WALKER’S 

歩く男の日日

17日目 (3) 民宿磯屋

2008-07-16 | 08年四国の旅
 観自在寺の本堂に張り紙があった。宿坊は素泊まりのみだけど泊まれる、と書いてある。ぼくの見た情報は本当だった。その情報では3500円。2kmほど手前に素泊まり3000円の宿があるけれど、この周辺の宿はほとんど4000円か4500円なので、ぼくのように素泊まりで巡っている人にとっては朗報といえるでしょう。
 今日は5月4日、ここ愛南町で1年を通じて最大のイベント、愛南大漁祭りの当日です。昨年はその前日だったので宿が全く取れなかった。今年はそれに懲りたので、旅に出る前に予約を済ませてきた。祭は最終盤をむかえ落ち着きを取り戻しつつある状態です。会場近くのコンビニで野菜ジュースを買って一息入れる。500ccを一気に流し込む、歩く調子は最高だったけれど、さすがに身体の芯は相当疲労しているようだ。今日の宿民宿磯屋は国道に面していない、200mほど行きすぎてなんだかおかしいと地図を出して確認、遍路道で迷うことはないし、地図を確認することもない。常にそういう感覚でいるから初めて行く宿ではこういう事が起こってしまう。傷口が大きくならない内に無事宿に3時ジャストに到着。女将さんに挨拶をすると、なんだかうろたえた表情、お客さんがなかなか来ない、だいぶ前に観自在寺に着いたのに全然来ない、その人はアメリカから来たそうで、でも流ちょうな日本語だったという。訳が分かんなくてぼくにぼやきを入れる。もし来なかったら外で食事をして貰うことになるかも、とすら言う。「え~っ」それはないよ、高知ではほとんど素泊まり、愛媛の最初の宿で料理を楽しみにしていたのに、と口には出さないけど、こちらも一緒にうろたえる。とりあえず2階の部屋に通される。しばらくすると、その夫婦が到着、隣の部屋へ通された。これで何とか夕食は確保、女将さんは今から食材を買いに行く。
 風呂を頂いてゆっくりしていたら、女将さんがやってきて部屋を変わってほしいという、今着いたお遍路さんが一人だと思ったら、夫婦連れだったのでぼくの部屋に入って貰うしかないという、もちろん快く受け入れ部屋中に広げていた荷物を慌てて全部廊下を挟んだ小さな部屋へ移す、小さな部屋は予備の部屋、あるいは荷物部屋という感じで、細長い5畳ですが、布団やほかの荷物があって使えるのは3畳くらいのスペース、でも机もあるし、休むだけのことだから充分な広さです。
 食事の時間です。評判通り大変豪華で品数が多い。食べきれるか心配になるくらいです。先ずはアジのお刺身。これが最高でした。甘い、魚を食べて甘いと思ったことなど今まであったろうか、でもこの味は甘いと言うしかない。女将さんは、「今まで土佐でさんざんカツオを食べてきたことだろうから、カツオだけは出さない」と言う。ぼくは土佐はほとんど素泊まりで(今年はたまたまお接待で2回カツオを頂いたけれど)カツオでもありがたいのですが、まあ普通のお遍路にはうれしい配慮でしょうね。その代わりにこんなにおいしい魚が頂けるのですから。そして、女将さん特製のジャコ天、有名な伊予の郷土料理です。さらにタコの酢みそあえがとても柔らかくて美味かった。ほかに、アジの煮付け、茶碗蒸し、野菜の天ぷら、お漬け物、ポテトサラダ、味噌汁。
 2食付き6500円(歩き遍路は6000円)。洗濯無料、乾かなかった場合乾燥機も無料で使えます。1階のトイレは温水洗浄便座。

 17日目の歩行距離 37.3km
        歩行時間 6時間03分
        平均時速 6.17km

17日目 (2) 40番のカエル

2008-07-15 | 08年四国の旅
 地蔵堂に着くまでに二つの小さな峠を越える。二つ目の峠にはいるところで逆打ちの若い女性とすれ違う、開口一番「お遍路の方ですか」と訊かれる、確かに、ぼくは遍路装束は手甲しか着けていないし金剛杖も持っていない。らしくないのでその質問には納得、「はい」と答えると、「この道で合っていますか」と訊かれる。「はい合っていますよ」と言うと、安堵したような表情で坂道を下りていった。今まで相当道を間違えて、大変な思いをしたのだろう。
 地蔵堂に着いたのは10時4分、すでに半分以上歩いたことになる。宿に3時に着こうとすれば2時間くらい休まねばならない。国境の峠を前にたっぷり休むことにする。ここは遍路道から少し入ったところにあるので、行きすぎるお遍路に会うこともなく、ひたすら静かな時をやり過ごす、2回ほど100mほど離れた遍路道を登っていく音がかすかに聞こえる。45分の休憩でいよいよ松尾峠を目指す。登り始めてしばらくすると、前を行く男の人が見える。清水川荘で一緒だった人ではない、だとするとどこから来たのだろう、延光寺の近くに泊まった人はもっと先に行っているはずだ。追いついて訊いてみると、昨日は中村に泊まって、今朝電車で平田まで来て、そこから歩き始めたということでした。納得。典型的な、連休区切り打ちです。地蔵堂から松尾峠までは27分で到着、岡本旅館からの合計タイムでは昨年と同じでした、久々の山登りだったのですが納得のいく順調な歩きでした。峠の遍路小屋には男女ペアが休憩中、挨拶をして一気に駆け抜ける、いよいよ菩提の道場伊予の国へ入る。松尾峠からの下りは、最も好きな気持ちの良い下り道です。横峰寺や三坂峠のような膝への負担が厳しくかかる坂道ではない。登ってくる時にかいた汗がス~っと引いていくような快適な下り。一本松の町に入っていく前に新しくできたお手洗いがある、一本松まで休むつもりはなかったけれど、ちょっと頑張りすぎたのでここで休みを入れる。屋根はないから雨が降っていたら休めないけれど、今日のように天気がいいと一本松のバス停で休むより気持ちがいい。思いがけず40分も休んでしまう、ここから40番観自在寺まで10km休みなしで行く。
 一本松の交差点からは左に折れて国道を行く。国道は赤線は付いているけれど本来の遍路道ではありません。ほとんどのお遍路は通らない。ぼくは2年前(4回目)からこの道を歩いている。そのときは歩く距離がものすごく長かったので、この近道を行くしかなかった。昨年も歩くところは少し違ったけれど距離が長くてこの道を行くことにした。今年は距離は短くて、遍路道を行ってもよかったのだけれど、昨年とのタイムの比較をしたかったので、この道を行くことにした。一本松の交差点に来たのは12時43分、疲労は全くなく、朝と変わらないくらいの調子の良さ、絶対昨年以上のタイムが出るという感じがあった。それくらい完璧な歩きだったのに、タイムは出なかった。2分も遅れてしまった。理由は風、ものすごい向かい風が常に吹いていた。風でタイムが出ないということは前にも久万高原で経験している。伊予の国最初の札所、40番観自在寺には2時3分に到着した。宿はここから2kmだから30分くらい休める。

17日目 (1) 地蔵堂

2008-07-14 | 08年四国の旅
 昨日は5月3日(土)連休の初日だから満室は当然なのかもしれないけれど、昨年来たときは5月2日で2人だった、連休の前だったけれど、増井さん(ご主人)の話では連休中でもそんなに人は来ないし、満室になることもないということだった。1年で相当有名になったということなのかもしれない。この宿は3年くらい前にできた新しい宿、へんろみち保存協力会の地図に載ったのは昨年の版からだったと思う。確かに、ここに宿ができてすごく便利になった。それまでは下ノ加江の安宿から延光寺の2km手前の平田まで27kmの間宿が全くなかったから、選択肢がすごく限られていた。1年でこれだけの人気になるのはむしろ当然のことだったのでしょう。
 昨夜の食事は客の数が多くて部屋食になった、食堂はそんなに広くない。朝食はそれぞれ時間が違うので食堂でとることができた。ぼくは6時にお願いした。奥の部屋の夫婦は5時半に宿を発ったし、隣の男の人は二人ともぼくが食事をしているときに出ていった。女性ペアはぼくと一緒に食事をしている。もう一組の夫婦はもっとゆっくりのようだ。夕食はカレーライスでとても良かったけれど、お代わりができず物足りない感じがした。朝食は、もちろんお代わりもして充分頂くことができる。味噌汁も美味く、久々の玉子掛けご飯にも満足。
 6時20分に宿を出る。今日は4日ぶりに30km台、余裕の出立だ。天気は晴れ、山の朝は涼しく、快調な出足。昨日少し気になっていた左足首近くの筋も全く痛みはない。昨年の足摺からの打ち戻りの時のような、最高の状態で歩けている。宿を出て半時間もしない内に先に出た男の人に追いつく。でも50分先に出た夫婦には延光寺までに追いつくことはないであろう、と思っていたら、延光寺の3kmも手前で追いつく、時速3.3kmくらいで歩いていることになる。延光寺へは昨年より2分も早く着く、昨日の分を取り返した感じ。30分の休憩で次の休憩地へ向かう、松尾峠の登り口にある地蔵堂です。11kmもあるけれどそれまでには適当な休憩所がない。その手前のチェックポイント岡本旅館までも1分早く着いた。地蔵堂までのタイムはとっていなくて、松尾峠まで行かないと比較できない。

16日目 (3) 清水川荘と増井さん

2008-07-13 | 08年四国の旅
 今日はあと15km、余裕を持って12時10分に発つ。次の休憩所は上長谷の集会所、10km先になる。それまでには適当な休憩地はないし、そこには手洗いもある。昨年は午後に入ってから調子がかなり落ちた、マメができかけるほどだった。今年は逆に午後からやや落ち着いた歩きができている。真念庵から三原村への道は人通りがほとんどない。車もほとんど通らないので歩きやすい。お遍路もあまり通らない、昨年は一人、3年前にも一人会っただけでした。下の加江川沿いの道が人気があるのは急な坂道が少ないから楽だと宿屋の人が勧めるから、らしい。でも同じ所から同じ所へ行くのだから標高差は全く同じ、たしかにきついところもあるのですが、ほんの一部と言っていいくらいです。真念庵から4km弱で三原村に入る。しかしここが峠ではない。ここから2km先に本当の峠がある。でも広い県道なのでそんなにきつい坂ではない。ここを抜けるとあとは平坦な道が続く。峠の手前の成山というところで女のお遍路が休んでいた。清水川荘までなら10kmだから楽勝だけど、その先となると、延光寺手前の平田だから17km行かねばならない。相当ハードになる。
 峠を越えてからも歩きの調子はかなりいい。少なくとも足に負担がかかってくるということはない。暑さのせいでスピードが乗っているという感じは全くないけれど。上長谷へは昨年と同じ94分で到着した。時速は6.32km、峠の坂を考えれば文句のない数字です。手洗いを済ませ、16分の休憩、2時ちょうどに宿に向かって発つ。あと5km、3時までに楽々着ける。
 宮ノ川トンネルの手前で地元のおばあちゃんがやってくる、笑顔で挨拶を交わす。三原村の人はすごく優しい。3年前真念遍路道を歩いたとき、会う人ごとに道を教えてくれたり、道分かるか?と声をかけてくれたのです。そういう人がたくさんいるというだけで、楽しく歩くことができる。トンネルを抜けると蝉の声が聞こえてきた。ハルゼミだ、この時季四国ではあちらこちらでハルゼミの声を聞ける、でも年によって全く聞けないこともあった。わずかな時季や気候のずれで聞けない、それほど微妙な敏感な生き物なのかもしれない。
 三原村の中心に入っていく、去年このあたりで、清水川荘で同宿になった横浜の小野さんと会った。県道に出る200mくらい手前、はっきり思い出すことができる。清水川荘には昨年と同タイムで到着。3時前だけど、すでに多くの客が到着してにぎわっている。6部屋あって、廊下の右の3室には、夫婦2組と、女性ペアの6人、左の3室には男ばかり3人、計9人で満室です。ぼくのあとに来たのは左の部屋の二人、その二人は追い抜かなかったから、当然下の加江川沿いの道を来たに違いない。シャワーの順番やら、洗濯の順番やらで絶え間なく廊下を行き交う人がいてやや落ち着かない感じ、シャワーの順番は比較的早く回ってきた。みなさんかなり早くに到着していたようだ。風呂は、湯船はあるけど原則シャワーのみです。洗濯は200円。2食付き5000円、昨年より500円の値上げでした。

 16日目の歩行距離 43.0km
        歩行時間 6時間51分
        平均時速 6.28km

16日目 (2) 三原村

2008-07-12 | 08年四国の旅
 金剛福寺から2kmほどで最初の人とすれ違う、見るからに野宿遍路、接待所で泊まったに違いない。次は津呂の集落に入ったところで、竹林寺で会った女の人が来た。挨拶しようとしたら、先に向こうから「おはようございます」と言ってくれた。あのときとはちょっと印象が違った。そのあとは窪津の町へ下りていく短絡路に入るところで、麦わら帽の男の人がやってくる。彼と会うのは4回目だ、健闘をたたえ合って別れる。窪津の町を過ぎたところでは、雪蹊寺で会った女の人が来た。大柄な女の人と二人連れ、向こうもぼくのことを覚えていたようで、笑顔で挨拶を交わす。そのあとも4人くらいの人とすれ違うけれど、初めて見た顔ばかり、そして、県道を離れて短絡路に入っていくところで、中村の手前のダイソーで会った人が来る。山道は滑りやすいから気を付けて、と注意してくれる。でも、いやな予感がした。この道を行くのは、行きが6回目、帰りが2回目、こんなベテランをつかまえて、と思ったらもう負け、案の定下りの山道で足を滑らせてしりもちを付く。
 以布利漁港で手洗いを済ませ、最後の坂道も気合いを入れて登ったけれど、幡陽小学校に着いたのは1分遅れだった。足の調子は悪くはなかったけれど、去年のような抜群という感じではなかったし、やはり天気が良すぎて午前中ながら気温もかなり上がったのが影響したかもしれない。14km歩いて1分だから誤差の範囲ともいえるけれど、歩いた感じは確かに違ったのでした。20分の休憩で久百々へ向けて出発、さらに気温が上がっている、力を入れるほど汗が噴き出す。とても快適な歩きとはいえず、こんどは6km弱で1分の遅れ。ボックスで4日後の宿、大瀬の館に予約を入れるものの満室、この宿は1日1組しか泊まれないから仕方ないともいえるけれど、連休は終わっているし4日前だし、と愚痴もこぼれようというもの。代わりの宿は落ち着いてから考えることにする。
 相当汗をかいて疲れたので、ここでは30分の休憩、10時30分に出発する。1kmほど行くと、前から外人の男の人がやってくる。両手に登山用のステッキを持って相当疲れた表情だ、橋の上でも杖をついている、そういう細かいマナーはなかなか知る機会もないかもしれない。挨拶をしたが返してくれなかった。ぼくは毎年1組は外人のお遍路さんに会って挨拶をしたけれど、みんな日本語で「こんにちは」と返してくれた。挨拶してくれなかったのは初めてだった。下の加江のコンビニでは余程休もうかと思ったけれど、出てきた勢いがなくなるのがいやだったのでそのまま行きすぎる。しばらく行くと、土佐久礼の駅前で道を訊いていた二人組がやってくる、相変わらず無愛想。そのあとはブルーのシャツの男の人が来る、もう38番へ行って来たの、とびっくりした表情。彼らは今日は中村の近くから来たようだ、岩本寺から中村までの43kmを2日で来たことになる、岩本寺からは2日で中村まで行く人と、安宿か久百々まで行く人に別れる、久百々までだと60kmくらいだから1日30km。
 ドライブイン水車に着いたのも昨年より1分遅れ、もう正午が近くこの暑さでは仕方のないところだろう。25分の休憩の間に750ccの水を流し込む。今日の休憩はあと1回なので水の補給は500ccだけにする。ここまでにすれ違った歩き遍路は30人、昨年より8人少なかった。

16日目 (1) 窪津から大岐海岸を望む

2008-07-11 | 08年四国の旅
 昨夜は、風呂、洗濯が終わって、夕食のパンも食べ終わり、あとは休むだけというところで、女将さんが部屋にやってきて、「夕食できたから食べて、お接待するから」と声をかけてくれる。おかしいでしょ、それがごく当たり前のように、普通にさりげなく声をかける。お接待は断ることができないので、もちろんありがたく頂くことにしたけれど、それでも半分は申し訳ないという感じが残る、2食付きで予約していたら全く同じ手間で、3000円収入が多かったのですから。メニューはカツオのたたき、茄子と筍の煮物、野菜の天ぷらとお漬け物。パンを食べたあとなのに、お代わりもして残らずきれいに頂くことができる。それだけ体力を使っているということなのでしょう。
 一夜明けて、6時に発とうと階下に下りると、また「あと5分でできるからご飯食べていって」と半ば強引に食堂へ通される。さすがに、これにはたまげました。もう何と言っていいか判らない。四国の宿は商売だけじゃない、と言っても信じない人がいる。でもこれはいったい何なのですか。これだから、ほかの所を歩く気になれないのです。最初のお遍路が終わったとき、もう一度歩きたいと思った大きな理由は足摺岬の宿でものすごく親切にされて、もう一度その人たちに会いたいと思ったからです。四国の魅力はそういう人たちがいっぱいいるということに尽きると思う。
 四国にはお大師さんがいる、お大師さんを信じている人がいる、自分では全くそうは思わないけれど、お大師さんと一緒に歩いている、そう信じてお接待をしてくださる人がいる。そのことを決して忘れてはならないと、改めて強く思う。しっかり歩かねばならない、しっかりお参りしなくてはならない、そういうことでしかお接待に答えることはできない。身の引き締まる思いで、ご主人と女将さんにお礼を言って民宿をあとにする。また来年戻ってくる、心に誓いながら。
 お代わりもして満腹に近いので体は少し重い。昨年はこの打ち戻りの区間は最高に調子がよかった。飛ぶように歩けたという感じが残っている。でも、今回はちょっと違う。天気は昨日とうってかわって快晴、すでに気温が上がっているのを感じる。すでに朝日は高くまぶしい。
 足摺岬からの打ち戻りには5つのルートがある。月山神社ルート、今ノ山峠ルート、下の加江川ルート、真念庵ルート、真念庵から真念遍路道ルート。ぼくは過去5回でこれらを全部歩きました。毎回違うルートを行った。今回は一番楽な真念庵ルートを行くことにする。昨年のルートだったのでタイムを比較したいということもある。それと、昨年は初めて足摺岬の東岸を戻って、多くの歩きの人とすれ違うのがとても良かった。土佐から須崎、窪川までに会った多くの人とすれ違うことができたのです。ぼくのように速い歩きだと一度追い抜いてしまうとそれっきりになってしまうのですが、この打ち戻りだけは何人もの人と再会できるのです。

15日目 (4) 民宿田村

2008-07-10 | 08年四国の旅
 お参りを終えて金剛福寺を出たのは2時41分、余裕で今日の宿に着けると思ったけど甘くなかった。場所はだいたい判っている、でもその近くに行っても見つからない、辿り着けない、滅多にしないのに、地図を取り出して位置を確かめる。表通りに面していないから看板も見えない。大きな駐車場の端に案内所があったので、飛び込んで教えて貰う。入り口は、なるほどというところにあったけれど、駐車場の中から入ることになるから、判りにくいことは確かだ。
 玄関の横の部屋から掃除機をかける音、玄関には大きなワンコが寝そべっている、奥からニャンコもやってきた。まるで普通の家の雰囲気、掃除機の音でぼくの声は全然届いていないようだ、しばらく待つとようやく掃除機が止まって女将さんが出てきてくれる。2階の一番奥の角部屋に通される。新しくて清潔感のある部屋だ。ただ周りは普通の住宅が建ち並んでいるので、ここら辺の民宿のようにオーシャンビューを楽しむことはできない、お遍路に眺めは無用だからマイナスポイントではない。朝が早いので、先ず支払いを済ませる。素泊まり3500円、えっ、と思う。ぼくの情報ではここら辺の民宿は総て4500円だった。昨年の北村も4000円で情報より安かったのですが、この名だたる観光地で3500円はないと思う。すごくありがたいけれど。洗濯をするために部屋を出ると、廊下に値段表が張り出してあった、素泊まりは4500円になっていた。どういう事なのだろう、お遍路だからおまけしてくれたのだろうか、首をひねりながら玄関を出て洗濯機の所へ行く。洗濯機は3台、2槽式が2台、全自動が1台。いずれも洗濯物で溢れている、2槽式の洗濯物を全自動に移して機械を回す。乾燥機もあるけれど壊れていて全然使っていないような感じだ。洗濯は無料。すすぎが始まってしばらくすると風呂の用意ができる、水を出しっぱなしで気になったけど、ゆっくりさせて貰う。風呂からあがると洗濯機の水は止まっていた。至れり尽くせりだ。そして、本日のメインイベントがそのあとに待っていた。

 15日目の歩行距離 41.9km
        歩行時間 6時間37分
        平均時速 6.33km

15日目 (3) 足摺の亀

2008-07-09 | 08年四国の旅
 幡陽小学校まで5.8km、中間地点ぐらいでいよいよ雨が落ちてくる。11時前、でもよく保ってくれた方、もう6割以上歩いているから、あと全部降られたところで大したことはない。雨足もさほど強いものではない。
 打ち戻ってくる人4人とすれ違う。足摺岬の近くから来たと思われるけど、安宿までなら1時過ぎに着いてしまう。その向こうの宿となると、23km先の三原村の清水川荘だから、ほぼ不可能になる。幡陽小学校に着いたのは11時12分、昨年より1分早い時速6.21km。ここまで来るとあと2時間半だから30分の休憩がとれる。休んでいると大岐の方から男の人がやってくる。追い抜いた覚えはないから大岐浜を来られたのだろう。バス停で合羽を着用される。今日は民宿西田で泊まるという。着替えると早々に発っていった。ぼくはゆっくり33分の休憩で11時45分に発つ。余裕を持って3時に宿に入りたい。
 幡陽小学校から足摺岬までは休憩を入れなかったけれど、昨年からそんなに無理をすることもなかろうと、窪津小学校の前のバス停で休むようにした。ちょうど中間地点だし屋根もある、その先には接待所があるけれど、どうもぼくには入りにくい雰囲気がある。窪津小学校まではしっかり降っていたけれど、岬が近づくにつれ雨は弱くなり津呂の集落を過ぎるとあがってしまった。降られたのは2時間ほどで靴の中も全く濡れずに済んだ。窪津小学校での休憩が効いたのか、38番金剛福寺に着いたのは昨年と同タイムだった。雨の中でそんなによく歩けたという感じはなく意外だった。水屋の亀さんを見ると今年もここまでやってきたんだなぁとつくづく思う。

15日目 (2) 大岐海岸

2008-07-08 | 08年四国の旅
 ドライブイン水車の小高くなったところにある遍路小屋に男の人が休んでいる。今8時過ぎだから、打ち戻りで安宿から来たものと思われる。ぼくは手洗いの所の休憩所で休む。目の前のポスターを見ると、そう、ここはすでに土佐清水、1番札所のある鳴門市から最も遠い自治体までやってきたのだ。折り返しはもうすぐだ。
 水を補給して17分の休憩で出発、気温が低いのであまり疲れていない。次の休憩地は久百々、民宿久百々の前のバス停、昨年から利用するようになった。水車から8km、ちょうどいい距離で屋根もあるから雨が降っても大丈夫、おまけにそばに電話ボックスもある。そこまで休むつもりはなかったのに、下の加江のコンビニの前を通りかかると冷たいものが飲みたくなる。例によって84円の野菜ジュースを買って、ベンチで一息入れる。大きな荷物の男の人が出ていくところ、はじめ水車の方へ歩き始めるが、すぐ引き返して久百々の方へ行く、方向を間違えたようだ。珍しいことではない。初めて歩く道で、初めて入る店、出てきて一瞬方角を失うということは、ぼくも経験がある。7分の休憩ですぐ出発する、久百々までは3kmちょっと。一息入れたせいか、昨年より早く到着する。3区間連続新記録だ。
 昨日満室で断られた宇和島の遍路宿もやいの代わりの宿、金龍荘に予約を入れる。もやいから一番近くて、値段も150円高いだけ(ぼくの持っている情報では)です。連休中は食事はできない、と言われたけれど、ぼくは最初から素泊まりのつもりだったので、問題ない。とても感じのよい受け答えで安心する。ついでに、その次の宿、大洲郷土館ユースホステルにも予約を入れる。こちらもとても優しい感じの女の人が応対してくれた。会員でなくても泊めて貰えるか確認すると、情報通り、歩き遍路は会員でなくても会員価格で泊めて貰えるとのこと。これで連休中の宿の予約が完了、肩の荷がおりる思い。
 20分ほどの休みで発つ、雨が落ちてこない間にできるだけ歩いておきたい。次の休憩地は大岐海岸の1kmほど向こう、幡陽小学校の前のバス停、ここも屋根付き、3年ほど前にできたがっちりしたバス停です。

15日目 (1) 水車の休憩所

2008-07-07 | 08年四国の旅
 中村から足摺へ向かう行程ではよく雨に降られる。5回の内3回、たいした確率ではないと思われるでしょうが、そのうち2回は朝から大嵐でひどい目にあった。腰から下は車のはねを何度も浴びてずぶぬれ状態、歩いていて一番惨めだったのが昨年と4年前のこの区間だった。
 昨日の予報では雨だったけど、宿を出る6時には全く降っていない。でも雲行きは怪しくていつ降り出してもおかしくないという感じだ。昨年のことを思えばすごくラッキーには違いない。四万十大橋の近くにあるコンビニまで4km、昨年より2分も早く着く。昨年がいかにひどい雨だったかということだ。昼食と夕食を仕入れる。この先、足摺までにコンビニは1カ所しかない。数年前にできた新しいコンビニだけど、新しいからといってつぶれていないという保証はないので、念のため早めに買っておく。
 休憩なしで次の休憩地、ドライブイン水車へ向かう。9.4km、気温が低く歩きやすい。四万十大橋を余裕で渡る。昨年この上ではねをたっぷり浴びせられて大声を出すというはしたない行為をしたことを思い出す。橋を渡り終えてしばらく行くと小学校がある、小学生が自転車で次々やってくる。みんな残らず「おはようございます」と挨拶してくれる。天気は悪いけれどとてもすがすがしい朝だ。
 水車の手前にある新伊豆田トンネルは1.5kmもある、宇和島の手前の松尾トンネルに次ぐ2番目の長さ(遍路道で)を誇る。トンネルを怖がる人、いやがる人は多い。でもぼくはそんなに苦にしない。歩道がないとちょっと緊張するけれど、歩道があれば安全だと思い込むようにして歩いている。そうして、昨年より4分も早くドライブイン水車に到着、時速6.48km、昨年は6.2km。まだ雨は落ちてこない、満足のいく歩きだ。

14日目 (2) 民宿中村(新館)

2008-07-06 | 08年四国の旅
 今日はあと16kmで、今11時。休憩を少なくしたのでかなり時間の余裕がある。 先ほどの二人が目の前を行き過ぎていく。ここでは30分弱の休みを取る。
 歩き始めて2km、上川口の郵便局の近くで先ほどの二人の内の一人が休んでいる。酒屋からだと3kmだ。30km歩くとすれば何回休むのだろう。もう一人はそこから2kmくらい先の遍路小屋で休むところ、こちらは普通です。楽に4時までには中村まで行けるでしょう。ぼくは宿屋までの中間地点に近い、大方町役場の側にあるスーパーまで休まない。このスーパーの前には椅子が置いてあって雨にも濡れないようになっている、距離もちょうどいい(7.2km)ので昨年から利用するようになった。昨年はその1.5km手前にあるコンビニで食料を仕入れたのですが、今回はもっと先にコンビニがあることを確認していたので、そちらで買うことにする。スーパーの手前で前を行く男の人が見える、その速さからして今日は土佐佐賀の宿から来たに違いない。そしてこの道を歩いているということは中村の近くまで行くのだろう。国道は狭いので、車を気にしつつ追い抜いていく。そしてスーパーに到着、その少し前12時過ぎから雨がぱらぱら落ちてきた。天気予報はすごく正確だ。14日目にして2回目の雨、納得の雨と言ってもいいでしょう。
 スーパーで休もうとしたのだけれど、その前の排水路が異常にくさい、食料品店の前にあるまじき臭さだ、とてもゆっくり休む気になれないので、早々に退散する。その前に、4日後の宿に予約を入れる、しかし、満室だった。2部屋しかないし、連休最中の5月5日ということではあるのだけれど、状況は1年で一変したということのようだ。がっくり肩を落としながら、本降りになった中スーパーを後にする。このまま歩けば宿に2時に着いてしまう、どうしようかと困惑しながら歩いていると、百円ショップダイソーの入り口の横にベンチが置いてあった。屋根もある。渡りに船とばかり、改めて休憩を入れる、スーパーから700m、バス停と宿とのちょうど中間地点だ。来年からこちらで休むことにする。しばらくすると先ほど追い抜いた人がやってきた、すでに合羽を着用している。やはり今日は土佐佐賀の内田屋さんからで、民宿月白まで行くそうだ。昨日は20km、今日は23km、比較的ゆっくりの行程だ。腰も掛けずすぐ発っていった。ぼくは、もうすでに雨が降っていて急いでも仕方がないので、ゆっくり30分以上休む。
 中村の手前のコンビニで食料を仕入れ宿に着いたのは、2時40分。雨の中でも快調で、昨年より早いタイムだった。
 民宿中村は4回目の投宿、ベテランのお遍路さんの間でも評判の良い遍路宿、でもその評判の料理が今年から出せなくなったのは残念、中村大橋からでも見えるほど大きな文字で「素泊まり、新館3500円、本館3000円」と書いてある。素泊まり宿になって、値段は500円安くなっている。

 14日目の歩行距離 43.3km
        歩行時間 6時間41分
        平均時速 6.48km

14日目 (1) 有井川のお大師さん

2008-07-05 | 08年四国の旅
 今日からまた40km台が3日続く。しかも今日は午後から雨の予報、札所もないので、できるだけ早く宿に着きたいと思う。6時に玄関に下りていくと、めがねの若者が朝食をとっていた、挨拶を交わして出ていく。岩本寺の近くには20~30人くらいの人が泊まっているはずだけれど、今日はぼくが一番先に出るので誰とも会わないだろう。岩本寺の先の宿は10km先の佐賀温泉、そこに泊まった人がいたとしても追いつけるのは昼前くらいになる。
 宿を出て5km、短絡路への入り口、今年はちゃんと見つけることができる。どういう事か昨年まで5回の内3回もはずしているのだ。道路の右側にも左側にもこんなにたくさん遍路標識があるのに、それなりに気を付けてもいるのに、行き過ぎてしまう。ここには何か気を散らせるような物があるのかとも思ってしまう。美化センターの中へ入り、トンネルの上を過ぎ、山道を下り国道に合流、あと1km位で遍路小屋というところで野犬につきまとわれる。四国では野犬は珍しくないけれど、こんなにしつこくつきまとわれて吠えられるのは初めてだ、まともに歩けないので、傘を振り回して大声を出して追い払う、朝早くて周りに人がいないからできた恥ずかしい所行です。おかげさまで最初の休憩地には予定時間に到着することができる。天気が気になるので、わずか11分の休憩で発つ。
 次の休憩地も9km先、土佐佐賀の少し手前のコンビニです。しかし、あまり調子が出ない、曇っていて気温も高くないのに。休憩が少なかったのか、栄養が切れてきたのか。スリーエフに着いたのは1分遅れだった。手洗いと水の補給を済ませ、アイスを買って一息つく。夕食は中村の町のすぐ手前で買うことにする。
 三つ目の休憩地も9km先にある。本当は佐賀公園で休むべきなのだろうけれど、ここから4kmも離れていない。20分の休憩で、有井川駅の近くのバス停へ向かう。2年前雨に降られて有井川駅のホームで休んだけれど、その少し手前にバス停があったので、昨年からそこで休むことに決めたのです。佐賀公園を過ぎ、土佐白浜の近くになると新しい歩道ができていた。すごく歩きやすい、スピードが乗ってくるのを実感できる。距離はそれほど長くはなかったけれど、そのあともその調子の良さを持続できている感じだ。海岸沿いを直角に折れると井の岬トンネル、トンネルをを抜けてしばらく行くと酒屋さんがあって、その前で二人の若い男のお遍路が休憩中、佐賀温泉からだと16km、今10時半だからかなり順調な歩きだといえる。ただ土佐佐賀からだとすると、どこまで行けるのか心配な感じはする。
 もう一つトンネルを抜けたところが有井川のバス停です。目の前に観音寺という小さなお寺があって、お大師さんがおられた。

13日目 (3) 岩本寺

2008-07-04 | 08年四国の旅
 最後の急坂、急階段も快調にとばし、昨年より1分早く七子峠に到着。11時14分、岩本寺までは2時間ほどだからたっぷり休まなくてはいけない。七子茶屋の前にあるベンチで休む。追い抜いてきた人たちが続々とやってくる。茶屋に入る人もあり、自動販売機の飲み物で一息入れる人、もってきたお弁当を食べる人、さまざまです。ぼくの隣に麦わら帽の男の人がやってきた。地図を広げて考え込んでいる。聞くと、大坂道を来ないで国道を来たという、大坂道の存在を知らなかったらしい、国道が大変だったので、ここから脇道があるか尋ねられる。ちょっと遠回りになるかもしれませんが、というと、そんなの構わない、と言う。よほど国道の往来の激しさに懲りたようだった。国道には歩道がないのだ。入り口を教えてあげる。彼以外にも国道を来たであろう(途中で追い越さなかった)人がやってくる。めがねをかけた若い人がすごい勢いで前を通り過ぎていった。
 充分休み、食事もとったので、茶屋の横にあるボックスで明後日の宿に予約を入れる。昨年初めて泊まった足摺の民宿北村に電話すると、何と廃業したとのこと、お父さんが亡くなって気力がなくなったと女将さんが言う。近くの民宿はっとを紹介される。15日目で初めて断られた、ちょっとショックを受けるが気を取り直して別の宿に連絡する。ぼくは足摺からの打ち戻りは東岸を行くので、金剛福寺に近い宿から順番に電話する。第2候補は足摺ユースホステルに決めていた、会員でなくても4000円以内で泊まれるはずだ。しかし、満室だった、空いているのは女性の相部屋だけということでした。第3候補は足摺八扇、しかしここも断られる、満室とは言われなかった、当日行ってみると入り口のシャッターが下りていた、連休の前日だったことからして廃業していると思われる。次、民宿うしお、こちらははっきり廃業したと言われる。次、民宿第一あしずり、こちらも廃業、金剛福寺からだんだん遠ざかっていく。6軒目は民宿田村、金剛福寺から900m離れたこの宿でようやくOKを貰える。もう汗びっしょり、峠を登ってくるくらいの汗をかいたような感じだ。もう少し早く発つつもりだったのに50分近くここに留まってしまった。ほかの歩きの人はもうほとんど出たあとだった。
 七子峠からの脇道の最初の部分が新たに舗装されて歩きやすくなっている。次の休憩地は脇道から国道に入ってすぐの遍路小屋、わずか3.5kmだけど、ほかに適当なところがない。残りは9.7kmなのでかなり変則的ですが、不思議なことにこの10kmはいつもとても短く感じるのです。昨年もそうだったし。今年もすごく快調でおもしろいくらい速く歩けている実感がある。七子峠を先に出ていった人たちを次々追い抜いていく、中には初めて見る顔もある。昨日トンネルの手前で見かけた男女ペアもいた。この日ぼくが追い抜いた歩きの人は16人、岩本寺で追いついた人が2人。岩本寺には2時12分に到着、昨年より30分出発を遅らせたのでちょうどいい時間だ。お参りを終えると、3日後の宿が気になったので予約を入れてみる。昨年行ったとき連休中でもほとんど客は来ないと、ご主人が言っていたのですが、事情は変わっていたようで、ほぼ満室だが何とか大丈夫、という返事をもらう。10分ほど休憩して宿に向かう。その前に郵便局でお金をおろす、13日間で6万2千円の支出、まだ2万円ほど残っているけれど、すぐ連休が始まるので6日先の分まで必要なのだ。コンビニで食料を仕入れ民宿村の家に着いたのは2時55分。玄関を入るとリュックが二つ置いてある。同宿の人が荷物を置いてから岩本寺へ向かったようだ。往復1kmほどですが1日の最後だから、できるのであれば楽したいというのも人情でしょうね。
 民宿村の家(むらのいえ)は4回目の投宿です。1回目はまるか旅館(素泊まり4500円)2回目は伊予屋旅館(素泊まり5000円)に泊まったのですが、どうしても値段が高いので3回目はこの民宿を見つけ、以来ずっとお世話になっています。素泊まり3500円、3室だけのこぢんまりした宿ですが、居心地はよくて女将さんもすごく優しい。朝はコーヒーとバナナをサービスしてくれます。

 13日目の歩行距離 30.3km
        歩行時間 4時間51分
        平均時速 6.25km

13日目 (2) 七子峠

2008-07-03 | 08年四国の旅
 須崎から安和まで4.3km快調な出足、高知市に入って以来足の痛みや違和感は全くない。安和にはいると遍路道、焼坂峠への案内標識が目にはいる。多くの人は無視できないだろうけれど、ぼくは目もくれず焼坂トンネルへ向かう。峠道は1回目と、4回目に歩いています。1回目の時は短絡路をはずしてしまい、ただでさえ時間がかかるのにさらに遠回りをしてしまいました。そのときは前日大雨洪水警報が出ていて、所々小さな崖崩れができて歩きにくくなっているところがありました。2年前ちゃんとした時間が計りたくて歩き直したのですが、やっぱりちょっと辛かった。小石がごろごろして歩きにくい所があったし、登りのきついところもあるし、距離もある。時間は、ぼくの足で38分多くかかりました。短絡路をはずせば1時間以上余分にかかるでしょう。昔の遍路道には違いないのでしょうが、勧めることはできないし、ぼくは二度と歩きたくない。
 トンネルを抜けて、峠道との合流点の近くに二人の男の人がいる。ここまで来ると、久礼の町まであと20分、昨年と同じタイムで、駅前のバス停に到着する。柳屋で頂いたバナナと綾鷹を頂く。しばらくすると先ほどの二人がやってきた、交差点でうろうろしている、地元の人に道を聞いている模様、そして駅の方へ行った。そえみみず遍路道は通行不能になっているから国道を行くのだろうか、大坂遍路道の方が歩きやすいのに、知らないのだろうか。声をかけようかと思っている間に行ってしまった。
 駅で手洗いをすませ、駅前のボックスで明後日の宿に予約を入れる、しかし故障、七子峠ですることにする。26分の休憩で七子峠へ向かう。3kmほど行くと前を歩く人が見える。そしてもう一人。さらに2km、登り口の手前で二人、長身の男の人がぼくの速さに驚いて「素晴らしいなァ」と東京弁で声をかけてくれる。速いなあ、という言葉は幾度となくかけられたけど、素晴らしいと言われたのは初めて、ちょっと嬉しい。登りの山道に入っても4人くらいの人を追い抜く、その中には昨日会ったブルーのシャツの人もいた。七子峠から岩本寺までは13kmだから、みなさん楽々4時までには着けるペースです。

13日目 (1) 土佐久礼のバス停

2008-07-02 | 08年四国の旅
 柳屋旅館の素晴らしいところは、何といっても女将さんの人柄と気遣い。今年も、離れの部屋を一人で使ってくださいと、案内してくれる。部屋に通ると、お風呂は早い方がいいですよね、「はい」、すぐ用意します。このお風呂がまた素晴らしい。今まで泊まった中で最も気持ちの良い大好きなお風呂です。母屋の部屋は歴史を感じさせる趣のある作りですが、風呂は完全リフォーム、一人風呂としては十分な広さで、明るく清潔感があります。いつまでも入っていたいという気になる。去りがたいお風呂というのはここだけです。同宿の人はまだ来ていないので、いつもより時間をかけてゆっくり楽しむ。
 5時を過ぎると同宿の男の人がやってきた。女将さんが慌ててやってくる。何でも女のお遍路さんの予約を受けていたのを忘れていたとかで、男の人をぼくの隣の部屋に泊めさせてほしいということだった。もちろん何の問題もないので気持ちよく同意する、せっかく一人でゆっくりして貰おうと思っていたのに申し訳ないと平謝り、そんなに気にすることもないのに、女将さんは恐縮しっぱなし。その気持ちだけで充分ありがたい。
 翌日は朝8時の出発、今日歩く距離は30kmなのでゆっくりです。帳場に行って支払いをすると、昨日のことが申し訳ないと300円おまけしてくれる。そんなに気にすることもないと思うけれど、気持ちですからありがたく頂くことにする。あわせてバナナとお茶も持たせてくれる。お茶は綾鷹350ccボトル、前から飲みたいと思っていたお茶だ、本当に何から何までありがたい、暖かい遍路宿です。去りがたいけど、行くしかない、玄関で何度も何度もお礼を言ってようやく37番へ向かう。離れていくのではない、来年ここに戻ってくるのだから、歩けば歩くほど近づいているのだと思い直しながら歩を進める。
 同宿の人たちは1時間くらい早く出ている、須崎に泊まったに人も安和に泊まった人にも、なかなか追いつかないだろう。