* 22 *
皆が群がる場所ではなく、誰も行かないような場所へ行ってみる。
人が行きたがらない所へ目を向けてみる。
そこにこそ、皆が手に入れることのできない貴重なものが落ちているように思います。
養老 孟司
*
師匠も師匠なら、弟子も弟子だ・・・
という言い回しは、得てして、否定的に使われるものだが、唯一、例外なのは、ソータとカナリの師弟であった。
カナリも師匠同様に、竜王戦を毎年「組優勝」し、6組からスタートして、あっという間に3組まで昇級してきた。
順位戦では、C級2組からスタートして、B級1組まで、毎年、順調に昇級した。
それにより、十六歳にして七段まで超スピード昇段した。
そうなると、ソータ師匠の専売特許だった「マンガを超えている」というフレーズが、その弟子についても語られるようになった。
この師匠にして、この弟子あり・・・
と、世間でも棋界でも、なかば呆れられ、心底では畏怖の対象であった。
それでも、ひとりの女性棋士が誕生すると、『シェルドレイクの仮説』のように、同様の現象が「その場」で起きやすくなるものである。
カナリに憧れる将棋少女が増え、『見る将』(見る専門)も含めて、マイナーなボードゲームである将棋の愛好者人口がグッと増加した。
この事だけでも、棋士として「流布・広報活動」を立派に果たしていたのである。
奨励会にも「女流棋士」ではなく、「プロ棋士」を目指して、全国から天才少女の入会が目に見えて増えていた。
その中から、第二、第三のスター棋士が登場する日もそう遠くはなさそうだった。
その嚆矢となったのがカナリなので、全国にいる少女棋士たちの憧れの的にもなっていた。
それだけでなく、師匠とのツーショットで、『ルック・チョコ』のCMにも登場するようになってからは、それを視た愛聖園の子どもたちからも、憧れの存在となった。
CM撮影の時は、緊張のあまり、愛菜に現場まで付いてきてもらい、場馴れた師匠からは
「元・大女優を付き人にするなんて、カナちゃん、大物だなぁ・・・」
と揶揄された。
カナリも、将棋の研究の合間には、母の子役時代からの大河ドラマやら、主演した映画などを観るのを唯一の楽しみとしていた。
そして、母自らは決して言わないので、サトちゃんやリュウ君をお膝に抱っこすると姉らしく
「ほら。これ、お母さんよ」
と、自分も娘として、ふたりに自慢げに教えてあげた。
カナリが『棋聖』戦の挑戦者に決定した。
再度、公式戦で、師匠と、父と対局を迎える。
それでも、家族の食卓は、笑いの絶えないいつも通りの風景だった。
愛菜にしても、ふたりがタイトル戦を争うのを、すこしも苦になることはなく、むしろワクワクしていた。
食卓では、冗談で
「カナちゃんにもタイトル取って欲しいし、お父さんにも防衛してほしいし・・・。
ほんとに、こまっちゃうわねぇ・・・」
と言って、ふたりを笑わせた。
盤を挟んでは、互いに最善を尽くし勝敗を分ける「勝負師」どうしだが、後世に残る最高の棋譜を創るという意味では「棋士」という名の「芸術家」でもあったのだ。