WALKER’S 

歩く男の日日

高野山へ (5)

2015-08-31 | 日記




 確かに普通の岩でははないと言われればそういう感じもします。最御崎寺の参道にも同じような岩がありました。


 53町石、なぜに二つ並んでいるのでしょう。

 最初の町石は大師が作られた木製のもの、その傷みが激しくなって1266年に石材(花崗岩)で再建された。その町石が崖崩れなどによって失われて、大正時代に新たに再建された。再建された後に前の町石が発見されたので二つ並んでいる、というようなことが書かれています。


 52町石、


 51町石、


 11時00分、50町石、60町から1090mを21分で来ました。時速は3.1kmですが、撮影に時間がかかっているので本気で歩けば4kmは出せると思います。

コメント

高野山へ (4)

2015-08-31 | 日記

 地道に入ってしばらく行くと、20人以上の男女が道をふさいでいます。団体で歩いている人たちかと思ったら、町石道の修復保全のために集まったボランティアの方たちでした。挨拶しながら間を抜けていきます。


 55町石です。59から56は見落としてしまいました、59は地図にあったから残っていることは確かです。




 くぐりませんでした。


 これは町石ではないようです。あびらうんけん、だけは読めるのですが、


 53町石、54は見逃しました。

コメント

高野山へ (3)

2015-08-31 | 日記


 高野町立西細川小学校、こんな山の中に立派すぎる校舎ですが、やはり廃校になっていました。

 駅から26分、二つ目の分岐、ここも右に進みます。

 100m先に道しるべ、

 10時38分、国道370号、矢立60町石まで上がってきました。紀伊細川駅から32分、時速は5.5kmでした。

 こうやくんのお出迎え、町石道は壇上伽藍まで6.5kmです。

 分かりやすい道しるべ、初めて来ても迷う心配はありません。一番上のツキノワグマの注意書きは、ここでは目に留まりませんでした。

 しばらくは舗装道が続きます。

 地道になってすぐ四国でおなじみ遍路シールがずらり。

コメント

高野山へ (2)

2015-08-30 | 日記


 10時06分、駅を出発、いきなりなかなかの下り坂です。山道を歩くのは4ヶ月ぶり、

 最後は相当な急坂、花折峠のくだりを思い出します。

 4分で下りきって、ここからは上りになるはずです。左の方へ進みます。

 近畿自然歩道というだけあって、人も車も全く見かけません。

 最初の二俣分岐、右に進むことは事前にチェックしています。

コメント

高野山へ

2015-08-30 | 日記

 京都へ行った2日後、今年の四国の締めくくりとして高野山へ向かいます。


 地元飾磨駅6時33分発の直通特急に乗って、尼崎で乗り換え、大阪難波で降車、南海電車まで歩いて、難波から急行に乗って橋本で乗り換えて10時03分、紀伊細川駅に到着しました。普通、二駅先、終点極楽橋まで乗ってケーブルとバスで高野山に向かうのですが、それでは時間が余りすぎるので、ここから歩いて高野山に登ります。町石道を全部歩くのは時間がかかりすぎるしこの暑さでは体力が持たないと思ったので、後半3分の一だけ歩きます。ここから矢立60町石まで3kmほどあるので、距離ではちょうど半分くらい歩くことになります。

 山の中の小さな駅ですが無人ではなく自動改札もあります。

 出迎えもあります。

 左に下りていく階段もあるので、案内板があります。これがないと初めて来た人は迷うかもしれません。

コメント

尼崎から京都へ (5)

2015-08-29 | 日記


 御影堂を出てくると、目の前に食堂です。昭和9年に再建された新しい建物、この中に納経所があります。

 食堂の正面です。

 注意書きがありますが、今時の御朱印ガールたちはちゃんとお参りするのでしょうか。

 ベテランの女性がすごく丁寧に判りやすい文字で墨書してくれました。四国では団体がやってくるからスピードがいのち、このような丁寧で判りやすい文字は多くありません。

 慶賀門を出てくると洛南高校の案内板がありました。経営母体は東寺のようです。

コメント

尼崎から京都へ (4)

2015-08-28 | 日記


 毘沙門さんの門なのですが、5年前はよく判らなくてここから入っていきました。そして大師堂の建物の反対側でお参りしてしまいました。

 大師堂(御影堂)の門です。

 国宝、御影堂の正面です。5年前はこの裏側でお参りを済ませてしまいました。弘法大師御祈願所の札があります。

 残念、写経も納札も持ってきませんでした。前に来たとき裏側しか見てなくて、なかったので持ってきませんでした。

 ここで司馬遼太郎と出会えるとは思っていませんでした。

コメント

尼崎から京都へ (3)

2015-08-28 | 日記


 5年ぶりに、教王護国寺、東寺の境内に入ります。正面に金堂、1603年豊臣秀頼によって再建されました。国宝です。一つの境内に豊臣と徳川の寄進した国宝が並んでいるというのも、なんともいえません。

 南大門を抜けてすぐ左、大師の見つめる先は、

 広々とした境内、ここで毎月21日弘法市が行われます。

コメント

尼崎から京都へ (2)

2015-08-28 | 日記

 淀川工科高校の演奏を聴くのは昨年のグリーンコンサート以来19ヶ月ぶり、やっぱり群を抜いていたというしかありません。課題曲のマーチを聴いているとき危うく涙がこぼれそうになるくらいでした。兵庫県のチャンピオン滝川第二高校も同じ課題曲で完璧、ほとんど差はないと見ることもできるのですが、しっかり何回も聞き比べると、全然違うと見ることもできます。淀工は常にみんなの音楽が聞こえて全くつぶし合いをしていない、自分も目立って相手も生かす、聞いてる方が最も気持のよい音を全てのセクションが作り上げていて、次々に受け継がれるように聞かせてくれる、ホルンやスネアの裏打ちでさえ魅力的に聞かせる。全部の音に意味があってくまなく全部の音を魅力的に聞かせることができている、そういう感じがする演奏です。
 13時15分に前半11団体の演奏が終了、すぐに阪神尼崎駅に向かいます。阪神電車、阪急電車、京都地下鉄を乗り継いで京都駅の南口に出てきたのは14時40分でした。


 京都駅から歩いて15分ほどで、東寺の東門(慶賀門)までやってきました。この少し前に追い抜いた外人カップルはそのまま東門から入っていきます。参拝者の通用門ではあるようですが、やはり立派な南大門から入らないと。

 九条通から五重塔を見上げます。国宝、1644年徳川家光により寄進された5代目です。

 南大門は重要文化財、明治時代に三十三間堂の西門を移築したもの。

コメント

尼崎から京都へ

2015-08-28 | 日記


 昨日、アルカイックホールへ行きました。関西吹奏楽コンクール高校Aの部前半を見るためです。チケット発売開始の1時間前に到着したのですが、すでに長蛇の列、400人が並んでいます。

 昨年と同じ雲一つない炎天下、屋根のないところに並ばされました。連盟の役員は朝9時前だから問題ないだろうと思っているようですが、気温は確実に35度を超えています。これだけ熱中症が話題になる昨今、こんな所で1時間も放置されるのは全く納得がいかない。場所がないわけではありません。連盟の役員の方々にはぜひともここで1時間じっと並んでもらってどんな気持になるか味わってもらいたい、そうすれば、こんな所に並ばせるという暴挙はきっと改めることでしょう。第一雨が降っていたら、ここには並ばせるはずはないのであって、それなりの対処はするのだから、絶対に改めるべきです。公務員の怠慢、無能、思いやりのなさ、だとしか思えません。こんな目にあわされるくらいならもう二度とここには来ないと決心します。、

コメント