それは、風の強いすこォし寒い朝でした。
どの家にも、色とりどりのこいのぼりが、空をゆうゆうと泳いでいました。
庭があって、しかも大きなこいのぼりが買えるような家---それは、それだけのお金がある家、ということでした。
しかも、それだけではなく、そこには子ども思いのやさしいお父さんやお母さんがいるということでした。それに、子どもといっしょになって、お節句を喜んでくれるお爺ちゃんやお婆ちゃんもいるかもしれません。
オッ君の家には、こいのぼりがふたつもありました。
ひとつは、お父さんがスーパーで買ってきた六百八十円のものです。それは、しましまのプラスチックの棒に、三十センチぐらいの真鯉と緋鯉、そして吹き流しがついていました。
もうひとつのは、オッ君が保育所でつくってきたものでした。赤い紙と青い紙をタイヤキのような形に切りぬいて、クレヨンでウロコや目を描いたものでした。銀紙の風車もついていて、それはクルクルとよく回りました。
二つとも風をうけながら、けなげに軒先で泳いでいました。
本物をあげたくても、オッ君の家はアパートだったので、庭がありませんでした。
それでも、オッ君も、お父さんも、お母さんも満足でした。
お母さんは、お父さんが買ってきたものよりも、オッ君のつくったものの方がずうっとすてきね、といいました。
お父さんは、それをきいて
「親ばかチャンリン。そば屋のフウリン」
とオッ君にはわからないことをいいました。
近所の家では、けっこう本物がゆうゆうと空を舞っていました。それはそれで、目を楽しませてくれるものでした。
ですが、オッ君んちのこいのぼりにも、なかなか味わいがありました。オッ君の、どう見てもタイヤキのような鯉は、口もとを針金で割りバシにゆわえつけられていたので、まるで、タイヤキが釣り針をのみこんだように見えました。
また、お父さんが買ってきた方には、鯉のおしりのとこに、しましまのバーコードのシールがついたままでした。
お父さんは、それをとろうともせず、
「日本広しといえども、正札つきの吹き流しもシャレてるじゃん。貧乏をすれどわが家にフゼイあり。シチの流れにシャッキンの山」
とまたまたオッ君にわからないことをいって、カラカラと笑いました。
ところがところが、オッ君んちに大事件が発生したのです。
ちまきなど食べて、のんびりお節句を楽しんでなどいられないようになりました。
オッ君んち自慢のこいのぼりが、二つともあとかたもなく消え失せてしまったのです。
こいのぼりドロボウ というものが世のなかにはあるそうですが、それはみなホンモノの方の専門家であるはずなのに・・・。
「なぜ? どうして? 」
お母さんも、オッ君もうなだれてしまいました。
お父さんひとりが、カンカンになって怒っていました。
そして天をあおぐと、お芝居のような格好をして
「おお、天は許したもうや。
貧者のささやかなりし幸福をリョウジョクせんものを・・・」
といいました。
現実は、とても悲しいことになりました。
雨の降る翌朝。
オッ君のタイヤキが、路上のジュース販売機のそばで発見されたのです。
哀れ、変わりはてた姿になって捨てられていたのでした。
ぼろくずのように・・・。
タイヤキ、タイヤキとオッ君のまえではバカにしていたお父さんも、雨に濡れ、破り捨てられた鯉をみると、悲しいものが胸の底からこみあげてきました。
お父さんは、バーコードの方の行方なんかどうでもいいと思いました。
オッ君んちはそれいらい、ほんとに沈んでしまいました。
お父さんは何日も何日も、やり場のない怒りをもてあましていました。
しかし、日がたつにつれ、その怒りもしずまると、お父さんはまた芝居がかった調子で
「誰ぞによる、何故の愚挙! 何故の暴挙なるや!」
といい、お母さんを困らせました。
だけど、お父さんはくる日もくる日も、いっしょうけんめい考えていたのです。
そうして、何日かたったある日の夜。
お父さんはオッ君とお母さんをまえにして、一つの物語を話してきかせました。
・・・それは、シトシト雨の降る寒むゥざむとした朝でした。
どの家々にも、色とりどりのこいのぼりがハタハタと空を泳いでいました。
庭があって、しかも大きなこいのぼりが買えるような家---それは、それだけのお金がある家ということでした。
しかも、それだけではなく、そこには子ども思いのやさしいお父さんやお母さんがいるということでした。
それに、子どもといっしょになって、お節句を喜んでくれるお爺ちゃんやお婆ちゃんもいるかもしれません。
ひとりの、まだ小さな男の子が、空を見上げて、ぼんーやり、としていました。
そして、すこし悲しそうな顔をしたかと思うと、うなだれて、
「ちくしょう 」
とつぶやいたのです。
それは誰にも聞こえぬほど小さな声でした。
男の子にもお父さん、お母さんがいました。
しかし、ふたりとも自分たちの仕事ばっかりしていて、男の子のことなんか少しもかまってくれません。
それに、ふたりともあんまり仲がよくなかったのです。
男の子は、お節句にちまきを食べたこともなければ、お誕生日にケーキを食べたこともありませんでした。
男の子が、ぶらぶら街を歩いていると、古いアパートの玄関先で、パタパタと風にゆれているおもちゃのような二つのこいのぼりが目にとまりました。
それは、大きな本物のこいのぼりよりも、どこかけなげで、あたたかく感じて、そこに親子がいることを思わせるものでした。
男の子はしばらくじっとそれを見つめていました。
銀紙の風車がクルクルと回っていました。
とつぜん、男の子はそれをむしりとるようにすると、無我夢中で駆けだしました。
だァれも見ていたものはありませんでした。
しばらく走ると、男の子は息を切らせながらジュースの自動販売機のまえにいました。
男の子は、肩で息をしながら、手のなかにある二つのこいのぼりをしばらくじっと見つめていました。
すると、いきなり、紙でできていた片方のものをそこへ破り捨てました。
男の子は
(ちくしょう! ちくしょう!)
と心のなかでなんども叫び声をあげました。
破ったあと、男の子の手は少しふるえていました。
そして、また走りだしました。
走って走って、男の子は家にもどったのです。
お父さんも、お母さんもいませんでした。
男の子はだれにも見つからないように、もう一つのおもちゃのこいのぼりを、自分の服や靴下がはいっているダンボール箱のなかにかくしました。
そして、男の子ははじめて泣きました。
オッ君の目にも、泪が光っていました・・・。
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