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人生は家康型なのです。
一歩上がれば、それだけ遠くが見えるようになるけれども、一歩上がるのは容易じゃない、荷物を背負っているから。
しかし、身体を動かさないと見えない風景は確実にある。
養老 孟司
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「それは、子どもの頃の考えだからねぇ・・・。
深い意味はないとは思うけど・・・」
と、師匠は前置きして、いつものように、顎の下に右手を添える長考ポーズでしばし間をおいた。
そして・・・
「強いて言えば、人間離れした、将棋の神様に近い最強棋士になる、っていうことかなぁ・・・」
と、独り言のようにつぶやいた。
カナリは、その何気なく吐かれた言葉に肝をつぶすように驚いた。
(やっぱ、カミサマなんだぁ・・・)
そうなんだ。
「棋神」の高みを目指しているんだぁ・・・と、思うと、体から力が抜けるのを同時に感じた。
カミサマを目指してる人に、非才な自分が「勝とう」なんて思っていた、己れの浅はかさを嫌になるほど痛感させられたのである。
「お父さん。
もう、カミサマの領域は見えてきたんですか?」
と、何とも、天然の娘らしい訊き様だった。
父は、うっすら笑みを浮かべると、
「まだ、金一枚負けてるような気がするかな・・・」
(ええっ!・・・・・・)
カナリは、引退したばかりのレジェンド「羽生永世七冠」が、現役最強と謳われし頃、記者に同じく尋ねられ
「まだ、将棋の神様に角一枚負けてます」
と言ったという伝説を思い起こした。
「金一枚」とは、そのさらに上を行く「人間将棋」の進化の最先端を、今ここで、自分が目撃したような衝撃だった。
名人戦が始まった。
互いに、羽織袴姿の正装に身を包み、地元の愛好家の所有する超高価な名盤と銘駒が用いられ、互いの黙礼により対局が開始された。
初日のネット視聴者は200万人を超えた。
将棋ファンだけでなく、観戦記者たちや芸能ライターたちの少なからずが、永世八冠の完全独走状態が何年も続き、昭和の頃の常勝「巨人軍」や、常勝「大鵬関」のように、ゲーム性ということではいくらか興味が薄らぎつつあった。
さりとて、人間棋神に近い「永世八冠」を向こうにして、あからさまに「ツマラナイ」とも表明し難かった。
アンチ八冠派からは「暗黒時代」とも揶揄され、二番手以下の棋士たちの不甲斐なさに苛立ちを隠せずネットでディスる輩(やから)もいた。
ネットの将棋雀たちからは、事実上の二番手は、八冠の弟子にして娘のカナリと目されつつあった。
アンチ派も〈八冠キラー〉として〈獅子身中の虫〉のような意地の悪い期待感を抱いていた。
判官贔屓(はんがんびいき)が多い日本人は、いつしかカナリを応援するようになり、すくなからず、その重圧も彼女にのしかかりつつあった。