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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』22

2022-09-19 08:14:48 | 創作

* 22  *

 

 皆が群がる場所ではなく、誰も行かないような場所へ行ってみる。

 人が行きたがらない所へ目を向けてみる。

 そこにこそ、皆が手に入れることのできない貴重なものが落ちているように思います。 

                           養老 孟司

 

 

 師匠も師匠なら、弟子も弟子だ・・・ 

という言い回しは、得てして、否定的に使われるものだが、唯一、例外なのは、ソータとカナリの師弟であった。

 カナリも師匠同様に、竜王戦を毎年「組優勝」し、6組からスタートして、あっという間に3組まで昇級してきた。

 順位戦では、C級2組からスタートして、B級1組まで、毎年、順調に昇級した。
 それにより、十六歳にして七段まで超スピード昇段した。

 そうなると、ソータ師匠の専売特許だった「マンガを超えている」というフレーズが、その弟子についても語られるようになった。

 この師匠にして、この弟子あり・・・

 と、世間でも棋界でも、なかば呆れられ、心底では畏怖の対象であった。

 それでも、ひとりの女性棋士が誕生すると、『シェルドレイクの仮説』のように、同様の現象が「その場」で起きやすくなるものである。

 カナリに憧れる将棋少女が増え、『見る将』(見る専門)も含めて、マイナーなボードゲームである将棋の愛好者人口がグッと増加した。

 この事だけでも、棋士として「流布・広報活動」を立派に果たしていたのである。

 奨励会にも「女流棋士」ではなく、「プロ棋士」を目指して、全国から天才少女の入会が目に見えて増えていた。

 その中から、第二、第三のスター棋士が登場する日もそう遠くはなさそうだった。

 その嚆矢となったのがカナリなので、全国にいる少女棋士たちの憧れの的にもなっていた。 

 それだけでなく、師匠とのツーショットで、『ルック・チョコ』のCMにも登場するようになってからは、それを視た愛聖園の子どもたちからも、憧れの存在となった。

 CM撮影の時は、緊張のあまり、愛菜に現場まで付いてきてもらい、場馴れた師匠からは

「元・大女優を付き人にするなんて、カナちゃん、大物だなぁ・・・」

 と揶揄された。

 カナリも、将棋の研究の合間には、母の子役時代からの大河ドラマやら、主演した映画などを観るのを唯一の楽しみとしていた。

 そして、母自らは決して言わないので、サトちゃんやリュウ君をお膝に抱っこすると姉らしく

「ほら。これ、お母さんよ」

 と、自分も娘として、ふたりに自慢げに教えてあげた。

 

 カナリが『棋聖』戦の挑戦者に決定した。 

 再度、公式戦で、師匠と、父と対局を迎える。

 それでも、家族の食卓は、笑いの絶えないいつも通りの風景だった。

 愛菜にしても、ふたりがタイトル戦を争うのを、すこしも苦になることはなく、むしろワクワクしていた。

 食卓では、冗談で

「カナちゃんにもタイトル取って欲しいし、お父さんにも防衛してほしいし・・・。

 ほんとに、こまっちゃうわねぇ・・・」

 と言って、ふたりを笑わせた。

 盤を挟んでは、互いに最善を尽くし勝敗を分ける「勝負師」どうしだが、後世に残る最高の棋譜を創るという意味では「棋士」という名の「芸術家」でもあったのだ。

 

        

 

 




リアルファンタジー『名人を超える』21

2022-09-18 07:10:49 | 創作

* 21  *

 人は何かを知り、何かを忘れ、生まれ変わり続けている。

 そういう経験を何度もした人にとっては、死ぬということは特別な意味を持つものではない。      

                        養老 孟司




 江戸時代。

 武家に生まれ育った男子は、十五才前後で「元服」の儀式が行われた。 

 それには、まず、少年時代の髪型を改める。

「月代(さかやき)」といって、額ぎわの頭髪を半月形に丸く剃った。 

 その形は、古くは奈良時代にまで遡るが、成人した男子が冠または烏帽子を被る部分であったので、それを象徴したのかもしれない。

 また、武士は戦(いくさ)の折、兜をかぶると頭が蒸れるので、兜の頂上に通気孔を開け、その穴の真下の髪を剃ったことから、空気が抜けるので「逆息 (さかいき)」といったという説もある。

 いずれにせよ、少年は髪型を変え、そして、幼名から成人名へと改める。

 この儀式が残っているのは、今日では、相撲界だけであるが、現役力士が引退する折には、よく目にする「断髪式」がそれである。

 その後には、「年寄名」を襲名する。

 これは文化人類学では、「死と再生」の通過儀礼と呼ばれている。

 カナリは9年間の義務教育を無事修了し、学生生活から卒業した。

 そして、歌の文句じゃないが、「♪吹けば飛ぶような将棋の駒に♪」命を懸けた。

 自分は「女流棋士」ではなく、将棋界初の女性「棋士」である。

 その矜持がなくては、他169人もの男性「棋士」相手には対等に渡り合っていけるものではなかった。

 でも、自分には、棋界最強の師であり、やさしい父がいる。

 そう思うと、いかなる強敵も撃破してやる、という気概と勇気が、体の芯からマグマのように吹き上がって来るのを感じた。

 自分をこの世に生み出したのは、顔も知らぬふた親だが・・・、今となっては、恨みがましい事よりも、生んでくれてありがとう、という気持ちの方が正直強かった。

 生きていればこそ、辛いこともあるけど、将棋ができる。

 将棋が指せるだけで、自分は幸せだった。

 無論、真剣勝負には、負ける日もある。 

 でも、自分を含めて一七〇人という限られた世界で、一つひとつ階段を着実に上っていけばいいのである。

 その頂上には、師にして、父が自分を待ってくれている。

 その人は

「カナちゃん。早くここまでおいで」

 と、手招きして誘ってくれている。

 そこにたどり着くまでは、カナリは如何なることも犠牲にしていい、と覚悟を決めていた。

 師匠のソータ・ファンに負けず劣らず、その弟子のカナリ・ファンも少なくなかった。

 妙齢・容姿端麗・苦労人・永世八冠の弟子にして娘・・・という、有り余る肩書が彼女を棋界でもトップクラスの有名人にした。

 なので、これで弱けりゃ「みっともない」というものであった。

 全棋士出場の『朝日杯』決勝戦で、将棋ファン注目の一戦が行われた。

 並み居る強豪を撃ち破って上がってきた「女流四冠」と、ディフェンディング・チャンピオンのカナリがぶつかったのである。

 片や女流のトップ。

 片や棋界唯一の女性「棋士」。

 棋界では、女流棋士は棋士を「先生」と呼ばねばならないので、格はカナリの方が上だった。 

 女流棋士は50名ほどだが、その最強の「女流四冠」が、初めて女性「棋士」と対戦するというので、女流棋界全員の注目を集めた。  

 結果は、78手という短手数で、チャンピオンの圧倒的勝利での二連覇となった。 

「角換わり/極限早繰り銀」という「史上最速の攻撃戦法」をカナリが仕掛け、それに「女流四冠」は手も足も出ず、早々の投了となった。

 その攻撃の激しさとキレの鋭さを目の当たりにした女流棋士たち一同は震え上がった。 

 バケモンだ・・・と、思った女流棋士たちも少なくなかった。 

 男性のプロ棋士をしても、

「すげぇなぁ、この子は・・・」

「こえぇ・・・」

 と圧倒された者もいた。

 自宅のテレビで観戦していた師匠のみが、にんまり口元を緩め、台所まで行くと妻に向かって

「カナちゃん、勝ったよ」

 と、さも当然のように告げた。

 愛菜も満面の笑みで、足元をウロチョロしていたリュウマを抱き上げると、

「ナータン、やったよー!」

 と、言ってみたが、幼い彼は、キョトンとするばかりだった。

 その晩は、自宅での祝勝会になった。 

 カナリは、昨年に引き続き、今年も賞金の全額を愛聖園に寄贈した。

 この棋戦の賞金は、たとえいくらになったとしても、それを全額寄付するのだ、と闘う前から、それをモチベーションにもしていたのである。

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リアルファンタジー『名人を超える』20

2022-09-17 07:43:14 | 創作

* 20  *

 人間を構成している成分は、約1年で90%入れ替わる。

 人間は、川のように流れ、移り変わる。

 本当の自分など存在しない。           

                        養老 孟司

 

 

 カナリは中学を卒業し、晴れて社会人となった。 

 そして、今日からは、中坊と棋士という二足の草鞋でなく、ひとりのプロ棋士なのだ、という自覚を持った。

 しかも、自分は、棋界最強と言われる永世八冠の弟子にして娘なのである。

 そのことを改めて意識すると、ブルッと身震いするように、気が引き締まった。

 もう、今のカナリは「中学生棋士」でも「女性棋士」でもなく、芯からのプロ棋士、「勝負師」「真剣師」であった。 

 彼女の野望は、自分のみが知る「師匠の秘密」と同じく、まずはAIを撃ち負かすことであった。

 そして、次に、師匠とタイトル戦を闘える実力をつける、という事だった。

 夏休み中の猛勉強で、「大名人・大山康晴」の棋譜はほぼ手中にした。

 ソータ師匠のデヴュー来の全棋譜もアタマに叩き込んだ。

 でも、そのくらいのことは、169人ものプロ棋士は、誰もがやっていることだった。

 いや、それどころか、まだプロ以前の奨励会員さえ、誰しもやっている。

 なにせ、日本国中から集まった将棋の天才少年・少女の集団なのである。

 最近は、そこに外国の碧眼金髪の美人研修生もいて、世間の話題となっている。

 将棋が好き、努力研究は当たり前、の世界なのである。

 並み居る天才たちの業界で、頭角を現すのが如何に大変な事か・・・。

 カナリは、スランプ期にどん底を這いまわり地獄を見た経験があるので、「闘いの場」の怖さを誰よりも知っていた。 

 そして、師匠もデヴュー後29連勝後に、まったく勝てない時期があり、自分の将棋を見直したという。

 棋界誌のバックナンバーを読むと、かつて、コロナ・パンデミックというのがあって、師匠は、高校が長期臨時休校になって、棋戦も軒並み中止になった時期、ひとり家に籠って、ひたすら自分の負けた将棋を研究しなおした、と書かれていた。

 そして、その後に、変身したかのように強さを増したらしい。

 この記事を読んで、カナリも、これまでの負け将棋をAIを使って徹底的に分析し、その「負け筋」と「勝ち筋」の両方をつかんだ。

 そして、師匠にお願いして、特別にAIとの対局を観戦させて頂いた。

 その棋譜は、世の中にはまったく漏れておらず、師弟のみが知る「奇手」「妙手」が繰り出される壮絶とも言える「不思議ワールド」の将棋宇宙であった。

 カナリは、師匠がAIを撃ち負かす指し回しを目の当たりにして、その晩は興奮で、一晩中まんじりともできなかった。

 凄い・・・。

 とにかく、ものスゴイ・・・。

 そのひと言に尽きた。

 ネットでジョークネタにされる「将棋星人」という言葉が、まるで、洒落とも言えぬ真実を現わしているかのようにさえ思ったほどだ。

(異次元レベルの思考なんだ・・・)

 と、カナリは床の中で、何度も師匠の放った妙手に酔いしれていた。

 あんな将棋を自分も指せるのだろうか・・・と、思うと、そら恐ろしくなり、ブルッと身震いした。

 でも・・・まだ、意識にこそ昇っていなかったが・・・

 いつか・・・

 いつか

 やってやる!

 してみせる!

 ・・・という、彼女にのみ培われたオーファン・スピリット(孤児魂)が、蒼い焔(ほむら)となって、こころの深層に燃え盛ろうとしていた。

 

                 

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』19

2022-09-16 06:43:38 | 創作

* 19  *

 私は、幸福論など語ろうとは思わない。

 むしろ、馬鹿げているとさえ思っています。

 だって、今思っている幸せと、後から思う幸せとは、まったく別のものだからです。 

                                      養老 孟司

 

 

 カナリの同意により、養女縁組は滞りなく済んだ。

 しばらくは、師匠の弟子でありながら、娘になったことに当惑する気持ちがあったが、人生は成り行きまかせだ・・・と、思い変え、その僥倖を噛みしめ味わうことにした。

(そう・・・。

 何事も、良いように、いい方に捉えなきゃ・・・)

 師匠に諭されてから、カナリは意識して、「だめ」とか「でも」というネガティヴな言葉使いを、自分の語彙の中から排除しようと決心した。

 これ以上の幸福はないだろう・・・と、喜ばしい気持ちでいっぱいだった。

 だが、自分に付きまとう出自の影が、うっかりすると鎌首を持ち上げかねなかった。

 なので、カナリは心の中に「シャドウ・ウォッチャー」という見張り番をおくことにした。

 それは、あたかも、ル・グウィンの名作『影との戦い』の主人公ゲドになったような気分でもあった。

 深層心理学者のカール・グスタフ・ユングは

「自己実現を成し遂げるには、影との戦いを避けて通ることは出来ない」

 と言った。 

 対局中に、弱気になって「もうだめだ」「負けるかもしれない」というのも、自己信頼感を見失い、自己効力感を信じられなくなる、ある種の「影との戦い」なのかもしれなかった。

 師匠が指摘くだすったのは、自分のこの弱さなんだ・・・と、カナリは気が付いた。

 小中と、学校生活では「いじめ」こそなかったが、これまで、ずいぶんと自分を卑下する内言には苦しめられてきた。

(どうせ私は・・・捨て子だし、孤児院育ちだし・・・。

 みんなと違うんだ。

 だから、ダメなんだ・・・)

 何度、その卑屈な思い、言葉に、自分を委縮させてきたことか。

 それを、師匠は戒めて下さっただけでなく、自分を丸ごと・・・そう・・・丸ごと、受け入れて下さって、娘にまでして下さった。

 そんなことを、寝入りばなに床の中で考えると、また自然と泪があふれるのだった。

「ありがとうございます・・・」

 天井を仰ぎながら、カナリは愛聖園で食前食後の祈りをしてきたように、合掌して大いなるものに感謝を捧げた。

 卒業式の日。

 あいにくと、順位戦とぶつかり、カナリは学校を欠席した。  

 最終戦に勝てば、B級1組に昇級が決まる、大事な一戦であった。

          

            

 

 


リアルファンタジー『名人を超える』18

2022-09-15 07:29:41 | 創作

* 18 *

 暇が無い、というのは気分であって、必ずしも事実ではない。

 結論を急ぎすぎて経過を楽しまない。

 それが忙しいということである。

                       養老 孟司

 

 

 突然の、師匠と奥様のご提案?   

 ご要望? それとも、ご質問?

 ・・・に、カナリは困惑した。

 それは、重大な事にしては、あまりにも唐突過ぎた。

 愛菜が言った。

「ごめんなさいね。

 突然で、驚いたでしょ・・・」

 カナリは奥様の目を見ながらポカンとしていた。

「あなたが、高校進学しない、って言ってくれた時から、師匠と考えていたの。

 聡美と竜馬の、ほんとのお姉ちゃんになってもらおうか、ってね・・・。

 私たち、ふたりとも、是非そうしてほしいの・・・」

「・・・・・・」

 カナリは二の句が出なかった。 

 やっとの事、「養女」という言葉を思い出した。

 そう。それは、孤児院を舞台とした児童文学でも、愛聖園でも、よく「引き取られる」というのと対になって使われる言葉だった。

「わたしが・・・ですか?・・・」

 カナリはまだキョトンとした目でそう訊ねた。

 愛菜は、彼女の思いを察したかのように

「そうよ。

 戸籍上は養女、っていう事になるんだけど・・・。

 私は、その言葉はあまり好きじゃないの。

 だから、カナちゃんには、私たちのほんとの娘になって欲しいの」

 そして師匠がそれを受け継いで

「うん。

 そして、サトとリュウのほんとのお姉さんにもなって欲しいんだよ」

 と、にこやかに言った。

 カナリは、大勝負で悪手を指してそのポカを悟った時以上に、頭の中が真っ白になった。

 次の瞬間、大粒の泪がボロボロと滝のようにあふれ出した。

 やがて、鼻水まで出だした。

 見かねた愛菜が、大きめのハンドタオルをそっと差し出すと、泣きながらもペコリと頭を下げて、そこに顔を埋ずめて肩を震わせた。

 やがて、泣くだけ泣くと、か細い声で・・・

「ありがとうございます・・・。

 ほんとに、ありがとうございます・・・」

 と、精一杯の感謝の気持ちを伝えた。

「じゃ、いいのね。カナちゃん・・・」

 すぐに返事ができなかったが、鼻を啜りながら

「どうして・・・、わたしなんかでいいんですか・・・」

 と、申し訳なさそうに、訊ねた。

 師匠が言った。

「そういう言い方は、よくないよ。

 カナちゃんらしくないよ」

 師匠に、父親のような感じでそう言われると、もう棋士でも何でもなく、中学生の女の子になってしまい、ワーワー声をあげて泣き始めた。

 愛菜が苦笑しながらも、こないだのように、また抱きしめてなだめてあげた。

「師匠は叱ったんじゃないのよ。

 自分の事をネガティヴな言い方をしたら、カナちゃんが可哀そうだから、そんなふうに言ってはだめなのよ。

 わかってね・・・。

 みんな、あなたのことが大好きなのよ。

 師匠も、私も、子どもたちも・・・。

 だから、私たちのほんとの家族になってほしいのよ」 

 奥様の腕の中で、カナリは幼児のように、首をコクコクと頷いた。