prisoner's BLOG

見た映画のメモと、ツイッターのスクラップで出来ています。

ペンギンかかし

2006年08月31日 | Weblog
なぜか道ばたに二鉢だけ稲を栽培しています。案山子が、なぜかペンギン。


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「左ききの拳銃」

2006年08月31日 | 映画
いくら若い頃(当時の実年齢は32)のポール・ニューマンとはいえ、21歳で死んだビリー・ザ・キッドをやると、いろいろ無茶をするのが、いい歳こいて何やっとんじゃ、とも見える。


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「M:i:III」」

2006年08月30日 | 映画
マンガみたいな前二作に比べて、ずいぶんハードな作り。その分気軽に楽しめるって感じが薄れた。家族を人質にとるっていうのは悪者が真っ先に考えることで、対策をとってないというのはどんなもんでしょ。
そのくせ、マスクをべりっと剥がす変装みたいに、ところどころマンガ調が残っている。

最近、何かとお騒がせのトム・クルーズ、とんだりはねたり、ロッキーのごとく全力疾走したりとトレーニングを欠かしていませんって感じ。

上海の街のやたら近代的なところと時代劇みたいなところを両方見せてくれて、その落差にちょっとびっくりする。
自動車のボディに何かのフォームを吹き付けるとぼろぼろになって簡単に壊せたり、小さなパッチみたいなのを手首に貼っただけで気絶したりと、破壊活動に使う小道具がリアルな感じで気持ちが悪い。

爆発シーンはもちろんたくさんあるのだが、花火みたいに破裂して終わりばかりではなくて、吹っ飛んだ破片がどこに飛んでいるか、割と丁寧に追っている。
(☆☆☆)


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「タッチ」

2006年08月29日 | 映画
マンガやアニメの絵柄を抜くと、結構暗い話なのね。

野球シーンで、しっかりフルショットで撮っているカットが少ないのが物足りない。

長澤まさみは東宝シンデレラ(恥ずかしい名前だなあ)出身だけれど、入賞当時からは考えられないくらい成長した。手足が長くてスクリーン向け。
映画出身で集客力のある人は最近少ない。うまく育てたね。

テレビ放映を録画して見たのだが、いやCM類の多いのなんのって。
(☆☆★★★)


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「ナコイカッツィ」

2006年08月28日 | 映画
ずいぶん凡庸な発想の映画だな。
冒頭にブリューゲルの「バベルの塔」が出てきて、ああ文明間のディスコミュニケーションと荒廃ね、と思ったら、そこから一歩も出ないで終わってしまう。

全編映像と音楽だけでつなぐ、というのもそれほど実験的といえるかどうか。
むしろ「意味」をはっきりさせようさせようとして、かえってイメージの喚起力を減殺しているみたい。音楽がいささか綺麗すぎ。気持ちよく見られる分、上滑りしている。
(☆☆★★★)


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「樹の海」

2006年08月27日 | 映画
富士の樹海に自殺しにやってきた男女にまつわる四つのエピソードを組み合わせた一編。
東京タワーの模型、いつ撮ったかわからないツーショットの写真と名刺、ネクタイ、サラ金のチラシなどの小道具の使い方が映画的で、練れている。
樹海に道に迷った時のためのロープを張り巡らしているというのは本当にあることだろうか。

未遂にせよ既遂にせよ、まだ生に執着があることに焦点を合わせた作り。
森の撮影(柴主高秀)が見事で神秘的ですらある。一種の森林浴をしているようで、命に包まれていくうち後戻りしたくなるよう。
(☆☆☆★)

映画とは別に、からくり民主主義高橋秀実のうち「ぶらさがり天国」を読むと、実際に樹海のそばに住んでいる人は、自殺体を見つけてもまたかといちいち通報しない(調書をとられるなど余計な手間ばかりかかる)とか、ほったらかしにされた首吊り死体は次第に熟した果実のようにゆるんで自然にちぎれて落ちるとかいった不謹慎な話がいろいろあって面白い。 


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「トラ・トラ・トラ!」

2006年08月26日 | 映画
黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべてを読んだ後で見ると、いろいろと複雑な気分になる。

完成作には黒澤明が撮ったカットは一つも採用されていないが、だからといって黒澤演出で完成できたとしてどれくらい違うものになったかというと、かなり疑問。
映画の脚本のクレジットからも黒澤の名前は削られているが、元シナリオと照らし合わせてみても、基本的な構成や進行はそれほど変わらない。

ただし、真珠湾攻撃、あるいは太平洋戦争をどう捕らえるか、といった史観はきれいさっぱりとなく、もっぱら戦争スペクタクルに徹している。
その分では、本物の飛行機を飛ばしたりしている分、CGの「パールハーバー」が出た後でも一向に古くなった感じはない。
黒澤が山本五十六のドラマをいくら力を入れて撮ったとして、編集でスペクタクルばかりを並べられたら、それまでだったし、編集権は完全にアメリカ側にあった。
だから、ここに黒澤の影を見ようとしても意味がない。

「黒澤明vs.ハリウッド」によるとアメリカ側プロデューサー(ダリル・F・ザナック エルモ・ウィリアムズ)が黒澤に敬意を持ち続けてはいたが、アメリカの会社では社長といえども株主には逆らえず、不本意ながら黒澤を解任せざるをえなくなるまでを描いているが、完成した映画よりもドラマチック。
日米ともに互いに不本意な方に、不本意な方に動かざるをえないよう追い込まれていく悲劇というのは、映画の外で成立してしまったよう。

公開当時、アメリカではコケたというが、そりゃ負け戦をわざわざ見に行く国民ではないよ。

ジェリー・ゴールドスミスの音楽が日本風の響きを残して、しかも得意のシャープなサウンドでまとめている。真珠湾攻撃シーンで基本的に音楽を使わないのも見識。


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敷賃・礼金・タダ

2006年08月25日 | Weblog
建物の半分がこのようにシャッターが下りていて、あと半分が店が出ているという妙な状態です。


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「妖怪大戦争」('68)

2006年08月25日 | 映画
子供向けのチャチい映画かと思ったら、なんの昔の大映映画らしく武家屋敷のセットなど堂々たるもの。

バビロニアの吸血妖怪ダイモンのかぶりものをかぶっているのが大魔神と同じ神田力で、元野球選手らしい眼光の強さを見せて、この目が急所になっているというあたり、ツボを押さえている感じで嬉しい。
鳥の羽をあしらったりしている造形もなかなかいい。

妖怪のかぶりものなど昔のお化け屋敷みたいでゴ愛嬌。
河童がなぜかべらんめえ調、油すましが関西弁というあたりもなんか可笑しい。
無数の妖怪が朝もやかかった山に向かって踊りながら消えていくラストシーンは、日本は八百万の神々の国だなあと思わせる。

案外と妖怪の出番が少なくて若侍がけっこう奮闘するのだが、適当なところで囚われの身になり、あとは妖怪にバトンタッチするあたり、まずは妖怪を見せることを立てた適当な出番の割り振り。
(☆☆☆★)


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猫の昼寝

2006年08月24日 | Weblog
空の噴水で昼寝中の猫です。わかりにくいけれど、こっちを見ています。


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「ユナイテッド93」

2006年08月23日 | 映画
この映画に神はいない。無残な出来事が描かれることを指しているだけでなく、全体像を俯瞰して眺める視点を完全に排除しているということだ。

各地の管制室のどこでも何が起きているのかなかなか把握できず、また互いの連携もとれていない。
今になって事件の全体像を完全にではないにせよ知っていて見る観客の方が、ばらばらの情報をつなげて事件を組み立てて見ていくことになる。

何かこれまでまったく思いもよらなかったことが起きている、足元が崩れて先がまったく見えなくなった不安感を改めて体感させる作り。
星新一が現代について、前方が見えない自動車をバックミラーを頼りに運転しているようなもの、と喩えたことがあったが、そういう感じ。

知っている俳優はまったく出ておらず、当人が演じている役も多い。それでいて、きちっと全員がリアリズム演技を見せているのに驚く。作り芝居の感じがまったくない。

乗客たちが反撃に出るのも、生きるか死ぬかという状況に置かれた生き物としての本能のようで、ヒロイックな感触は薄い。
柔道をやっていたという乗客が先頭に立つのだが、格闘技をやっている人はこういう時自分の肉体一つが武器にるのだから強いな、とちょっと思った。



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「カナリア」

2006年08月21日 | 映画
オウムの子供たちのうちの一人をフィクションとして主人公にして、ウリに近い真似をやっている少女との旅を描いているのだが、いったんカルトに染まったらああ「普通」に振舞えるだろうか、と思う。
あれくらいの苛立ちは、むしろ当然みたいなものだ。

逆説的に少年の祖父に代表される「普通」の側の意識の不寛容・硬直ぶりを突いているのかもしれないが、人間同士の断絶ぶりを改めて描いても始まらない気がする。
カルト側も世間側もどっちも息が詰まっているよう。なんか、もういいよという気分。

えんえんといかに閉塞状況を描いた末に最後にとってつけたように生きることを説かれても困る。生きている実感自体を感じさせることの方が(少なくともこっちには)必要に思う。
(☆☆☆)



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「ヒトラー ~最期の12日間~」

2006年08月20日 | 映画
ヒトラーが自殺してからがかなり長い。その後、後追い自殺していく者が続出し、特に何も知らない子供たちに毒薬を飲ませるあたりは実にむごい。

またはすでにドイツが降伏しているのに、鉄十字勲章を授与している場面がちらっと入ったりする。惰性というか慣習というか、いわゆる「自由意思」とは関係なく、システムにのっとってスイッチを入れたら自動的に動くように人間たちが動いていく。
全体主義国家だったから、とばかりはいえない気がする。人間の行動は相当程度、習慣で決まっていると思うから。

後になってからの歴史の後知恵で見ると、独裁者だったとか、ユダヤ人を虐殺したといった点だけで見るが、当時はうすうすとしか知られていなかったはず。
どうすればいいかなど本当に見当もつかなかったのではないか。
敵に対する憎しみや偏見に支配されている時だけでなく、自己放棄している時も、人を割りと簡単に殺すものなのかもしれない。
それは日本の敗戦の時も、あるいはその他のさまざまな場面で言えることだろう。

ラストで語り手である秘書の女性のおそらく実写映像で、知らないではすまないことでした、と語っているが、ちょっととってつけたような観あり。

必ずしも人間的なヒトラーが描かれたのはこれが初めてという気はしない。ある意味チャップリンの「独裁者」だって、彼の本質にかなり迫っていたと思う。
もともと、それほど天才的な人間とは思えない。凡人だからこそ凡人のルサンチマンに訴えられたのではないか。
(☆☆☆★)



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防衛庁跡ビル

2006年08月14日 | Weblog
だいぶ、防衛庁跡ビルの体裁が整ってきました。


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「鬼が来た!」

2006年08月12日 | 映画
白髪三千丈式の中国的ホラ話体質が入った日中戦争もの。
といっても、最近よく非難されているような日本に受けた被害をボリュームアップして言い立てる作りではおよそなく、リアリズムと寓話性とが白黒画面の中でふてぶてしくせめぎあって、公式的な戦争についての言説を左右を問わず蹴飛ばすかのよう。

たとえば、剣の名人と名乗る爺さんが西太后のもとで八人の大臣の首をはねた時、飛ばされて転がった首が、まばたきしてにっこり笑ってその手並の見事さに感謝した、なんて話が出てくる。さらにその子孫が五代にわたってその剣の腕を称えてお参りしているというのだから、ンなバカなことがあるか、第一この時代からするとそんな昔のはずないだろう、と言う他ない。
しかも、このホラがちゃんと後であっと思うような形で効いてくるのだから驚く。

冒頭に日本兵たち二人が入った麻袋を持ってきたのは一体誰なのか、「銃」ひとつに抽象化した形で描いていて、その銃が「馬賊」を思わせるモーゼル、というあたり、いろいろと想像を刺激する。

日本軍の隊長が織田信長気取りなのか、「人間五十年…」などと敦盛を歌っている。
虐殺場面で威勢良く軍楽がブカブカやっている対位法的効果。
深刻な場面でロバが馬とつがおうとしだすあたりの、今村昌平をちょっと思わせたりする土俗的でエロいユーモア。

「生きて虜囚の辱めを受けず」というのが建前の日本兵が麻袋に詰められて自死できない(というか、初めからしようとはまったくしていない)のが、後半の凄惨なストーリー展開の肝にもなっているわけだが、このあたり、日本軍というのは軍隊といえるのかな、とすら思える。
軍の使命は勝つこと、少なくとも負けないことであり、捕まったからといって死ぬのはまったくのムダで、捕虜には捕虜なりに戦う方法はある、といった前提がなくて、ええカッコして死ぬことばかり考えてるのだね。
そのくせ、いざ実際に捕虜になるとおしなべて掌を返したように従順になった、というのだから、敵とどう戦うかではなくて、仲間内でどう見えるかばかり気にしていたとしか思えない。

香川照之の本作出演時の記録中国魅録―「鬼が来た!」撮影日記は、「映画の百倍は狂っていた」製作現場を描いて秀逸。
(☆☆☆★★★)



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