prisoner's BLOG

見た映画のメモと、ツイッターのスクラップで出来ています。

「スタジオ」(見てはいけない怖い話)

2012年09月30日 | シナリオ
「スタジオ」

大山信也 22
長妻節子 22
武村有紀 11

毛利  先輩スタッフ カメラマン
田口  さらに古参のスタッフ 演出部
その他、スタジオのスタッフたち
テレビ番組の出演者
亡霊たち

東京H町にある、大きめの撮影スタジオ。そこに録音助手の信也と、スタイリスト助手の節子の若いスタッフの二人がぴったり寄り添ってやってくる。たちまち先輩の一人の毛利に「なんでスタイリストの荷物を、録音助手が持ってやってんだ」とひやかされる。と、もっと古参の先輩の田口が「こいつらはもう公認の仲なんだよ。野暮言うな」
実際、思い切り大きな荷物なのだが、節子はさらに信也の手首に巻いているペンダントに目をつける。「それもちょっと貸してくれない、とにかく集められるだけのペンダント集めろって状態で」「いいけど」と、信也は外して渡す。「なんで、それだけいっつも首にかけないで手首に巻いてるの」と聞くが、信也は曖昧な答えしか返さない。二人はキスして、それぞれの部署に向かった。

スタジオの収録作業が始まる。簡単なセットで出演者数人の通販番組だ。
ヘッドフォンをかけて音声を聞いている信也の耳に妙な意味不明の声が入ってくる。
首を傾げている信也に、「何か変な声が聞こえたんだろ。このあたりではずいぶん空襲で焼け死んでるからな」「川にとびこんだところを火にまかれて、焼け死ぬとともに溺れ死んだそうだ」「トンネルの中に大勢の遺体が供養されないまま押し込まれているらしいぞ」などと田口が、怖がらせるのを楽しむように耳打ちする。

毛利は操作しているカメラのファインダーの映像が妙にちらつくのにいらいらしていたが、ふと気付くと、ちらつきの向こうに妙な人影が写っている。肉眼で見ると誰もいないところに、カメラを通すとすっぽりと防空頭巾をかぶって顔を見せない人間の姿が見えるのだ。
かと思うと、突然ぷつっと照明が落ちてしまう。暗い中、懐中電灯を振り回してどこが悪いのか調べるが、どこも接触不良など起こしておらず、原因がわからない。

暗がりでスタッフたちが右往左往する中、節子が見ると、信也の首に自分が預かったはずのペンダントがいつのまにかまたかかっているのに気づく。節子があれっと思うと、信也が心ここにあらずといった風にとことこと歩いてくる。節子のところに来たのかと思うと、上の空で気付かないまま何かに導かれるように歩いてしまったらしい。
ふっと節子が信也のペンダントを見ると、ここにいるわけのない小さな女の子の手が(手だけで顔は見えない)そのペンダントをつかんでいる、と思ったら、その手が消えている。信也に聞くが、当人にはペンダントを持って行った覚えも首にかけた覚えもないという。

改めて節子はペンダントを預かり、間違えないように自分の首にかけておく。と、誰かがそのペンダントを引っ張る。気のせいかと思ったら、ぐいっと頭が下がるほどの力で引っ張られ、下を向いた拍子にペンダントをひっぱった青ざめた女の子と顔を合わせてしまい、悲鳴を上げる。
すぐに女の子はまた姿を消すが、節子がさらに闇をじいっと注視すると、何人かの頭巾をかぶった人影が闇に紛れているのが見えた、と思った時、さらに突然強い寒気が襲ってきて何だろうと思ったところで明かりがつく。
気がついたら節子の頭のてっぺんから足の先まで、びっしょりと水で濡れている。いったい、どこからそんな水が現れたのか、見当もつかない。

暗くなっていた間に肝腎の通販商品がいつのまにかなくなっていて、探し出すのにまた時間をくうといった調子で現場は混乱して一向に仕事ははかどらない。徹夜もやむなしと田口が言うが、毛利がこのスタジオは十二時以降は使ってはいけないのだと強く主張する。それ以降になると、「出る」からだ。結局節子と信也が残って明日の準備をするということで話がまとまる、というより下っ端の二人に押し付けて全員逃げてしまう。

次の日に備えて、二人はそれぞれの部署で夜を過ごす。信也は控え室で機材のチェックをしている。ふと見ると、鏡の中に10歳くらいの女の子が写っている。(女の子の顔を見るのがこれが初めて)あっと思ってよく見ようとしたら、もう姿は消えている。

節子はふと気づくと確かにしていたペンダントが、またもなくなっているのに気づく。一度ならず二度までも、しかも首にかけっぱなしにしていたのに、なくなるとはどういうことだろうとスタジオに戻ってみる。
と、セットの一部のライトがなぜかつけっぱなしになっている。「誰かいるの」
近づいていくが、スタジオはがらーんとしてまるでひと気がない。出て行こうとすると、ちかっ、ちかっとセットの陰から鏡で反射するような光が送られてくる。
「誰?」さらに近づいていくと、スポットライトが当たった机の上にまるで場違いな折鶴が置いてある。
「何これ」よく見ると、周囲の半ば闇に沈んでいるあたりにも、折鶴がたくさん置いてある。あるいは束になって吊るされている。
その中に、変わった文様の折鶴がぽつんと置かれてあるのに、ふと節子は気付いて怪訝な顔をする。何かシーサーをデザインしたような柄だ。と、突然ろうそくが灯され、その火が吊るしてあった折鶴の束について燃え広がっていく。それを見た節子は立ちすくむ。

信也はふと違和感を覚えて、ポケットに手を突っ込む。と、節子に貸してまだ返してもらっていないはずのペンダントが出てくる。
「どうなってるんだ」さらに、折鶴までもが出てくる。

信也がペンダントをベッドに寝ている少女に渡すフラッシュバック(舞台式のごく抽象化したベッドとバックの幕程度といった装置を使う)
少女がだだをこねて、ふとんをかぶってしまうフラッシュ。

スタジオの闇の中、薄気味悪くて立ち往生している節子。突然、携帯の着信音が鳴り響く。
心臓が止まりそうなくらいびっくりするが、見ると発信者は信也なので助けを求めるつもりで出る。
「いつ俺のペンダント、返したんだ」「返してないよ」改めてぞっとする節子。
「今どこにいるの」「スタジオ」そして目の前の机周辺に折鶴がたくさんあることを信也に告げて、このあたりには戦没者が大勢埋まっているとかいうけど(節子も知っている)、その慰霊に使われたものではないかなどと言う。「そうじゃない」「なんでそう言えるのよ」
その時、ふと「待って。確かにちょっと違うような気がしてきた」と、呟く節子。そのとき、何者かが暗がりから姿を現そうとしているのに気づく。
悲鳴をあげる節子。信也は控え室を飛び出してスタジオに向かう。

節子が逃げようとすると、突然すべての明かりが消えて真っ暗になる。
そこに信也が飛び込んできたが、あまりに暗いので身動きとれない。
二人は携帯の明かりを頼りに、互いに声をかけあって位置を確認する。
と、すうっとまた一部の明かりがついて、抱き合っている二人の姿が現れる。
「早く逃げましょう」と節子は言うが「ちょっと待って」と信也は奥に進んでいく。
「折鶴があったって」「それが何、早く逃げないと」
だが、信也は鶴が置かれた机の前にまで到達する。信也は折鶴を見て
「やっぱり、な」「何がやっぱりなの」「化けて出ていたのは戦争の犠牲者じゃなかったんだ。折鶴なんて置いてあったから、そう思い込んでいたけれど」「じゃあ、誰」
その時、節子は暗がりから誰かがすうっと姿を現すのを見る。
悲鳴をあげる節子。だが信也は「落ち着いて」と呼びかける。
「久しぶりだね、有紀」
現れたのは、控え室の鏡の中にいた、信也にペンダントをもらっていた女の子(有紀)だ。
フラッシュバック。ベッドに横臥している生前の有紀。枕元に折鶴が一羽置かれている。
「これは幸運のお守りだから、持っていて」と信也が有紀にペンダントを渡す。
「でも、まもなく君(有紀)はいなくなった」
空になっているベッド。母親が「これはもともとあなたのですから」とペンダントを信也に返す。

「それで、ペンダントを首にかけないでいたのね」「幸運のお守りなんて言っておいて、(有紀に)役に立たなくて、ごめんな。(節子に)返してもらっても、また首にかける気にはならないし、かといって捨てるわけにもいかないし。それで首にかけないで持って歩いてたんだ」

フラッシュバック。信也が腕に巻いていたペンダントを節子が持っていくのを見ている有紀の亡霊。

「でも、どこが幸運のペンダントなの」「これを買ったら君(節子)と出会えたことだ」驚く節子。有紀も驚く。

フラッシュバック。公園のベンチで寄り添っている信也と節子を、部屋の中からそっと見ている有紀。二人の距離がますます接近しそうになると、手鏡で光を送って節子の顔に当てて邪魔する。
その光は、先ほどスタジオから脱出しようとする節子を邪魔する光とだぶる。
「本気で嫉妬していたのかい」信也の言葉にうなずく有紀。節子は複雑な表情。
節子「思い出した。あの鶴を、あたしも折った。見覚えがあると思ったんだ」

フラッシュバック。寄り添っている信也と節子が言葉を交わす。「知り合いで病気の子がいるもので」「わかった。何羽折ればいい?」「多いほど」
節子は、シーサー柄の折り紙で鶴を折る。さっき、見たのと同じ折鶴になる。「どこか見覚えがあったと思ったんだ」
病床の有紀の枕元に吊るされた何十という折鶴の束が届けられる。
しかし、やがて有紀の顔に白い布がかけられる。

節子の耳元に有紀の声が届く。「ごめんなさい」
有紀が信也におずおずと近寄ってくる。抱きつこうとするが、突き抜けてしまって触ることはできない。試みに折鶴を取ると、それは持ち上げることができる。受け取る信也。
有紀が満足したように微笑む。
と、節子と信也の二人は、有紀の後ろの闇に、無数の亡霊が佇んでいるのに気付く。

節子ははっとした。
最初に信也のところにペンダントが戻ったとき、有紀がそれをひっぱって信也を亡霊たちの群れから遠ざけていたのだ。あの時は、亡霊たちと有紀とごっちゃにしていたが、実は有紀が信也を守っていたのだった。その後節子がかけたペンダントをひっぱったりしていやがらせしてはいたが。
そして、今また有紀が亡霊たちの前に立ちふさがって信也と節子のところに迫ってこないよう小さな体を盾にして防いでいる。

信也と節子は有紀に呼びかける。亡霊たちとかかずりあってはいけない。早く成仏しなさいと。有紀は微笑んで、すうっとわずかに光り、また暗がりの中に溶け込むように消えて行った。
二人は、盾になっていた有紀がいなくなったもので、たちまち迫ってくる亡霊たちから大急ぎで逃げ出し、スタジオから脱出する。

逃げ切った二人はビルから出て行きながら会話をかわす。
「ペンダント、どうしようか」「そうね。二人で持ってましょう」
さらに、ぽつりと続いた。「あしたの収録、どうなるんだろう」
(終)

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「病院」(見てはいけない怖い話)

2012年09月30日 | シナリオ
「病院」

登場人物 飯沢聡子 20代前半 足のケガで病院に新しく入院した患者
     瀬川明美   〃   ナース?
       慶子   〃   後から入院してくる患者
     医者1(声だけの出演)
     医者2(声だけの出演)
     焼き場の係員(声だけの出演)

病院の各所(ラフに撮られたモノクロのざらついた静止写真 以下同じ)にかぶさり、
聡子のN「病院…、そこではどこよりも多くの人間が生まれ、どこよりも多くの人間が死ぬ」
古いビル。
N「私は東京で小さな出版社に勤めている。ずっと忙しくて休みもとれなかったけれど、やっと久しぶりの休暇をとって、女の一人旅としゃれこんだ」
車の走っている道路。
N「予定も立てずにぶらっと足の向くまま気のむくままに歩き回るつもりだった。小さな名も知らない駅で途中下車して」
商店街。
N「駅前をぶらついた後」
裏道。
N「狭い裏道に入って歩いてまわり、角を曲がろうとしたところ、一台のトラックがむりやり割り込んできた」
トラックのヘッドライトのアップ。
聡子の顔。
激痛でゆがんだ顔。
N「何が起こったのか、しばらくわからなかった」
救急車のサイレン。
T「内輪差」
N「小学校で習ったナイリンサ、という言葉の意味が十年以上経った今、やっとわかった」
トラックのタイヤのアップ。
N「四輪車がカーブするとき、後輪は前輪より内側を回る。だから前輪をよけても同じところに立っていると後輪に轢かれることがあるから気をつけなさいと、先生に教わった。その通りになった」
タイヤに轢かれかけている足。
N「トラックは、人の足を踏んだことにも気づかなかったのだろう。そのまま走り去った」
救急車。
病院の救急口。
トレーチャー。
N「都会暮らしに慣れてきたはずの私が、ちょっと田舎に入ってこんな交通事故に会うなんて、思いもよらなかった」
画面、F・Oする。
N「どういう治療を受けたのか、よく覚えていない。気がつくと、病院のベッドに上にいた」

○ 病室・大部屋・昼
その片隅、窓際のベッドに入院衣姿で横になっている聡子。
白衣を着た明美が、話しかけてくる。
明美「目がさめましたか」
聡子「ここは…」
明美「病院です」
聡子「病院…(まだぼんやりしている)」
明美「そうです」
聡子「なんで病院に」
明美「足にケガしたんですよ」
聡子「(記憶を探って)そうだ、あの車に踏んづけられたんだ」
明美「あの車って、どの車ですか」
聡子「あのトラック…、しまった、覚えてない」
明美「何を」
聡子「車のナンバー。踏んづけて、そのまま行っちゃった」
明美「仕方ありませんね」
聡子「警察に届けないと」
明美「どんな車か覚えてますか」
聡子「いいえ、よく。すぐ鼻先を通ったと思ったら、いきなり激痛が走ったものだから」
明美「では、届けても望みありませんね」
聡子「そんな…」
明美、近くのキャビネットの引き出しを開け閉めして、
明美「貴重品はここにまとめてあります。今日は、診察は終わりです。詳しいことはあしたから」
ナースコールのボタンを示して、
明美「何かあったら、これを押して下さい。私は瀬川です。瀬川明美」
と、立って隣の患者のところに行く。
隣の患者はぐるりをカーテンで仕切っていて、中の様子はまったく見えない。
明美の声「…はい、大丈夫ですよ。隣に人が入ったけれど、気になりませんね。調子は…まあまあ」
患者の声はさっぱり聞こえない。
聡子、テレビを見ようとするが、つかない。
引き出しを開けて、財布や携帯を出して確かめる。
聡子のN「そうだ、会社に連絡しないと」
携帯をかけてみる。
「…この携帯は、電波の届かないところにあるか、電源が切ってあるため、かかりません…」
聡子、けげんな顔をする。
隣のカーテンの中から明美が出てくる。
明美「病院内では、携帯は禁止です」
聡子「はい」
と、急いで引き出しにしまう。
明美、身を翻して去る。
聡子「あの」
と、声をかけるが、聞こえないのかさっさと出て行く。
聡子、仕方なくベッドの上でおとなしく横になっている。
N「私はやっと落ち着いて、自分の身の回りを見渡した」
大部屋だが、聡子と隣の患者の二つのベッドしか埋まっていない。
N「なんでまた、他にいくらも開いているのにこんなにくっつけて寝かせているんだろう。不思議に思った」
寝ている聡子。
N「ベッドの上でいろいろ考えているうちに、いくつもわからないことが頭にわいてきた。旅先だったから私は保険証を持っていない。もちろんこの病院の受信票も持っていない。それから入院のための書類も書いた覚えがない。なんですんなり入院できたのだろう。急患だったから受け入れたのだとしても、書類くらいは書かせるはずだ。免許証は持っていたから、身元はわかるのだし。それから課長の携帯は電源を切っていても留守録につながるはずで、すると電波が届かないのは、こちらの携帯ということになる。電波が届かないのに、携帯禁止?」
間。
N「私はどんなケガなのか。どんな処置をしたのか。誰が処置したのか。どれくらいで治るのか。何もわからない」
間。
N「そうだ、この病院の名前、なんというんだろう」

タイトル

○ 病室・夜
横になっている聡子と、相変わらずカーテンを巡らしたままにしている隣の患者。
ともに明かりはつけている。
「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
変なうめき声が、隣から聞こえてくる。
聡子、いやな顔をする。
「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
だんだんうめき声が大きくなる。
聡子。
「ウウウウウウウウウ」
聡子、がまんできなくなってきて、
「すみません」
うめき声はやまない。
「(声を大きくして)すみません」
うめき声が止まる。
聡子「ナースコールを押してみたら、いかがですか」
答えは、ない。
聡子「もし」
「ウウウウウウウウウ」
また、うめき声が一段と大きくなって再開する。
聡子、たまらず自分のナースコールを押す。
「ウウウウウウウウウ」
えんえんとうめき声が続く。
聡子、(早く来てくれ)という顔で待っているが、一向にナースは来ない。
聡子「何やってんのよ」
またコールするが、まだ来ない。
聡子「(たまらず、隣に声をはげまして)あの、すみません」
「ウウウウウウウウウ」
聡子「どうしました」
「ウウウウウウウウウ」
聡子「何かできることありますか」
突然、ぴたりとうめき声が止まる。
聡子「(どうしたのだろう)」
隣から女の声「あの」
聡子「はい」
隣の女の声「大変申し訳ないのですが」
聡子「はい」
隣の女の声「少し、私の話を聞いていただけないでしょうか」
苦痛のあとなどまったくない、落ち着いたしゃべり方。
聡子「(戸惑いながらも)ええ、いいですよ」
隣の女の声「すみません、顔も見せないで」
聡子「いえ」
隣の女の声「でも、見ない方がいいんです」
聡子「はあ」
隣の女の声「夫のせいなんです」
聡子「はあ」
隣の女の声「何もかも、夫のせいなんです」
聡子「…」
隣の女の声「夫のタケシが私をこんなにしてしまったんです」
聡子「…」
隣の女の声「タケシは、あたしをぶちます。何度もぶちます。朝もぶちます。昼もぶちます。夜もぶちます。夜中でも、叩き起こしてぶちます。手でぶちます。足で蹴ります。掃除機の棒でぶちます。ポットの中のお湯をかけます。風呂の中のお湯に頭を沈めます。玄関のドアの間に手を入れておいて、思い切り閉めます。足の甲を思い切り踏みつけます」
聞いている聡子、顔がひきつってくる。
隣の女の声「それから、思い切りあたしをののしります。顔が悪い。頭が悪い。スタイルが悪い。性格が悪い。いつもろくな服を着ていない。不潔だ。臭い。そう言って、あたしに唾を吐きかけます。おまえには生きている価値がないと言います。死んでしまえと言います。死んでも誰も悲しまないと言います。あたしが死んだら、墓の上で踊ってやると言います」
聡子「(おそるおそる)あの…」
隣の女の声「(構わず)傷だらけになって血まみれになると、『血を出すな。汚らしい』と怒鳴ります。顔が腫れて膨れ上がると、『醜い』とののしります」
聡子「あの、警察を呼んだらいかがでしょう」
隣の女の声「それからあたしの親を罵倒します。あたしの母親のしつけが悪いから、こんな出来の悪い娘ができたんだと言います。おまえの父親は本当の父親ではないと言います。おまえの母親は公衆便所だから、誰の子供だかわかりゃしないと言います」
聡子「(懸命になって)ちょっと、ひどすぎませんか。絶対警察に言うべきです。あるいは公の対策センターとかあるはずです」
ぷつりと隣の女の声が止まる。
聡子、耳をすましている。
何の音もしない。
聡子「あの…」
答え、なし。
聡子「もしもし」
隣から女の声「あの」
聡子「はい」
隣の女の声「大変申し訳ないのですが」
聡子「はい」
隣の女の声「少し、私の話を聞いていただけないでしょうか」
さっきと同じような何事もなかったようなしゃべり方。
聡子「(戸惑いながらも)ええ、いいですよ」
隣の女の声「すみません、顔も見せないで」
聡子「いえ(何か変だな)」
隣の女の声「でも、見ない方がいいんです」
聡子「…(前と同じことを言ってないか?)」
隣の女の声「夫のせいなんです」
聡子「はあ」
隣の女の声「何もかも、夫のせいなんです」
聡子「…」
隣の女の声「夫のタケルが私をこんなにしてしまったんです」
聡子「…タケル? タケシだったのでは」
隣の女の声「(まったく意に介さず)だからあたしはタケルをぶちます。何度もぶちます。朝もぶちます。昼もぶちます。夜もぶちます。夜中でも、叩き起こしてぶちます。手でぶちます。足で蹴ります。掃除機の棒でぶちます。ポットの中のお湯をかけます。風呂の中のお湯に頭を沈めます。玄関のドアの間に手を入れておいて、思い切り閉めます。足の甲を思い切り踏みつけます」
聞いている聡子、わけがわからない。
隣の女の声「それから、思い切りあたしはタケルののしります。顔が悪い。頭が悪い。スタイルが悪い。性格が悪い。いつもろくな服を着ていない。不潔だ。臭い。そう言って、タケルに唾を吐きかけます。タケルにおまえには生きている価値がないと言います。死んでしまえと言います。死んでも誰も悲しまないと言います。おまえが死んだら、墓の上で踊ってやると言います」
聡子「(おそるおそる)あの…」
隣の女の声「(構わず)傷だらけになって血まみれになると、『血を出すな。汚らしい』と怒鳴ります。顔が腫れて膨れ上がると、『醜い』とののしります」
聡子「あの、どちらが」
隣の女の声「それからタケルの親を罵倒します。タケルの母親のしつけが悪いから、こんな出来の悪い息子ができたんだと言います。タケルの父親は本当の父親ではないと言います。タケルの母親は公衆便所だから、誰の子供だかわかりゃしないと言います」
聡子「あの、わけがわかりません」
ぷつっと、また声が途切れる。
聡子、耳をすましている。
何の音もしない。
聡子「あの…」
答え、なし。
聡子「(よせばいいのに)もしもし」
隣の女の声「あなたのせいです」
聡子「は?」
隣の女の声「何もかも、あなたのせいです」
聡子「え…(わけがわからない)」
隣の女の声「あなたが私をこんなにしてしまったんです」
聡子「ちょっと」
隣の女の声「あなたは私に病気をうつした」
聡子「ちょっと、何をおっしゃるんですか」
隣の女の声「この病院、変だと思わない?」
聡子「え?」
隣の女の声「こんなにベッドが空いているのに、あなたとあたし、こんなにぴったりくっつけて寝かせて。こうやって、あたしに病気をうつそうとしているんだ。インフルエンザと、エイズと、それと癌と」
聡子「癌がうつるわけないでしょう。変なこと言うの、やめてください」
隣の女の声「そうやってあたしを殺そうとしているんだ」
聡子、憤然としてナースコールを押す。
だが、誰も来ない。
聡子「どうなってるの、誰か来てよ」
がちゃがちゃ押す。
隣の女の声「誰も来ないよ」
聡子、我慢できなくなって、むりやりベッドから這い出る。
包帯とギプスで固められた足をそろそろと床に下ろす。
激痛が走り、思わずうめき声が漏れる。
ケガしていない足を床に下ろし、なんとか一本足でけんけんしていこうとするが、踏ん張りがきかず転倒する。
悲鳴を上がる聡子。
それでも懸命になって床を這いずって出入り口に向かう。
隣の女の声「誰も来ない」
聡子、耳を貸さずに這っていく。
隣の女の声「(意味不明の絶叫)あーぁぁぁぁぁあ」
聡子、這う。
隣の女の声「あたしが死んでも、誰も来ない」
聡子。
隣の女の声「(絶叫が後ろから追いかけてくる)あたしなんか、死ねばいいっ」
聡子、振り返らないで、這う。
隣の女の声「死ぬんだっ」
聡子、少し逡巡する。
隣の女の声「死ぬんだっ」
聡子、這うのを停める。
隣の女の声「見ろっ、死んでやるっ」
聡子。
隣の女の声「(断末魔のような声)ぎゃああああああ」
聡子、思わず振り返ってしまう。
と、カーテンが中からのおびただしい量の血しぶきで真っ赤になる。
聡子、悲鳴を上げる。
そして、痛む足をひきずって出口に向かう。
やっと到着して、なんとか開けようと扉に手を伸ばす。
と、がらっと外から扉が開けられる。
見上げると、明美が上から見下ろしている。
明美「あら、だめじゃないですか。まだケガしたばかりなのに動き回ったりして」
聡子「(興奮して言葉にならない)あ、あの、隣の人が、死、し、し、しに」
明美「(意に介さず)はい、つかまって」
と、聡子を担ぎ上げるようにして立たせる。
その拍子にケガした足に力が加わり、
聡子「痛いっ!」
悲鳴を上げる。
明美「がまんして」
と、病室の奥に逆戻りしだす。
聡子「ちょっと」
慌てる。
が、振り向いて奥のベッドに近づくと、痛みの中でけげんな顔をする。
使われているベッドは窓際の聡子のだけで、カーテンが開けられて見ることができる隣のベッドには使われた形跡がない。
明美、ぐいぐいと聡子をひっぱって窓際のベッドに戻す。
聡子「さっきずいぶんナースコールを押したんですけど」
明美「あら、聞こえてすぐ来ましたけれど」
聡子「すぐ?」
明美「ええ」
明美、委細かまわず聡子をベッドに横にする。
聡子「いたっ」
明美「ごめんなさい(心がこもっていない)」
明美、聡子の脈をとったり、熱を測ったりする。
聡子「あの」
明美「はい」
聡子「この病院、他に患者さんいないんですか」
明美「いますよ。この病室だけたまたま空いているけれど」
聡子「でも、いくらなんでも静かすぎません?」
明美「夜ですからね」
聡子「あの、診ていただいてるの、何という先生ですか」
明美「飯沢先生です」
聡子「あら、あたしと同じ名前」
明美「…(何も言わない)」
聡子「(なんだか不安になる)」
明美「少し熱がありますね。お薬出しておきましょう」
と、席を外す。
聡子、隣のベッドを見る。
やはり、使われた形跡はまったくない。
見ているうちに吸い込まれそうになって、あわてて目をそらす。
明美が水と薬を持って戻ってくる。
明美「はい」
聡子「…(なんだか気味悪くて手を出さない)」
明美「飲んで」
聡子「これ、なんですか」
明美「ただの鎮静剤です」
聡子、やむなく飲む。
ごくっと鳴るノド。
明美「じゃ、ごゆっくり」
と、出て行く。
寝ている聡子。
のしかかってくるような沈黙の中、聡子の呼吸と心臓の鼓動だけが聞こえてくる。
聡子、薬が効いてきたのか、うとうとしてくる。
隣の女の声「(聞こえてくる)「ローンは大阪との関係がもっとも親密で、正確に数えまして、コンスタントに亡くなる1970年まで総数は100回、コンセルトヘボウと豊島区役所にまとまった代金がかかっています」
聡子「?」
目を向けると、いつのまにかカーテンがまた巡らされている。
暗い中、隣の女の声だけが響く。
隣の女の声「(意味がだんだん壊れてくる)もちろん助かる、まだキャビネットに可能性が高い、いのさきのことしか考えてない、きょうあしたきょう、いじめるのが好き、らしきさの、防衛こそ最大のラジオ、百円ショップで売っている包丁で十分、マザコンの母親はチッコリー、心が安くなる、階段から落ちる、テントウムシテントウムシ、頭がぱっくりわれてたたんで串刺しにして、水たまりができてる、浸透性ならあんた誰、あのエスカレータはあなたの行く先には止まりません、エクスプラターナ、プフファぅーラは私の本名ではない」
聡子、もちろん意味がわからない。
隣の女の声「(ところどころ日本語らしきフレーズは入るが、まったく意味がわからない)いかにしてけわけはビンらでいんわとりにかしたかにけだすことができなかつたとにゆうんすがぜんぜんちがう、楽天むすうえるてなにしてたのよそうはていたれはよかつたいと、いせんしやーなりすとまとめたしょういんおおけいだよと」
聡子、気が変になってきそうになる。
聡子「(耳を押さえて叫ぶ)もうやめてっ」
隣の女の声「けけけけけけけけけ」
聡子、我慢できなくなり、身体を起こして、カーテンに手をかける。
隣の女の声、ぷつっと途切れる。
聡子、一瞬迷うが、思い切ってカーテンを開く。
隣のベッドの上には、誰もいない。
ふと見ると、隣のベッドの傍らのテーブルに、ムダ毛剃りに使うようなカミソリがぽつりと置かれている。
聡子、つい目が吸い寄せられてしまう。
頭を振って、目をそらす。
ふっ、と明かりが消える。
聡子「(小さく悲鳴をあげる)」
聡子、立ちすくんでいる。
突然、眠気が襲ってくる。
だんだんひどくなり、立っていられない。
どさっと自分のベッドに座り、横になる。
意識が遠のく。
その顔にすうっと明かりが当たる。
聡子、もやもやした意識の中、そうっと光の来た方を見る。
隣のベッドのまわりにまたカーテンがめぐらされ、その中から光がさしている。
聡子、眠気と懸命に戦うが、身体が思うように動かない。
カーテンに、人影が写る。
聡子「(悲鳴をあげようとするが、薬が効いているのか、声か思うように出ない)」
カーテンが中から開けられて…、
姿を現したのは、明美だ。
ただし、ナースではなく、患者の格好をしている。
聡子「(エッ)」
明美、カミソリを手にしている。
聡子の上にのしかかってくる。
ノドもとにカミソリを当てられそうになって。
聡子「(突然、悲鳴が出る)」
聡子の身体が動くようになって、懸命に明美のカミソリを持った手をつかんで防ぐ。
明美、体重をかけてカミソリを近づけてくる。
聡子、明美の手をねじるようにして反撃する。
「ギャッ」
聡子の顔に血しぶきがかかる。
明美の首にカミソリが刺さっている。
血を噴き出しながら、どうっと隣のベッドの上に倒れて動かなくなる明美。
聡子、また悲鳴をあげる。
ナースコールを押しかけて、はっと気づいて投げ捨てる。
聡子「どうしよう…、どうしよう…、どうし…」
興奮状態の中、また猛烈な眠気が襲ってくる。
聡子「眠いっ…なんで、こんな時に」
またベッドの上で横になる。
今度こそ、完全に意識がなくなる。
× ×
目をさます聡子(夜)。
ベッドの上で横たわっている。
顔に血のりの跡はない。
聡子の声「…夢か」
起き上がろうとして、身体が動かないのに気づく。
聡子の声「身体が…動かない…」
辛うじて動く目だけをめぐらして、周囲を見渡す。
カーテンがぐるりに巡らされている。
聡子の声「ここは、隣のベッドだ。なんでここに」
隣、つまり前の聡子がいた窓際のベッドから声がする。
明美「目がさめましたか」
窓際のベッドに、別の女(慶子)が寝かされている。
慶子「ここは…」
明美「病院です」
慶子「病院…(まだぼんやりしている)」
明美「そうです」
慶子「なんで病院に」
明美「覚えありませんか」
慶子「そう…、確か階段から落ちて…、誰かに押されて…」
明美「貴重品はここにまとめてあります」
慶子「どんな処置をしたんでしょう」
明美「今日は、診察は終わりです。詳しいことはあしたから。何かあったら、これを押して下さい。私は瀬川です。瀬川明美」
カーテンを開けて、明美が入ってくる。
聡子「!…」
明美、にっこり笑って、カミソリを取り出す。
どうするのかと思うと、傍らのテーブルに置いていって、カーテンをくぐって去る。
聡子、相変わらず身体が動かない。
その口から、勝手にうめき声が漏れる。
聡子「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
聡子の内心の声「こんな声、あたし出してない」
聡子「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
だんだんうめき声が大きくなる。
聡子の内心「止まれ、止まれっ」
聡子「ウウウウウウウウウ」
慶子「すみません」
うめき声はやまない。
慶子「(声を大きくして)すみません」
うめき声が止まる。
慶子「ナースコールを押してみたら、いかがですか」
答えは、ない。
慶子「もし」
聡子「ウウウウウウウウウ」
聡子の内心「いやだっ、あんなわけのわからないことをわめき散らかすのはいやだっ、あたしはまともよ。おかしくなんかない」
聡子「(うめき声はますます大きくなる)ウウウウウウウウウーッ」
慶子「あの、ナースコールを押したらいかがですか」
聡子「押しても、来ないんですよ」
ぽろっと普通に声が出た。
以下、カーテンを隔てての会話。
慶子「来ない? そんなことないでしょう」
聡子「あの看護婦は恐ろしい人なんです。いや、人ではないかもしれない」
慶子「え?」
聡子「そうです。人ではない。悪霊か、地縛霊か、とにかく恐ろしいものです」
慶子「(あ、こりゃ頭が変な人だわという顔)」
聡子「あたしは旅先で事故でケガしてこの病院に担ぎ込まれました。いや、あの事故からしてこの病院の陰謀だったかもしれない。とにかく担ぎ込まれたけれど、誰が手当てしたのかもわからず、わけのわからないまま、身動きもとれずに、この病室に閉じ込められたんです。隣にわけのわからない女がいる、この病室にです」
慶子「わけのわからない女?(それはあんただろ、と顔に書いてある)」
聡子「えんえんとわけのわからないことを言い続けるんです」
慶子「…」
聡子「あたしがそうだと言うんでしょう。でも違う。信じてください」
慶子「はい、はい」
言いながら、ナースコールを押している。
聡子「今、ナースコールを押しているでしょう」
慶子「(図星をさされ、ぎょっとする)」
聡子「図星みたいね。あたしの頭がおかしいと」。
慶子「…やめてもらえません?」
聡子「いいえ、あたしの言うことを聞いて。あたしの言うことを聞いて、一刻も早くこの病院を抜け出すの。そうしないと、恐ろしいことになる」
慶子「(気味悪くなってくる)」
聡子「あの看護婦は恐ろしい人なんです。いや、人ではないかもしれない。あたしは旅先で事故でケガしてこの病院に担ぎ込まれました(同じことを繰り返しているのに気づくが止められない)。いや、あの事故からしてこの病院の陰謀だったかもしれない。とにかく担ぎ込まれたけれど、誰が手当てしたのかもわからず、わけのわからないまま、身動きもとれずに、この病室に閉じ込められたんです。隣にわけのわからない女がいる、この病室にです」
慶子「(本気で怖くなってくる)」
聡子「すでにつしびょうるいがなんおいならかわのけれわにになと。巣でんたらわれめこじとにしつびょうのこ。にずれとも記号みまま、いならかわのけ輪ずらかわもかのたしてあてがれだ」
わけのわからないことを口からだらだらと垂れ流している聡子、自分の上にかけているシーツの中から明美が顔を出してくるのに気づく。
聡子「(総毛立つが、口は止まらない)。いなれしもかたっだぼうびょうのこてしらかこじのあやい。鷹峰しまれまこぎつかにいんびょうのこ。てし影でこじきさびたのいんびょう」
そろそろと立ち上がり、ばっとカーテンを開ける慶子。
慶子の目には、隣のベッドには誰もいないように見える。
慶子「?…どうなってるの」
傍らのテーブルの上も見る。
カミソリがなくなっている。
カーテンを閉じる慶子。
隣のベッドの上の聡子。
その手に、いつのまにかカミソリが握られている。
聡子の内心「(それに気づき)何これ、なんでこんなものを」
声はあわてているが、身体は関係なく起き上がり、カーテンに手をかける。
聡子の内心「違うっ、こんなことをしているのは、私じゃない」
ぼーっ、と背後で明かりがひとりでに点く。
ばっとカーテンを開ける聡子。
びっくりしてこっちを見ている慶子。
聡子の内心「(絶叫)違うぅぅぅぅぅぅ」
それとは裏腹に平然たる表情で慶子に襲いかかる聡子。
取っ組み合いになる二人。
聡子「ギャッ」
そのノドから、血がほとばしっている。
もぎとったカミソリを持って呆然としている慶子。
聡子「なんで、あたしが…」
倒れる。
× ×
真っ暗な画面。
聡子の声「ここはどこ」
真っ暗なまま。
聡子の声「ここはどこ」
ギイギイいう音。
聡子の声「ここは」
フラッシュで、明美の顔が一瞬浮かぶ。
が、すぐ真っ暗になる。
医者1の声「ご臨終です。午前二時十八分」
間。
聡子の声「ご臨終? 誰が?」
医者2の声「ところで、この仏さん、身元わからないんだよな」
聡子の声「何言ってるの、免許証だって持ってるでしょう」
医者1の声「冷凍室もいっぱいだしな」
聡子の声「ちょっと、死んだのあたし?」
医者2の声「ちょうど、ドナー用の死体が足りなくて困ってるんだけど、どうする」
医者1の声「いいね、使わせてもらおう」
医者2の声「ドナーカードなんて持ってるのか」
医者1の声「あるさ、ここに」
医者2の声「おお、あった、あった」
(F・I)
何も書かれていないドナーカードにどんどん丸がつけられていく。
医者1の声「全部、提供します、と」
(F・O)
医者2の声「ところで、死因は何にした」
医者1の声「失血死でいいんじゃないか」
心臓の画像のフラッシュ。
医者2の声「あれだけ血が出れば、死ぬよなあ」
医者1の声「掃除が大変だ」
医者2の声「俺たちがやるわけじゃないが」
二人の笑い声。
聡子の声「何がおかしいのっ」
かちゃかちゃ手術器具が触れ合う音。
医者1の声「目を開けて」
聡子の主観で、視界が明るくなる…が、何もかもピンボケでまともに見えない。
その霧の中から、尖ったものがぐぐっと近づいてくる。
メスだ。
医者1の声「(霧の向こうから聞こえてくる)では、まず角膜からいただこう」
聡子の声「ちょっと、何、これ、いやっ」
メスがカメラ=目に刺さる。
聡子の声「(悲鳴、絶叫)」
画面、暗くなる。
医者2の声「では、もう一つもいただこう」
また、画面が明るくなるが、ピンボケのまま。
再びメスが迫ってくる。
聡子の声「あたしは生きてるっ、生きてるっ、目が、目がっ」
メスが目を抉る。
画面がまた暗くなる。
聡子の声「ぁぁぁぁぁぁぁ」
正気を失ったような響き。
医者1の声「では、ホルモンもいただきますか」
医者2の声「あいよっ」
フラッシュ、光るメス。
やはりフラッシュ、血のついたメス。
聡子の声に異様な不協和音が混ざってくる。
ざくざく肉を切り分ける音。
聡子の声「何、この音。あたしの肉を切ってるの?」
医者1の声「肋骨、切りまーす。ノコギリ」
医者2の声「はい、ノコギリ」
フラッシュで、ノコギリが閃き、すぐ暗くなる。
ごりごり骨を切る音。
医者1の声「いっせいの」
医者2の声「せっ」
ぽきっと骨が折れる音。
聡子の声「あたしの、肋骨…」
医者1の声「丈夫な骨だな」
医者2の声「よく食べてたんだろう、このドナー」
医者1の声「昔は女は男より一本肋骨が少ないなんて言われてたんだよな」
医者2の声「少ないといいな、切る手間が省ける」
ぽきっとまた折れる音。
医者1の声「はい、もういっちょう」
医者2の声「はいっ」
また折れる音。
聡子の声「ちょっと、あたしの肋骨を折ってるのっ?」
医者1の声「いよいよ、心臓だ」
医者2の声「冷蔵ボックスの用意はいいな」
医者1の声「メス」
医者2の声「メス」
ごそごそ切る音。
医者1の声「はい、ハツいっちょう」
医者2の声「はい、ハツいっちょう」
ドナーカードの「心臓」の項目に丸がつけられる。
聡子の声「やめて、やめてえ」
医者1の声「はい、レバー」
医者2の声「はい、レバー」
ドナーカードの「肝臓」の項目に丸がつけられる。
医者1の声「はい、バサ」
医者2の声「はい、バサ」
ドナーカードの「肺」の項目に丸がつけられる。
医者1の声「はい、マメ」
医者2の声「はい、マメ」
「腎臓」の項目に丸がつけられる。
医者1の声「はい、タチギモ」
医者2の声「はい、タチギモ」
「脾臓」の項目に丸がつけられる。
医者1の声「はい、コプチャン」
医者2の声「はい、コプチャン」
「小腸」の項目に丸がつけられる。
医者1の声「いいねえ、若い子は」
医者2の声「新鮮そのものだ」
医者1の声「ぷりぷりしてる」
医者2の声「色もいい」
医者1の声「このドナー、外見もよかったんじゃないか」
医者2の声「内臓だって、外見のうちさ」
また、笑いあう医師たち。
医者1の声「警備の田中じいさんに見せない方がいいんじゃないか」
医者2の声「なんで」
医者1の声「結構、好みなんじゃないかと思ってさ」
医者2の声「爺さんの?」
医者1の声「そう」
医者2の声「中、空っぽになるからなあ。入れても、中が広すぎるんじゃないか」
医者1の声「あそこは取らないから、関係ないよ」
医者2の声「おまえがやるみたいじゃないか」
また、笑い声。
聡子の声「(もう笑うしかない)ははははははは」
医者1の声「さあ、空っぽだ」
医者2の声「すっからかんだ」
聡子の笑い声がえんえんとこだまして…、
からからいう、車輪の音。
聡子の声「何、この音。ベッドについた車輪の音?」
沈黙。
がちゃん、ごとん、といった重い音がする。
聡子の声「この音は何?」
間。
聡子の声「どこに置かれてるの?」
間。
読経が聞こえる。
聡子の声「お経? お経? なんでお経よむの。あたしは死んでない。あたしは死んでない。あたしは生きてる。生きて考えてる。助けて。助けて」
ぶちっと読経が途切れる。
聡子の声「何?」
間。
聡子の声「今度は、何かあるの」
焼き場の係員の声「おい、このへんにしておこうぜ。あとがつかえてる」
聡子の声「何、お経も録音だったの?」
がらがらがら、とお棺が焼き場に入れられる音がする。
聡子の声「(自問自答する)そんなこと気にしてる場合か」
ぼんっ、という火がつく音。
聡子の声「何、火がついたの」
ごうごういう炎の音。
ぱちぱち木がはぜる音。
聡子の声「ちょっと、焼ける、あたしの体が焼けるうっ」
じゅうじゅういう肉がやける音。
フラッシュで炎、焼ける肉。
聡子の声「ぎゃああああああああ」
それをかき消すくらい炎と不協和音が高まって…

○ 病室
慶子がベッドに寝ている。
慶子「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
その身体の上に、べったりと明美がはりついている。
「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
だんだんうめき声が大きくなる。
慶子「ウウウウウウウウウ」
窓際のベッドから「(たまりかねたような)すみません」
うめき声はやまない。
声「(声を大きくして)すみません」
うめき声が止まる。
声「ナースコールを押してみたら、いかがですか」
「ウウウウウウウウウ」
うめいているのは、聡子だ。
明美同様、べったりと慶子を上から押さえ込んでいる。
また、うめき声が一段と大きくなって再開する。
慶子、身動きできない。
聡子に目がいってしまう。
慶子と目が合った聡子、にったあ、とすごい顔で笑う。
(終)

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「屋上」(見てはいけない怖い話)

2012年09月24日 | シナリオ
「屋上」

由希   … OL
小夏   … おそらくOL
昌子   … 女の幽霊・自殺してから、一切の感情を見せず、言葉も発しない
理央   … 超常現象オタクの女
基子   … 年配女性・ビルの管理人
宮元   … 若い男
古橋   … ビルの管理人

とあるビル。
屋上。
その縁の足元にあたる部分に、事故や自殺などがあった現場に手向けられるような花束が置かれている。
× ×
ある程度の広さ、高さがあり、人がほとんど寄り付かない。
由希の由希の声「私は会社のお使いでそのビルに行った」
路上のアスファルト。
由希の声「そこは、何かと恐ろしげで怪しげな噂がささやかれるビルだったが、私は気にしないことにした」
ビルの各所の画面。
由希の声「簡単に済む用だったはずが、ばかに時間がかかってしまった。やっと解放された時は、すっかり暗くなっていたが、ずっと吸えないでいた私はタバコを一服吸いたくなった」
オフィス、窓際、ロビー、などなど。
由希の声「近頃は、オフィスやロビーはもちろん、窓際でも吸うことができない」
屋上に出てくる由希。
由希の声「タバコをのむ人間には肩身の狭い世の中だ」
タバコとライター、携帯灰皿を出して、タバコに火をつける。
ゆっくりと一服する。
携帯を出して、かける。
由希「あ、もしもし? ケンジ?、あたし、由希。何よ、つきあい長いんだから、あたしだけでわかりなさいよ…他の女とも付き合ってるんでしょ。知ってるんだから…うそうそ。だったら、今度の日曜どこに行く?…え、なんだって?…いやよ、家でビデオなんて、倦怠期みたいで…あそこはもう行ったじゃない。…あれ、ちょっと、今どこ。…もしもし、電波遠いんだけど」
と、携帯をいったん耳から離して見る。
由希「あれ?」
「圏外」の表示が出ている。
由希「屋上で? こんなに見晴らしがいいのに?」
ふと、屋上の縁に立っているもう一人の女(昌子)に気づく。
由希の声「いつの間に現れたのか、その女の姿を見て、何か不吉な予感がした」
昌子の遠くを見ている目つきに、思わず注視してしまう由希。
昌子があまりじっと動かずに立っているので、由希はあまりじろじろ見ているのを悟られないように、昌子の視界から外れた屋上の縁から回り込むように近寄る。
それでも昌子は遠くを注視したままだ。
由希、昌子の足元に何かあるのに気づく。
花束が踏んずけられている。
由希の声「花束を踏みつけて平気って、どんな人だろうと思った」
と、昌子の方に気にとられてしまって注意がお留守になっていたタバコの火が指にまで達して、
由希「あちっ」
と、振り払ってビルの階下に投げてしまう。
由希「いけない」
あわててビルの下をうかがう。
由希の声「幸い、ビルの下には人が通っていないようだった」
そして、昌子のいたあたりに視線をやると、誰もいない。
花束はあるが、踏みつけられた跡はない。
由希「あれえ?」
あたりを見渡すが、誰もいない。
由希、改めて階下を覗くが、
由希「どこに行っちゃったんだろう」
首をひねる。
と、近くに空からぽとっと落ちてきたものがある。
見てみると、火のついたままのタバコだ。
由希「え?」
上を見てみるが、空が広がっているだけ。
拾い上げて見ると、根元まで吸っていて、口紅がついている。
由希「あたしの? そんなバカな」
と、吸殻を灰皿にしまう。
その背後でぐしゃ、という鈍い、水気のあるものが潰れるような音がする。
背後に何か倒れている。
おそるおそる振り返ると、飛び降り自殺した昌子の死体がある。
さらに空中から恐ろしい叫び声が聞こえ、さらにざわめきと、「警察を呼べ」「救急車を」といった声がすぐ近くで聞こえる。
あわてて周囲を見回そうとするが、目の前には姿が見える者は誰もいない。
まるで、飛び降り自殺の現場で聞こえる音だけが中継されているように近くで聞こえる。
サイレンの音が通り過ぎる。
由希の声「救急車が来てるの?」
由希、また階下を見下ろす、。
由希の声「何にもない」
振り返る。
さっき飛び降り死体があった場所から死体がなくなっている。
由希「え?」
その代わりに、死体の位置を示す輪郭線だけが描かれている。
由希「え、え」
混乱する。
由希、習慣になった動きで携帯を出す。
だが、相変わらず「圏外」の表示のまま。
気味悪くなって、小走りに屋上から出て行こうとする。
と、ばたんと目の前で出入り口が開けられる。
生きているような、しかし青ざめた顔でいる姿の昌子が、由希の目の前にいる。
由希、思わず悲鳴をあげる。
だが、昌子は目の前で悲鳴をあげられてもまったく無視して、由希の方にまっすぐ進んでくる。
あわてて飛びのく由希。
昌子、そのままとことこと屋上の縁に歩いていく。
由希の悲鳴が凍りつく。
しばらく、さっきと同じように屋上の縁に立っている昌子。
手すりに手をかける。
伸び上がる。
由希、駆け寄ろうとする。
だが、その時は昌子の足が手すりの向こうに消えている。
由希、今度こそ逃げようと出口に突進する。
と、今度はまた別の若い女(小夏)とぶつかり、反射的に悲鳴をあげてしまう。
小夏「どうしました」
普通の人間の声なので、ちょっとほっとする由希。
由希「(ほっとした勢いで)たった今、ここで信じられないようなことがあったんです」
小夏「信じられないようなこと?」
由希「(少し落ち着いて)いえ、やっぱりあんなことはありえません」
と、言ってから、振り返る。
縁の近くに花束が置いてあるのに気づく。
由希「あの花束…」
小夏「ときどき持ってきてお供えする人がいるんです」
由希「どんなことがあったんですか、ここで」
小夏「このビルの屋上から、女の人が飛び降りたんです」
由希「やっぱり」
小夏「やっぱり?」
由希「いえ、女の人が、あそこから(と、示し)手すりを乗り越えて飛び降りたんです」
小夏「飛び降りたのは昔の話ですよ」
由希「でも、飛び降りたんです。今、目の前で」
小夏、屋上の縁にまで行き、階下を見る。
由希「それで、お供えするというのは亡くなった人の冥福を祈って」
小夏「そうですね」
由希「お知り合いの方だったんですか」
小夏「いいえ、見ず知らずです。でも、自殺するような人は死んでも死に切れなくてその場にとどまるものですから」
由希「地縛霊…」
小夏「何と呼ぶかはともかく、いったん飛び降りても、自分が死んだことに気づかないですぐ同じ屋上に戻ってきて、何度も何度も飛び降りるんです。死んだ人間にとってはこの屋上までの意識しか残っていないらしくて」
由希「それで成仏できない霊をなぐさめるために花束を持ってきていると」
小夏「ひどい人もいたんですよ。地面に叩きつけられた死体の写真を携帯で撮ったりして」
由希「そんな。ひどい」
小夏「まったく」
由希「その写真が、ネットにアップされたとかいうことは」
小夏「なんで、そう思います?」
由希「いえ、なんかありそうだから」
由希、何かの気配を感じる。
それに引きづられて見た由希、またあっとなる。
屋上に、また昌子の死骸が叩きつけられているのが見える。
由希「あの、あの」
小夏「なんでしょう」
由希「あれが(と、指差し)見えませんか」
小夏「あれって、なんです?」
由希「死体が。飛び降り死体が」
小夏「そんなものが…」
由希「あるんですっ」
小夏「見えませんが」
由希「見えない? そんなバカな」
と、携帯を出して、画面に捕らえてみる。
確かに機械の画面にも死体が写っている。
由希「ほら、写ってるでしょう」
小夏「どこに?」
由希「ほら、ここに」
小夏「どこです」
由希「え?」
と、改めて見てみると、何も写っていない。
そして、現実の屋上にも死体はない。
由希「え、え」
と、死体のあったあたりを歩き回る。
そして携帯をまた出してみる。
由希「(けげんな顔)」
携帯の画面が、勝手にネットに接続中の表示を出している。
由希「そんな…、あたし、ウェブを見る操作なんてしていない」
と、電源を押す。
由希「切れろ、切れろ」
だが、どんどんウェブが勝手につながって、次第にアップされている画像がはっきりしてくる。
由希「…(悲鳴をあげる)」
地面に叩きつけられた女の飛び降り自殺死体の写真、おそらく誰かが撮ってネットにアップした写真だ。
ぼそぼそいう声が、携帯からする。
声「…(言葉にならないが、同じことを繰り返しているのはわかる)」
由希。
声「…(もう少しはっきりするが、まだ聞き取れない)」
由希。
声「(とぎれとぎれに聞こえるようになる)あたしは…あたしは…」
由希、恐ろしさでそれ以上持っていられなくなって、携帯を投げ捨てる。
屋上に転がる携帯。
しばらく、息を整えている由希。
小夏が、転がった携帯を拾う。
由希「あ、ありがとうございます」
と、受け取ろうとする。
小夏「(ぼそっと)しつこい女ね」
由希「え?」
自分が言われたのかと少しむっとしかける。
携帯が鳴る。
小夏、携帯に勝手に出る。
由希「(驚き)ちょっと、何を」
小夏「(何事かを聞いて)ああ、そう。うん。うん」
自分にかかってきた電話に応対している態度。
由希「人の電話に勝手に出るなんてっ」
小夏「そう…あなたと話したいそうよ」
と、携帯を差し出す。
由希「当たり前です。あたしの携帯です」
と、奪い取るように受け取る。
見ると、さっきの衝撃で壊れている感じ。
由希「(不安ながら)もしもし」
何も聞こえない。
由希「もしもし」
やはり、何も聞こえない」
由希「いやだ、壊れたのかしら」
と、いろいろいじるが、反応はない。
いったん切って、かけてみようとする。
由希「いやだ、やっぱり壊れてる。もうっ」
言ったとたん、携帯が鳴る。
由希、混乱し、おそるおそる出る。
声「あたしは…」
さっきウェブから聞こえてきたのと、同じ声だ。
由希、凍り付いて、今度は携帯を放せない。
声「あたしは…いる…あたしは…ここにいる」
由希「(声がうまく出ない)あ…あ…」
救いを求めるように小夏を見る。
あくまで冷静さを崩さないたたずまい。
由希「(小夏に)この声は、聞こえます?」
と、ババを引かせようとするように小夏に携帯をまた渡す。
小夏「もしもし」
間。
小夏「あたしはここにいる」
生で聞こえているにも関わらず、霊界から聞こえてきたのと同じ濁った声。
仰天する由希。
小夏「(人間の声に戻り)そこにいろ」
と、由希に携帯を返そうとする。
が、恐ろしさで弾いてしまう。
由希「あなたは、一体」
小夏「自殺というのは、自分勝手な行為です」
由希「(おそるおそる)そ、そうですね」
小夏「これくらい傍迷惑な行為はない」
由希「ええ、家族とか、友だちとか、身近の人がどれだけ傷つくかちょっとでも想像したら、そうそう死ねるものではありませんよね」
小夏「迷惑をかけるのは、身近な人とは限らない」
由希「?」
小夏「飛び降りた下の道路に、人が歩いている場合もある」
由希「…」
小夏「飛び降りたところに運悪く通りかかってぶつかって、命を落とした人は、死ぬに死ねないでしょう」
由希「…」
小夏「生きていたら、取り殺してやりたいくらい」
由希「…」
小夏「あの女が降ってこなかったら、あたしは死なないで済んだ」
由希「え?」
小夏「だから、成仏できなくて、いい気味」
由希「え」
小夏「なぜ、あたしは死ななければならなかった。なぜ」
凍り付いている由希。
ぐしゃ、という音。
二人の女が、折り重なって血まみれで倒れている。
がたがた震えながら、それでも近寄ってしまう。
小夏と昌子の二人だ。
由希の声「逃げないと、逃げないと」
恐ろしさで足が動かない。
じりじりと這ってくる小夏。
足首をつかまれる。
小夏「あの日、私はデートに行くところだった。彼が探してきたイタリアンの店につくはずだった。なじみのない場所だったので、携帯を見ながら歩いていた。そして、このビルのそばで立ち止まった。彼から電話が入ったからだ」
もう片方の足首をなんとかあとずさる由希。
小夏「彼の声は聞けなかった」
じりじりと由希に追いすがる。
小夏「なんで、あたしが」
追いすがる。
小夏「見も知らない女に」
にじり寄る。
小夏「理由もなく」
由希、突然身体が動くようになり、出口に殺到する。
飛び込むと、中は真っ暗。
何も見えない。
由希の声「ダメだ、何も見えない」
真っ暗。
由希の声「助けてっ」
答え、なし。
由希「助けてっ」
やはり、答えなし。
由希の声「明かりは、明かりは」
間。
由希の声「そうだ、ライターがある」
ごそごそいう音。
しゅっ、しゅっとライターをする音がして、炎があがる。
が、すぐ風がきて大きく揺らぐ。
由希の声「風が…」
だんだん周囲が明るくなる。
が、見えてきたのは、屋上の風景だ。
由希の声「そんな…」
建物の中に飛び込んだはずが、また外に出てしまった。
由希「そんな、いやあっ」
絶叫する。
なんとか気を取り直して出口に向かおうとするが、怖くて足がすくむ。
どこに向かえばわからなくなって、右往左往する。
呼び出し音が鳴り響いて、立ち止まる。
見ると、投げ捨てた携帯が鳴っている。
動けない由希。
そろそろと近づいて、拾い上げる。
着信を見ると、「ケンジ」と出ている。
由希「もしもし、ケンジ、助けて。もしもし、もしもし」
答えはない。
もう片方の耳に、小夏の口が接近してささやく。
小夏「恋人と話せればよかったねえ」
気がつくと、由希の体は小夏に組み付かれて動けなくなっている。
由希「助けて、助けて、助けて」
ふと、上を向いて、思い切り悲鳴をあげる。
身体が砕ける音とともに、暗転。
× ×
日のある時間。
年配女性、基子が花束を持って屋上の縁に置く。
男の声「私にも花を供えさせていただけませんか」
振り向くと、花束を持った宮元の姿がある。
基子「どなたでしょう」
宮元「このビルから飛び降り自殺した女の人がいたでしょう」
基子「その人と、何かご関係が」
宮元「いいえ、下の道路を歩いていて、その自殺した人にぶつかって自分も死んでしまった人がいて、その彼女とつきあっていた者です」
基子「あら、存じませんで、本当にお気の毒なことでした」
宮元「(花を示して)よろしいでしょうか」
基子「どうぞどうぞ」
宮元「本当は、下の道路に供えたいんですが、よく警官が見回りにきて撤去を命じられるので」
基子「困りますねえ、石頭は。そうなんですよ、道路には置かせないの」
宮元、持っていた花束を基子のものと並べて置く。
基子「あたしはこのビルで管理人しているのだけれど、こうやってときどき花を手向けてるんです。お気の毒で」。
宮元「わざわざ、恐れ入ります」
基子「いえ、そんな」
宮元「彼女は、このビルの下で歩いていて亡くなりました。ちょうど、電話をしていた時、上から降ってきた女にぶつけられて」
基子「その時、お話されていたのですか」
宮元「ひどい死に様でした」
基子「姿を見られたのですか」
宮元「ええ」
基子「それは、どうも…なんというか…」
宮元「彼女は、ぼくのものになるところでした」
基子「ご結婚の約束を?」
宮元「愛してました、心から」
基子「それは…(深くため息をつく)」
宮元「彼女がいなければ、生きていても仕方ない、そう思います」
基子「そんなこと考えちゃいけない。彼女もあなたが生き続けることをきっと望んでいます」
宮元「そうでしょうか」
基子「そうですとも」
宮元「それにしても、死ぬのなら一人で死ねばいいのに。迷惑にもほどがある。死んでいなければ殺したいくらいです」
基子「そんなこと言ってはいけません。お気持ちは想像もつきませんが」
宮元「だけれど、あの死に様を見ると。首が折れて、ねじれて、ほとんど肩に食い込んでいました」
基子「ひどい」
宮元「しかも、その死に様を携帯で撮っている男がいたんです」
基子「え」
宮元「信じられません」
基子「本当に」
宮元「不謹慎にもほどがある」
基子「まったく」
宮元「私は、追いました。でも逃げられました」
基子「つかまえてやればよかったのに」
宮元「まったく」
基子「どんな罪になるのかわからないけれど(ちょっと変なことに気づく)あの」
宮元「はい」
基子「彼女が亡くなる、その場に居合わせたのですか」
宮元「そうです」
基子「その時、あなたが彼女と電話されていたわけでしたね」
宮元「え?」
基子「いえ、すぐ近くにいるのに電話しているというのがちょっと。あたし、機械が苦手で携帯とか使いつけないもので」
宮元「携帯で待ち合わせしていて、背中合わせになっていて気づかないなんてこともありますよ」
基子「そうでしょうけど」
宮元「…でも、携帯で電話していたのは僕じゃありません」
基子「そうでしたか」
宮元「僕は、彼女と一度も話したことありません」
基子「え?」
宮元「ただ、見守っていただけです。遠くから。それから後をつけて」
基子「でも、彼女がいなければ生きていても仕方ないって」
宮元「もちろんです」
基子「話したこともないのに」
宮元「愛するのに、言葉はいりません」
基子「(言葉がない)でも、あなた…もしかすると、ストーカー?」
宮元「幸福とは、愛されることよりも、愛することにあります」
基子「なんて…」
宮元「彼女が亡くなってから、ますます僕は彼女を愛するようになりました。愛する対象がこの世にないからこそ、なおさら愛をつのります」
基子「ちょっと…」
と、気持ち悪くてたまらず、その場を離れようとする。
宮元、追いかけて基子の手をつかむ。
基子「何するんですか、放して下さい」
宮元「あなたはいい人だ。わかります。こうやって花を手向けて下さっている」
基子「一緒にしないで下さい」
宮元「私は、ここに死ぬつもりで来ました。彼女のもとに行こうと」
基子「さっき聞きました」
宮元「彼女のためなら、なんでもする」
基子「何ができるんです」
宮元「あなたのような人が一緒にいてくださったら、彼女も安心だ」
基子「まさか」
宮元「なぐさめて、成仏させてやってください」
と、縁に引きずっていく。
基子「やめて、放して」
抵抗するが、力ではまったくかなわない。
二人、立ち止まる。
縁に、女が立っている。
ゆっくりと振り向く。
小夏だ。
宮元「あなたは…」
だが、それがすぐ恐怖にとって代わる。
宮元「君は、死んだはずだ」
小夏。
基子「え、え」
小夏、宮元に近づく。
宮元、後ずさる。
小夏、さらに近づく。
宮元、怖気づく。
基子「(横から)愛してたんじゃなかったの」
宮元「ひ、ひ、」
その顔には恐怖しかない。
基子「愛してるんだったら、行きなさいよ」
宮元、がたついている。
基子「彼女が死んだら、生きていけないって、さっき言ったじゃない」
宮元、がたついている。
基子「なんだい、さんざんお題目並べておいて(表情が一変する)ここはね。人が飛び降りただけじゃないの、ここで変な死に方をした女もいるの。この屋上で。ここは呪われてるんだ。こんな呪われたビルの管理なんて引き受けて、とんでもない災難だよ」
小夏、黙って見ている。
基子「だからお祓いするつもりでいたけれど、もうムリ」
宮元、逃げ去ろうとして、倒れる。
自分の足元を見ると、別の女がしがみついている。
基子ではない。
宮元にしがみついている女が顔を上げる。
由希だ。
宮元「(驚愕して)誰だ、おまえ」
小夏が、ちょっと上の方をうかがう。
宮元「放せ、放せっ」
しがみついて放さない由希。
基子、宮元と由希をこれ以上大きく開けられないほど目を見開いて見ている。
それらのカットバック。
ぐしゃ、という音。
立ち上がる由希。
見ている基子。
宮元が、降ってきた昌子に押しつぶされて絶命している。
基子、笑い出す。
基子「まただ、まただ、まただ」
踊るような足取りでそのあたりをぐるぐる回る。
基子「これで、また警察が来る。悪い噂がたつ。テナントも出て行く。もうやってられない。仕事探さなきゃ」
正気ではない。
いつのまにか、小夏も由希も昌子も消え去り、宮元の死体と基子だけになっている。
(O・L)
夜。
出入り口がそうっと開けられる。
姿を現したのは、理央(22)。
手に、ビデオカメラを持っている。
そこら中を、なめるように撮って回る。
男(古橋)の声「こら、何してる」
振り返る理央。
古橋「ここは立ち入り禁止だぞ。こんな時間に。出て行きなさい」
理央「お願いです。ちょっとだけ」
古橋「ちょっとではない。ここではいろいろ悪いことが起きて閉鎖されているんだ。おそらく、もうすぐビル自体が閉鎖になる」
理央「だったら、今しかチャンスないじゃありませんか」
古橋「チャンスって、何のチャンスだ」
理央「霊が現れるのを見られるチャンスです」
古橋「そういうことを面白半分で」
理央「面白半分じゃありません。まじめです。本当に霊はいるんです」
古橋「そういう問題じゃない」
理央「おじさんは、このビルの管理人さん?」
古橋「前の管理人が急にやめて、正式な人が決まらないまま、閉鎖になりそうだけれどね。それじゃ俺がやるしかないかと。やりたい仕事でもないが」
理央「だったら、ムリに責任とることもないでしょ。ちょっとだけ」
古橋「…しょうがないな」
理央、許可されるより早く、さっさとまたカメラを回しだす。
古橋「(監視するようにくっついて回る)どんな噂、聞いてる?」
理央「この屋上から人が飛び降りたんでしょう」
古橋「それだけ?」
理央「噂では、下を歩いていた人にその飛び降りた人がぶつかって、二人とも死んでしまったと」
古橋「それから?」
理央「それを携帯で撮った人がいて」
古橋「ふん」
理央「ネットにアップしたんだけれど」
古橋「ふん」
理央「当然、すぐ削除されて」
古橋「ふん」
理央「だけれど、削除されたはずの画像が、どうかするとネットをさまよっていると見えてしまうことがあるって」
古橋「そんなこと、あるわけないだろ」
理央「あるんです」
古橋「なんで、そんなことわかる」
理央「見たから」
古橋「見た?誰が」
理央「あたしが」
古橋「なんで、それがその画像ってわかる」
理央「見ればわかります」
古橋「理屈になってない」
理央「でも、そうなとしかいいようがないんです。携帯のウェブでクリックしたページに移るちょっと前、全然関係ない画像が一瞬だけ見えただけなんだけど、見ると同時にこれ、霊の映像だ、と確信したんです。バックしても、どこにも見つからなかったんだけど」
古橋「だからなんで」
理央「たとえば、暗い中に猫がいたとして、それ見て猫だと信じるのになんでっていちいち考えます?」
古橋「猫と霊は違う」
理央「なんていうのかな。霊が写った画像っていうんじゃないんです。画像そのものが霊っていうか」
古橋「だって、画像は削除されたんだろ」
理央「だから、現実のデータとしては削除されたんだけれど、霊そのものは生き続けているっていうか、説明しにくいんだけれど、見てから霊だって判断したんじゃなくて、聞きたくない音でもいやでも頭の中に飛び込んでくるみたいに、頭の中に霊だということがいきなり飛び込んできたみたいなんです。誰の霊かってことも含めて」
古橋「ふーん」
理央「だって、ここの噂は知っていたけれど、あの変な画像がそれの霊だって、なんでわかるんです」
古橋「それはこっちが聞きたいよ」
理央「でも、わかったんです」
古橋「画像が語りかけてきたとか」
理央「そう、そんな感じです」
古橋「霊感があるって言いたいのかい」
理央「いえ、そんな」
古橋「妙に霊感があるって自慢げに言いたがる女がいる。知ったような顔をして。俺は好かん」
理央「そんなんじゃありません」
古橋「ふん」
理央「あれ」
古橋「?」
ビデオカメラの画像が断続的に奇妙に歪んでいる。
理央「何かしら」
いったん、カメラを止めて巻き戻す。
理央「見て」
一緒に見る。
屋上にうつぶせに倒れている人の手がカメラの動きにつれてフレームに入り、また出て行く。
理央「あのあたりだけれど」
対応するあたりを見てみるが、誰も倒れてなどいない。
理央「ほら、おかしいでしょ」
古橋「よくわからないな。もう一回巻き戻して」
巻き戻して、再生する。
理央「あれ」
古橋「手など、写ってないじゃないか」
理央、さらに巻き戻して、再生する。
時々ストップしたりするが、何も発見できない。
古橋「気のせいだよ」
理央「そんなはずはない。あなたも見たでしょう」
古橋「見たような気はするけど」
理央「だったら、見たのよ」
古橋「写ってないんじゃなあ」
理央「カメラと人間と、どっちを信用するの」
古橋「無茶言うな。私もカメラは好きだが、けっこうカメラはうそつくぞ」
理央「あなたは霊魂の存在など信じていないんでしょう」
古橋「そうだよ」
理央「その人にも見えた」
古橋「ような気はする」
理央「だったら」
古橋「(面倒そうに)もう一回やってみたら。だけど、それで気が済んだら帰るんだ」
理央「わかった」
と、またカメラを回す。
丹念に、なめるように屋上中を写す。
誰もいない空間をなめていくビデオ映像。
古橋が写って、外れて行く。
ふっと気づいた理央、視線をファインダーから外して、実物を見る。
古橋が立っている。
ビデオを巻き戻してみると、古橋の後ろに、一人の女の影らしきものが写っている。
実物の古橋の後ろには、何も見えない。
理央、そこをストップして、
理央「見て」
と、古橋を呼ぶ。
理央「ほら、何か女の影みたいなのが写っているでしょう」
古橋「うーん」
理央「ほら、実際には何もない」
古橋「そうだな」
理央「ほらっ」
古橋「何、喜んでるんだ」
理央「証拠よ、証拠」
古橋「そうか?」
理央「もちろんっ」
古橋「もう一度見せて」
理央「(喜色満面)ええっ」
と、もう一度見て、みるみる表情を曇らせる理央。
ビデオの中の古橋の姿の後ろに写っている女の影が二つに増えている。
古橋「確かに、写ってるな」
理央「でも」
古橋「なに」
理央「さっきは後ろにいたのが一人だったような気が」
古橋「それが?」
理央「おかしい」
古橋「そりゃ、おかしいとは思うさ。なぜかはわからんけど」
理央「なんで。いったん写したものが変わるなんて」
古橋「どうしたら満足するんだ」
理央「わからなくなってきた」
古橋「じゃあ、またあの辺撮って見たらどうだ。それでだめなら帰るんだぞ」
理央「そうする」
と、また同じあたりにカメラを向ける。
じいっと我慢して撮るが、何もこれといったものは写らない。
無人の画が続くだけ。
古橋の声「どうだ」
理央「だめ。何も写っていない」
と、はっとして声のあった方を見る。
カメラを向けている方に、いつのまにか古橋が立っている。
だが、カメラにはその姿は写っていない。
理央「えっ」
改めてファインダーを確かめるが、現実には見える古橋がいない。
理央「そんな、ばかな」
古橋「そうだ、こんなに話したのに、まだ自己紹介もしていなかったな。私は古橋という。このビルの昔の管理人だ」
理央、戦慄して凍りついたまま聞いている。
古橋「さっきも言ったように、私はカメラが趣味でね。このビルの屋上から飛び降り自殺があった時、かけつけてとっさに持っていた携帯で写真を撮った。騒ぎがあって外に出たら、二人の若い女性が折り重なって死んでいた。そこで持っていた携帯で現場写真を撮った。こんなチャンスはそうそうないからな。だがその時、おかしな男がすごい剣幕でつかみかかってきた。まるでファンの記念写真を勝手に盗み撮られたような親衛隊といった勢いだった。私は、当たり前だが、死んだ二人とは何も面識もなかった。だが、身に危険を感じて逃げた。走って、ビルに逃げ込んだ。奴は、ビルに入ったとは思わなかったんだろう、ついてこなかった。それから、警察が来て、私にも聴取を行った。現場の写真を撮らなかったか、撮ったという目撃者もいるのだがと聞かれたんで、知らないと答えて、携帯のファイルも自主的に開いて見せた。こういうこともあろうかと、写真はもうウェブにアップして携帯本体の分は消去しておいたんだ。調べたって、何も出てこない。だが、あとでウェブの分をいくら見てみても、どこにもないんだ。くやしかったよ。必死になって探したが出てこない。どこにまぎれたのか。今でもどこにあの写真があるのか、私にはわからない。理不尽な話さ。あきらめきれない。まあ、昔は写真撮ると、命をとられるなんて思ってたそうだ。いつまでも歳をとらないまま、命を保っているんだからそう思ってもムリはない。写真に吸い取られた命が、この世のものともつかない世界であちこち行き来しているっていうのは、まあ想像してみて気持ち悪くはないイメージだ。霊なんて信じない俺が考えてもな。そうしてどこかにまだ二人がいて、また再会できるんじゃないかって思ったりもするんだ」
理央「あなたは死んだのよ、写真に撮った二人の恨みをかって」
古橋「バカを言うな。死んだ覚えなどない。こうやってぴんぴんしている。殺されても死なないと思うくらいだ。第一、恨みをかう理由などない」
理央の背後にいつの間にか、小夏・由希・昌子らしき影が立っている。
戦慄して、黙り込む理央。
振り返れない。
小夏「あの男は今でも生きていると思っている。どう死んだのかも覚えていない。どうあたしたちに嬲り殺されたかも。そして、永遠にこの場所から離れられない。ビルが取り壊されても、ビルの管理人を続ける。本当は嫌い続けている仕事を続ける。ありもしない、何にもならない仕事を続ける。あの世にも行けず、永遠に。どんな恨みをかったのかも、どんな恨みを持ってたのかも忘れて。理由のない、行き場のない恨みほど深く、終わりもない。でも時々、嬲り殺しの苦痛は思い出させてあげる。何度でも、嬲り殺してあげる。ただし誰にやられているのかはわからせないで。だって、あたしたちに会いたがってるんだから、会ってやらない。どっちが苦しいのか。生きているのか死んでいるのかわからないヘビの生殺しが永遠に続くのと、嬲り殺しが永遠に続くのと。でもどっちか選ぶことはない。どっちも味あわせてあげてるから」
理央、振り向く。
理央の背後の霊たちはいなくなっている。
古橋「どうした」
理央「帰ります」
古橋「そう? 急がなくて、いいんだよ」
その顔が突然、すさまじく歪み、激痛の絶叫が轟きわたる。
理央、出口から出て行こうとする。
溶暗…。
理央の悲鳴。
ビデオカメラが誰もいない屋上に転がっている。
理央がその中でしゃべっている。
「私は今、心霊スポットにいます。本当にここに霊がいるのかどうか、これから見てみたいと思います。うーん、あたしの霊感にびんびん来てます…」
(終)

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「鏡のある部屋」(見てはいけない怖い話)

2012年09月15日 | シナリオ
「鏡のある部屋」

【登場人物】

森下加奈子(21)
友だちの山岡尚美(22)
三島里恵 (29) 

T「その日」
コンビニ袋とちょっとした手荷物を持って街を歩いている加奈子。
加奈子のN「最近、友だちの山岡尚美が引っ越した。ご馳走するから遊びに来いというので行くことにしたが、何、片付けを手伝わせようというのだろう。その新しいアパートはどんなのか聞いてみて、値段を聞いてあまりにも安いのにびっくりしてしまった。何か問題があった物件じゃないと言ったのだが、『ちゃんとリフォームしてあるし、呪いだの幽霊だの、お告げだの予言だの、そんなものあるわけないじゃん』と、まるで取り合わない。私は呪いとも幽霊とも言っていないので、そんなことを勝手に言い出したところをみると、内心気にしているらしい。も呪いとか幽霊とか信じてはいないが、出てくるものなら見てみたいというくらいの気持ちだった」

とあるアパートに着く加奈子。
チャイムを押すが、答えはない。
加奈子「?」
ノブを引いてみるが、開かない。
加奈子「なによ、人を呼んでおいて」
かちゃり、と鍵が開くような音がする。
加奈子「尚美?」
答えはない。
加奈子「いるの?」
ノブを引いてみると、今度はドアが開く。
加奈子「あれ?」
そうっと中に入る。
加奈子「尚美?」
答えはない。
加奈子「上がるわよ」
声をかけて上がり、袋を置いてリビング周囲を見て回る。
中はまだ家具や調度品はほとんどない状態だ。
加奈子「尚美?」
部屋の隅には大きな鏡がある。
尚美が持ってきたものではなく、前から置いてあるものらしい。
加奈子、ちょっとその前でポーズをとる。
もちろん、鏡の中の加奈子もポーズをとる。
冷蔵庫の前に来る加奈子。
冷蔵庫を開ける。
缶ビール以外、ほとんど何も入っていない。
バスルームを覗いて見渡してみる。
加奈子「やっほー」
音が響く。
一通り見て回る。
すると、することがなくなってしまう。
加奈子「何よ、人呼んどいて」
加奈子、携帯をかけてみる。
発信音が続いたあと、
「この電話は、電源が切ってあるか、電波の届かないところにあるので、かかりません」
という案内が聞こえてくる。
加奈子のN「私はそれほど驚かなかった。尚美にはこういうルーズな目に、今まで何度もあっているからだ」
床に座る。
加奈子「買い物でもしているのだろう。私は、待つことにした」
ちらと大きなアナログ式の時計を見る。
具体的な数字や文字の入っていない、完全左右対称の時計だ。
今、6時ちょっと過ぎくらい。
加奈子、テレビをつけてみる。
チャンネルの番号だけ表示されて、何もつかない(いわゆる砂嵐は出ない)。
加奈子「まだテレビつながってないんだ」
と、携帯でゲームを始める。
時計は、午後7時を過ぎている。
加奈子「遅いな」
と、携帯をかける。
「(また)この電話は、電源が切ってあるか、電波の届かないところにあるので、かかりません」
加奈子「まったく」
と、落ち着かない。
加奈子「おなかすいたなあ。何よ、人呼んでおいて」
と、持ってきた袋を開ける 。
加奈子「これしかない」
と、二人分の缶ビールとポテトチップ、その他の乾き物を出す。
チラシをしいて、その上に並べる。
加奈子「(ビールを開けて)乾杯」
と、何もない空間に向かって缶を突き出す。
カン…、という小さな音が響く。
誰かが乾杯し返したように。
加奈子、ちょっと首をかしげる。
飲み食いしだす。
× ×
呼び出し音がする。
空き缶が数本転がっている。
うとうとしていた加奈子、携帯が鳴っているのに気づいて目を覚ます。
加奈子「(はっとして急いで出て)もしもし」
尚美の声「もしもし」
加奈子「あ、尚美、遅いよー、今どこにいるの」
尚美の声「今どこにいる」
加奈子「こっちが聞いてるのよ」
尚美の声「もう着いた」
加奈子「え、もう着いたの?」
尚美の声「帰りなさい」
加奈子「え? 何言ってるの?」
尚美の声「帰りなさい」
加奈子「なに言ってるの。あたしはとっくについてるよ。今どこ。スーパー?買出し?」
尚美の声「帰りなさい」
加奈子「だから、いまどこだって」
尚美の声「ここ」
その声は、携帯からではなく、すぐそばから生で聞こえる。
加奈子、思わずまわりを見回す。
だが、自分以外の誰もいない。
加奈子「(また携帯に向かい)もしもし、どうしたの、何かあった?」
尚美「いいから、帰って」
加奈子「?…ちょっと、尚美、どうしたの」
通信にノイズが入る。
加奈子「もしもし、尚美?」
答えなし。
加奈子「もしもし?」
答えなし。
加奈子「何よ、どうしたの」
尚美の声「真夜中に鏡を見ると、自分の運命が見える」
加奈子「えーっ?何言ってるの」
当惑する。
そのまま、尚美の声は黙っている。
加奈子「もしもし、どうかした? この部屋で何か怖い目にでもあった?」
尚美の声「…」
加奈子「もしもし、だからあたしが前にそういうことないか聞いたじゃない」
尚美の声「…(またノイズが入る)」
加奈子「どうしたの、何かあって、ここに帰ってこないわけ」
尚美の声「5年前の…」
加奈子「え? 5年前がどうしたって?」
尚美の声「5年前の…」
加奈子「5年前の、なに」
尚美の声「午前0時に」
加奈子「午前0時に」
尚美の声「(ノイズが大きくなる)…午後0時に」
加奈子「もしもし、5年前の、午前0時がどうしたの。何が起きたの」
ノイズが大きくなって、会話ができなくなる。
加奈子「もしもし、5年前の、午前0時がどうしたの」
一瞬、間をおいて、
加奈子、振り返る。
が、誰もいない。
また鏡を見る。
加奈子しか写っていない。
加奈子「(携帯に)もしもし」
答えがないので見ると、「通話終了」の表示。
加奈子「…(また、鏡を見る)」
誰も写っていない。
加奈子「?…(覗き込む)」
尚美一人が歩き回っているのが見える。
髪をまとめているところを見ると、これから風呂に入るような素振りだ。
尚美、鏡の中でバスルームに入っていく。
バスルームの明かりがつき、扉が閉じられる。
加奈子、また振り返る。
バスルームの扉は開けっ放しで、明かりはついていない。
ふっと時計が目に入る。
十一時過ぎ。
加奈子「えっ、もうこんな時間?」
びっくりして、自分の携帯で確かめても、11:32を示している。
加奈子「ビール飲んで、ちょっとうたたねしただけだと思ったのに」
ため息をつく。
加奈子「帰りの電車、あるかな」
…シャワーの水音が聞こえてくる。
加奈子、ゆっくりと見る。
バスルームのいつのまにか扉が閉まっている。
水音は続いている。
加奈子、いけないと思いながら、近づいていく。
扉に手をかけ、開く。
脱衣所に入る加奈子。
加奈子「尚美?…尚美?」
答えはない。
ふっ、と鏡の中を見る。
一瞬、尚美がいたような。
加奈子「尚美?」
誰かがシャワーを浴びている気配がする。
加奈子、バスルームに入っていく。
加奈子「尚美? あなたなの?」
シャワーの音が止まる。
尚美の声「加奈子?」
加奈子「いるの?」
尚美の声、突然悲鳴に変わる。
加奈子「尚美、尚美?」
内扉を開けて中に入る。
加奈子「!…(息を呑む)」
バスタブの湯が、真っ赤に染まっている。
人間の姿は見えない。
加奈子、立ちすくんでいる。
ごぼっ、と湯から泡があがる。
ごぼっ、ごぼっとさらに続く。
加奈子「…(近づく)」
ざばーっ、と湯の中からとても生きている人間とは思えない、尚美ではない女(里恵)が上がってくる。
服を着たまま風呂に入っていたもので、髪も服もべったり肌にくっついて、なんとも凄惨な雰囲気。
それとは別に額に大きな向こう傷がついている。
加奈子「(息が止まったようで、悲鳴も出ない)」
ぴたっ、と里恵と加奈子と目が合う。
加奈子、がたがた震えて動けない。
加奈子「(やっと)あんた、誰。尚美じゃない」
里恵、手を伸ばしてくる。
加奈子、動けない。
里恵の手が加奈子に届く。
加奈子、弾かれたように悲鳴をあげ、バスルームから逃げようとする。
がたっと、内扉がはずみで閉まり、閉じ込められる。
開けようとするが、あわてているので開かない。
里恵がバスタブから上がってきて追いすがってくる。
加奈子、絶叫して扉をがたつかせる。
やっと扉が開いて、飛び出す加奈子。
尚美の声「加奈子」
声のした方を見る加奈子。
見ると、鏡の中から尚美が見ている。
加奈子、すうっと意識が遠のく。
× ×
床の上に横になっている加奈子。
尚美「(見下ろしている)どうしたの、いったい」
と、何事もなかったかのよう。
加奈子、寝かされている。
尚美「ずいぶんうなされていたけど」
加奈子「どこに行ってたの」
尚美「どこって、ずっとここにいたけど」
加奈子「うそっ」
尚美「飲みすぎたでしょ」
加奈子「飲みすぎ…」
尚美「悪い夢でも見ていたみたい」
加奈子「夢…」
尚美「何があったの」
加奈子「帰る」
尚美「むりよ、もうこんな時間」
加奈子「時間?」
跳ね起きる。
目にとびこんできた時計の文字盤。
すでに0時1分をさしている。
加奈子「(安堵のためいきをつく)やれやれ」
尚美「どうかした?」
加奈子「いや、この部屋では午前0時になると、何か起こるとか…」
尚美「何それ。誰が言ったの」
加奈子「誰ってあんたじゃ…(いいかけてやめる)」
尚美「夢の中で?」
加奈子「そう夢の中…」
尚美「他に何だって?」
加奈子「夜遅くに鏡の中を覗くと運命が見えるとか、五年前の午前0時にこの部屋でどうしたとか」
尚美「そうあたしが言った?」
加奈子「そう」
尚美「ふーん」
加奈子「夢だったんだよね。バカみたい。もう午前0時過ぎたんだし」
尚美「気にするんだ」
加奈子「それはね」
尚美「呪いとか幽霊とか信じる?」
加奈子「信じちっゃいいけどさ」
尚美「信じない?」
加奈子「信じてないよ。だけどバカバカしいとは思っていても気味悪いってことあるでしょ」
尚美「そう」
加奈子「しかし、すごくリアルだったなあ」
尚美「どこが」
加奈子「そこの風呂から女が上がってくるの。見たこともない女。それが襲ってくるの」
尚美「それから」
加奈子「あ、そうだ。あんたの姿が鏡の中にだけ見えるの。こっちには誰もいないのに、鏡を覗くとあんたが写ってるの。チンプだよね。真夜中に未来の姿を映す鏡とか、どこにでもある話なのに」
尚美「未来とは限らないんじゃない」
加奈子「まあ、どうでもいいわ」
尚美「そう?」
加奈子「新しい部屋にケチつけるようなこと言ってごめんね」
尚美「気にしちゃいないわよ」
加奈子「ありがと。だってさ、仮にその呪いとかいうものがあったとして、もう午前0時を過ぎてるんだからね。だけど何も起こってないじゃない」
と、改めて時計を見る。
と、かたっといって針が左回りに回って、午前0時になる。
加奈子「えっ」
目を疑って、まじまじと見直す。
だが、時計は間違いなく0時を指している。
加奈子、改めてあたりを見渡す。
目に真っ先についたチラシの文句が鏡文字になっている。
加奈子「裏返し…」
仰天して立ち上がり、目につく限りの文字を確認してまわるが、全部鏡文字だ。
加奈子「これも、これも、これも」
携帯を出して、時計の文字盤を確かめる。
これまた左右逆になって午前0時過ぎを示している。
部屋全体を見渡してみる。
さっきまでとは、部屋全体の配置が左右裏返しになっている。
(たとえば、玄関に対してバスルームが向かって右にあったのが左になっている、といった具合)
加奈子「どう…なってるの」
尚美「わからない?」
加奈子「…」
尚美「わかってるでしょう」
加奈子「鏡の中…みたい」
尚美「みたい、じゃない。そう、ここは鏡の中の世界」
加奈子、部屋の一番大きな鏡に突進する。
自分の姿は写っていない。
尚美「この世ではない、過去に向かって時が流れる世界」
尚美が解説しなから傍らに立つ。
やはり、尚美の姿も鏡に写っていない。
現実の世界(鏡)から見ると、誰もいない部屋で、鏡の中にだけ加奈子と尚美の姿が写っていた。
加奈子「(悲鳴をあげる)」
× ×
時計の針が左回りに回る。
流しで、水滴が下から上へと上昇し、蛇口にすぽっと入る…水が滴る映像の逆回転版。
× ×
T「一日前」
加奈子と尚美が鏡の前で話している。
加奈子「なんで、こんなところに」
尚美「…だから、警告したのに」
加奈子「警告? どんな警告よ」
尚美「これからする」
加奈子「これから?」
尚美「前に電話したでしょ。覚えてない? 時計見て」
加奈子、見る。
午後5時…。
尚美「5時じゃないよ。7時だよ」
加奈子「…」
尚美「あんたがビールを飲んでた時間」
加奈子「見てたの」
尚美「見えるだろ」
鏡の向こう(現実世界)を示す。
× ×
現実のリビングでは午後7時。
ビールを飲んでいる加奈子。
× ×
尚美「あんたが警告を聞いて出て行ってくれればいいんだけど」
と、携帯を取ってかける。
× ×
現実のリビングにいる加奈子の携帯に着信がある。
加奈子「(出て)あ、尚美、遅いよー、今どこにいるの」
× ×
鏡の中からその様子を見ながら携帯をかけている尚美と、現実のリビングの加奈子の会話。
尚美「今どこにいる」
加奈子「こっちが聞いてるのよ」
尚美の声「もう着いた」
加奈子「え、もう着いたの?」
尚美の声「帰りなさい」
加奈子「え? 何言ってるの?」
尚美の声「帰りなさい」
× ×
鏡の中から尚美がいつのまにかいなくなり、ゆっくりと現実の加奈子のそばを携帯を持って歩き回っている。
この世のものでなくなった加奈子、鏡の中でずっと立ち尽くしている。
× ×
現実のリビング。
以下、さっきの加奈子と尚美の携帯を使ったやりとりを、もう一度角度を変えて描く。
加奈子「なに言ってるの。あたしはとっくについてるよ。今どこ。スーパー?買出し?」
尚美「(周囲を巡りながら)帰りなさい」
相変わらず、尚美の存在に気づかない加奈子。
加奈子「だから、いまどこだって」
尚美「ここ」
と、加奈子の耳に口を寄せるようにして言う。
加奈子、思わずまわりを見回す。
だが、自分以外の誰も見えない。
加奈子「(また携帯に向かい)もしもし、どうしたの、何かあった?」
尚美「いいから、帰って」
加奈子「?(さすがにおかしいと思って)…ちょっと、尚美、どうしたの」
尚美、里恵が部屋の隅に立っているのに気づく。
通信にノイズが入る。
加奈子「もしもし、尚美?」
里恵が迫ってくる。
それとともに、通信にノイズが入る。
答えなし。
加奈子「もしもし?」
× ×
加奈子「何よ、どうしたの」
里恵がいるので、焦る尚美。
尚美「(力を入れて言う)真夜中に鏡を見ると、自分の運命が見える」
加奈子「えーっ?何言ってるの」
当惑する。
加奈子「もしもし、どうかした? この部屋で何か怖い目にでもあった?」
尚美「これからあんたが会うの」
と、言うが、里恵が立っているとノイズになって加奈子には聞こえない。
加奈子「もしもし、だからあたしが前にそういうことないか聞いたじゃない」
歩き回る里恵の亡霊。
尚美の声に、またノイズが入る。
加奈子「どうしたの、何かあって、ここに帰ってこないわけ」
尚美「5年前の…」
加奈子「え? 5年前がどうしたって?」
尚美「5年前の…」
加奈子「5年前の、なに」
尚美「午前0時に」
加奈子「午前0時に」
尚美「(ノイズが大きくなる)…午後0時に」
加奈子「もしもし、5年前の、午前0時がどうしたの。何が起こるの」
ノイズが大きくなって、会話ができなくなる。
加奈子「もしもし、5年前の、午前0時がどうしたの」
通話が切れる。
× ×
鏡の中の世界の尚美と加奈子。
尚美「やっぱり、伝えられなかった」
加奈子「もう一人うろついているあいつは、誰」
尚美「わからない。ずっといる。昨日もいた」
加奈子「きのう?」
時計を見る尚美。
午後11時46分。
尚美「おそらく五年前からいる」
× ×
現実。
尚美、立ち上がって髪をまとめて、部屋のあちこち歩き回って風呂支度を始める。
それを見ている加奈子(いつのまにか現実に介入してきている)。
ふっと、もう一人の、部屋の隅にいる女(里恵)の姿が自然に視界に入ってくる。
バスタブの中から姿を現した女だ。
加奈子「(里恵に)あんた、誰」
だが、里恵は加奈子を無視して立ったままでいる。
尚美は加奈子同様、里恵の姿にも気づかないでいる。
が、鏡の前に来た時、その姿を鏡の中に認めて、ぎょっとした顔をしている。
振り返るが、尚美の目には里恵も、加奈子も見えない。
里恵、歩き出す。
里恵が目の前を通り越しても、尚美は気づかない。
加奈子、里恵が歩いていくのを目を追う。
里恵、バスルームに入っていく。
尚美、また鏡を見るが、もちろんその時は里恵の姿は鏡の中に見えない。
加奈子が見守っている中、薄気味悪そうにして、バスルームに向かう尚美。
加奈子「(思わず声が出る)入っちゃいけない」
もちろん声は届かず、尚美はバスルームに入っていく。
後を追う加奈子、その目の前で扉が閉められる。
加奈子、習慣で立ち止まってしまう。
しばらく立ちすくんでしまう加奈子。
尚美の声「立ち止まることないのに。中に入れるよ」
加奈子、振り向く。
たったいまバスルームに入っていった尚美ではなく、加奈子同様に鏡の世界の住人になっている尚美が立っている。
尚美「まだ人間のときの習慣が抜けないみたい」
加奈子「あの女は誰」
尚美「風呂の中に沈んでいた?」
加奈子「そう。」
尚美「あたしじゃない方?」
加奈子「あたりまえでしょう」
尚美「そうでもない。昨日のあたしは今日のあたしじゃないから」
加奈子「その昨日と今日って、どっちが前で、どっちが後なの」
尚美「今日が前で、昨日が後」
加奈子「…逆か」
尚美「早く慣れるのね」
加奈子「で、さっきの誰」
尚美「知らない」
加奈子「知らなくていいの? あんたを殺した女なのに」
尚美「いいわけない」

バスルームの中。
シャワーを浴びて石鹸を落としている尚美。
ふと、視線を感じて、あたりを見渡す。
尚美「誰?」
当然だが、誰もいない。
バスタブに入ろうとすると、
「入ってはだめ」
声が聞こえるので、ぴたりと入る動作を途中で止まる。
しかし、それ以上声は聞こえないので、風呂に漬かる。
湯気で曇る鏡。
尚美「…?」
また変な声が聞こえてくる。
「出なさい、出ないと死ぬ」
鏡の中から聞こえてくるのだが、尚美ももちろんそんなことを思いもよらない。
湯をかきまわしている尚美の手に、黒髪がからみつく。
尚美「何これ」
気持ち悪そうに振り払う。
湯の中に手を伸ばして探ってみる。
尚美「?…」
湯の中から拾い上げたのは、カミソリだ。
尚美「何これ」
湯が突然、みるみる赤くなる。
尚美「(悲鳴をあげる)」
湯の中に引きずり込まれる。
暴れて、激しく水面が揺れるが、やがて静かになる。
湯が真っ赤で何も見えない。
ごぼっといって、湯が抜け始める。
どんどん湯が抜けていき…、誰もいない。
湯気で曇った鏡が、水滴が取れて晴れてくる。
尚美の声「やっぱり、運命は変えられない」
いつのまにか、加奈子と尚美が空のバスタブの傍らに立っている。
加奈子「誰、あんたを引きずり込んだのは」
尚美「わからない」
加奈子「わからないじゃないでしょう。あんたのせいよ、あたしまでこんなことになったのは」
尚美「人のせいにするつもり」
加奈子「事実、あなたのせいじゃない」
尚美「警告したのにのこのこやってきて」
加奈子「ここで引き返していればよかったのに」
尚美「あと、五年待たないと」
加奈子「五年?」
尚美「そう、五年」
加奈子、天を仰ぐ。
加奈子「長いなあ」
尚美「過ぎてしまえば、すぐよ」
加奈子「我慢できそうにない」
× ×
さらに時間を遡り…
まだ部屋に引っ越してきた間もない尚美が、携帯で加奈子を誘っている場面。
尚美「(携帯をかけている)あ、加奈子? あたし。尚美。きょう引っ越してきたんだ。あしたご馳走するから遊びに来ない? …片付けを手伝わせようなんてんじゃないよ。家賃?安いよ。相場のまあ半分。…え、何か問題があった物件じゃないかって? ちゃんとリフォームしてあるし、呪いだの幽霊だのそんなものあるわけないじゃん」
じいっと、この世のものでなくなった加奈子がそばにいて尚美を睨んでいる。
尚美「あたし?あたしもも呪いとか幽霊とか、信じちゃいないけどさ。出てくるものなら見てみたいというくらい。あとお告げとか予言とか占いとか、みんな信じてない」
と、笑いながら見えないが加奈子の気配を感じて不安になる尚美。
× ×
× ×
時計の針が左回りに回る。
横になった酒瓶から、中身が逆回転で戻っている。
× ×
T「5年前」
まだ生きていた里恵がビールを飲みながら歩き回っている。
思いつめた表情。
酔いがまわって、目の焦点が合っていない。
ばさばさの髪。
ビールを飲む。
さらに日本酒を飲む。
さらに焼酎を飲む。
手が止まらない感じ。
そこら中、ビールや酒類の空き缶空き瓶がごろごろしている。
携帯が鳴る。
里恵「(出て)もしもし」
「死んではダメ」
里恵「誰」
「死んだら地縛霊になってずうっとその部屋から出られなくなるよ。死んではいけない」
里恵「誰。なんであたしが死ぬことに決めたのを知ってるの」
「なんででも。とにかく死んだらいけない」
里恵「またあたしをからかってるんでしょう」
部屋の片隅に加奈子と尚美がぼうっと立っている。
誰のかはっきりしない女の声「死んだらどうなると思う」
里恵「あたしなんか、どうせすぐみんな忘れる」
加奈子と尚美の姿が消えている。
女の声「そんなことない。死んだら恨みつらみがずうっと残って無事にあの世に行けないよ」
里恵「大きなお世話。誰、あんた」
女の声「死んだらまわりに迷惑がかかる。ものすごく」
里恵「もうかけてるよ。あたしがアル中だって、みんな気づいている。陰で笑っている声が聞こえる」
女の声「そんなの、気にしなければいい」
里恵「気になんかしているか。あたしをなめてるんだ。死んで見せたら、少しは見直すだろ」
女の声「そんなこと言って、死んだら終わりよ」
里恵「終わりにしたいんだ。こんな世の中に未練なんかあるかっ、死んでやるさ、死んでやるとも」
女の声「酔ってますね。お酒を控えないと」
里恵「あたしはアル中だからね。控えるってことはできないんだよ。飲むか、完全にやめるか」
女の声「だったら本当にやめてください」
里恵「アル中はね、酒が切れたときの方が怖いんだよ。酒びたりで痺れていた頭が酒が切れると変に興奮して、悪夢をみるんだ。それはそれは恐ろしい悪夢をね。それに比べたらホラー映画なんて、ままごとみたいなものさ」
と、携帯を切る。
それでも、すぐに何をするでもなく、ぐずぐずしている里恵。
ビールが空になる。
さらにまた用意してあった日本酒を飲みだす。
飲みながら、鏡の前に立つ。
「(自分の顔を見て)ひどい顔」
鏡の中に自分とは別の人影を認めて、振り返る。
誰もいない。
また鏡の中の自分と向かい合う。
「(自分に向かって)おまえなんか死んでしまえおまえなんか死んでしまえおまえなんか死んでしまえ…」
ぶつぶつぶつ繰り返す。
言ってはまたもう一杯ひっかける。
また人影が鏡の中に見える。
里恵、今度は驚かない。
里恵「死神かい、いつでも連れて行ってよ」
けけけと笑う。
また飲む。
また鏡を見る。
人影が、里恵の耳元に口を近づけて何事かささやくのが鏡の中に見える。
だが何も聞こえない。
里恵「なに、なにを言ったの」
里恵「あんた、だれ」
へらへら言いながら、また一杯開ける。
鏡に向き直ると、人影は消えている。
里恵「死神のささやきかい」
また飲む。
里恵、ふらふらとおぼつかない足取りでバスルームに向かう。
時計の針は11時41分。

洗面台で改めて鏡に向き合う里恵。
また人影が鏡の中に見える。
里恵、さすがに顔色が変わる。
里恵「また出た」
鏡の中からじいっと睨んでいる目。
気づくと、その目は二人分、全部で四つある。
里恵、さすがに体が動かなくなる。
里恵「まったく、三年間この部屋に住んでいるのに、幽霊を見るのが今日が初めとはどういうこと。やっぱりお迎えが来たということか」
最後の一口を飲み干す。
がたがた震えがくる。
里恵「これだけ飲んだのに、まだ足りない」
産毛剃り用のカミソリを出して、手首に当ててみる。
それから風呂場に行き、バスタブにお湯を入れだす。
後戻りしようとして、誰かの手が里恵を突き飛ばす。
転倒する里恵。
時間が経つ…、蛇口から流れ落ちる湯。
それが床を流れ、倒れた里恵の顔に至る。
意識を取り戻す里恵。
里恵「いた…」
と、額に手をやる。
向こう傷のように傷がついている。
里恵、気味悪そうにあたりを見渡す。
里恵「誰か、あたしを突き飛ばした?」
酔いがまわって、頭がぐらぐらする。
吐き気がする。
里恵「そうだ、死なないと…」
と体中を探ってカミソリを探す。
里恵「カミソリ…、カミソリ…あった」
と、取り出す。
× ×
時計の針、11時50分。
× ×
里恵、服のままざぶっとバスタブに体を沈める。
そして、カミソリを手首に当てる。
酔いで感覚が麻痺しているのか、あまりためらうことなくざっくり切る。
切った瞬間は痛むが、湯に入ったもので酔いがまわってきてそのまま半ば眠り込む。
そのまま沈んでいきそうになる。
顔が半分沈んだところで、ぱっと意識を取り戻して反射的にはね起きる。
里恵「あぶないところだった」
と、その頭がつかまれ、湯の中に押し込まれる。
溺れる里恵。
その頭をバスタブに押し込んでいるのは、尚美。
尚美「そんなに死にたいのなら、死なせてあげようじゃないの」
里恵、暴れて、なんとか尚美の手を跳ね返して顔を水の外に出す。
すると、さらに加奈子も加わって里恵の頭を水の中に沈める。
加奈子「あんたのせいで、あたしたちはこんな目に合ってるんだ」
里恵「迷惑だって言ってるのに」
加奈子「人の言うこと聞かないで」
里恵「死ね」
加奈子「死ねえっ」
× ×
里恵が一人でバスタブの中で暴れている。
× ×
二人に水責めを受けている里恵。
やがて、抵抗をやめて動かなくなり、湯の中に沈んで姿が見えなくなる。
× ×
一見したところ、誰もいない風呂場。
ただ、なみなみと淵まで真っ赤な湯を湛えたバスタブがあるだけ。
× ×
リビングの鏡に映っている一人で里恵。
折から、時計は午前0時を指している。
かちっと午前0時1分になる。
(終)

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