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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』2

2022-08-30 07:32:24 | 創作

* 2 *

 

 個性が大事だといいながら、実際には、よその人の顔色を伺ってばかり、とういうのが今の日本人のやっていることでしょう。

 だとすれば、そういう現状をまず認めるところからはじめるべきでしょう。

 個性も独創性もクソも無い。

                      養老 孟司

 

 

「名人、こちらにもお願いします!」

 報道陣のフラッシュが幾重にも焚かれる中に、『永世八冠』という色紙を胸のあたりに掲げた父親が画面の中で微笑んでいた。

「ほーら。リュウちゃん、お父さんよ!」

 と、お膝に抱っこの幼さな子に、母親が画面を指さした。

 父と察してか、一歳になったばかりの竜馬は、ちっちゃな手のひらをパチパチと叩いた。

「あら。えらいわねぇ・・・。

 リュウちゃん、お手々パチパチ覚えたのね」

 母親は、まるで息子が父の達成したばかりの偉業に対して、自分に変わって家族代表で拍手を贈ったかのようにさえ思えた。

 思わず、その産毛のいい香りのする頭に頬ずりをした。そして、

(ソーちゃん、おめでとう!)

 と、心の中で祝福した。

 翌日のスポーツ紙は、どの社も一面

『史上初! 永世八冠達成!』

『前代未聞の偉業!』

 との最大限の賛辞を謳っていた。

 テレビのワイドショーも久々の明るいニュースで、将棋にはド素人のコメンテーターたちが歯の浮くような美辞麗句を並べていた。

 

〔おみやげ、何がいい?〕

 と、対局前夜に、ソータは愛妻にメールを送った。

 大一番の大事な前夜だというのに、さすがだなぁ・・・と、妻はなかば呆れもし、感心もした。

 今や現役当時の自分をも凌ぐほどのCMにもひっぱりだこで、時たま、家族の前でその映像が流れると、

(やっぱ、シロートくさいね・・・)

 と、自虐的に照れ笑いするのが、なんだか彼らしくって、幾つになっても可愛く感じるのだった。

 

 天才子役・名女優と賞されたのは、もう遠い過去のように愛菜には思えていた。

 そう・・・。あれは、前世のわたしだったんだ・・・。

 と、愛菜は時々、妙な錯覚のような感覚をおぼえることがあった。

 それは夫の桁外れな天才ぶり、棋界の記録を全て塗り替えた異星人のような業績の前には、自分のちっぽけなキャリアなぞ、もうどうでもよいことだった。

 それに、自分には、彼の大事な娘と息子がいた。それは、大袈裟でなく、命よりも大事な大事な宝物であった。 

 

 

*


リアルファンタジー『名人を超える』1

2022-08-29 07:18:56 | 創作

 

* 1 *

 

 人生でぶつかる問題に、そもそも正解なんてない。

 とりあえずの答えがあるだけです。

 私はそう思っています。

 でも今の学校で学ぶと、ひとつの問題に正解が一つというのは当然になってしまいます。

 本当にそうか、よく考えてもらいたい。  

                養老 孟司

 *

 

「ありがとうございました」

 ソータは、一言、簡潔にそう言うと、最後の対局を終えたかのように、その枕元で瞑目した師匠に対して深々と一礼した。

 長らく看病に仕えていた奥さんが、その枕元で

「パパ、よかったねぇ・・・。

 ソーちゃん来てくれて・・・」

 と、泪を拭いながら嗚咽した。

 ソータの目にも涙が浮かんだかと思うと、それは、次から次と溢れ出し、まるで子どもにかえったように、そう・・・入門時の小学生にかえったように泣きじゃくった。

「お忙しい処、ほんとに、ありがとね。

 パパ喜んでたと思うわ。

 名人戦、頑張ってね。

 パパもきっと、応援してるから・・・」

「はい・・・。頑張って防衛します・・・」

 とソータは気丈に答えた。  

 廊下には、愛妻の愛菜が心配げに待っていた。

 ガクリと肩が落ち、明らかに気落ちした様子が見られた夫に

「だいじょうぶ?・・・」

 と、思わず声をかけた。

「・・・・・・」

 ソータは無言のまま頷いた。

 夫が激しく泣いたことを悟った妻は、バッグからガーゼ地のハンカチをそっと差し出した。

 夫は無言のまま受け取ると、恥じらいもなく、泪の跡をぬぐった。

 

 天才子役から売れっ子女優街道を揺らぐことなく歩んでいた愛菜だったが、自分の才能を遥かに上回る棋界の大天才とめぐり逢い、自らのキャリアを惜しげもなく放擲し、芸能界引退後は、子育てと夫のサポートに専念する生き方を選んだ。

 その才能と経済的価値を惜しむ世間の思いなぞ歯牙にもかけなかったのは、まるで、昭和の大スター山口 百恵の生き様を彷彿させるものだった。

 もとより賢い彼女は、自分を凌ぐ不出生の大天才の子を産んで、その遺伝子を後世に残さねば・・・と、なかば本能的な使命感のようなものを身の内に激しく感じて、そんな自分自身にも驚いたことがあった。

 が、実際の処は、可愛い息子と娘に恵まれて、世間並の母親の喜びを日々満喫もしていた。

 

「じゃ、子どもたち、よろしくね・・・」

 力ない少しばかりの笑顔を浮かべながら、名人は、セントレアから千歳に飛び立った。

 傷心の夫の哀しみを我が事のように感じながら、妻はその機影が霞むまでスカイデッキに佇んでいた。

(がんばって、ソーちゃん・・・)

 妻は、心の中でそう祈り、同時に、偉大な夫の永世名人位獲得を信じて疑わなかった。

 名人位の通算5期目となる現棋戦をあと一勝すれば、前人未到の『永世八冠』を達成することになる。

 盆暮れに夫に連れ添って、師匠宅への御挨拶参りをしていた妻は、

「先生。ソーちゃんを見守ってください」

 と、瞑目して合掌した。

 

 

*


怪談『夜這う赤児』

2022-08-28 12:29:51 | 創作

 お盆休みに、親友の山下と飲んだときのことだ。

   

 彼のまだ十一ヶ月の長男がつかまり立ちやハイハイするようになったという微笑ましい話から一転して、彼の顔色が曇った。


「あのよ・・・。なんだかムスコがよ、最近、ぶきみでなぁ・・・」 
「エッ、なんで?」
「毎晩、十二時過ぎるとパッチリ目ぇ開けてよ、
もそもそフトンから這い出すんだ」

「・・・んなの、どってことねーじゃん。
 赤んぼのときは、よくあるって。
 ウチだってあったもん」
「そっかなぁ・・・。
 でもよ、ウチのは最近、毎晩だぜ」
「えーっ? 二、三回じゃねーのか」
「そうなんだ。
 だからよ、カミさんも気味悪がって・・・。
 医者に連れてこーか、って言うんだ」
「ほぉぉ・・・。
 なんだか、気持ちワリーな、たしかに・・・」
「だろッ・・・」

「・・・んでも、ハイハイしてどこまで行くの?」
「いやぁ、ふとん抜け出ても、せいぜいフスマにぶち当たってそっから先にゃ行けないんだけど・・・」
「ふーん・・・」
「あ、そうだ。
 いっぺんだけ、フスマ蹴ったことあんだよ」
「ほんとかよー?」
 私は赤ん坊が小ちゃな足でキックしてる様を思い浮かべると、思わず笑ってしまった。
「ほんとだって」
 山下は笑ったが、嘘じゃなさそうだった。

「なんで、フスマ蹴ったんだろ?」
「知らねーよ、んなの・・・。
 おまえ心理屋だから、なんか知らねーの?」
「ま、乳幼児心理学っつーのはあるけんども・・・。
 フスマ蹴っぽるヤヤコの話なんざ聞いたこともねーべさ」
 山下はゲラゲラと笑った。
「んだね・・・」
 話は、不気味なんだか、笑い話なんだか酔いも手伝って、段々ワカンナクなった。

「じゃよぉ、こーすべー」
「ん? どーすんの?」
「今夜さぁ・・・、ヤヤコが這い出したらよ、おめえも寝てねーでさ、フスマをよ、いっぺん開けてみれッ」
「あぁー。なるほいど・・・」
「そしたら、ヤヤコのやろ、どごさいぐのが、わがっぺした・・・」
 酔いが回ってきたのか、ふたりとも段々と呂律がまわらなくなり地金がはがれて田舎ことばが出てきた。
「んだなすッ!」
 山下は単純に感心したかのように酔いに濁らせた目を一瞬、キラリと光らせた。
「今晩、やってみっぺ・・・」

 次の週の土曜。 

 私たちは、ホルモン焼きのうまい店で待ち合わせた。

「どしたい? お坊っちゃん」
 私は開口一番に尋ねた。
 気のせいか、山下はいくぶん緊張したような面持ちで言った。
「あのよぉ・・・。やったのよ」
「おう」
「そしたらよ、あいつ・・・
 ハイハイ、ハイハイ、ふすま超えて行くんだわ」
「ふんッ」
「廊下ぁ、真っ暗なのに、平気でハイハイ行くのな・・・」
「ほぉ」
「で、行くとこまで行かせようと、もう手ぇ出さねーで後ろにくっ付いていったんだ」
「ふんふん。ほんで?」
「そしたら、玄関の方に行くのな。
 真っ暗なんだぞ。玄関だって・・・」
 

 私は段々と面白くなってきて、からだを前にのり出した。
 山下は、目の前のビールを一口流し込んだ。
「そんでね・・・。
 玄関のタタキにおっこちると大変だから、真うしろから、いつでも手ぇ出せるように構えてたらよ・・・」
「はん」
「あいつ、何したと思う?」
「さあ・・・なんだべ」
「いいから、当ててみれッ」
「んだよぉ・・・。クイズはいいからよ」
「ハハハ・・・。吠えたんだよ」
「えーッ?! ガオーってか?」(笑)
「ちがわいッ!」
 山下も噴き出し笑いをした。

「エテカーッ! ・・・って」(笑)
「なんじゃ、そりゃーッ!」
 私は松田優作節でツッコンだ。
「な、笑うだろッ!
 なにもんやねん、おぬし・・・って、俺だってツッこんだもん」(笑)
「なんなの? そのエテコーって・・・。
 猿公のことかいな?」
「違うって。エテコーじゃなくて・・・
 エテカ、エテカー・・・っつうのよ」
「エテカぁ・・・?
 ナスカの宇宙人の子か? おまえんとこの」
「違う、っつうの」(笑)

「ほんで、どーしたの?」
「なんだか、ぼっこれテープみたいに、エテカ、エテカ、ばっかり言うもんだからワケわかんなくて、
『はいはい。
 もう、お寝んねちまちょーね』
 って、ふとんに連れてったんだ」
「バッカだなぁ。おめぇ・・・」
「えっ、なんでよ?」
「その先、続きがあったんじゃねーの?」
「なんの続きよ?」
「だからよぉ、ヤヤコがまだなんか言いたかったか、どっかへ行きたかったかの・・・」

 山下は少し呆れたような顔をして言った。
「だって、お前、真夜中なんだよ。
 俺だって、会社あるもん・・・」
 私は笑った。
「だよな・・・。俺みたいな暇人じゃねーもんな」
「んだでば・・・」
 

 焼き上がったホルモンをコリコリ噛りながら山下がふと洩らした。
「そーいやよ・・・
 あいつ、玄関の先っつーか、外の方向いて、吠えてんだよ。目線がな・・・」
「ふーん。
 じゃ、外に出ていきたいんだべ、たぶん」
「んなこと、あるわけねーべ・・・」
「なんで?」
「んだって・・・」
 そう言うと、山下は急に、ブルッと身震いした。
「なんだか、気持ちワリーッ」
「何が?」
「んだって・・・なんだかよぉ、玄関の外さ誰かいたら、どーすんだば・・・」

「はぁー。なるほいど・・・。そっかぁ・・・」
「なにがよぉ・・・」
 山下は独り合点している私の顔を怪訝そうにのぞいた。
「あのよぉ、お前、また、実験してみる気ぃ、ねーかい?」
「ウチの子でか?」
「んだ」
「なにをーッ?」
 

 私はその場で実験デザインを語って聞かせた。
「あのね。お前さ、会議用のボイス・レコーダー持ってんべ」
「ああ」
「それでさ、今夜もヤヤコ追跡して、録ってほしいのよ」
「吠えてっとこを?」
「んだんだ」
「どーすんだい?」
「心理学の研究に使うんだべさ」
「ちゃっかりしてからに・・・。
 ウチのセガレ実験に使うてっか・・・」
「んだんだ。(笑)
 今日は奢っからさ・・・」  
 山下は快諾とはいかないまでも乗りかかったナントカで、やってみると言った。

 サンプリング・データの回収は、また土曜の晩だった。
 例によって寿司屋で飲んでいた。

「ほら、これ・・・」
 山下はレコーダーを通勤バッグから取り出した。
「どうだった?」
「んー・・・」
 と言ったっきり、彼はコハダを一貫パクリとやった。

「ちゃんと入ってるけんど・・・。
 なんだか、こんどは違うのよ・・・」
「なにが?」
「エテカじゃなかった。ゆんべのは・・・」
「でも吠えたんだろ?」
「おお。吠えた」
「なんて?」
「なんだか、よくわかんねーの。
 だから、あとで、聞いてみれッ」
「ほーん。そりゃ、楽しみだない」
 山下は寿司とビールを交互に口中に放りこんだ。

「荒木兄すごむ・・・」
「はーッ? なに言ってんの?」
「いや、ゆんべのが・・・アラキアニスゴム・・・って
俺には聞こえたんだな、これが・・・」
「せがれのセリフか?」
「んだ」
「ほだにハッキリべしゃくったのか?」
「いや・・・。なんとなく、そー聞こえるんだわさ。
 荒木のアンちゃんが凄んだ・・・って、覚えやすいべぇ」
「なーるほいど」
 

 目の前のカウンターに私の好物の煮穴子がトンと置かれたので、すかさず手を伸ばした。
「ほいで、おめさ、玄関開けんかったの? やっぱし・・・」
 山下は、鼻でフンと笑うと
「なんだか、やっぱおっかねぇんだわ・・・。
 なんでだべ・・・」
「このやろ。臆病なんだべぇ」
「ほだず・・・。おら、オクビョーだず。
 んだげんと、真夜中に、赤んぼのくせして、ほんとに誰か呼んでるみてーなんだもん。
 目線がよぉ、ちょーど人の顔のあたりなんだず。
 気持ちワリーぞ、おめぇ・・・」

 翌日、私は講義の合間に研究室のパソコンにさっそく録音データを取り込み音声解析ソフトを駆使して、あーでもない、こーでもない、と試行錯誤していた。

 その時、ノックの音がした。
 院生の奈保子が修論の下書きを持ってやってきた。

「先生。どうにか、やっとゆうべ書き上がりました」
「あ、そ・・・。ちょっと待っててね・・・」
 と言ってマウスを何気なくクリックした。
 すると、突然、パソコンから子どものような叫び声が出た。

「もう しないからッ!・・・」

「ウワーッ! なんですか? 今の・・・」
 奈保子がビックリして言った。
 私もドキンとした。
 

 慌てて慌ててパラメーターを確認すると「逆行」発声の操作をしたらしい。
 再度リターンすると
「もうしないから・・・」
 という女の子の声がハッキリ聞き取れた。
 

 私は奈保子にも確認した。
「そう言ってるよね・・・」
「はい。そう聞こえます・・・。
 けど、何なんですか? これ・・・」
 私はハッとして目の前のホワイトボードに
「MOUSINAIKARA
 と横文字で書いてみた。
 奈保子がそれを声に出して読んだ。
「モウシナイカラ」
「じゃ、反対から読んでごらん」

「あらきあにすおむ」

「そう・・・。
 荒木兄凄む、じゃなかったんだ」
 

 私はすかさず赤いマーカーで
「ETEKA」
 と書いてみた。
 そして背筋がゾッとした。

「エテカ・・・?
 なんです、これ?」
 奈保子は不思議そうな顔をした。
「反対に読んでみな」


「あ・け・て・・・」
 

 そう。

 そうなんだ・・・。

「あけて。あけて。
 あけて。あけて。
 もうしないから・・・」

 

                 

 私は奈保子におかまいなしに、すぐに山下の会社に電話を入れた。
「どしたの?」
 のんびりしたその声とは正反対に私は高ぶった声で訊いた。
「お前んちってたしか借家だったよな」
「そうだよ」
 私も彼も、職場では決して方言を使わなかった。

「あのさ、前に住んでた家族って知ってるのか?」
「ああ」
「どんな?」
「叔父さん夫婦だよ。今は、別のところに新築したから移ったけど・・・」
「叔父さんちに子どもいたか?」
「ああ。いたよ三人」
「死んだ子っていたか?」
「死んだ子ぉ・・・? いねーよ。んなの・・・」
「そっかぁ・・・」
 私は当てが外れてちょっとガッカリした。
 私の突飛な空想はどうやら空振りに終わったようだった。

「あっ・・・ 

 あのな、そーいや、叔父さんたちの前にも、別な夫婦が住んでたんだよ・・・」
 受話器の向こうで語る山下は、私の推理小説まがいの空想なぞ、想像もつかないはずであった。
「ほんでな・・・、たしか、まだ三才くらいの、小っさい女の子がいたんだけど、病気で死んだんだって・・・。
 いや・・・。
 近所の噂では、折檻っていうの?
 酷かったらしいぞ。
 今なら児童虐待か・・・。

 なんでも、真冬でも、裸足で玄関の外に、閉め出されたりしたらしいぜ・・・。
 あんがい、病死じゃなく凍死だったりしてな・・・
 アハハ・・・」

                         

 

*


怪談『別荘の女』

2022-08-27 08:45:21 | 創作

 新人編集者の只野佑介は、大手出版社で文芸誌に配属され、何人かの作家を担当することになった。
 そのなかに、なかなか原稿を書かない、ということで知られた老大家の遠藤がいた。
 学生の時以来、遠藤文学のファンであった彼は、大家と縁ができたことを幸運に思い、原稿の催促はさておき、菓子折りや酒を持参しては、都内にある遠藤のマンションに足繁く通った。
 
 そんな大家詣でがしばらく続いた頃、編集部に佑介への電話が入った。
「実は、三十枚ばかりの短篇を書いたので、取りにいらっしゃい」
「は?」
 佑介は一瞬きょとんとした。
「今、僕は苅葉野渓谷の別荘にきているんだ。
 これから、来れないかい?」
 という、予期せぬ申し出であった。
 佑介は二つ返事で
「今から、伺います」
 といくらか興奮して応えた。
 

 編集長は、苦笑いをしながら
「ま、ビギナーズ・ラックというやつだな・・・。
 行ってこい」
 と冷やかした。
 佑介は、遠藤先生と心が通じたような気分に、なかば酔いしれて上機嫌に社を飛び出した。
 

 東京駅から1時間ほど在来線に乗り、初めて乗るローカル線に乗り換えた。
 有名な観光地でもない苅葉野駅に着いた頃は、すっかり日も傾きかけていた。 
 駅から、遠藤から聞いたとおりボンネット・バスが別荘地のある「林道前」まで出ていた。
 過疎地の夕刻、バスに乗ってかの地に向かう乗客は佑介のほか一人もいなかった。

 佑介は車内で揺られながらも念のために地図を広げて「林道前」から別荘地まで一本道であることを再確認した。
 遠藤は電話口で、一本道の行き当たりに太くて折れた赤松が目印だから、と説明した。
 バスは田舎道を半時間ほど走ると、やがて目的地に到着した。
 遠藤の別荘は、そこからさらに四、五キロの距離があるとのことだった。
 

 車は通れそうにもないようななだらかな山道を佑介はとぼとぼと歩いた。
 あたりは鬱蒼とした林木にかこまれて、夕刻にひとりで歩くのは心細いほどだった。 
 足がだるくなるほど歩き続けて、ようやく佑介は、かの折れた赤松の目印まで到着した。
 それと確認するには、よくよく目を凝らさなければならないほど、夕闇が降りかけていた。
 目の前にたしかに木造の平屋の別荘があった。

     

      

 

 佑介は微かな門灯を見つけると、ホッとしながら、いくらか急ぎ足になり玄関のチャイムを鳴らした。
 

 しばらくして、
「はい・・・」
 という、か細い女の声がした。
 佑介は、てっきり遠藤先生が出迎えてくれるのだとばかり思い込んでいて、アラッと内心軽い驚きを覚えた。
「こんばんは。平成社の只野です」
 と挨拶した。
 

 扉は少しも開けられず、声だけが
「なんのごようでしょうか・・・」
 と、やっと聞き取れるほどのか細さで言った。
 佑介は一瞬面喰って、
「あの・・・。
 先生の原稿を頂きに参ったのですが・・・」
 と、言葉を継いだ。
 

 しばらく間があって、女は凍ったような声で
「知りませんけど・・・」
 と、扉の内側から応えた。
「えっ?」
 佑介は驚いて
「こちらは遠藤先生のお宅ではないんでしょうか?」
 と尋ねると、しばらくして
「違います・・・」
 と返ってきた。 
 佑介は愕然とした。

(道を間違ったのか・・・。
 でも、たしかに一本道だったし・・・。
 目印の折れた赤松もあった。
 だのに、なんで?・・・) 
 

 佑介は、再度、扉の向こうの女に尋ねた。
「あの・・・。
 小説家の遠藤先生のお宅は、ご近所でしょうか?」
 また、焦れるような間が空いて
「知りません・・・」
 という絶望的な声がした。 
 

 扉を開けぬのは、不審者を警戒してのことだろうが、佑介は意を決して
「すみませんが。お電話をお借りできないでしょうか・・・」
 と声の主にお願いしてみた。
 すると、ややあって、カチャリと内側から鍵を外す音がして、
「どうぞ・・・」
 という、か細い声だけがした。
 

 女は依然として姿を見せなかった。
 佑介は、
「失礼します」
 と、扉を開け、玄関のたたきに立った。
 そこは10ワットほどの豆電球がついただけの仄暗い玄関だった。
 そこにつづく廊下の先は真っ暗で様子がわからなかった。
 

 女は暗い廊下に立っていて、うつむいたまま、か細い指先で無言のまま、下駄箱の上の電話機を指差していた。
 その姿は痩せこけて、長い髪が両側から顔まで垂れていて、目鼻がはっきり見て取れなかった。
 
 佑介は不気味に感じながらも、逸る気持ちで老大家のところに電話を入れた。
 しばらく呼び出し音がして、聞きなれた遠藤の声が耳に飛び込んできた。
「只野君。今、どこだね」
 と大家が尋ねたので、佑介は自分が言われたとおり「林道前」で降りて、赤松の折れた所に到着したが、先生宅ではない、と言われた・・・という、事の顛末を話した。
 受話器の向こうで、老大家は訝しげに
「君は、そこが木造の平屋って言ってるけど、ウチはレンガ作りの二階建てだよ」
 と、応えた。

 佑介は一瞬、ブラックアウトに陥ったような不可解な感覚にとらわれた。

「えっ? じゃ、ここは、いったい・・・」
 と、疑念が涌いて出たときだった。 

 女の顔が、佑介の目の前にあって、長い髪から白目をむいた片目をのぞかせた。


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 


怪談『オーダーミス』

2022-08-26 07:09:35 | 創作

 私と同じ地方出身の佐川は、闇金で一儲けして、今や裏ヒルズ族の一員であった。


 サーファー仲間でもあった彼とは月に一度くらい幾人かで連れ立って泊りがけで出かけたことがあった。

「おい。おまえ・・・。
 いつまでも悪どい商売やってると、ろくな死に方しねぇぞ・・・」
 須崎がハンドルを切りながら皮肉めいて言った。
 私たち4人は海岸沿いの小洒落たイタメシ屋で腹ごしらえすることにした。

「俺、アラビアータねッ!」
 と、ウェートレスの胸元に射るような目線を落とした佐川は飢えた狩人のような面持ちをして品定めをしていた。
「おまえ、あっちの方も相変わらずなのか?」
 吉井が、万事において派手な佐川の私生活について質した。
「まーな・・・。
 呑む・打つ・買う、の三拍子は男の本懐よ・・・」
 佐川は悪びれるふうでもなくそう言ってのけた。
 私が追い討ちをかけるように言った。

「おまえさぁ・・・。こないだ新聞に出てた年寄りの自殺って、おまえんとこで金貸して返済で追い込んだからじゃねーのか?」
「ふ・・・」
 佐川はマルボーロからゆっくり紫煙を吐くと不敵に笑って
「そうだったかな・・・。
 100万やそこらのハシタ金でくたばるようなババアのことなんざ、いちいち覚えてらんねぇよ・・・」
 私はその非道さにあきれもし、もはやこの男ともそろそろ縁の切りどきだと思った。  

 吉井が気になるかのような口ぶりで話をつないだ。
「あのバアさんって、海に飛び込んだんだろう・・・。
 目撃者がいる、って新聞に出てたけど・・・。
 遺書もあって・・・。
 だけど、屍骸がまだ上がってねぇーんだろ・・・」
「どーせ、魚の餌にでもなってんだろ・・・」
 と佐川は悪徳業者の表情でサラリと言ってのけた。

「お待たせいたしました」
 オーダーの品が運ばれてきた。
「あれ? ねーちゃん、俺のは?」
 佐川がキョトンとした顔でウェートレスに訊いた。
 見ると、たしかに私ら3人分のしかできて来なかった。
「え? あらッ? 
 ・・・オーダーは三名様でしたが・・・」
 そう返答するや否や、佐川が少し引きつったような笑みを浮かべながら

「おい。ねーちゃん、でけぇ乳してねーで、よっく面子を見てみろよッ!」
 ウェートレスは
「???・・・」
 解せない、という表情を浮かべ伝票をチェックしていたが
「すみませんでした・・・。
 ただ今、すぐにお作りして参ります・・・」

「はは・・・。
 わりーことは出来ねぇもんだね・・・やっぱ」
 と、吉井が言うや3人とも苦笑を浮かべながらフォークを先にとった。
 チッ・・・と、舌打ちをすると佐川は新しいマルボーロに火をつけなおし不味そうに口元を歪めた。

 食事を終え、ゲン直しに・・・と、須崎が気をきかして店を変えて喫茶店に移動すると、またしても佐川のオーダーしたアイスティーだけが忘れられた。
 吉井が冗談に
「おまえ、影薄いんじゃねーの」
 と言って一同は笑ったが、成金の金貸しは一瞬だけピクリと眉を歪めた。

 我々はあたりが暗くなる夕刻まで十分に波と戯れた。
 そして、お互いの顔が見えなくなる頃、銘々、海を上がって宿に戻った。

 

     


 銘々が温泉でひとっ風呂浴びて、さて待望の「海の幸」の晩餐という段になって
「あれ? 金貸しは?」
 吉井が冗談めいて訊いた。
「え・・・?
 一緒に上がったんじゃねーの?」
「いや・・・」
 三人とも、互いに顔を見合わせて少しばかり怪訝な表情をしあった。
「そーいや、風呂にも入ってなかったな・・・」
 

 8時近かったので、
「ま、先にやってるか・・・」
 と三人はさっそく豪華な船盛りに箸を伸ばした。
 小一時間ほどして・・・
「それにしても、遅いな・・・」
 と須崎がマジに気になるふうに言った。
「うん・・・。
 いくら好きでも、まだやってるワケねーだろ・・・」
「あんがい、ひっかけたオンナとどっかへ直行してたりして・・・」
「ま、ガキじゃないんだし・・・」
 と、三人とも仲間の身を案ずるという気さえなかった。
 

 夕餉のひと時が終わり、心地よい酔いがまわって
「じゃ、寝るとすっか・・・」
 と銘々が部屋へ戻ろうとしたときだった。
 フロント係とおぼしき男がやってきて
「あのぉ・・・。
 稲垣様のお連れ様のことで、ちょっと・・・」
 と私の顔を見るや言葉を濁した。
「えっ? ケーサツ?」
 と私が声を上げると、ふたりが振り向いた。

「なんかあったん? 
 ・・・アッ! あいつかぁ?・・・」
「なんか、やらかしたのかぁ・・・?」
「婦女暴行とか?」
 ふたりともろくな連想をしなかった。
 もっとも奴の不徳の致すところだろうが。

「えーっ? これからですか?」
「はい・・・。お願いします・・・」
 制服を着た地元の警官は丁寧な口ぶりで言った。
「どーしたの? どーしたの?」
 代表で取りついでいた私に向かってふたりが好奇の目で訊ねた。

「なんだか、警察署に来てほしいんだって。俺たちに・・・」
「えっ? 三人とも?」
「オレ、酒呑んじゃったぜ・・・」
「何、言ってんの・・・。
 べつに運転しろ、って言うわけじゃないさ」
「あー・・・。パトカーに乗せてくれるんかな?」
 須崎がすこし稚気あり気におどけてみせた。
 

 私たち三人の酔客は着替えるでもなく宿の丹前を着たまま署に迎えられた。
 温泉街だから不自然な格好でもなかった。
「どーぞ、こちらです」
 若い警察官が酔った三人を薄暗い廊下を先導して奥の部屋へと連れて行った。
「あ・・・。ご苦労様です・・・」
 私服の警部補が椅子から立って迎えてくれた。

「どうも・・・」
 三人とも、丹前の前襟をやや肌蹴てだらしなく突っ立っていた。
「佐川さんのお友達ですね・・・」
「はぁ・・・」
「え、まぁ・・・」
「・・・・・・」
 三者、三様の応答であった。

「実は・・・。
 佐川さん、事故に遭われまして・・・」
「ヘッ? 事故ぉ・・・?」
「はい。海で・・・」
 

 ここにおいて初めて、三人とも奴の帰りが遅かったワケを識った。
「死んだんですか?」
 吉井がとっさに尋ねると警部補はゆっくりと首を折った。
「ほんとかよ・・・」
 須崎が、まさか・・・という表情で洩らした。
「溺死ですか?」
 私は冷静を装って訊いた。
「ええ・・・。そうだと思います。
 詳しい検死は明日になりますが・・・」

 

       

 

「で、奴は・・・今どこに?」
「はい・・・。安置所の方に・・・」
 と警部補はやや伏せ目がちに応えた。
「これから、確認いただきたいのですが・・・。
 よろしいでしょうか?」
 

 三人とも、すこし酔いが醒めてしまいそうな科白を浴びせられた。
「・・・・・・」
 誰とはなく顔を見合わせて
(まいったな・・・)
 という面持ちになった。
「・・・はい」
 仕方なく私が返事すると、先ほどの若い制服の警察官が率先して扉を開いてまた薄暗い廊下の先に立った。
 

 まるで酔って狼藉を働いた咎人のように、すごすごと三人は丹前姿で連行されているようだった。
 古く黄ばんだ扉が開かれると、くすんだ壁色とは対照的に、鮮やかなブルーシートが床にこんもりと敷かれていた。
 それがホトケのあいつであることは想像できた。
 

 それにしても、やけにシートがでかい。
 まるで、台風で飛んだ屋根瓦の補修でもしているかのような面積である。
 それに、妙にこんもりしている部分が長い。
 とても、人ひとりの長さではなかった。
 

 後から入ってきた警部補に促されて私たち三人はシートの先端まで誘導された。
 警部補が言った。
「どうも、変死でして・・・。
 私どもも、ちょっと見たことのないような死に顔ですので・・・。
 驚きにならないでください・・・」
 

 まるで、酔った我々に忠告するかのようなその口ぶりは見たことを後悔した今になってはもっともなことであった。
 サッとシートをまくられると、青緑色に色褪めたヒルズ族の顔は、断末魔にもがき苦しんだのか、何かに襲われて恐怖に引きつったかのような、この世のものとは思われない顔で、両目をシッカと見開いて、口を「あ」の字に開いたまま、顔中の至るところの筋肉を奇妙に歪めていた。


 酔って濁った目をした三人は、思わず息を呑んだ。
 口ばかりで芯は気弱な吉井は、一瞬にして目をつむり顔を背けた。
 須崎は、呆気にとられて口をあんぐりと開いたまま、目を凍らせていた。
 しばらくして、私は正気を取り戻した。
 そして、顔は奴と確認した旨を警部補に伝えると、顔から下はシートに覆われていた奴のその奇妙に長い・・・そう、裕に人ふたり分ほどの長さの下半身に目を奪われていた。

(まさか・・・。サメに喰われたまま・・・
 サメ共々、捕獲されたのか・・・)
 という考えが一瞬浮かんだ。

「警部さん・・・。
 この下側って・・・
 どうなっているんでしょう?・・・」
 思い切って、私は尋ねてみた。
「・・・・・・」
 しばらく沈黙があって、
「そちらは、ご覧にならないほうが・・・」
 と警部補は言葉を濁した。
 

 もはや、まったく酔いも醒めとんだ吉井たちも、私と警部補とのやり取りに気を奪われて、ホトケの妙に長い、こんもりした下半身に目をやった。
「サメですか?」
 須崎が私とおなじ結論に達したらしい。
 警部補は、軽く唇を噛むと、ちいさく首を振った。

「えっ・・・」
 吉井が小声を洩らした。
 私もアテが外れて意外だった。
 他に、この長やかなる遺体の説明が浮かばなかった。
 

 完全に素面にもどった三人とも顔を見合わせ、私がふたりの意を汲んで
「シートを剥がしていただけませんか?」
 と思い切って願ってみた。
 警部補は、すこしうつむくと、仕方なさげに若い警官に目で促した。
 

 我々は、不安の中に、ほんのすこしだけ謎解きの期待を抱いて、固唾を呑んで見据えた。
 ササーッと、シートが剥がされた。
 

 なんと・・・
 

 佐川の足元には、おどろに髪を振り乱した、痩せこけた、老婆の屍骸が、もつれるように・・・

 いや・・・
 奴を、地獄の底にでも、引きずり下ろすかのように、鬼気迫る形相で、シッカとしがみついていた・・・。
      
           




 

 

 

 

 

 

 

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