WALKER’S 

歩く男の日日

秋の計画修正

2016-04-29 | 16年四国の旅


 おへんろ。八十八歩記の再々放送を見ていたら、宿毛街道には3つのルートがあると紹介されていて、今回歩いた中道(大岩道、小岩道越えで満願寺に至る)に加え篠山道も宿毛街道だったのだと今更ながら知ることになりました。日本語のへんろ地図では篠山神社までの地図はあるのですがその先の下りの地図はありません。なぜならその向こうに下ってしまうと40番がお参りできない、篠山神社に登るお遍路の100%が同じ道を引き返すことになるからですが、英語の地図には向こうの地図もきっちり掲載されています。ただし「No food and water until Manganji Experienced hikers only」 と注意書きがあります。エクスペリエンスド=熟練した
 ぼくもこの秋は引き返すつもりをしていたのですが、よく考えれば40番はきっちりお参りしたので引き返す必要はない。しかも1日分宿を節約することもできる、ということで、迷うことなく向こうの道も歩くことにします。そうすると全部の距離が40kmを超えてしまうので、宿毛から県界まではまたバスに乗ることにします。また米屋の朝食はおあずけです。
 この道を歩くお遍路は皆無だと思いきや、めぐめぐさんの掲示板に、つい最近歩いたという人の歩行記が投稿されていました。でも峠を越えたところにある宿の人には、お遍路さんが来ることはないときっぱり言われたそうです。もしかしたらぼくが二人目になるかも。

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さらに

2016-04-28 | 16年四国の旅

 36番青龍寺を出て打ち戻りで宇佐大橋を渡ると,汐浜荘の1kmほど先にあって、そこからは仏坂への分岐の1kmほど先までありません。この間約11km。もし岩不動への道を歩いてしまうと、多ノ郷駅まで20kmの間はトイレはないことになります。この道も絶対勧めることはできません。ぼくは2回歩いたけど。横浪半島スカイラインを歩くと、青龍寺から武市半平太像までの9kmが最長になります。
 40番観自在寺の1km半ほど先にコンビニがあって、そこからは柳水大師まで10kmの間に見あたりません。柏の分岐の少し先にありますが、なかなかそこまで行って戻るのも大儀。
 42番仏木寺を出ると明石寺の1km手前の公園まで9kmの間ありません。歯長峠を越える道だけに普通の道より時間はかかります。
 内子町では、大瀬の手前の桝木橋から滝ノ上橋(薬師堂)までの12.5kmが最長区間。そのあとは三嶋神社とひわ田峠の少し下にあるから問題ないでしょう。ただし三嶋神社にあることに気づく人は多くないでしょう。
 65番三角寺から66番雲辺寺へは、間にある民宿岡田(白地荘)に泊まれば問題ないのですが、一気に雲辺寺を越えるとなると、椿堂から雲辺寺までは全くないことを知らねばなりません。この間12kmほどですが、標高900mの山道で3時間半はかかる。容易ではありません。雲辺寺の下りも大興寺まではありません。これも普通2時間半はかかる人が多い。
 そして最後が88番大窪寺への道。お遍路交流サロンから多くの人が女体山越えの道を行くけれど、この8kmの間にトイレはありません。8kmとはいえ険しい山道だから2時間半から3時間かかる人がほとんどです。本当のへんろみち花折峠の道を行くと多和小学校跡にあるから安心です。これからはそういうことも考慮に入れながらどの道を行くべきか、推薦しなければと思います。

 新しい版の地図が間もなく発売になると、へんろみち保存協力会のHPに出ていましたが、英語の地図を勧める方が手っ取り早いかもしれません。

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ほかにも

2016-04-27 | 16年四国の旅

 英語の遍路地図には、日本語のものよりさらに細かくトイレスポットが記入されています。例えば、徳島と高知の県境から室戸岬までの間では、日本語では夫婦岩と御蔵洞の横の2ヶ所にしかWCマークはないけれど、英語の地図では、ホワイトビーチホテルの横、生見海岸、東洋大師、法海上人堂、佛海庵、佐喜浜の八幡宮、ロッジ尾崎と徳増の間、夫婦岩、椎名の八坂神社、高岡港、青年大師像、岬ホテルの手前、岬の駐車場、これだけのマークが付いています。これだけあれば十分かと思いきや、法海上人堂はネット情報でとても使えたものではないと書かれていたのを見たことがあります。実際には見たことがないのでどうか判りませんが、それを信じるとすれば、東洋大師から佛海庵までがトイレのない最長距離になります。大体11kmです。でも日本語の地図にはマークがないから、判らないまま国道をそのまま歩いてしまう人も少なくない。さらにその先の八幡宮も地図にはないから、夫婦岩を当てにするしかないかもしれない。徳増の手前の海岸にははっきり案内看板が出ているから実際はそちらを使うことにはなるでしょうが。ぼくの地図は2010年、第9版が一番新しいもので現在のものはどうなっているか判りませんが、英語版なみにトイレマークだけはきっちり記載してほしいものだと切に願います。でないと、世界遺産登録などまだまだ先のことになると言わざるをえない。
 ぼくなどは室戸岬までの道は激しい風雨がない限りは大好きな道で、お参りがないから自分のペースが自由につくれるし変わらないと言われる海と山の景色も飽きずに楽しめたりしますが、多くの人にとってこのことを含めて最初の試練、修行の道場を身にしみて感じることになるのかもしれません。

 札所間の距離が一番長い足摺と2番目に長い室戸岬のトイレ事情はそういうことで、確かな知識さえあれば何とかなりそうですが、さらに手強い区間がまだまだあります。今回調べてみて意外だったのが22番平等寺と23番薬王寺の間、もしこの間近道の国道を歩くとすれば、20kmの間全くといっていいほどトイレはありません、薬王寺の500mほど手前のローソンまでありません。英語の地図には星越トンネルを抜けたあたりの脇道にトイレがあるのですが、日本語の地図にはないから誰も気づくことはない。その区間脇道を行く人もほとんどいないでしょうし。由岐廻りの道を行く人が実際には多いようですが、こちらだと由岐駅にあります。平等寺から11km、これも結構な距離です。今回ぼくが歩いた番外霊場阿部御水大師の道を歩くと26km全く何もありませんでしたが。

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世界遺産には

2016-04-26 | 16年四国の旅

 ロッジカメリアのご主人はお遍路を4回して、定年になってから大阪から移住してこられました。夕食後いろんなお話をしたのですが、ヘンロ小屋や休憩所はいっぱいできたけれど、トイレがない。トイレが横にあるヘンロ小屋はほとんどない。トイレがなければ休憩所の意味を為さない。そういうことはあまり考えたことはなかったですが、確かに世界遺産ということを考えた場合、昔の古い遍路道を復元整備したりすること以上に、そちらの方が大切だと普通に思います。ちょうど、その翌日歩いた道がトイレのない道でした。ロッジカメリア(安宿)から下ノ加江川沿いの道で三原村に入ると17km先の天満宮までトイレはありません。休憩所は11km地点にあるけれど、今回ぼくは気がつかなかった。もちろんそこにトイレはありません。ぼくはロッジカメリアから出発したけど、もし久百々から出ていたら20kmの間トイレは全くないことになるし、大岐マリンからだと22kmないことになる。
 足摺からの打ち戻りで39番に向かう道はおもに5種類の道があって、下ノ加江川沿いの道を歩く人が一番多いといわれる。一番フラットで、一番近道の真念庵から入る道より1kmほどしか遠回りにならないのでこの道を勧める人も多い。でも、ある意味一番あってはならない道だともいえるのです。ちなみに、真念庵からはいると、ドライブイン水車から上長谷の集会所までの9kmが一番長い区間になります。これならまだ許せる範囲と言えるかもしれません。さらにいうと、今ノ山峠から入る道だと海の駅あしずりから27kmの間全く何もありません。月山神社、大月町の道だと、大浦分岐から道の駅大月までの14kmの間トイレはありません。休憩所は月山神社と姫ノ井郵便局のそばにあります。
 このような道をそのままにして置いたのでは、とても海外からのお客さんを迎えることはできないし世界遺産にはほど遠いといわれても仕方がないかもしれない。ぼくもこれからは全ての人に真念庵のみちを絶対行くようにと助言するつもりです。

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好きな遍路宿

2016-04-25 | 16年四国の旅

 今回の旅でも夕食の時に何度か、ぼくのベストスリーの宿は、という話になりました。1番は遊庵、2番はうまめの木、3番はときわ旅館、4番は八十窪、5番は笛ヶ滝、という風に答えることにしていますが、これはあくまでぼくの好み。いろんな要素があって、人によってプライオリティも違うし、それぞれの要素を数値化して比べることもできないし、客観的な順位というものは決めることなどできない。それを承知の上での、ぼくの好み。しかも、ぼくは40km歩くので、距離が合わず有名な宿になかなか泊まれなくて、まだ泊まっていないとか、初めて泊まったのだというと、ひどく驚かれることもあるくらいで、それら抜きの順位だから本当のベスト5とはとても言えたものではありません。
 今回はそういう宿に泊まるために、あえて電車バスを使って、中抜きをしてまで誰もが知っているような有名で評判の宿に泊まることを目的に出かけてきたという次第、そういうちょっと横道にそれた考えが先に来たので途中挫折になって終ったのかとも考えてしまいます。でも、予定通り、17の初めての宿に泊まれたので第一目的は完遂できたという満足感もあるという、ちょっと今までにはない不思議な感じの四国の旅になりました。
 17のうち評判の宿は15。どれもが◎、遍路宿ランキングでも多くの人が◎にしています。実際に泊まってみて全て評判通りかそれ以上でうれしかったのですが、それまでのぼくのベスト5に食い込むまでの宿はなかったかもしれない。民宿岡田に関しては別格で順位をつけるのももったいない、番付表でいえば行司に相当する。それ以外で、5位に入ってもいいくらいだと感じたのは、かがみ宿とみっちゃん民宿と米屋旅館。みっちゃんと米屋では同宿者はいなくて一人で食事をしたけれど、ものすごく雰囲気がよくて、自然とまた帰ってくるのだという気持にさせられました。また来たいと、帰ってきたいと自然に思える宿がぼくにとって最高の宿なのかもしれません。くももも同じくらいいい感じだった、るみ子さんはいろんなブログで読んでいて想像していたよりずっと自然で暖かい感じ、もうこの宿もはずせなくなってしまいました。桃李庵の久万五郎さんも予約の応対ではちょっとくせが強いと感じたのですが、実際に会ってみるとそんなに特別ではなく何の嫌みもなくて気持ちよく過ごさせてもらったし、何より久万のスーパーで一番高いお米とポークがいっぱい入った野菜炒めもうまかった。たちばな旅館の夕食はテーブルに全部のお皿が乗りきれないくらいでびっくり、三好旅館は聞いていた通り伊勢エビに津島名物のうなぎまで出て、これも声を上げそうになりました。おんやど松本屋のトンカツは十分温かい上に特製ソースが何ともいえず美味、思い出すだけでまた四国に帰りたくなってしまう。今年は1年待たなくても10月になればまた歩けるので、本当にうれしい。途中で帰ってきてよかったとすら思えるくらいです。

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新しい宿

2016-04-24 | 16年四国の旅


 上の写真は新しい宿、チャンネルカン。阿波中央橋を渡って2つ目の信号のある交差点の近くにあります。普通のお遍路さんはあまり通らない道、鴨島駅の近くの宿に泊まる人が通る道。ぼくは今まで鴨島駅の近くの宿に5回泊まって、泊まらないときでも3回こちらの道を歩いたので、こちらの方がなじみがあるし慣れています。チャンネルカンはへんろみち保存協力会のサイトで見て知った宿、素泊まりのみの宿、シャワーのみで湯船はありません。いわゆるゲストハウス、外国人や若い人のための宿、ぼくも最初の頃なら喜んで泊まっていたかもしれないけれど、ここのところはちゃんと2食付きで泊まって、同宿の人たちと団らんするのが豊かなお遍路だと思っているので、これから先も泊まることはないでしょう。

 藤井寺の手前といえば、旅館吉野が人気の宿ですが、吉野が満室でもだいじょうぶ、近くにまたいい宿ができました。やまさ、鴨島駅から南へ1500m、真っ直ぐですから迷いようがありません。鴨島郵便局から吉野の前を通る道の1本東の通り、遍路道から少しはずれるけれど、藤井寺まで送迎があるので心配なし。10番の登り口からでも送迎してくれるそうです。料金は2食におにぎりも付いて5500円。食事は、元々仕出し屋さんだったから文句なし。ぼくは今回たまたま藤井寺の山門前で送迎に来ていたご主人に会って少しお話をしたのですがとても気さくで感じのいい方でした。吉野は超人気で相部屋になることもある。ぼくは一度相部屋になって、割引もなかったので、2度と泊まる気にはならないのですが、次回は迷わずこの宿に泊まることにします。

 昨年、鶴林寺の登り口にある鶴風亭に泊まって夕食がいまいちだと書いたのですが、今年泊まった佐藤さんによるとそれはしっかり改善されていたそうです。何でもぼくのようにブログに書くのではなくて直接クレームをいったお客さんがいて改善するようになったのだとか。鶏の鍋が出て量も十分、6000円でこの内容であれば、7000円のふれあいの里さかもとよりもいいかもしれないということでした。もちろん問題なく◎に推薦です。

 鴨島郵便局の近くにできた宿を教えてもらったのですが、こちらは兵頭で同宿だった二人の人が全然駄目だと、駄目な方で有名なワーストスリーの宿と同じくらい駄目だとこきおろしていました。まだ地図には載っていないようだからこのまま誰も気づかなければいいのにと思います。

 もう一つ教えてもらったのは高知駅の近くにあるかつおゲストハウス、ドミトリー2800円、個室3800円。高知駅から北東に1km、善楽寺から高知駅へ向かう一番の近道である幹線道路の途中にあります。距離は少し微妙な感じですが、オーナーはバックパッカーで世界を回った人だから英語はたぶんだいじょうぶ、外国の人は重宝するかもしれません。こちらは英語の遍路地図には載っています。

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素泊まり遍路宿プロジェクト

2016-04-23 | 16年四国の旅

 ロッジカメリアで、東京の資本が遍路宿を複数(10軒以上)を立ち上げる計画が進んでいると聞きました。どこにも空き家がいっぱいあるから、遍路道近くの空き家をリフォームして素泊まりの宿をつくる、管理するのは地元の熟年の人にお願いする。まだ計画の段階ではあるけれど、いくつかは具体的に進んでいるとか。料金設定はよく判らないけれど、ターゲットは野宿遍路、若年遍路、外国人遍路というところでしょう。四国には宿の空白地帯がいくつかあるから、そこに作ってもらえれば普通のお遍路さんも集まって繁盛するとは思います。例えば、21番の下、27番の下、31番の前後、宇佐大橋の手前、土佐久礼駅の近く、佐賀温泉の近く、39番の近く、内子町突合の前後、浅海駅から菊間駅の間、丹原郵便局の近く、62番から64番の間、71番から72番の間、80番の近く、昔の多和小学校の近く、その周辺にももちろん宿はありますが、評判がよすぎてすぐ満室になる宿や、逆にあまり評判の良くない宿、値段の高い宿しかなくてどうしても何らかの妥協をせざるをえない。そういうことを分かったうえで作ってもらえると本当に多くのお遍路さんにとって朗報になるかもしれません。
 それと関係があるのかどうか判りませんが、三原村の役場の近くで建設中の建物がありました。普通の家かもしれませんが。延光寺の近くでも前にへんくつ屋があったところに新しく建設中でした。こちらも普通の家かもしれませんが、なにやらその雰囲気が濃厚に感じられました。 

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遍路宿あれこれ

2016-04-22 | 16年四国の旅

 昨年は全部歩いて、全部の札所で納経して、予定通り今までで最短の28日で一巡できたというのに、どうしてでしょう、足を痛めて途中で帰ってきた今年の方が満足度が高いというのは。
 昨年は全部歩きのためにどうしても全ての宿が◎という訳にはいかなかった。知らない宿で最悪の宿も一つあったし、微妙な宿も一つ、素泊まりの宿も二つあり、当然夕食の楽しみもなかったし、◎の宿でも同宿者がいなくて楽しめないことも3回あった。同宿者がいても嫌な感じの人で気分が悪かったり、あまり話ができなくてそんなに楽しめないこともあった。よく考えてみれば、昨年宿がよくて同宿者にも恵まれて楽しかったのは、宍喰の民宿えびす、うまめの木、旅の宿美園、高知屋、民宿田村、磯屋、ときわ旅館、笛ヶ滝、善根宿うたんぐら、の9軒、全体の3分の一でした。それに対して今年は評判の宿に泊まることを目的に計画を立てたから、それは満足のいくことが本当に多かった。同宿者のいない宿も3軒あったのですが、それはそれでとても感じのいい宿で満足できたし、1軒だけ評判がよく判らない宿を選択してそれはかなり残念な宿ではあったのですが、同宿者が佐藤さんだったので結構楽しめてしまったので、結局のところ泊まった21軒全部とても楽しめたしよくしてもらえたし、本当にいい旅ができたなあという感慨を持つことができています。歩き遍路というのは大変な旅です、ぼくのように40km歩かなくても、30kmでも20kmでも1日中歩くというのは本当に過酷なものだしそれを何日も何十日も続けるというのは誰にとってもたとえようのない厳しい戦いになると言ってもいいかもしれない。だからこそ遍路宿の存在は大きい。その迎え方一つで1日の疲れが一瞬にして吹き飛んでいくか、さらに深まっていくかの分かれ道にもなる。だから選びたい、できるだけお遍路さんのことを考えてくれている宿を。だから、ぼくは邪魔にならないように気をつけながら遍路宿情報を配り続ける。本当に心からくつろげる宿にできるだけ多く当たることができるように。
 今年何がうれしかったといって、ぼくのあのコピーを本当に大声を上げてくれて喜んでくれた人が二人いたことです。久百々の同宿者の山口から来た佐々木さんと渋谷区から来た横澤さんです。くももの女将さんもいい人に出会えたねえと二人に言ってくれました。もうひとり美園で同宿だったカナダから来たナジャさんも心から感謝してくれました。若い女の人にああいう形で言葉を、しかも英語でかけてもらうことなど皆無なので、ほんとうにどうしていいか判らないくらいだったし、自分勝手に思いこんで続けてきたことではあるけれど、間違ってはいなかったのだと認めてもらえたようで本当にうれしかった。へんろみち保存協力会を立ち上げた宮崎さんもお遍路で一番は人との出会いだと言っておられます。歩くこと、お参りすることはもちろん一番基本でしっかりしなくてはいけませんが、それにもまして人との出会いをいかに大切にするか、楽しめるかが大きいことだと今回身をもって学ばせていただいたような気がします。

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龍馬パスポートと秋の計画

2016-04-21 | 16年四国の旅




 帰宅した3日後に龍馬パスポートが届きました。本当なら来年からということですが、今回途中で切り上げてしまったので、秋から使うことができます。八十窪にキャンセルの電話を入れたときから、続きはこの秋に決めていました。本来なら秋は伊勢神宮から西国5番まで10日ほど歩く計画を立てていたのですが、それは来年以降にして、まず10巡目を完結させねばなりません。
 51番石手寺までは曲がりなりにもお参りしたので続きは松山からでもよかったのですが、足の調子が悪くなった足摺の打ち戻りからきっちり歩き直したいし、なによりそうすれば来年以降に予定していた、竜串の見残し海岸、大月町の姫ノ井郵便局、篠山神社、津島から宇和島への野井峠越え、月山神社、内子町の畑峠、久万高原で唯一歩き残していた素鵞神社に向かう途中越ノ峠までの道、なども歩くことができるし、まだ泊まっていない評判の宿にも泊まることができます。今回は17の初めての宿にお世話になったのですが、秋はさらに6軒の初めての宿に泊まることになります。その気になればもう少し増やすこともできたのですが、田村と米屋はもうはずせないという感じであるし、岡田以降の讃岐の国はやはりこの春の計画のままに歩く方が自分としても得心がいくので、無理に増やすことはしませんでした。1日平均の歩行距離は37kmで今までで一番余裕の持てる計画でもあります。一部電車バスを使って歩かない区間もあるのですが、普通のお遍路が歩かない区間も大分歩いたりして、全体としてはほぼ1周分の距離は歩くので、全歩きといっても差し支えないし交流サロンでバッジをもらうこともできます。

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22日目=その6

2016-04-20 | 16年四国の旅

 10分ほど部屋で休んでいたら、お声がかかってお風呂へ。湯船に濾過装置が浸かっていて稼働中、なるほどこれならお湯を入れ替えずにきれいなお湯でみんなが気持ちよく入れます。一人一人入れ替えてくれる宿もありますがそれは3部屋以下の宿ばかり。昨日松屋で同宿だった逆打ちの人に訊いたら岡田の定員は8人、お湯を換えずに8番目の人はちょっときついかもしれない、女性ならなおさらでしょう。この点一つでも大きなおすすめポイントになります。
 ぼくが風呂から上がったのは3時少し前、ちょうど水車で休んでいた3人が到着したところです。食事まであと2時間半ほどで5人だから一人30分くらい使えます。こういうことも計算しながら早めに宿に入ったという訳。ビジネス旅館小松でも宿泊者が多いのは判っているから普通なら30分は浸かっているのに半分くらいで切り上げました。こういう気の使い方が普通にできるのもお遍路のいいところ。もちろんそういうことがあまり判っていないお遍路未満の人も時々見られますが。
 4時頃には松屋で同宿だった夫婦も到着、これで今宵の宿泊者がそろいました。食堂はそんなに大きくなくて、8人で食卓がちょうど埋まります。部屋はぼくが確認した範囲では7つ、つまり7組8人が限度ということになるようです。食事の時間になって皆が顔を合わせると、知らない顔は到着したときに出会った一人だけ、すでになじみの顔ばかり。ぼくは意識して時計がかけてある壁に近い端の席に座ります。そちらの壁に佐藤さんが写った写真が飾ってあると教えられたからです。そこはおじいちゃんが座ってご飯を装ってくれる隣の席でもありました。ぼくが箸をとるより先に写真を気にしているとおじいちゃんがいっしょになって探してくれます。やっとのことで見つけると、その写真に写った佐藤さん以外のメンバーも一人一人どういう人か紹介してくれます。もうそれだけでこの宿がどういう宿か判るでしょう。四方の壁はすべてこの宿に泊まった人たちの写真で埋め尽くされていますその写真はおじいちゃんが撮ったものでもなければ息子さん夫婦が撮ったものでもない。宿に泊まった人たちが送ってきたものばかりだそうです。さすがにこういう宿もほかには1軒たりともない。やっとぼくも一番有名な遍路宿に泊まることができたのだと、ちょっと心躍るものがあります。昨年初めて泊まった高知屋もそうですが、遅すぎたという感じはしますが、知らないままにしないで本当に良かったと思います。
 食事が一段落して懇談の時間、夫婦は3回目、落合さんはたぶん2回目、あとの3人は初めて、そしてぼくの前に座った男性は、超ベテランの先達、山口さん、18回目でその内歩きは13回目だそうです。ぼくだけ名刺(納札として使っている)をいただきました。赤札なので、赤い縁取りが手書きでしてあります。いろんなことをもちろんご存じなのですが、みんなの話を聞くとが多く、あまり出しゃばったりはせず、その代わりぼくにいろんな話をしてくれました。みんなが避ける評判が最悪な遍路宿もあえて一度は試してみたいと、挑戦したそうです。内子町の宿は食事はぼくが聞いていた通りでしたが、部屋や布団はそんなにひどくなくて普通だったそうです。ここら辺は聞いてみないと本当に判らない。キャンセルした人には本当にしつこくつきまとうということは実際に見たということでした。もっといろんな話を聞きたかったのですが、他の人の話もいろいろ出て、なかなかできませんでした。そうして、ついにおじいちゃんの遍路道案内の時間、知り合いのお遍路、神戸のSさんのブログで見て何となく知っていたのですが、想像以上におもしろくおかしくためになるお話、名人芸と言ってもいいほど練りに練られた語り口、これを知らずしてベテランお遍路だと大きな顔はできたものではありません。ほんとうにありがたいことでした。ここまで電車でつないできて本当に良かったし、今回はここで最後になっても十分満足だし何の悔いもありません。
 明日はバスで池田まで出て帰ります、と言ったらおじいちゃんがバスの時刻表を確認、ぼくが7時15分のバスに乗るといったら、時刻表にはそのバスはない、それはスクールバスではないかと、おじいちゃん、スクールバスは一般の人は乗れない、じゃあ1本遅いバスに乗るといったら、おじいちゃんが送っていくと、ぼくは用事があるから行けないけど息子か嫁に送らせると、言ってくれました。そこまで甘えていいのかと一瞬ためらったのですがせっかくのご好意、お接待は断ることはできないので、ありがたくお願いすることにしました。
 すばらしいお接待で今回の(今年のではない、年が変わる前にまた戻ってくる)お遍路を締めくくることができて、本当に最高でした。足摺を過ぎてからは思うような歩きはできなくなっていったけれど、今までで一番うれしいお遍路でした。
 

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