『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

オン日/オフ日

2019-06-18 04:58:00 | 仕事
学校勤務日が
週二日に減ったものの、
中身がけっこう濃く、
K中にはPCをリュックに
背負っていくものの、
二週続けて出すことも
ままならなかった。

きのうは、
重症スマホ依存症の
ご新規さん1件、
本人曰く
「完全不登校じゃないから微登校(笑)」1件、
アウトリーチ(訪問支援)1件、
そして、先生のコンサル3件で、
合間に執務報告書をミッチリ記録し、
息つぐ間もなかった。

なので、
帰ったらグッタリで、
夕飯時には
「めちゃくちゃ忙しくてクタビレた~。
 オフ日との落差が激しすぎだ~」
と、ついつい
ヘタレを吐いてしまった。

10時には寝床に撃沈し
今朝は4時に目覚めた。

あ~・・・61歳、
先ずは生きてる・・・
ってな、感じだぁ~(笑)。

あ、だから、
「先生」なのかぁ・・・(笑)。

先ずは、生きてみせるんだなぁ・・・。

先を、生きているのかもしれない。






今朝の朝刊で、
大英博物館で初の
「大マンガ展」が開催され
話題を呼んでいるという。

12-13世紀(平安末期-鎌倉初期)の
鳥獣戯画から始まり、
葛飾 北斎、河鍋 暁斎らの
『北斎漫画』や『妖怪戯画』などに
マンガのルーツを探るという
『アリス』の国らしい企画展である。

企画キュレーター(学芸員)の
ニコル女史は、
ハーバード卒のPh.Dで
日本美術文化の教授である。

女史に拠れば、
世界的に、インスタのように
イメージで理解できる時代になってきたので、
マンガは将来、
「ヴィジュアル・ストーリーテリング・ランゲージ」
として、美的な言語に
なり得るという。

なるほど!ザ・ワールド・・・である。

アメリカ建国より
古くにルーツのある漫画は、
たしかに、「歴史的文明」と
位置づける見方も有りかもしれない。

ただし、
保守的な英ガーディアン紙のような
「偉大なる大英博物館で
ポップ(俗)な展示は如何なものか」
という
皮肉交じりの社説もあるというが、
(なーに、言ってやがんでぇ!
大英帝国時代に、世界中から
かっぱらってきた盗品博物館じゃねーかッ!)
と毒づきたくもなった(笑)。

***

きのう買ってきた
『七人のシェークスピア』では、
なんと、ルネッサンス・リュートが登場し、
それを机に載せて弾くという
歴史的な庶民の演奏スタイルまで
正確に描かれていて驚いた。

かねがね、
リュートで
『グリーン・スリーヴス』を
人前で演奏してきた時に、
シェークスピア時代に
全盛の楽器だったという
前説をふっていたので、
この作品は、まさに、
我が意を得たりであった。

やっぱし、
漫画の潜在力は
凄いものである。

小説でリュートが出てきたなんて
見たことも聞いたこともない。

アート系映画には
時折、登場しているが。

そういや、
名作『ロミオとジュリエット』の監督、
フランコ・ゼフィレッリが亡くなったことを
きのう報じられていた。

リサイタルでも、
ニノ・ロータ作曲の主題曲や挿入曲を
組曲に編曲してリュートで演奏した。

『ロミジュリ』世代の
テニス倶楽部のナベさんから、
「リュート、すンごく良かった!」
とお褒め頂いて嬉しく思った。

ゼフィレッリ監督の『ロミジュリ』は、
全編、紗を掛けたような
古典画を思わす映像で、
我が『生涯の10本』に入る
ベスト・ムービーである。
           
ちなみに、
『生涯の10本』は・・・

1.『眼下の敵』
2.『刑事コロンボ 別れのワイン』
3.『バベットの晩餐会』
4.『男はつらいよ 寅次郎紅の花』
5.『ブラザー・サン・シスター・ムーン』(ゼフィレッリ)
6.『ロミオ&ジュリエット』(ゼフィレッリ)
7.『小さな恋のメロディー』
8.『Shall We ダンス?』
9.『めぐり逢う朝』
10. 『リング』






きょうは
ソータの順位戦が
10時からある。

12時間を経る勝負なので、
決着は夜の10時近くになる。

完オフ日なので、
きのうの疲れを癒すべく、
存分にソータの棋戦を
楽しんで癒されたい。

数十手先を読む天才なので、
最終盤になって、
自分の負けまでが見えてしまうと、
思わずガックリと肩を落としたり、
ハーッとため息を
漏らしたりすることがままある。

「勝負師」「真剣師」としては
本来あってはならないのだが、
なにせ、まだ高2の17才なのだ。

デヴュー当時から、
ニコ生の「ストリーミング・コメント」では、
「あ、中学生に戻どっちまった!」
とか
「あ、高校生に戻どっちまった!」
とカキコされる(笑)。

逆に、
あと数十手で
勝ちが見えてしまうと、
急に、キョロキョロあたりを見回す。

すると、
「あ、キョロった」(笑)
「あ、もう、見切った」
「あ、オワッタ」
「すげー、神ってる」
とコメが流れる。

***

「この師にして、この弟子あり」
と讃えられるのが、
杉本八段とソータ七段の間柄である。

ソータの急成長で
練習対局で負けてばかりいた師匠が、
(自分は弱くなったのか・・・)
と苦悩したようだが、
29連勝や朝日杯二連覇、
詰め将棋選手権五連覇の快挙に、
(彼が強くなったんだ・・・)
と確信して、
自分も精進したという。

その結果、
同じC級1組に在籍し、
弟子のソータを蹴り落として
B級に昇格し、また、
七段に並ばれてしまったのを
勝率を上げて、八段に昇段した。

ソータは
「師匠を尊敬している」
と言うが、まさしく、
その言に値する
精進ぶりには頭が下がる。

ソータの活躍で
師匠もマスコミに引っ張りダコだが、
その朴訥な人格が滲み出ていて、
同時に、師弟対決では、
負けまいと前乗りして
報道陣の取材も断るという
「勝負師」の一面も見せ、
かっこよかった。

「世紀の師弟対決」と報じられ一戦では、
ソータが“恩返し”という
棋界の俗言を為し遂げたが、
師匠は
「こんなに、早く、
恩返ししてもらわなくても良かった」
とユーモアを交えながらも、
「自分は師匠が早くに亡くなり、
公式戦で対決できなかったので、
こんな形で師弟対決ができて
嬉しく思いました・・・」
と涙をにじませ、
もらい泣きしてしまった。

まさしく、
「この師にして、この弟子あり」
である。






中学生か高校生の頃、
一枚の絵画に
心乱されたことがある。

最近、その一枚が
『奴隷市場』
(Le Marche d'esclaves/The Slave Market)
というタイトルで、
フランスの画家
ジャン=レオン・ジェロームが
1866年に描いたものだと判明した。

性に目覚めた頃だったので、
全裸の女性が
アラブ系金満家たちの
好奇の目に晒されて
物のように扱われているモチーフが、
「裸婦の美」と
男たちの性欲が顕現したような
卑猥さとの倒錯感が、
少年時代に衝撃を与えたのだろう。

今見ても、
問題有りげな傑作ではある。

ジェロームは、
新古典主義の流れをくむ
フランス・アカデミック絵画の
巨匠のひとりだというが、
『奴隷市場』のモチーフで連作しており、
それらは19世紀オリエンタリズム美術の
代表作ともされている。

アカデミック絵画は、
印象派が持て囃される
世界的な傾向の陰で、
近年、その絵画レベルの高さや
エロティシズムと高尚さとの
際どい芸術性によって
見直されているという。

一見、女性を貶めているような
モチーフであり、
厳格なカトリシズムやイスラミズム、
フェミニズムからは
糾弾・排斥されそうだが、
やはり「芸術」「美術」の
力なのだろうか。

その圧倒的な画力による「美」には、
低俗、猥褻、卑猥という
安易な批判を凌駕する
妖艶美、エロティシズムな美が
観て取れる。

ゴヤの『裸のマハ』や
マネの『草上の昼食』での裸婦像も
芸術か猥褻か? で、
発表当時は物議を醸してきたが、
現代でそれを語ったら、
「美」を解するインテリジェンスが無い、
無教養と唾棄されるだろう。

それでも、
現代においても、
『奴隷市場』は
際どくボーダーにあるような気がするが
その衝撃性、問題性にこそ、
“芸術性の命”が
宿っているのかもしれない。

ゲージツって、
なんやろねぇ・・・?

┐(´Д`|||)┌  ← ゲージツカ・クマサン


ʅ(-"-;)ʃ ・・・








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