどういうことだろうとスタジオに戻ってみる。
と、セットの一部のライトがなぜかつけっぱなしになっている。「誰かいるの」
近づいていくが、スタジオはがらーんとしてまるでひと気がない。出て行こうとすると、ちかっ、ちかっとセットの陰から鏡で反射するような光が送られてくる。
「誰?」さらに近づいていくと、スポットライトが当たった机の上にまるで場違いな折鶴が置いてある。
「何これ」よく見ると、周囲の半ば闇に沈んでいるあたりにも、折鶴がたくさん置いてある。あるいは束になって吊るされている。
その中に、変わった文様の折鶴がぽつんと置かれてあるのに、ふと節子は気付いて怪訝な顔をする。何かシーサーをデザインしたような柄だ。と、突然ろうそくが灯され、その火が吊るしてあった折鶴の束について燃え広がっていく。それを見た節子は立ちすくむ。

信也はふと違和感を覚えて、ポケットに手を突っ込む。と、節子に貸してまだ返してもらっていないはずのペンダントが出てくる。
「どうなってるんだ」さらに、折鶴までもが出てくる。

信也がペンダントをベッドに寝ている少女に渡すフラッシュバック(舞台式のごく抽象化したベッドとバックの幕程度といった装置を使う)
少女がだだをこねて、ふとんをかぶってしまうフラッシュ。

スタジオの闇の中、薄気味悪くて立ち往生している節子。突然、携帯の着信音が鳴り響く。
心臓が止まりそうなくらいびっくりするが、見ると発信者は信也なので助けを求めるつもりで出る。
「いつ俺のペンダント、返したんだ」「返してないよ」改めてぞっとする節子。
「今どこにいるの」「スタジオ」そして目の前の机周辺に折鶴がたくさんあることを信也に告げて、このあたりには戦没者が大勢埋まっているとかいうけど(節子も知っている)、その慰霊に使われたものではないかなどと言う。「そうじゃない」「なんでそう言えるのよ」
その時、ふと「待って。確かにちょっと違うような気がしてきた」と、呟く節子。そのとき、何者かが暗がりから姿を現そうとしているのに気づく。
悲鳴をあげる節子。信也は控え室を飛び出してスタジオに向かう。

節子が逃げようとすると、突然すべての明かりが消えて真っ暗になる。
そこに信也が飛び込んできたが、あまりに暗いので身動きとれない。
二人は携帯の明かりを頼りに、互いに声をかけあって位置を確認する。
と、すうっとまた一部の明かりがついて、抱き合っている二人の姿が現れる。
「早く逃げましょう」と節子は言うが「ちょっと待って」と信也は奥に進んでいく。
「折鶴があったって」「それが何、早く逃げないと」
だが、信也は鶴が置かれた机の前にまで到達する。信也は折鶴を見て
「やっぱり、な」「何がやっぱりなの」「化けて出ていたのは戦争の犠牲者じゃなかったんだ。折鶴なんて置いてあったから、そう思い込んでいたけれど」「じゃあ、誰」
その時、節子は暗がりから誰かがすうっと姿を現すのを見る。
悲鳴をあげる節子。だが信也は「落ち着いて」と呼びかける。
「久しぶりだね、有紀」
現れたのは、控え室の鏡の中にいた、信也にペンダントをもらっていた女の子(有紀)だ。
フラッシュバック。ベッドに横臥している生前の有紀。枕元に折鶴が一羽置かれている。
「これは幸運のお守りだから、持っていて」と信也が有紀にペンダントを渡す。
「でも、まもなく君(有紀)はいなくなった」
空になっているベッド。母親が「これはもともとあなたのですから」とペンダントを信也に返す。

「それで、ペンダントを首にかけないでいたのね」「幸運のお守りなんて言っておいて、(有紀に)役に立たなくて、ごめんな。(節子に)返してもらっても、また首にかける気にはならないし、かといって捨てるわけにもいかないし。それで首にかけないで持って歩いてたんだ」

フラッシュバック。信也が腕に巻いていたペンダントを節子が持っていくのを見ている有紀の亡霊。

「でも、どこが幸運のペンダントなの」「これを買ったら君(節子)と出会えたことだ」驚く節子。有紀も驚く。

フラッシュバック。公園のベンチで寄り添っている信也と節子を、部屋の中からそっと見ている有紀。二人の距離がますます接近しそうになると、手鏡で光を送って節子の顔に当てて邪魔する。
その光は、先ほどスタジオから脱出しようとする節子を邪魔する光とだぶる。
「本気で嫉妬していたのかい」信也の言葉にうなずく有紀。節子は複雑な表情。
節子「思い出した。あの鶴を、あたしも折った。見覚えがあると思ったんだ」

フラッシュバック。寄り添っている信也と節子が言葉を交わす。「知り合いで病気の子がいるもので」「わかった。何羽折ればいい?」「多いほど」
節子は、シーサー柄の折り紙で鶴を折る。さっき、見たのと同じ折鶴になる。「どこか見覚えがあったと思ったんだ」
病床の有紀の枕元に吊るされた何十という折鶴の束が届けられる。
しかし、やがて有紀の顔に白い布がかけられる。

節子の耳元に有紀の声が届く。「ごめんなさい」
有紀が信也におずおずと近寄ってくる。抱きつこうとするが、突き抜けてしまって触ることはできない。試みに折鶴を取ると、それは持ち上げることができる。受け取る信也。
有紀が満足したように微笑む。
と、節子と信也の二人は、有紀の後ろの闇に、無数の亡霊が佇んでいるのに気付く。

節子ははっとした。
最初に信也のところにペンダントが戻ったとき、有紀がそれをひっぱって信也を亡霊たちの群れから遠ざけていたのだ。あの時は、亡霊たちと有紀とごっちゃにしていたが、実は有紀が信也を守っていたのだった。その後節子がかけたペンダントをひっぱったりしていやがらせしてはいたが。
そして、今また有紀が亡霊たちの前に立ちふさがって信也と節子のところに迫ってこないよう小さな体を盾にして防いでいる。

信也と節子は有紀に呼びかける。亡霊たちとかかずりあってはいけない。早く成仏しなさいと。有紀は微笑んで、すうっとわずかに光り、また暗がりの中に溶け込むように消えて行った。
二人は、盾になっていた有紀がいなくなったもので、たちまち迫ってくる亡霊たちから大急ぎで逃げ出し、スタジオから脱出する。

逃げ切った二人はビルから出て行きながら会話をかわす。
「ペンダント、どうしようか」「そうね。二人で持ってましょう」
さらに、ぽつりと続いた。「あしたの収録、どうなるんだろう」
(終)

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「ツィッター・ホラー2」

2012年05月08日 | シノプシス
○ 登場人物

高階理佐 ツイッター初心者
森下直樹 理佐のボーイフレンド
理佐のツイッターのフォロワーたち

高階理佐はツイッターにはあまり興味なかったが周囲が騒ぐので始めてみたが、あれこれつぶやいてみても一向に反応らしい反応がない。何人かにフォローしてリプライもしてみるが、やはり一向にこれといった反応がない。有名人をフォローしてみても、いちいち直接レスがあるわけではない。そのくせ他のフォロワーが有名人からレスをもらっているのを見ると面白くない。
理佐自身のフォロワーもゼロに限りなく近い。しばらく続けてみるが暗闇に石を投げ込んでいるみたいな状態に気が滅入ってきて、もうやめようかと思う。
そんな時、一人フォロワーがつく。
しかもただ「夕食なう」と書いただけなのに、「牛丼なう」とそのフォロワーから返信がある。「しめじご飯弁当なう」とか、まことにどうでもいい返信を返すと、いちいちきちんとレスが返ってくる。嬉しくなって、ツイッター対応のアプリが入っているスマートフォンを使って、どこにいてもしょっちゅうツイートし続ける。どんなに他愛のない書き込み
(ツイッターの文字はパソコンやスマートフォン上の表示だけでなく、適宜サイレント映画のスポークン・タイトル風に一枚タイトルで表示されたり、画面にかぶさって表示されたりと、見せ方にバラエティをもたせてメリハリを効かせること)

そのうち、どんどんフォロワーが増えていく。
相手はどんな連中なのかよくわからない。そのうち由梨が新宿西口にいると「新宿西口なう」とか、マクドナルドにいると「マクドナルドなう」とか、理佐は何も入力しないのに、由梨のいる場所がツイートされるようになる。まるで、誰かが理沙を観察していてその様子を逐一ツイートしているみたいだ。
ある時、滑って転んだら、そのことを一斉に無数のフォロワーが書き込んで「大丈夫?」「大丈夫?」「大丈夫?」と数限りないリプライが書き込まれる。
こんなに大勢に「監視」されているのかと思うとともに、もしかすると大勢フォローしているようになのは見せかけで、アカウントはいっぱいあっても実はひとつの人格なのではないか、という疑いすら理佐の頭をかすめる。

有名人だと、うっかり目撃されるとたちまち目撃情報がツイートされるということは聞いたことがあるが、まったくの一般人である理佐がこうも克明に観察されるというのはどういうことだろうと不思議でもあり、だんだん気味悪くなってくる。
ツイッターを始めた頃は誰か反応してくれればいいな程度に思っていたのだが、こういつも見られていてそれを公開されては、たまったものではない。

そればかりか、部屋に一人だけでいるのに、理佐が何をしているのか書き込まれて、しかもそれが当たっているのだ。これにはいささかぞっとした。盗聴器や隠しカメラでもあるのだろうか。調べてみるが、見つからない。
次第に、つぶやきの調子が一定のものに近づいていってついに「理佐の部屋なう」「理佐の部屋なう」「理佐の部屋なう」とえんえん連続して書き込まれる。アカウント名は@acasickとひとつに統一される。思わずあたりを見渡す理佐。
さらに「バスルームなう」と書き込まれる。そうっと包丁を片手にバスルームを見に行く理佐。
だが、バスルームには誰もいない。
その時、またツイッターに書き込みがある。スマートフォンの表示を見ると「理佐の後ろなう」と。…誰か、後ろに立っている。それに気付いた理佐は全身総毛立つ。
ここでぷつんと終わって…。

少し時が経って…。
ツイッター上で噂が流れている。
いわく、女の子がまったく理不尽な殺され方をした。

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「ツィッター」

2012年05月08日 | シノプシス
○ 登場人物

高階理佐 ツイッター初心者
森下直樹 理佐のボーイフレンド
理佐のツイッターのフォロワーたち

高階理佐はツイッターにはあまり興味なかったが周囲が騒ぐので始めてみたが、あれこれつぶやいてみても一向に反応らしい反応がない。何人かにフォローしてリプライもしてみるが、やはり一向にこれといった反応がない。有名人をフォローしてみても、いちいち直接レスがあるわけではない。そのくせ他のフォロワーが有名人からレスをもらっているのを見ると面白くない。
理佐自身のフォロワーもゼロに限りなく近い。しばらく続けてみるが暗闇に石を投げ込んでいるみたいな状態に気が滅入ってきて、もうやめようかと思う。
そんな時、一人フォロワーがつく。
しかもただ「夕食なう」と書いただけなのに、「牛丼なう」とそのフォロワーから返信がある。「しめじご飯弁当なう」とか、まことにどうでもいい返信を返すと、いちいちきちんとレスが返ってくる。嬉しくなって、ツイッター対応のアプリが入っているスマートフォンを使って、どこにいてもしょっちゅうツイートし続ける。どんなに他愛のない書き込み
(ツイッターの文字はパソコンやスマートフォン上の表示だけでなく、適宜サイレント映画のスポークン・タイトル風に一枚タイトルで表示されたり、画面にかぶさって表示されたりと、見せ方にバラエティをもたせてメリハリを効かせること)

理佐には、森下直毅というボーイフレンドがいるので、初めは直毅がレスしているのかと思うが、聞いてみても知らないと言われる。名前は出していないし、直毅にアカウントを教えているわけではないので、理佐のツイッターだとわかるわけがないから知らないのが当然ではあるのだが、実際の直毅はちょっとしつこいところがあって、ツイッター上でもつきまといそうな気がする。

そのうち、どんどんフォロワーが増えていく。
相手はどんな連中なのかよくわからない。そのうち由梨が新宿西口にいると「新宿西口なう」とか、マクドナルドにいると「マクドナルドなう」とか、理佐は何も入力しないのに、由梨のいる場所がツイートされるようになる。まるで、誰かが理沙を観察していてその様子を逐一ツイートしているみたいだ。
ある時、滑って転んだら、そのことを一斉に無数のフォロワーが書き込んで「大丈夫?」「大丈夫?」「大丈夫?」と数限りないリプライが書き込まれる。
こんなに大勢に「監視」されているのかと思うとともに、もしかすると大勢フォローしているようになのは見せかけで、アカウントはいっぱいあっても実はひとつの人格なのではないか、という疑いすら理佐の頭をかすめる。

有名人だと、うっかり目撃されるとたちまち目撃情報がツイートされるということは聞いたことがあるが、まったくの一般人である理佐がこうも克明に観察されるというのはどういうことだろうと不思議でもあり、薄気味悪くもある。
ツイッターを始めた頃は誰か反応してくれればいいな程度に思っていたのだが、こういつも見られていてそれを公開されては、たまったものではない。
そればかりか、部屋に一人だけでいるのに、理佐が何をしているのか書き込まれて、しかもそれが当たっているのだ。これにはいささかぞっとした。盗聴器や隠しカメラでもあるのだろうか。調べてみるが、見つからない。

それで理佐はしばらく投稿をやめてしまう。
しかし、返信は一向に減らない。それどころか、どうやってアカウントとパスワードを知ったのか、誰かが理佐のふりをして勝手なことを書き込むようになる。
それも非常識な発言だったり、猥褻な妄想だったりする。ユーザー名を変えてみるが、どういうわけか返信はなくならない。
アカウントを消去してツイッターから撤退しても、なお理佐の名を騙る何者かは居座って勝手なつぶやきを書き連ねている。理佐の個人情報はだだ漏れになり、人格を疑われるような表現が頻出する。

理佐は混乱して、直毅のしわざに違いない、他にこんなことを知っていて実際にやりそうな人間はいない。どこかから理佐の様子を覗いて書き込んでいるのだと信じて疑わなくなり、電話をかけて責め立てるが、直毅は離れた場所にいて、そんなまねができるわけがないと答える。しかし携帯で返事しているのだから本当はどこにいるのか、わかったものではないと理佐は直毅の言うことを信じない。
ついに直毅は怒ったらしく、電話を切ってしまう。

だが、ツイッターの内容の暴走は止まらない。
理佐はツイッターをいじらないのに、いつのまにか、誰かが理佐のふりをして直毅を実名を挙げてなじる。それは直毅に対して実際に言った内容を反映しているのだが、直毅が漏らしたのか盗聴された?のかわからない。
あげくに、「殺してやる」とまで書き込むようになる。はたから見られたら、完全に理佐は危ない人としか思えない状態だ。
そして、具体的な殺し方まで書きはじめる。どこにある刃物を使って、どうやって直毅の部屋に侵入するか、といった手口まで書いている。

街でたまたまその偽理佐のツイッターを見ていた若者たちは、この暴走ぶりをおもしろがって煽る書き込みを本当に始める。
アカウント主のはずの理佐そっちのけでツイッターが異様な盛り上がりを見せる。

理佐は自分の偽者が本当に直毅に危害を加えはしないかと、電話するが直毅はさっきの喧嘩が尾を引いて出ようとしない。メールしても同様。
警察に電話するが、何を言っているのかと取り合ってもらえず、せいぜい近くのパトロールを強化しますとおざなりの対応しかしてもらえない。
やがてツイートが、今にも直毅殺しの実況中継みたいになってくる。どう部屋に近づいて、部屋の中がどうで、そして、どうやって殺して、どれくらい血が出たか、とことこまかに描写される。
駆けつける理佐。直毅の部屋に近づく。チャイムを押し、声をかけるが、返事はない。鍵がかかっていない。そうっと直毅の部屋に入っていく理佐。
直毅の部屋を外から見た情景。間。理佐が飛び出してくる。衝撃で目玉が飛び出しそうで、足はがくがくして今にももつれて倒れそうだ。そのまま、急ぎ足でその場を離れる。

どこに逃げればいいのかわからなかったが、それでも逃げながらも、理沙はツイッターをまた見てしまう。が、ぴたりと何者かの書き込みがやんでいる。
そうなると落ち着かなくなり、理沙は自分の潔白を訴える書き込みを始める。しかし、何の反応もない。
(たとえば暗い夜をバックにして浮かび出たツイッターの文字が、闇に溶けるように消えていくといった形で、書き込みが空しく宙に消えてしまうようすを表現する)

いくら理佐が書き込んでも、さっきまでとはうって変わって何の反応も返ってこない。そのうちその空しさに耐えられなくなって、ついに錯乱して「私が殺しました」などと「告白」を始めて、注目を浴びようとしてしまう。

血みどろになって殺されている直毅。犯行状況は、前にツイッターに書き込まれたものそのままだ。
誰が殺したのか。もしかしたら、理佐が書いたとおり理佐自身がやったのかもしれない。

そして、理佐は自分の居場所をわざわざ「○○なう」と書き込んで公開してしまう。
するとまたフォロワーの数が劇的に増えていく。しかし、誰一人としてレスを返す者はいない。息をひそめて何かを待っているようだ。理佐はそう思ってその通りのことを書くが、あくまで周囲は反応しない。

気がつくと、遠巻きに理佐を囲んでいる人たちがいる。
それに気づいた理佐はおずおずと手を振るが、手を振り返す者はいない。
やがて、パトカーのサイレンが近づいてくる…。
(終)

「ジャップ・トージョー」

2012年05月08日 | シノプシス
1962年。サンフランシスコ空港に、あまり上背はないが、体格のがっしりとした、しかしそれとは裏腹に不安そうな態度の一人の日本人の若者がプロペラ機から下りたった。加藤康道、23才。プロレスラーを目指したが、体格に恵まれないため団体の中では一人前扱いされていなかった。長いこと前座を勤め、やっとアメリカ修行に出られることになったが、それは期待されての武者修行というより、厄介払いに近いものだった。
迎えに出たのは、日系一世のグレート・トージョーという悪役レスラー一人だった。戦後すぐの反日感情が強いアメリカで、日系人の強制収容所を出た後、あえて敵国である日本の首相の名前を名乗り、角刈にして、メリヤスのシャツにステテコに印半纏を羽織り、腹巻きにお守りを首をかけ・ゲタをはいてガニ股でかっぽするという、ガラの悪い日本人イメージ、西洋人の持つ昔の“ヤクザ”そのままの扮装で、試合前には手のザルに入れた塩を相撲まがいにまき、時に反則の目つぶし攻撃に使い、ゲタで殴りかかり、ちょっとやられるとぺこぺこするかと思うと隙を見て金的攻撃とするという具合に、とことん戦中の日本人の悪いイメージを観客の怒りを煽るのに利用することで悪役レスラーとしての地位を固めた男だ。それだけに、リングの下でも人の怒りを買うのを一向に恐れない、信じるのは金だけというタイプの男だ。
加藤はそういう男と組むのは気が進まなかったが、何しろ他に受け口になるような人間は一人もいないのだからやむをえない。

トージョーは空港に下りたった加藤をそのまま試合場に連れていった。タイム・イズ・マネー、ホテルなどで時間を潰させるなどとんでもないというわけだ。いやも応もない、控え室で加藤はたちまち柔道衣を押しつけられ、日の丸の鉢巻をさせられ、日本刀を持たされる。そしてリング・ネームはグレート・ケイトーだと一方的に言い渡される。グレート・カトーじゃいけないのかと聞くと、アメリカ人はケイトーと発音するのだと言われ、それ以上の抗議は相手にもされない。二人合わせてのタッグ・チーム名は、“サムライ・ニンジャース”だ。なんて名前だ、と抗議してもこれまた相手にされない。
加藤は、おそるおそるリングに向かった。当然、客は西洋人ばかり、好意的な目を向けてくれるのはリングの上にも下にもいない。試合が始まった。相手レスラーたちは新米に気を使ってくれるところなどかけらもなく、自分を格好よく見せるべく容赦なく叩き潰しに来る。加藤は内心技には自信があり、柔道の寝技・間接技に持ち込もうとするが、なにしろタッグ・マッチでもう一人が乱入してきて目の中に指を突っ込まれてはたまらない。そのくせ、トージョーはほとんど登場せず、すぐ加藤にタッチして自分はコーナーで休み、たまに楽な場外乱闘で塩まきだのシコ踏みだのして、痛めつけられる役は加藤に押しつけて悪役として暴れるおいしいところは独り占めしている。ほどなく加藤はぼろぼろにやられてブーイングの嵐の中、控え室に引き上げた。

さらに追い打ちをかけるように、トージョーはファィト・マネーを独り占めして、加藤あるいはケイトー(以後、総じてカトーと表記)には1セントも渡さない。ホテル代や食事代、移動の交通費などはトージョーが持っているのだから生きていくことだけはできるはずだ、だいたいおまえを見に来た客など一人もいないのだから、金を欲しがるなど十年早いとと言う。
こうしてカトーの地獄のアメリカ巡業が始まった。トージョーの人気も下火で大きな会場には立てず、まったくのドサまわりだったが、トージョーは初めの時と態度を変えなかった。カトーは最大の敵は、相手レスラーでも敵意に満ちた客たちでもなく、パートナーのトージョーだとますます思うようになる。英語の話せないカトーは、どれだけ搾取されても自分で交渉したり売り出したりできないし、やたらとトージョーが忙しくスケジュールを組むので英語の勉強をしている暇もない。トージョーはカトーが勝手なことをしないよう、いつも監視下に置いて、食べるものや飲む酒までチェックした。試合相手のレベルも低くこんなことではレスリング技術を磨くこともできないとカトーは焦る。

ところが、ある小さな町を訪れたトージョーは、夜になると珍しくカトーを置いて一人どこかに出ていく。たまには酒でも飲まないとやってられないと、へそくりを持ってカトーは町に出て行く。良い店がないかと片言の英語で聞くが、しかし何しろ小さな町なので飲める店など「Moe′s」というちっぽけな店が一つあるだけだ。そこに向かったカトーだったが、入ろうとした時、突然店の中から若い東洋系の女が飛び出してくる。カトーは驚き、思わず「すみません」と日本語で言う。すると、女は驚いたようにカトーを見つめ、なまりのある日本語で「助けてください。変な男に追われてるんです」と店内を振り返りながら言う。突然トージョー以外の日本語を聞けてなつかしかったのと、女に助けを求められて断るわけもない。カトーは英雄気取りで女を連れてその場を離れる。
二人は町のあちこちを逃げ回るが、追ってくる男はなかなかしつこい。カトーは思い切って自分が泊まっているホテルの部屋に女を匿う。「こんなところで日本語を話せる相手と出会えるとは思わなかった」と喜ぶカトーだったが、それとは対象的に女はカトーの体格を見て次第に警戒の色を強める。「変な下心はないから」と言い訳するカトーだったが、そこにトージョーが帰ってくる。「来ないでっ」と声を荒げる女。女を追っていた男というのは、トージョーだったのだ。このスケベ親父めと日頃のうっぷんを正義派ぶって晴らそうとするカトー。しかし、すぐ女はマリー(真理子)というトージョーの実の娘であることがわかって調子が狂う。トージョーはしきりと金を渡そうとするが、マリーはガンとして受け取らず、カトーを盾にしてトージョーと顔を合わそうともしない。

父娘のやりとりを聞いているうちにカトーにも事情が大ざっぱながらわかってくる。トージョーがマリーの母親になる女性・文枝と知り合ったのは、第二次大戦時の日系人の強制収容所だった。そこを出てから結婚し、マリーが生まれ、ともに苦労してきたはずの妻を、トージョーはレスラーとして成功して金が溜まると、あっさり捨てて金髪の白人と一緒になり、同時にマリーも物心つく前に強引に生みの母の文枝から引き離された。その白人女は継子のマリーと折り合いが悪く、トージョーの金を使うだけ使うとさっさと別の男に乗り換えた。トージョーもあまり気にせず、女から女へと乗り換えてまわり、その間にマリーも自立してウェイトレスなどをしながらあちこち点々としながら一人で暮らしている。人気も落ち、寂しくなったトージョーがただ一人の肉親であるマリーに会って、ウェイトレスの収入だけでは何かと不自由だろうと金を渡そうとするが、マリーは母親を捨てた父親を許さず、金を受け取ろうとしないのだった。

それからトージョーとマリーの押し問答が長く続く。しかしマリーの強情さについにトージョーも根負けしてあきらめる。がっくりしたトージョーは、マリーを店まで送って行けとカトーに言いつける。「手出しするんじゃねえぞ」と、トージョーの言葉は荒いが、珍しくひどく弱々しい姿を見せていた。
カトーがマリーを「Moe′s」に連れ帰ると、店主はマリーが勤務中に勝手に出て行ったとお冠で、マリーを首にしてしまい、しかも前払いしてある賃金を返せと迫る。困ったマリーを見て、カトーと思わず格好つけてへそくりを出して代わりに払う。礼を言った後、こんな小さな町では他に仕事の口もない、金もないと途方に暮れるマリーを見ているうちに同情心が起こってきたカトーは、次にサーキットするのはかなり大きな町だから、そこまで自分たちの車に同乗して仕事を探したらと申し出る。マリーはその申し出を受けるとともに、あんな男と一緒にいたら骨までしゃぶられるだけだと忠告する。その言葉でカトーの(なんとかしないと)という気持ちはいよいよ高まった。カトーは、マリーを部屋まで送るとともに明日の朝迎えに来ると約束する。

翌朝、ハンドルを握ったカトーは、マリーを迎えに行く。何も知らされていなかったトージョーは驚き、カトーを怒るが、しかし娘と同じ車で旅できるのを断るわけもない。こうして、三人の旅が始まった。

旅の途中、三人はドライブ・インのレストランに入った。相変わらずカトーの食べるものを決めようとするトージョーに対し、ずっと若いカトーがそんな程度で足りるものかとマリーは自分の分を分けてやる。余計なことをするなとトージョーは怒るが、マリーは金を並べて自分で代金を払った食事をどうしようとこっちの勝手だと譲らない。そしてカトーはトージョーに逆らってマリーの食事をもらう。それをつかまえて、トージョーは「人の食べ残しを食べるとは、おまえは犬か」と罵る。カトーはむかむかするが、きのうへそくりを使っていたため、「自分の分は自分で払え」と言われても払いようがない。それを見てマリーもきのうカトーが無理して立て替えたのを察し、トージョーに搾取されているのを知るが、トージョーの手前、カトーに恥をかかせないよう、だったらその代金は貸しにしておくと言う。

次の町に着く。この町には二人は割と長めに滞在する予定だ。トージョーは試合を見ていけと誘う。トージョーにとっては意外だったが、マリーは承諾する。
試合になった。トージョーも娘が見ているとあって珍しく張り切り、カトーの不思議とファイトも精気を取り戻した。しかし、つきあいでそれを見ていたマリーの表情は冴えなかった。二人はひさびさの勝ち星を手にし、そして試合後、カトーはマリーの目の前で、トージョーと強行に交渉し、自分のファイト・マネーをぶんどって、マリーに返してトージョーの鼻を明かす。実は試合前からマリーにそうしろと炊きつけられていたのだった。“男をあげた”つもりのカトーは鼻息が荒い。

しかし、マリーはカトーはそれほど誉めず、「まだあんな国辱的な猿芝居をしているの」とトージョーに言う。「食っていくためには仕方ない」とトージョーは言うが、そうやって売れた途端、妻を捨てたのはどこの誰だったかと言われると言葉がない。マリーは一人でアメリカで自立して生きていた上に、白人の継母に反発して生きてきたせいか、実の母親の思い出につながる“本当の日本”に執着が強いのだった。それはマリーの幻想で、そういう日本は今はないとカトーは思うが、そう言ってもマリーは決して納得しない。
とにかく、これで貸し借りはなしだとマリーは二人のもとを離れようとする。カトーがあれこれ口説くが、マリーはあくまで父親とは一緒にいたくないと言い張る。そこで、トージョーがカトーに「父娘二人だけで話させてくれ」とカトーに座を外させる。
二人きになったトージョーの殺し文句は、「おまえの生みの母親と会いたくはないか」という一言だった。「生きてるの? どこにいるの?」問いつめるマリーに、一諸にサーキットすれば、いずれ教えるとトージョーは答える。本当に知っているのか、口からでまかせを言ってるんじゃないかとまだ疑うマリーに、トージョーはリングに上がる時いつもコスチューム代わりに(ちょうど寅さん=テキヤみたいな)腹巻きとセットでつけている古びたお守りを出してみせる。それはかつて「おまえの母親が、日本から持ってきたものだ」。中を開けると、赤ん坊の時のマリーとトージョーと母親の文枝が三人で写っている古びた写真が出てくる。それが母親の居場所を知っている証拠にはならないわけだが、しかしマリーはやっと首を縦に振る。  カトーはなぜマリーが翻意したのかわからなかったが、とにかく一緒に行けるのは嬉しかった。しかし、その一方でどうやって説得したのか、とトージョーに嫉妬に似た感情も持つのだった。
こうして微妙な感情の綾を交えながら、三人の旅が始まった。

マリーがマネージャーについてからは、二人の売り方も大きく変わった。
食いぶちが三人分になるから、当分はもっと切り詰めないとといよいよケチなことを言い出すトージョーに対し、マリーはまず先立つものがなければ話にならない、プロモーターに先払いでギャラを払ってもらおうと言い出す。今のニンジャースはそんなことを言える立場ではないとしりごみする二人の大の男をよそに、マリーはタフに交渉を進め、ついに前払いをかち取ってしまう。あっけにとられる二人。特に、未だにトージョーからさえ自立できないカトーは、さすがに一人でアメリカを生き抜いてきた女は違うと首をすくめる思いだった。
こうして発言権を強化したマリーは、二人のキャラクター作りにも口をはさみだす。要するに、いかに商売とはいえ国辱的な売り方はやめろ、日本人としての誇りを持てというのだ。長年、ヤクザ調キャラクターで通してきたトージョーはもちろん、生粋の日本人であるカトーも、この提案にはなかなか乗ろうとしない。マリーが言うところの“本当の日本”というのは、日本本国にも今は存在しない、マリーの頭の中にしかない幻想だと言うが、そう言われるとマリーは猛烈に反発し、荒れ狂う。そう言われるのは、幻想だろうとなんだろうと、マリーが心の中ですがってきた母親を否定されるに等しいことだからだった。

マリーはしばしば母の文枝はどこにいるのか教えろとトージョーに迫るが、トージョーは割と近くだから少し待てとしか答えない。
こうしてしぶしぶながらニンジャースを真のサムライに作り直す作業が始まる。カトーは、もともと“ガイジンが見た日本人”キャラクターは好きでやっていたものではない。しかし、それではどんなのが“正しい”日本人像なのか。カトーにも見当がつかなかった。また、トージョーに頼っているようではマリーに魅力的には写らない。かといって、自立して稼ぐ手だてはない。そこで、カトーはマリーに頭を下げて英語を教えてもらうよう頼み、寸暇を惜しんで勉強するようになる。
その代わりにマリーもカトーに日本語や日本文化を教えてもらおうとする。カトーはそんなの意味ないだろと言うが、マリーは聞き入れない。押し切られて、いざ教えようとしてマリーに質問責めにされると、カトーはたじたじとなって自分が意外なほど日本語も日本文化も知らないことを思い知らされるのだった。

その一方で、カトーは自分でジムに通い、食事にも気をつけ、レスラーとしての実力を高めようと努力しだす。そうなるとトージョーは不快になり、「余計なことをするな」と文句を言う。しかし、カトーは変な日本人の格好をするのもやめて、正統派スタイルの黒のショート・タイツ姿でリングに上がる。
つまりカトーは、リングの上では“真の日本人”像を表現しようとする一方で下では懸命に言葉を覚え、交渉術を覚えてアメリカ社会にとけ込もうとすることになる。カトーはどんどん力をつけ、プロモーターとも直接交渉できるようになり、トージョーとの力関係も次第に逆転してくる。
と、同時に一緒にいる時間が増えるのだから、マリーとの仲も次第に親密になる。トージョーはなんとかカトーとマリーを引き離そうとするが、何しろ一緒に巡業しているのだから完全に分けるのは無理で、そうすればするほど二人は逆に関係を深める。

トージョーは焦り、次第にタッグのチームワークもリングの上と下でぎくしゃくしだす。試合で自分がもっぱら試合に出て決してカトーにタッチしないという具合にさまざまな手を使っていやがらせしようとするが、試合運びのこつを飲み込んでたカトーは格好よく正統的なテクニックでフォールをとる見せ場を作ってしまい、トージョーの方が恥をかく。怒ったトージョーは、カトーと大喧嘩し、「おまえなど首だっ」と怒鳴る。「望むところだ」とカトーはトージョーと手を切ってマリーと二人で巡業すると宣言する。「もう、あんたの世話になんかならなくても、やっていける」。こうしてニンジャースは解散するかに見えた。あと、契約でとりあえずこなさなくてはいけない試合は一つだけだ。

アメリカ生活が軌道に乗ってきたカトーは、日本でプロレス団体が分裂してできた新しい小団体から誘いが来ても、もともと半ば厄介払いみたいな形で日本を追いだしたくせに今更また、数合わせ駒扱いするのかと断る。
だが、その最後にするつもりだった試合で、思わぬアクシデントが起こる。トージョーが相変わらず反則を続けたので、正義の制裁のつもりでカトーが仲間割れしてトージョーに攻撃を加えたら、不意をつかれたトージョーが怪我してしまったのだ。医者は全治三か月と診断が下す。
トージョーはベッドで動けない。カトーとマリーで手に手をとって行ってしまう絶好の機会なのだが、トージョーはちゃんと世話しないと治療費と怪我させた賠償金を払えと訴えるぞと脅かしてくる。やむなく、とにかくまた動けるようになるまで世話はする、ただし、試合の契約は二人込みではない。もう俺一人だけ次の巡業地の契約を結んだ、とカトーは宣言する。恩を着せられる形のトージョーはおもしろくないが、逆らえる立場ではない。  しかし、プロモーターにとっては、商品価値があるのはやはりトージョーのテキヤスタイルなのであって、カトーが見せようとしている東洋人のストロング・スタイル・プロレスなどアメリカの観客は見たがってはいないのだ。

そこで、トージョーはいつも自分が使っているお守りを出して、これをつけてリングに上がれと言う。もちろん、それがマリーにとって大事な母親の形見であることは隠して、だ。一方、マリーにもそのことは話さないでおく。果たせるかな、控え室で初めて腹巻きをしたテキヤスタイルになったカトーの姿を見て、マリーは顔色を変える。母親に対する侮辱、無神経、と思えたからだ。そう聞かされてカトーは愕然とするが、今更コスチュームは変える暇はない。そのままリングに向かい、トージョーのコピーのような試合をするしかなくなる。
精神的に動揺した状態でリングに上がってまともな試合ができるわけもない。最近、日本人のくせに生意気に勝ちにくることが増えて目をつけられていたカトーは、正規のチーム以外に、乱入してきたアメリカ人レスラーたちに容赦なくぶちのめされる。なまじ正統的な試合運びにこだわった分、相手の反則に手も足も出ない。
トージョーのような大きな怪我ではないが、カトーは打撲で全身ぎしぎしいい、高熱が出てうなされる状態になる。マリーが看病はしてくれるが、まだ気まずい状態で、しかもトージョーがこれであいこだといわんばかりにしきりとマリーに用をいいつけカトーから引き離そうとする。カトーもすでに次の巡業地でのシングルマッチの契約を結んでしまっているのだから、いつまでもベッドに横になってはいられない。いくら体調が悪くても、休んだらすぐお呼びはかからなくなる。代わりはいくらでもいる。

寝たきりの大の男二人を車で運ぶのは、いかにマリーが気が強いといっても大ごとだった。
マリーは道中ずっと文句を言いながら、巡業地に着くとすぐトージョーをホテルに運び込み、自分も掃除・皿洗いの仕事を見つける。男たちはてんでかたなしだ。熱でふらふらしているカトーの尻を叩いて試合場につれていく。テキヤスタイルの扮装するカトーをマリーはいい顔をしないで見ていた。しかし、いざリングに上がろうとした時、マリーはお守りを渡した。
カトーはやっとリングに上がり、お守りをコーナーポストをかけておく。弱っていると見るや、相手はかさにかかって攻撃してくる。またぶちのめされたら、やられ役としても商品価値はなくなってしまう。殴られ、蹴られしているうちに、はずみでお守りの紐が切れ、リングサイドに落ちる。その時、カトーの中で何かが切れ、自然に身体が動いて、金的蹴りと目突きが出た。トージョーもふりでしかやらない大反則だ。一瞬にして相手は悶絶した。殺気立つ群衆を、カトーは“東洋の神秘”風に拳法のポーズをとり、威嚇してやっと追い払い、お守りを拾ってやつと脱出する。

戻ってきたカトーに、マリーは何も言わなかった。
それからしばらく、二人の男をマリーが面倒みる生活が続く。完全にマリーはカトー寄りになり、トージョーも面倒みてもらっている立場上、表面はおとなしくしている。
やがて、カトーは快復し、またリングに立つことにする。しかし、シングル戦を組めるほどの地位にはないので、今度は“悪い白人に復讐に来た”という触れ込みのインディアン・コンビということで、本物のナヴァホ族出身のレスラーとタッグ・チームを作る。日本人でもそれらしく羽根飾りをつけ、顔をペイントするとあまり見分けはつかない。そうなってもカトーはふっきれたのかあまり文句を言わず、要求されればあるいはメキシコ人となり、あるいは共産中国からアメリカを侵略に来たとふれこみ、人種がどうの、民族がどうのというのはまるで意味を持たなくなってくる。とにかくカトーはせっせと働き、リングを降りるとトージョーをしりめに大っぴらにマリーと出歩くようになった。

そのうちトージョーも復帰することになる。と、同時にマリーとカトーはおおっぴらに手に手をとってトージョーのもとを離れる。「母親の居場所を知りたくないのか。割とこの近くにいるんだ」とトージョーは引き留めるが、そんなのどうせ出任せだろうとマリーは聞き入れない。そして出ていく時、マリーはお守り(と、その中の家族の写真)もトージョーに突っ返していく。

トージョーは他のパートナーと組んで復帰する。しかしトージョーはパートナーそっちのけで実際につけ狙うのは、娘を奪ったカトーだった。執拗にカトーたちの試合に乱入して、公衆の面前で私怨を晴らすべくカトーに攻撃を繰り返す。リングの上のなれ合いの反則ではなく、本当に目突きだの金的打ちだのを繰り出されて、カトーも本気になって怒って反撃する。ショー的要素を捨てた喧嘩な上、さらに一人の女を間にして舅と婿が争っている、いわば骨肉の争いのようなものだと聞くと、観客はエキサイトするより引いてしまい、それぞれのタッグ・パートナーも二人につきあっていたら怪我をするとしりごみしてつきあってくれる相手が他にいなくなる。

怒ったプロモーターはこれ以上私闘をリングでやったら、二人とも追放だと言い渡す。
町を歩いていたマリーに少年が一通の手紙が届ける。トージョーからのもので、内容は母親がいるという町の住所だった。くだくだしい言い訳は一つもなく、ただ場所だけが記された手紙と、同封されていたお守り(とその中の写真)を見て、マリーは口実をもうけてトージョーの呼出に応じて、一緒にその町に向かう。
それは砂漠の中に取り残された小さな町だった。目的地が近づくにつれ、マリーも落ちつかなくなる。母は生きているのか、どんな人なのか。まったく知らないし、トージョーも話そうとしないのだった。

町に着いたマリーは、トージョーを車に残して一人で教わった家に向かう。そこには、トージョーと同年輩のサムという白人男が一人で住んでいた。サムはマリーの見せた文枝の写真を見せられる前に、その素性がわかる。なぜ知っているのかと思うマリーを、サムは近くの墓場につれていく。そこに文枝の墓があった。
そして、今までマリーが思いこんでいたように、トージョーが一方的に妻の文枝を捨てたのではなく、その前に文枝が幼かったマリーを連れてサムと駆け落ちしていたことを聞かされる。文枝がトージョーと一緒に苦労したのは確かだが、マリーが想像していたようにトージョーの浮気にただ我慢していただけではなかったのだ。
トージョーは連れ戻そうとずいぶんしつこく文枝に迫ったのだが、絶対に嫌だと文枝は言うことを聞かない。言い争いの末、文枝は迫るトージョーから逃げ回り、車で逃げ去ろうとして運転を誤って事故死した。「文枝は、俺と一緒にいたくて逃げたんじゃなかったんだ」とサムは呟いた。それから、トージョーは娘のマリーを引き取り、再婚したのだった。それから先はマリーの記憶の通りだ。

車に戻ってきたマリーに、トージョーは「おまえと同じように、あいつ(文枝)も俺を徹底的に嫌っていたよ」と言う。「連れ戻そうとすると、まるで収容所に連れ戻されるみたいに抵抗した」。母親に対する“一方的な被害者だった日本人の女”という幻想が崩れて何を思うか、帰り道ずっとマリーは黙っていた。

マリーはトージョーにお守りを返そうとする。しかし「おまえが持っていなさい」と、トージョーは受け取ろうとしない。
トージョーと戻ってきたマリーを見て、カトーは激怒する。そして今度こそストリート・ファイトで決着をつけてやると挑戦する。マリーも強いては止めず、人が来ない空の倉庫に二人を連れてくる。

ついにトージョーとカトー、二人の一騎討ちの時が来た。レフェリー役はマリーだ。コスチュームなし、時間無制限、決着はギブアップのみの一本勝負だ。マリーはハードな試合にも口を出さず、じいっと見守る。その目を意識したのかトージョーは、反則ではなくまともな柔道の締め技・間接技を使ってきた。目つぶしを使わなくてはいけなかったのは、締め技を決められかけたカトーの方だ。そして結局反則が功を奏して、カトーが勝つ。そして、負けたトージョーはそれきりレスラーを引退すると宣言する。
トージョーはリングをコスチュームを焼いた。

別れる前、マリーにだけ教えたが、トージョーが貯めていた金は予想以上のものだった。マリーはまた、その金をやるとトージョーが言いだすのかと思ったら、「やらないよ」と言いきる。マリーはちょっと不満そうな顔を見せ、しかしすぐ納得した。
カトーとマリーは、トージョーと別れ、二人連れだって旅だっていく。   
<終>