prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

2008年12月に読んだ本

2008年12月31日 | 
prisoner's books2008年12月アイテム数:4
風天―渥美清のうた森 英介12月11日{book['rank']
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「ホット・ロック」

2008年12月30日 | 映画
1971年公開作品だけれど、ヘリコプターでニューヨークの上空を飛ぶシーン、世界貿易センタービルがまだ建設中なのが写る(ビルが完成したのは、ノースタワーが1972年、サウスタワーが1973年)。
さらにパンナムビルが写るシーンもある。
警察のまわりで模擬爆弾を破裂させると、署長が「革命だ」と言って騒ぐのだけれど、今だったら確実に「テロだ」と騒ぐだろう。

そういう風俗的な面白さはあるのだけれど、あとはそんなにひねりや意外性のないかなり風化した観の泥棒もの。
(☆☆☆)


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「デス・レース」

2008年12月28日 | 映画
ロジャー・コーマンが製作した「デス・レース2000年」のリメーク(今回も製作総指揮にコーマンの名が入っている)だが、内容はほとんどオリジナルといっていい、といってもさほどオリジナリティのあるストーリーではなく、「ローラーボール」とか「バトルランナー」といった未来世界の殺人ゲームとその中継もの。「2000年」だとゲームに参加しているわけではない一般人をばたばたひき殺すと点数になるというもっとヒドイ内容だった。

今回の見ものは分厚い鋼鉄の質感を持った車が暴走して激突する「マッドマックス2」ばりのカー・クラッシュの連続で、重量感はなかなかのもの。わざわざエンドタイトルで、「これはプロのスタントドライバーが十分安全を確保して撮ってます、絶対に真似しないように」と出る。当たり前じゃないかとも思うが、マネするバカがいるのだろうねえ。
ただしストーリーその他の細部は雑もいいところで、ドレッドノートと称するやたらバカでかくて破壊力抜群の車を出す理由がわからない。いくらルール無用のレースといっても、エントリーされていない車を途中からいきなり出してくるって法があるか。ただ破壊力を見せたいだけなのだろう。

「2000年」では仇役に「ロッキー」以前のシルベスター・スタローンが出ているのでも有名だが、同じマシンガン・ジョーの役は黒人(タイリース・ギブソン)なのが今風。
もっと上の悪役は女の刑務所長ジョアン・アレンで、いつもスーツ姿で髪もどこの美容院でセットしているのか不思議だが「カッコーの巣の上で」のルイーズ・フレッチャーばりにやたらびしっと決めているのだが、めぐらす陰謀がおよそ頭良くないもので損している。
(☆☆☆)


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『電撃脱走 地獄のターゲット』 70点

2008年12月28日 | goo映画レビュー

電撃脱走 地獄のターゲット

1972年/イギリス

凝ってます

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ☆☆☆☆☆0点

キャスト ☆☆☆☆☆0点

演出 ★★★☆☆60点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★☆☆70点

画面作りが非常に凝っているのがお楽しみで、「上海から来た女」か「燃えよドラゴン」かという鏡張りの部屋の趣向なんてのもあります。


「私は貝になりたい」

2008年12月27日 | 映画
フランキー堺が主演した元のテレビドラマは見ていないが、映画版は見ている。
所ジョージ主演でリメイクされたテレビドラマは、途中で入るCMが同じ所ジョージ出演によるもので、シリアスな気分をぶち壊すこと、おびただしいのを一番よく覚えている。
いずれにせよ、かなり記憶がおぼろになっていて正確に比較するのは難しいが、主人公夫婦のなれそめと四国の自然の書き込みが大幅に増えたのは確か。

山奥のすり鉢の底にような場所にある妻の故郷の村に戻ろうとして家に居場所があるわけがないと引き返し、海辺の崖のどんずまりまで来てこれ以上は行けない、ここで踏みとどまって二人でやっていこうと床屋を開いたという設定になっている。
作者の言葉を鵜呑みにするのは危険だけれど、脚本の橋本忍は改稿するにあたって元にシナリオに欠けていた「海」を付け加えた
と語っているわけで、それに対応する形で嘆願署名を集める山の中の場面が出てきたように思える。図式的に言うと「山の中」が日本的共同体の本家で、そこからはじき出された二人がなんとか海辺の崖っぷちで踏みとどまっていたのを、ラストでとうとう夫が海の中に行ってしまうといった構造になる。

なんとなく故郷の村で床屋をやっていたような印象だったが、住んでいる村にとっても一種のよそ者だったわけで、他の床屋が進出してきて奥さん一人で切り盛りしている店がじわじわと追い出されそうになる後半の展開が考えて見ると怖い。遺族に遺骨も渡されなかったというのは衝撃的で、処刑を知った時どれほどの衝撃を受けるか、描かれてはいないが想像するに余りある。

アメリカ側の一方的な法と正義の押し付けは、イラク戦争以降一段とわかりやすくなったよう。
人情家の看守の書き込みにはかつて日本人が憧れたフランクで明るいアメリカ人像の片鱗があったように思う。

戦時下の風俗を「三丁目の夕日」以来、定番になった感じもあるCG技術に手をかけて再現しているのが見ものではあるのだけれど、逆にリアリズムから離れた〝よくできた作り物〟になった感じ。
衝撃的な場面でいちいちどどーんという音楽がかかるのは相当に興ざめ。
(☆☆☆★)


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「イントゥ・ザ・ワイルド」

2008年12月16日 | 映画
恵まれた生まれ育ちを捨ててドロップアウトしてアメリカ中を放浪する内容といい、ところどころでやたらと凝った映像処理をしてみせるところといい、今どき珍しいニューシネマの匂いがする。
反抗的な役柄と実生活を過ごしてきたショーン・ペンが、時間を経て反抗の意味を距離と共感の両方をもって描いている。

放浪と平行して両親との関係が妹のナレーションとともに描かれていくわけだが、どれだけ「外」に向って何物かを求めていても、結局逆に「家」や「文明」からは逃れられないよう。

射殺したヘラジカを捌ききれないで腐らせてしまい、残りの肉を野生の狼がガツガツ漁るのを見て、荒野はこういう生き物でないと生きていてはいけない場所だとナレーションがかぶさるシーンが厳しい。いかに人間が肉体的には弱い動物で、身を守るために文明を作り出さなくてはならなかったか、そしてその文明に縛られて窒息しかかっているかを思わせる。

エンドロールのロケ地の数の多さに驚く。アメリカというのも改めて広い国だと思うし、その割りにどこに行ってもそんなに変わらないとも思わせる。

主人公が読んでいるのがトルストイで、ドストエフスキーではないのがそれらしい。より倫理的というか。
(☆☆☆★★★)


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「暴行」

2008年12月11日 | 映画
ポール・ニューマンがオリジナルの「羅生門」の三船敏郎にあたる役?というのが見る前の疑問だったのだが、見たらもっと疑問。髪を黒くして髭を伸ばし、メキシコなまりの発音と、なんだかアンソニー・クインのコスプレみたい。
直接アメリカでリメイクのシナリオが書かれたわけでなくて舞台劇化されたものを改めて映画化したわけで、日本でいう赤毛芝居を裏返ししたみたいな違和感。

原典のディテールをいちいち律儀に西部劇に移し変えているけれど、それだけに土砂降りの雨とか原生林といった強烈なビジュアル、無声映画的なカットの積み重ねの切れ味、アクションの緊迫感、いずれも到底及ばず、逆に黒澤の映画的力量をいちいち確認させられる。
裁判劇はむしろアメリカ映画の十八番なのだが、それだけに証人の証言がいちいちまるで食い違うのはごく当たり前のことと映り、何が恐ろしいのかよくわからない。
(☆☆☆)


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「ゴーストシップ」

2008年12月10日 | 映画

映画の中で語られているが、誰もいない豪華客船というマリー・セレスト号事件ばりのムード。もっとも、あの事件の真相というのは手品の種明かしじみて白けるものらしいけれど、出だしとすると魅力的。
ロバート・ゼメキスが製作に加わっているので、「ゴースト・血のシャワー」のリメイクかと思ったら、別物なのね。

地上波デジタル放送の録画で見たもので、スプラッタ描写は相当に切られている雰囲気。アナログ地上波だと、吹き替えにするとモノラルになってしまったのだが、デジタル放送だとステレオ音響になるのはいい。超大型客船の中の音の響きが良く出た。

あまり知名度のある役者が出てこないので次に誰が死ぬのかわからない効果はあるけれど、キャラクターのどんでん返し的扱いは今ひとつ。
無数の成仏できなかった霊が昇天していくラストは諸星大二郎の妖怪ハンターシリーズの「生命の木」ばり。
ぼろぼろの幽霊船のホールから、かつての豪華客船で催されたパーティが再現されるCGはなかなか好調。
(☆☆★★★)


「ブラックサイト」

2008年12月08日 | 映画

サイトのクリック数が増えるほどリアルタイムでアップされている犠牲者の死が早まる、という発想が気に入って見ることにしたわけど、ネット社会的に無責任な愉快犯と思わせて実は無責任さを告発しているというあたり、「相棒 劇場版」と偶然だろうけれど似ている。ただ役者があまり印象的でないせいもあって、ややメリハリに欠ける。

演出もカメラもヒロインのダイアン・レインをもう少し綺麗に撮ったらどうか。照明の当て方ひとつとっても、いくらも改善の余地はあるだろう。
(☆☆☆)

「輪廻」

2008年12月07日 | 映画


現在の荒廃したホテルと過去の営業していたホテルが交錯するあたりは「シャイニング」ばりで結構見せるが、後半になって映画中映画の場面と、過去の実際の連続殺人事件の八ミリ映像、それから優香が霊感だかで見る情景とがにだんだんごちゃごちゃしてきて頭の中で整理するのに追われて、怖がるまで手がまわらなくなってくる。

技法はアート・フィルムに近く(「呪怨」の時制交錯も、もとはキエシロフスキがヒントだという)、優香と香里奈とのエピソードが別々に進行して、結びつき方が唐突な上、それまでこれといった経緯がないからそれがどうしたのかと思わせる。
椎名桔平のエキセントリックな映画監督も犠牲者の生まれ変わりらしいけれど、「生まれ変わり」を信じていない人物を設定してその視点で追わないと、ンなもの信じていない客はついていけないよ。
殺された犠牲者たちも幽霊なんだかゾンビなんだかよくわからない動き方をしているし、人形が何なのかも不分明。
(☆☆★★★)


「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」

2008年12月06日 | 映画
ありもしないカメラを相手にやたら熱演するバカ役者の話、という意味で「マジックアワー」と通じるのだが、俳優が監督しているせいか、やや「映画」ではなく「芝居」の方にウェイトがかかっている。また、映画にせよ芝居にせよ、もともとあまりハッピーなものとして扱っていない。

いわゆるアカデミー賞的演技の代表であるところの障害者演技をネタにしているのがアブないと同時に、どこまでやっても「本物」にはなりきらない相手をどう表現するか、という一種の演技論にもなっていて、「戦争」の悲惨さなり破壊なりを映画で本当には表現できないのも同様で、バカ映画の装いはしていても、終盤などちょっと映画の流れが渋滞するくらいリクツっぽくなる。

子供の扱いなどハリウッド的偽善臭のおちょくり方は相当なもの、金儲け第一主義の描写など悪趣味だがリアル。メタボハゲのプロデューサーをやっているのが誰なのか、最初わからなかった。ほか、スターのカメオ出演かと思うと意外とみっちり芝居させている例が多い。
ほか人種差別、出身者差別ネタに加え、スプラッタも交えて悪趣味たっぷり。
(☆☆☆★★)


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再会 ロバート・レッドフォードとポール・ニューマン

2008年12月05日 | 映画
アクターズ・スタジオ・インタビュー『ポール・ニューマン』 と続けての放映。
このインタビュー・シリーズはずいぶん大勢が登場したわけだが、この1994年の当時スタジオの校長だったニューマンが第一回。

今では嘘みたいな話だけれど、デビュー当時のニューマンはマーロン・ブランドに似ていると言われていて、映画「傷だらけの栄光」でロッキー・グラジアノを演じた時もそう言われたわけだが、ところでこの場合、ブランドの方でもグラジアノがジムで練習している姿を観察して、舞台「欲望という名の電車」の役作りに生かしたという次第。元が一緒なのだから、似るのが当然。

生徒からの質問で俳優に限らず、一番大事なことは「粘り強さ」だと言う。才能に頼って満足してしまい、それ以上を目指さなくなって結局先細りした役者を何人も見てきた、と。誰を頭に置いて言っているのかと思う。

ニューマン、レッドフォードともに肩書きが単なる〝ACTOR〟ではなく〝FILM MAKER〟になっている。
〝ニューマンズ・オウン〟ブランドのレッテルが何通りもあって、カウボーイやロシア人の格好をしたものまであるのが可笑しい。

慈善家としてのスケールの大きいこと、アメリカだけでなくヨーロッパにもアフリカにも病気の子供たちの為のキャンプを作っているのだから恐れ入る。


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「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」

2008年12月04日 | 映画
「コーラスライン」といえばオーディションそのものをモチーフにして、舞台に立っているダンサーたちに実際にオーディションを勝ち抜いてきたであろう過去を重ねて見る作りなのだけれど、このドキュメンタリーはそのオーディションそのものを追う。

素のダンサーの姿は舞台で見るように綺麗でも均整がとれているわけでもないのが生々しく、田舎から十八歳で長距離バスでニューヨークに上ってきた、というのが多くて、アメリカの底とトップとを一望にするよう。
それにまたこのオリジナルのプロダクションの作・演出・振り付けを担当したマイケル・ベネット自身の人生がだぶってくる。選考する側にかつてのダンサーがいたりするのも歴史を感じさせる。

それにしても、最終選考に残った候補者のうち、この人が選ばれるのではないかと思った人がその通り選ばれるのは、不思議なくらい。オリンピックみたいに物差しがはっきりしているわけでもないのに。

八ヶ月にもわたるオーディションも大変だが、画面には出てこないが、その間プロダクションを維持していくこと自体大変だと思う。
いったんスターになって仕事がなくなってまた新規まき直しするキャシー役が、最初オーディションに落ちる台本だったのを、当時ニール・サイモン夫人だってマーシャ・メイスンが合格しないと納得できないと意見して、最後のピースがぴしっと合てはまるように完成した、というエピソードも面白い。
(☆☆☆★★★)



「リトル・ロマンス」

2008年12月01日 | 映画

なんとなく見たようなつもりでいて、ちゃんと通して見たことのなかった映画。もっとも、そんなにイメージと実物に違いはありません。
当時十三歳のダイアン・レインの初々しいこと。このあとみるみるうちに成長して結婚して子供ができて離婚してまた再婚して、その間ずっと浮き沈みはあったけれど、コンスタントに映画で見てきたので、なんか感慨あり。

ちなみに、相手役のテロニアス・ベルナールは、現在歯医者だそうです。

エンド・タイトルを見て初めて知ったのだけれど、原作小説の原題がE=MC2 mon amourっていうのね。映画ではハイデガーやブラウニングは出てきたけれど、理科系の話題は外していた。

「明日に向って撃て!」や「スティング」など、ジョージ・ロイ・ヒル監督の旧作がフランス語吹き替えで引用されているけれど、劇中に出てくる三流女たらし監督の名前がジョージというのだから人を食っている。顔つきやサングラス、髪型など若い頃のウィリアム・フリードキンみたい。

ローレンス・オリヴィエが語る「ためいきの橋」絡みでエピソードが語られるイギリスの詩人エリザベス・ブラウニングと夫のロバート・ブラウニングのロマンスというのは、こういうものだったらしい。
親の反対を押し切って駆け落ちしてイタリアで暮らした、とか、その前に交わした手紙は2年足らずで実に573通、というのが映画のクライマックスとかラストのやりとりに反映しているわけね。