prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」

2008年02月29日 | 映画
いくら暗い内容といっても、ミュージカルとすると意外とノリが良くない。
「チャーリーとチョコレート工場」(そして監督はしていないが「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」!)の出来からしてティム・バートンにミュージカル・センスがないとは思えない、今回は音楽がダニー・エルフマンではないので、相性の問題だろうか。
スティーブン・ソンドハイムの音楽自体、かなり高尚でとっつきやすいものではないせいもあるし。
ドラマがよく仕組まれているから、カタルシスはあるけれど。

モノトーンの中に血のりだけがどす黒く赤い色彩設計は「スリーピー・ホロウ」よりさらに進化した感じ。
(☆☆☆★)


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スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 - goo 映画

「赤西蠣太」

2008年02月26日 | 映画
市川崑追悼で放映したのを録画して再見。
「蠣太」だけでなく人物の名前にみんな魚介類の文字が入っている、というあたり「サザエさん」みたいだが、その名前の字幕が水に漂うようにふらふらしながら出てくるあたりの諧謔味や、思い切って黒を真っ黒につぶした画作りなど、みどころがないわけではないのだが、あまり記憶に残ってなかった。

原作のブ男が美女に思いがけず好意を持たれてしまう皮肉はずいぶん引っ込んだ感じ。オリジナルの片岡千恵蔵みたいな典型的立役がニ役でショボい役をやるコントラストというのが、スターシステムが崩れて二枚目と三枚目の境目がぼやけてきて、あまり効かなくなったせいもある。(北大路欣也はホワイトプランのCMで犬の声までやっているものね)。


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「機関車先生」

2008年02月25日 | 映画
瀬戸内の離れ島の教師と子供たちの話、というと「二十四の瞳」がいやでも頭に浮かぶが、しきりと「月光仮面」が現れるように戦前ではなく戦後の話。子供たちが悲劇に向っていくわけではない分、屈託ない。
風景の美しさの魅力が大きい。
口がきけなくてどれだけ授業ができるのか、というあたりはかなり能率の悪い感じで、受験が盛んになってからでは成り立たない設定ではある。

坂口憲二がでかい図体で口がきけないで突っ立っているもどかしい感じを演出がよく生かして、印象は悪くない。
(☆☆☆★)


「肉体の門」(1988)

2008年02月24日 | 映画

主な舞台であるビルの廃墟にでかい不発弾が刺さっていて、それを根城にしているパンパンたちが御神体みたいにして祀っているという設定がセットデザイン的にも面白い。
ダモクレスの剣みたいにいつ死につながるかわからないのと同時に、怖がってヤクザも米軍も寄ってこないので一種の解放区みたいになっている。もっともパンパンの一人がしきりとみんなで金をためてパラダイスを作るのを夢見て口にするのは、なんだか甘い。具体的にどんな夢なのか描きようがないわけだし。
内容からして裸はあちこちに出てくるけれど、栄養がいいのが変な感じ。

米軍の役者がひどく安っぽい。おかげでそれに占領されている日本人も全部安く見える(事実そうだとも言えるが)。
かたせ梨乃と名取裕子というキャスティングも二時間ドラマのスペシャル版みたいな感じなズレた豪華さ。二人が踊るミュージカル風のシーンも凝っている割りになんか呼吸が良くない。
女同士の喧嘩を見せたりする女闘美趣味など日本人(特に女性客)が嫌うタイプの日本映画的なセンスが横溢している。

子供の歌手が大人を集めて「リンゴの歌」を歌っているシーンは当然美空ひばりのことだろう。そういえば脚本の笠原和夫はひばり映画でデビューしたのだったなと思う。
(☆☆★★★)


「蝶の舌」

2008年02月23日 | 映画

フランコ独裁政権下のスペインで内戦について描く時、子供の目を通すいう抜け道を使って暗示的に描くというのは「ミツバチのささやき」からある手だけれど、民主政権になってから作られたこの映画に政治的な方便というだけではなくて、子供の目を通すことによる叙情性と現実にぶつかる厳しさとを表現にもたらしているようでもある。

蝶の舌という題は「今は隠れて見えないけど、蜜を吸う時に巻いていた舌を伸ばす」と老教師の教えからとられたもので、全体主義に社会が傾いていく時に一般人こそが空気に流されて協力するのをまざまざと描く一方で、今に本心を明かすという意思表示でもあるわけで、うがった言い方するならこの映画自体が言えなかったことを言う「蝶の舌」ということになるだろう。

スペインの田舎の自然美、一人一人の人々のたたずまいの鄙びた、時に猥雑な風情が魅力的。それだけにラストは怖い。
(☆☆☆★★)


「ヒトラーの贋札」

2008年02月22日 | 映画
贋札作り、というれっきとした犯罪者が、ナチスという巨大な悪に協力させられて抵抗するという実話をつかんだ設定勝ち。贋札作りたちが自分の作った偽札がスイス銀行でもイギリスの銀行でも見破られなかったと知って、つい喜んでしまうあたりがなんとも皮肉で面白い。

主人公以外のユダヤ人やナチス将校などのキャラクター設定がやや通りいっぺん気味で、生きるか死ぬかというサスペンスがあまり効いていないのは残念。
将校たちが逃げていった後でユダヤ人たちが収容所を乗っ取り、特権的に「いい思い」をしていた贋札作りたちに銃を向けるシーン、栄養状態の違いが一目でわかる。
(☆☆☆★)


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「テラビシアにかける橋」

2008年02月20日 | 映画
アメリカの田舎町の学校生活や貧困層の描写がかなりリアルで細やかなので、言葉や絵によるフィクションの創作がいかに「現実に」力を持つか、というテーマは浮わつかないで済んだが、肝腎のテラビシアのイメージがいかにもなファンタジーの域をあまり出ていなくて魅力に乏しいのは惜しい。
原作は読んでいないが、本来ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」(間違っても映画版ではない)のようにコトバが喚起するイメージに賭けている性格の物語ではないか。映像にして絵解きしてしまうと、どうしてもイメージの広がる力が限定されてしまう。

インターネットは使われているらしいけれど、なぜかゲームをやっている子供は出てこない。ゲームで氾濫しているファンタジーと見かけの上で差別化するのが難しいからか。

ロバート・パトリックが「ターミネーター2」の無機質な悪役とはまるで違う厳しく現実原則を突きつけるが愛情ある父親役。

CGによる見せ場が本格化する前の、川をターザンみたいにロープで渡るところの撮り方で現実とは別の世界に入っていく感じを出す方が監督のセンスが見える。水量が増えたところを渡るところや雨の中の別れをハイスピードで撮ってある予感を出すあたりも。
(☆☆☆★)


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「ヒューマンネイチュア」

2008年02月19日 | 映画

奇をてらっているようでマジメなテーマ、たとえばどこまで人間は動物か、とか人間は見た目が九割、とか、愛とセックスはどこまで同じかといったテーマがけっこう強く出ている。

アラン・レネの「アメリカの伯父さん」風に学術的な描写とマンガチックな表現を混ぜてみたり、天国や公聴会などを交錯させる複雑な構成をとったり、「自然に帰れ」風の展開を見せたかと思うとあまり脈絡なくひっくり返したりして、ミュージック・ビデオ出身の作者らしく凝って見せる方に力を入れているけれど、案外変にまじめに野暮ったく、凝っている分突っ込みが浅い。
(☆☆★★★)


「大統領のカウントダウン」

2008年02月18日 | 映画

実は旧ソ連は西側の映画をけっこうぬけぬけとパクってたのだが、ソ連が崩壊してロシアになってから作られたセミ・ハリウッド活劇がこれ。
吹き替えて人名・地名を変えたら、ほとんどそのまま木曜映画劇場にぴったりな少し安い作り。

飛行機の高度が下がると爆発する爆弾というのは、「スピード」や「新幹線大爆破」の前身にあたるテレビムービー「夜空の大空港」にあった手。妙なところで復活した。
アクション・シーンの切れ味、サスペンスの仕組み方など、まずまず。日本で似たような話をやるよりリアリティが出るのは強み。
チェチェンとアラブ系の「テロリスト」をとにかく劇画的なくらい典型的な悪役に仕立てて、対するヒーローは徹底的に善玉という二分法と夜郎自大な大国意識までアメリカ製を鏡に写したよう。

アメリカ軍の司令官役のジョン・エイモスは「ダイ・ハード2」の特殊部隊隊長や「ロックアップ」の看守長、遡ると「ルーツ」のクンタ・キンテ(壮年期)をやっていた人。なんか、ずいぶん痩せた。
(☆☆☆)


「ゴールデンボーイ」

2008年02月17日 | 映画

まさかブラッド・レンフロ(1982年生まれ)の方がイアン・マッケラン(1939年生まれ)より先に亡くなるとは思わなかった。
健康的に見えるアメリカの裏側の退廃をよく演じていたと思うけれど、その通り早世しなくてもいいのに。

ユダヤ人であるブライアン・シンガーがナチス狩りがナチスみたいになる物語を演出しているねじれが面白い。
ゲイであることをカミングアウトしているマッケランとはゲイ同士でもあるので、教師をゲイだと中傷するといって強請るところも。
(☆☆☆)


若松孝二

2008年02月17日 | 映画
若松孝二の「実録連合赤軍」が第58回ベルリン映画祭でネットパック賞と、国際芸術映画評論連盟賞受賞。
かつて若松監督の「壁の中の秘事」が第35回に日本代表で出品された時、ピンク映画ごときがと日本の映画評論家の草壁久四郎に「国辱映画」と呼ばれたものだけれど、「母べえ」ばかり取り上げている日本国内の報道を尻目の受賞。痛快。


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「25時」

2008年02月16日 | 映画

見ながら、何度か「純文学」という言葉が頭をよぎった。
刑務所に入るまでの男の自由だが無為な25時間を追うという構成は、人生を断ち切る一つの区切りを置いてそれまでの人生で関わってきた人たちと再会したりして整理し、一体どんな意味があったのか考え直すという意味で、自殺する男の最期の二日を追ったドリュ・ラ・ロシェルの「ゆらめく炎」とルイ・マル監督によるその映画化「鬼火」をちょっと思わせる。
あるいは実存主義、というのはこういうものではないか。スパイク・リーがこういうアート系の映画を作るとは意外。インテリ体質が出た感じ。
見ていて面白い、というものではないが、ところどころに出た「人生をムダにした」痛みの感覚はけっこう切実。
(☆☆☆)


「パトリス・ルコントのドゴラ」

2008年02月15日 | 映画


エティエンヌ・ペルション作曲の“DOGORA”をバックにカンボジアの風景(主に貧しい子供がらみのもの)を綴っていくイメージビデオみたいな映画で、ラストでは音楽の演奏風景とカンボジアが交錯したりするのだが、正直どう結びつくのだか意味がわからない。子供たちを応援しているのだろうか。
スモーキー・マウンテンはフィリピンが有名だったが、プノンペン南部郊外のスタンミエンチャイ地区にあるゴミ山が出てくる。
(☆☆★★★)


「Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!」

2008年02月14日 | 映画
最初のうちビーンの濃ゆいキャラクターをスクリーンでアップで見るとちょっと引いたのだが、中盤フランスの田舎を巡るロードムービー風なのんびりした展開になってから落ち着いて笑える。
もともとビーンは精神年齢が9歳という設定らしいけれど、それと10歳の男の子を組み合わせたあたりも工夫が見られる。ヒロインのさっぱりした絡み方も気持ちいい。

エピソードやギャグの羅列式の構成かと思っていると、ちゃんとクライマックスでいろいろな要素が噛みあって盛り上がるあたり、なかなかうまい。
カンヌというのは映画祭がないと熱海みたいな古めかしい温泉町だと聞いたことがあるけれど、テレビで見る華やかなレッドカーペットとは別の顔がちょっと窺える。

カンヌの客はつまらないと平気で途中で出て行くそうだけれど、フィルム上映とDLP上映がごっちゃになったり、映写技師がいなかったり、考証的には相当ウソが多い(もっとも、そうでないとクライマックスが成立しない)。ウィレム・デフォーの芸術家ぶってCMで稼いでいる監督の描き方など、カンヌ映画祭に含むものがあるのかと思わせる。
(☆☆☆★)


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goo映画 - Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!

「隠された記憶」

2008年02月13日 | 映画

主人公ダニエル・オートゥイユの家をえんえん撮っているビデオテープが何者からか送りつけられるという出だしはすごく面白そうだったんですけどね。
あと、どう展開させていいのか困ったみたいにだんだん迷走を始めて、なんだか思わせぶりのうちに終わってしまう。
脅していたと思われた男が××する時、一瞬画面が真っ黒になるから、実はその場面もビデオに撮られていたという具合に展開するかと思ったらそういうわけでもない。なんでそうしなかったのか、よくわからないような処理。
(☆☆★★★)