『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』20

2022-09-17 07:43:14 | 創作

* 20  *

 人間を構成している成分は、約1年で90%入れ替わる。

 人間は、川のように流れ、移り変わる。

 本当の自分など存在しない。           

                        養老 孟司

 

 

 カナリは中学を卒業し、晴れて社会人となった。 

 そして、今日からは、中坊と棋士という二足の草鞋でなく、ひとりのプロ棋士なのだ、という自覚を持った。

 しかも、自分は、棋界最強と言われる永世八冠の弟子にして娘なのである。

 そのことを改めて意識すると、ブルッと身震いするように、気が引き締まった。

 もう、今のカナリは「中学生棋士」でも「女性棋士」でもなく、芯からのプロ棋士、「勝負師」「真剣師」であった。 

 彼女の野望は、自分のみが知る「師匠の秘密」と同じく、まずはAIを撃ち負かすことであった。

 そして、次に、師匠とタイトル戦を闘える実力をつける、という事だった。

 夏休み中の猛勉強で、「大名人・大山康晴」の棋譜はほぼ手中にした。

 ソータ師匠のデヴュー来の全棋譜もアタマに叩き込んだ。

 でも、そのくらいのことは、169人ものプロ棋士は、誰もがやっていることだった。

 いや、それどころか、まだプロ以前の奨励会員さえ、誰しもやっている。

 なにせ、日本国中から集まった将棋の天才少年・少女の集団なのである。

 最近は、そこに外国の碧眼金髪の美人研修生もいて、世間の話題となっている。

 将棋が好き、努力研究は当たり前、の世界なのである。

 並み居る天才たちの業界で、頭角を現すのが如何に大変な事か・・・。

 カナリは、スランプ期にどん底を這いまわり地獄を見た経験があるので、「闘いの場」の怖さを誰よりも知っていた。 

 そして、師匠もデヴュー後29連勝後に、まったく勝てない時期があり、自分の将棋を見直したという。

 棋界誌のバックナンバーを読むと、かつて、コロナ・パンデミックというのがあって、師匠は、高校が長期臨時休校になって、棋戦も軒並み中止になった時期、ひとり家に籠って、ひたすら自分の負けた将棋を研究しなおした、と書かれていた。

 そして、その後に、変身したかのように強さを増したらしい。

 この記事を読んで、カナリも、これまでの負け将棋をAIを使って徹底的に分析し、その「負け筋」と「勝ち筋」の両方をつかんだ。

 そして、師匠にお願いして、特別にAIとの対局を観戦させて頂いた。

 その棋譜は、世の中にはまったく漏れておらず、師弟のみが知る「奇手」「妙手」が繰り出される壮絶とも言える「不思議ワールド」の将棋宇宙であった。

 カナリは、師匠がAIを撃ち負かす指し回しを目の当たりにして、その晩は興奮で、一晩中まんじりともできなかった。

 凄い・・・。

 とにかく、ものスゴイ・・・。

 そのひと言に尽きた。

 ネットでジョークネタにされる「将棋星人」という言葉が、まるで、洒落とも言えぬ真実を現わしているかのようにさえ思ったほどだ。

(異次元レベルの思考なんだ・・・)

 と、カナリは床の中で、何度も師匠の放った妙手に酔いしれていた。

 あんな将棋を自分も指せるのだろうか・・・と、思うと、そら恐ろしくなり、ブルッと身震いした。

 でも・・・まだ、意識にこそ昇っていなかったが・・・

 いつか・・・

 いつか

 やってやる!

 してみせる!

 ・・・という、彼女にのみ培われたオーファン・スピリット(孤児魂)が、蒼い焔(ほむら)となって、こころの深層に燃え盛ろうとしていた。

 

                 

 

 


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