この場合の「ジェーン」というのはジョン・ドゥに対する女性形のジェーン・ドゥ、「無名氏」と言った意味で、中絶が合法化されていない中で秘密裏に中絶する必要があった史実からとられたという。
エリザベス・バンクスのヒロインが妊娠によって心臓に負担がかかるので中絶しなくてはならないことになり、迷っていると、そこに集まった理事の医師たちは全員中絶に反対する。人の命に関わることを医師とはいえ他人が決める、母体の命より中絶を禁じている無言の強制に従うのが優先しているのが手にとるようにわかる。理事たちは全員男なものでまるっきり他人事で、夫がまた頼りにならず所在なげでいる。
そこからヒロインが住んでいる住宅地とはおよそ隔絶した場末でCALL JANEと書いてあるボロボロのポスターというかチラシを見かけ、電話する。電話したのはいいけれど相手が出たらあわててすぐ切ってしまうのがリアル。
冒頭で遠くからやってきたベトナム戦争反対デモ隊が、次のシーンではすりガラスを隔てて警官隊が警棒で激しく殴打しているのがシルエットで見える。
まだこの段階ではヒロインにとっても「社会問題」は他人事なのがわかる。
それが目隠しされて黒人女性の運転する車(タクシーではないとはっきり断られる)に乗せられてやはり場末に到着して怪しげな医者の中絶処置を受けるのを克明に描かれる。
ここで侵襲性の高い処置が施され、肉体に文字通り傷が刻まれることになる。
ヒロインには十代半ばの娘がふたりいて、すでに背丈は同じくらいなのだが多分に反抗的でもあって母親の妊娠にもやや反発しているのがうかがわれる。
あなたたちの問題でもあるのよと言いたそうで言わない。上からものを言えた立場かという感じ。
ラスト近くでニクソンの当選が報じられるのは、アメリカの保守派の巻き返しに従って中絶を禁じる州法が次々と可決されている現在とかぶる。
シガーニー・ウィーバーが中絶の世話役をつとめているわけだが、まことに頼もしい。