私と同じ地方出身の佐川は、闇金で一儲けして、今や裏ヒルズ族の一員であった。
サーファー仲間でもあった彼とは月に一度くらい幾人かで連れ立って泊りがけで出かけたことがあった。
「おい。おまえ・・・。
いつまでも悪どい商売やってると、ろくな死に方しねぇぞ・・・」
須崎がハンドルを切りながら皮肉めいて言った。
私たち4人は海岸沿いの小洒落たイタメシ屋で腹ごしらえすることにした。
「俺、アラビアータねッ!」
と、ウェートレスの胸元に射るような目線を落とした佐川は飢えた狩人のような面持ちをして品定めをしていた。
「おまえ、あっちの方も相変わらずなのか?」
吉井が、万事において派手な佐川の私生活について質した。
「まーな・・・。
呑む・打つ・買う、の三拍子は男の本懐よ・・・」
佐川は悪びれるふうでもなくそう言ってのけた。
私が追い討ちをかけるように言った。
「おまえさぁ・・・。こないだ新聞に出てた年寄りの自殺って、おまえんとこで金貸して返済で追い込んだからじゃねーのか?」
「ふ・・・」
佐川はマルボーロからゆっくり紫煙を吐くと不敵に笑って
「そうだったかな・・・。
100万やそこらのハシタ金でくたばるようなババアのことなんざ、いちいち覚えてらんねぇよ・・・」
私はその非道さにあきれもし、もはやこの男ともそろそろ縁の切りどきだと思った。
吉井が気になるかのような口ぶりで話をつないだ。
「あのバアさんって、海に飛び込んだんだろう・・・。
目撃者がいる、って新聞に出てたけど・・・。
遺書もあって・・・。
だけど、屍骸がまだ上がってねぇーんだろ・・・」
「どーせ、魚の餌にでもなってんだろ・・・」
と佐川は悪徳業者の表情でサラリと言ってのけた。
「お待たせいたしました」
オーダーの品が運ばれてきた。
「あれ? ねーちゃん、俺のは?」
佐川がキョトンとした顔でウェートレスに訊いた。
見ると、たしかに私ら3人分のしかできて来なかった。
「え? あらッ?
・・・オーダーは三名様でしたが・・・」
そう返答するや否や、佐川が少し引きつったような笑みを浮かべながら
「おい。ねーちゃん、でけぇ乳してねーで、よっく面子を見てみろよッ!」
ウェートレスは
「???・・・」
解せない、という表情を浮かべ伝票をチェックしていたが
「すみませんでした・・・。
ただ今、すぐにお作りして参ります・・・」
「はは・・・。
わりーことは出来ねぇもんだね・・・やっぱ」
と、吉井が言うや3人とも苦笑を浮かべながらフォークを先にとった。
チッ・・・と、舌打ちをすると佐川は新しいマルボーロに火をつけなおし不味そうに口元を歪めた。
食事を終え、ゲン直しに・・・と、須崎が気をきかして店を変えて喫茶店に移動すると、またしても佐川のオーダーしたアイスティーだけが忘れられた。
吉井が冗談に
「おまえ、影薄いんじゃねーの」
と言って一同は笑ったが、成金の金貸しは一瞬だけピクリと眉を歪めた。
我々はあたりが暗くなる夕刻まで十分に波と戯れた。
そして、お互いの顔が見えなくなる頃、銘々、海を上がって宿に戻った。

銘々が温泉でひとっ風呂浴びて、さて待望の「海の幸」の晩餐という段になって
「あれ? 金貸しは?」
吉井が冗談めいて訊いた。
「え・・・?
一緒に上がったんじゃねーの?」
「いや・・・」
三人とも、互いに顔を見合わせて少しばかり怪訝な表情をしあった。
「そーいや、風呂にも入ってなかったな・・・」
8時近かったので、
「ま、先にやってるか・・・」
と三人はさっそく豪華な船盛りに箸を伸ばした。
小一時間ほどして・・・
「それにしても、遅いな・・・」
と須崎がマジに気になるふうに言った。
「うん・・・。
いくら好きでも、まだやってるワケねーだろ・・・」
「あんがい、ひっかけたオンナとどっかへ直行してたりして・・・」
「ま、ガキじゃないんだし・・・」
と、三人とも仲間の身を案ずるという気さえなかった。
夕餉のひと時が終わり、心地よい酔いがまわって
「じゃ、寝るとすっか・・・」
と銘々が部屋へ戻ろうとしたときだった。
フロント係とおぼしき男がやってきて
「あのぉ・・・。
稲垣様のお連れ様のことで、ちょっと・・・」
と私の顔を見るや言葉を濁した。
「えっ? ケーサツ?」
と私が声を上げると、ふたりが振り向いた。
「なんかあったん?
・・・アッ! あいつかぁ?・・・」
「なんか、やらかしたのかぁ・・・?」
「婦女暴行とか?」
ふたりともろくな連想をしなかった。
もっとも奴の不徳の致すところだろうが。
「えーっ? これからですか?」
「はい・・・。お願いします・・・」
制服を着た地元の警官は丁寧な口ぶりで言った。
「どーしたの? どーしたの?」
代表で取りついでいた私に向かってふたりが好奇の目で訊ねた。
「なんだか、警察署に来てほしいんだって。俺たちに・・・」
「えっ? 三人とも?」
「オレ、酒呑んじゃったぜ・・・」
「何、言ってんの・・・。
べつに運転しろ、って言うわけじゃないさ」
「あー・・・。パトカーに乗せてくれるんかな?」
須崎がすこし稚気あり気におどけてみせた。
私たち三人の酔客は着替えるでもなく宿の丹前を着たまま署に迎えられた。
温泉街だから不自然な格好でもなかった。
「どーぞ、こちらです」
若い警察官が酔った三人を薄暗い廊下を先導して奥の部屋へと連れて行った。
「あ・・・。ご苦労様です・・・」
私服の警部補が椅子から立って迎えてくれた。
「どうも・・・」
三人とも、丹前の前襟をやや肌蹴てだらしなく突っ立っていた。
「佐川さんのお友達ですね・・・」
「はぁ・・・」
「え、まぁ・・・」
「・・・・・・」
三者、三様の応答であった。
「実は・・・。
佐川さん、事故に遭われまして・・・」
「ヘッ? 事故ぉ・・・?」
「はい。海で・・・」
ここにおいて初めて、三人とも奴の帰りが遅かったワケを識った。
「死んだんですか?」
吉井がとっさに尋ねると警部補はゆっくりと首を折った。
「ほんとかよ・・・」
須崎が、まさか・・・という表情で洩らした。
「溺死ですか?」
私は冷静を装って訊いた。
「ええ・・・。そうだと思います。
詳しい検死は明日になりますが・・・」

「で、奴は・・・今どこに?」
「はい・・・。安置所の方に・・・」
と警部補はやや伏せ目がちに応えた。
「これから、確認いただきたいのですが・・・。
よろしいでしょうか?」
三人とも、すこし酔いが醒めてしまいそうな科白を浴びせられた。
「・・・・・・」
誰とはなく顔を見合わせて
(まいったな・・・)
という面持ちになった。
「・・・はい」
仕方なく私が返事すると、先ほどの若い制服の警察官が率先して扉を開いてまた薄暗い廊下の先に立った。
まるで酔って狼藉を働いた咎人のように、すごすごと三人は丹前姿で連行されているようだった。
古く黄ばんだ扉が開かれると、くすんだ壁色とは対照的に、鮮やかなブルーシートが床にこんもりと敷かれていた。
それがホトケのあいつであることは想像できた。
それにしても、やけにシートがでかい。
まるで、台風で飛んだ屋根瓦の補修でもしているかのような面積である。
それに、妙にこんもりしている部分が長い。
とても、人ひとりの長さではなかった。
後から入ってきた警部補に促されて私たち三人はシートの先端まで誘導された。
警部補が言った。
「どうも、変死でして・・・。
私どもも、ちょっと見たことのないような死に顔ですので・・・。
驚きにならないでください・・・」
まるで、酔った我々に忠告するかのようなその口ぶりは見たことを後悔した今になってはもっともなことであった。
サッとシートをまくられると、青緑色に色褪めたヒルズ族の顔は、断末魔にもがき苦しんだのか、何かに襲われて恐怖に引きつったかのような、この世のものとは思われない顔で、両目をシッカと見開いて、口を「あ」の字に開いたまま、顔中の至るところの筋肉を奇妙に歪めていた。
酔って濁った目をした三人は、思わず息を呑んだ。
口ばかりで芯は気弱な吉井は、一瞬にして目をつむり顔を背けた。
須崎は、呆気にとられて口をあんぐりと開いたまま、目を凍らせていた。
しばらくして、私は正気を取り戻した。
そして、顔は奴と確認した旨を警部補に伝えると、顔から下はシートに覆われていた奴のその奇妙に長い・・・そう、裕に人ふたり分ほどの長さの下半身に目を奪われていた。
(まさか・・・。サメに喰われたまま・・・
サメ共々、捕獲されたのか・・・)
という考えが一瞬浮かんだ。
「警部さん・・・。
この下側って・・・
どうなっているんでしょう?・・・」
思い切って、私は尋ねてみた。
「・・・・・・」
しばらく沈黙があって、
「そちらは、ご覧にならないほうが・・・」
と警部補は言葉を濁した。
もはや、まったく酔いも醒めとんだ吉井たちも、私と警部補とのやり取りに気を奪われて、ホトケの妙に長い、こんもりした下半身に目をやった。
「サメですか?」
須崎が私とおなじ結論に達したらしい。
警部補は、軽く唇を噛むと、ちいさく首を振った。
「えっ・・・」
吉井が小声を洩らした。
私もアテが外れて意外だった。
他に、この長やかなる遺体の説明が浮かばなかった。
完全に素面にもどった三人とも顔を見合わせ、私がふたりの意を汲んで
「シートを剥がしていただけませんか?」
と思い切って願ってみた。
警部補は、すこしうつむくと、仕方なさげに若い警官に目で促した。
我々は、不安の中に、ほんのすこしだけ謎解きの期待を抱いて、固唾を呑んで見据えた。
ササーッと、シートが剥がされた。
なんと・・・
佐川の足元には、おどろに髪を振り乱した、痩せこけた、老婆の屍骸が、もつれるように・・・
いや・・・
奴を、地獄の底にでも、引きずり下ろすかのように、鬼気迫る形相で、シッカとしがみついていた・・・。

*